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2022.08.30

F.I.N.的新語辞典

第86回| 1%フォー・アート

F.I.N.編集部が未来の定番になると予想する言葉を取り上げて、その言葉に精通するプロの見解と合わせながら、新しい未来の考え方を紐解いていく本連載。今回は、「1%フォー・アート」をご紹介します。

 

(文:大芦実穂)

1%フォー・アート【1%・ふぉー・あーと/1% for Art】

公共工事や公共建築に使用する費用の1%を、その建築物に関連するアートのために支出する政策。アメリカでは『パーセント・フォー・アート』、フランスだと『アン・プールサン・アーティスティック(1%の芸術)』と呼ばれ、費用の割合も0.5%や2%など国によってさまざま。大恐慌時代のアメリカで、生活に困窮したアーティストを救済する目的で始まり、戦後はヨーロッパを中心に文化芸術振興のための政策として取り入れられていった。日本ではまだ法制化がされていないが、近年の文化芸術への注目度の高さから、少しずつ周知が進んでいる。

今回話を伺ったのは、日本ではまだ馴染みの薄い「1%フォー・アート」に早くから着目し、積極的に周知活動を行ってきた、〈公益財団法人 日本交通文化協会〉の常任理事・西川恵さんです。まずは各国の取り組みについて聞きました。

 

「もともとは戦前のアメリカで始まり、その後ヨーロッパへと波及していった施策ですが、現在でもヨーロッパとアメリカで活発です。アジアでは韓国と台湾が法制化しています。国が主導する場合もあれば、自治体レベルでも実施しているところもあり、ヨーロッパでも一律法制化はされていません。しかし、法制化されていないところでも、ガイドラインを設けるなどある程度の拘束力を持って取り組んでいます」

サンフランシスコのパブリックアートのプロジェクトで制作された、彫刻家の五十嵐威暢氏の作品。「Sky Dancing」五十嵐威暢 2008年 Laguna Honda Hospital(米国) photo by Noreen Rei Fukumori

一方、日本ではまだ法制化されていないため、国内のアーティストが「1%フォー・アート」に参加するためには、海外の公募に応募するしかないそう。1%フォー・アートの本質は、街中や公共施設にアートを設置したり、芸術的装飾を凝らすだけでなく、その過程にもあると言います。

 

「国の費用を使い、公共の場にアートを置くのですから、広く公募をかける必要があります。多くのところでは審査委員会が設置され、プロジェクトの担当者、建設の請負業者、設計者、行政責任者、芸術家などが審査員になり、応募してきたアーティストの作品を検討し、面接します。面接では、アーティストからプランの構想などプレゼンテーションが行われ、面接官からさまざまな質問が出ます。この議論を通して建築とアートの関係を煮詰めていくわけで、この過程が重要です。ヨーロッパでは、選ばれた作品に対し市民から「なぜあんな作品を飾るのか」といった批判が出ることも少なくなく、それによってまた新たな議論が生まれ、人々のアートに対する関心が高まります」

 

西川さんは、「1%フォー・アート」がもたらす社会への効果として、次の2つを挙げています。1つ目が、「公共価値の向上」、2つ目が「コミュニティへの刺激」です。

 

「1%フォー・アートで作られる作品とは、つまり『パブリック・アート』です。人々が公共スペースに置かれるアートについて議論することで、自ずと公共への関心が高まります。また、制作する作品には、その地域の歴史的ないわれも取り入れますから、そのエリアに住んでいる人にとっては、地域への愛着と共に、自分もコミュニティの一員であるという気持ちを育むことになります」

 

最後に、「1%フォー・アート」を実施することで、5年後の未来にどのような影響があるか、考えを伺いました。

 

「日本ではアーティストの作品の売買は、美術愛好家やギャラリーや美術館などの買い上げに限定されています。また無名だとなかなか買い手がない。1%フォー・アートであれば、有名、無名にかかわらず自由に応募できます。しかも公共建築事業は豊富にあるので、応募の機会も多く、落ちたとしても次がある。若いアーティストを育て、ブレイクスルーさせる可能性が1%フォー・アートにはあります」

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