もくじ

2023.08.04

未来定番サロンレポート

第28回| アートの視点から見えてくる、コンポストと人とのつながり。

梅雨中に晴れ間ののぞいた2023年7月13日(木)の夜、28回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは未来の暮らしのヒントやタネを、ゲストと参加者のみなさんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。

 

第5回目の「未来定番コンポストサロン」は、コンポストをはじめ、物質循環でアート作品を制作されているアーティストの三原聡一郎(みはら・そういちろう)さんと、アートキュレーターの津嘉山裕美(つかやま・ひろみ)さんをお招きし、アートとコンポストの関係性、堆肥づくりが定着することによってもたらされる未来の暮らしについて、お話を伺いました。

 

(文:大芦実穂/写真:西あかり)

日も落ちて、ようやく涼しくなり始めた午後6時半過ぎ、オレンジの明かりが灯った未来定番研究所に、ぽつりぽつりと人が集まり始めました。平日だというのに、会場は満席。座布団の上に着席すると、津嘉山さんから「麦茶の代わりにお出ししています」と、レモングラスなどのフレッシューハーブをブレンドした冷たいハーブティーが振る舞われました。こちらは三原さんとの協働で行ったコンポスティング・プロジェクト「有機的であること」(2022)で栽培されてきたハーブ類を使って作られた飲み物。火照った体に冷たいハーブティーが染み渡ります。

 

午後7時をまわり、今回のサロン「循環と アートと コンポスト」がスタート。オンラインでも同時開催ということで、全国からさまざまな方が参加されました。

地球と自分がつながった

コンポストトイレ体験

まずは三原さんから、自己紹介も兼ねつつ、コンポストとの出会いについてのお話です。

 

「これまで、主にテクノロジーやコンピューターを使って作品を作ってきました。センサーを使うようになって、水や土、風などの自然素材や現象に興味を持つようになりました」

 

そう言って、近年の三原さんの作品が画面に映し出されます。

 

例えば、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式文化プログラム「東京2020 NIPPONフェスティバル」の中の「Our Glorious Future ~KANAGAWA 2021~『アートのミライ』」で発表した『空気の研究』。室内に設置された空間の中で、リング状のヒモのような物体がふわふわとたゆたう作品です。これは、室外で感知した風の動きを、物体を通して再構築するというもの。空気や水の流れ、土など、普段から無意識に触れているものを作品化していると三原さん。

 

「コンポストを始めたきっかけは東日本大震災。さまざまなインフラが破綻した報道などから、自分の生活について知らないものが多すぎてびっくりしてしまって。水道ってなんだろう、電気ってなんだろうと、いろいろ考え始めたんです。そこから『空白のプロジェクト』というテクノロジーと社会の関係性について考察する制作を始めたのですが、今までサービスとして対価を払っていたインフラをどれだけ自分で生み出せるのかやってみようと。水について調べているうちに、雨水は落下時点ではきれいなんだと知ったり、じゃあトイレはどうしようという時に、報道で、穴を掘って落ち葉を敷き詰めているのを観て、すごいなと思って。自分で今すぐにでもできるじゃん!と、家の作業スペースにバケツに落ち葉をかき集めて置いて、自作のトイレを始めたんです。家族には内緒でコンポストということにしていましたね。そこで驚いたのは、全く臭わないこと。家族にバレずに3ヵ月くらい過ごして、これは成功と言っていいだろうと」

三原さんがコンポストを始めたのは、なんとトイレからでした。しかも、そこからある気づきがあったとか。

 

「物体がなくなっているんですよ。落ち葉と物体が混ざり合って、分解されるプロセスに気づいて、自分と地球とがつながっていると実感を持てた。僕がやっていたのは好気性と呼ばれる、酸素を使うタイプのコンポスト。いわゆる森林で葉が落ちて、雨の湿度などによって、腐葉土になるプロセスのもの。かき混ぜたり、空気や水分の調整だけでいいというのは、かなりシンプルですよね。これまでコンポストを始めてこなかった理由は、心のハードルだけだったんだと。これまでテクノロジーで作品を作っていたのですが、メカニズムを理解してみると、機械装置やプログラムを実装するよりも生まれてくるものに対する衝撃を受けました」

さまざまな場所・方法で

堆肥をつくるプロジェクトを実施

コンポストが日常になってきた数年後に、韓国のアーティスト・イン・レジデンスに参加することになり、そこでもコンポストを使った作品を制作したそう。

 

「REAL DMZ PROJECTという、韓国と北朝鮮の非武装地帯で、南北分断を統合するための新しいコミュニケーション方法を芸術から探るプロジェクトなのですが、僕はその38度線にある村を歩いて、農作業を手伝い、余った農作物や炊事や食事の残りを日々集めて、堆肥にして還すということを始めたんです。最終日にコンポストを乾燥させて、村のおばあさんたちに『プレゼントがあります』と箱をあげて。中を開けると、堆肥しか入っていないわけです(笑)。『あなたは、一体何をやっていたの?』『アーティストなのに、絵は描いていないの?』と。ただ僕の活動自体は理解されていて、後日この堆肥で植物を育てて、写真で送ってくれる人もいました」

 

コロナ禍では、オンラインで何かできないかと模索。そこで、自宅のコンポストの様子をストリーミング配信することに。

土をつくる(2021)では、三原さんのご自宅にあるコンポストの様子が、常にストリーミング配信されている。家事の合間につい見てしまう方がいたり、ひそかにファンが多い作品。イベント中も、コンポストの現在の様子が映し出されました

「3つあるコンポストのうちの1つを配信しています。その日の食卓に上がったものが放り込まれて、時間が経つとだんだん減っていったりします。このコンポストは、自分の部屋の奥にあるんですが、直接見るよりも、お風呂に入っている時などリラックスしている状態で観ると、また発見があったりして。

 

コンポストを始めたときに、自分の身体と地球がつながるという感覚を得ましたが、その極地のような感じだなと、この作品で明確になりました。つまり、このコンポストこそ自分ではないか!と」

 

最近では、自宅の庭に自身を分解できる状況が作れないか(!)と、法律などを調べているそう。宗教や移民の問題にも触れつつ、今の考えについてこう話します。

 

「最近は移民も増えてきて、宗教的に火葬ができない人たちもいます。そういった宗教のために、日本でも各地方に1つずつは土葬を受け入れるシステムの例があるらしいんです。さすがにコンポスティングとなると難しいと思いますが、土葬のフェーズでなら、具体的な方法があるのではないかと考えているところです。アメリカではコンポスト葬というサービスが始まっていたりして、面白いなと。いろいろルールはありますが、僕が死ぬ頃には、何かしらで世界は変わっているんじゃないかなと期待しています」

千代田区のカフェから

コンポスティングを発信

続いて、キュレーターの津嘉山さんが、三原さんとの出会い、コンポストに興味を持つきっかけについて話してくださいました。

 

「展示企画の相談で三原さんに会いに京都に行ったんです。テクノロジーを扱う印象が強かったので、三原さんの口から微生物の機嫌について、そして好物、苦手なものなど次々とお聞きして驚きました(笑)。しかも新作がコンポストそのもののライブ中継で、何これ!? と思って。そのあと数日間、手がかりを探すと、映像に添えられたステートメントがあって、それを読んで心を揺さぶられたというか。そこから三原さんの思考を少しずつ受け取れるようになっていった。コンポストをこんな視点で捉えてきたアーティストだったのかと」

 

そうしてお二人が協働したプロジェクトが、2022年3月まで東京千代田区にあったアートセンター「3331 Arts Chiyoda」内にあったカフェ「3331 cafe Ubuntu」(運営:IDEAL COOP Inc.)を舞台にしたコンポスティング・プロジェクト「有機的であること」。

 

「飲食店で出た生ごみをコンポスティングして、屋上の菜園に利用することで、循環がつくれるし、お客様も一緒に参加できたらいいなと。初日から毎日記録を取って、インスタグラム(@yuukiteki_de_aru_koto)にあげていきました」(三原さん)

コンポスト装置の中の分解の様子を公開、展示しながら実施された。横の黒板には日々の投入物を書いて紹介

プロジェクトでできた土を再循環パッケージとして展開中。袋のプリントは、三原さんが土でインクを作りシルクスクリーンで一枚ずつ刷ったもの

お話の間、二人の背後に置かれていた透明のドラム缶のようなものは、このプロジェクトで使用した分解のための装置。微生物に空気(酸素)を送り込むための攪拌作業として自動で回転する装置を三原さんが制作し、日々のカフェの営業時に出たコーヒーの出涸らしや茶葉、調理残骸などの有機物を投入していたそう。

 

「三原さんの作品を通して、私たちが土と呼んでいる物質の正体や、有機物が土になっていくプロセスを強く意識するきっかけになりました。今までは、自宅で傷んでしまった食材を庭に埋めるぐらいしかやったことがなかったけれど、バケツを用意して落ち葉を集めてきて、と三原さんの制作としての実践を手がかりに追体験するべく、コンポスティングを始めました。アーティストの思考、アドバイスをもらいながら、これまでの作品からの情報を参照しながらやっていたので、私の場合は温度とかこのバケツの中の状態から微生物の機嫌を想像しながら、微生物をハッピーにすることが目的の中心になっていました。コンポスティングをしてみて、分解の世界に興味関心が拡がったことで世界の見え方が変わりました。(津嘉山さん)

Q&Aコーナー

ひと通りお話しいただき、ここからは参加者のみなさんとのQ&Aコーナー。

Q.添加物だらけのジャンクフードも分解しますか?

 

分解します。僕の家のコンポストには、金属やプラスチックなども入れています。この世界の分解のプロセスを有機物・無機物関係なく見たいので、結構なんでも入れています。意外と分解できないのは紙。揚げ物の下に敷いていたキッチンペーパーの油分は2日くらいでなくなって、カサカサの紙と化してしまうので、毎回感動します。うちは廃油を捨てることもなくなりました。(三原さん)

 

Q.ゴキブリが侵入したらどうしますか?

 

薬剤でさようならをしたとき以外、叩いたときなどはそのままコンポストに入れています。循環の1フェーズなので、好きとか嫌いとかではなくて、ここがプロセス可能な場として考えています。うちで育てていて死んでしまったクワガタとかカブトムシもコンポストに入れていますが、甲羅の部分は分解が遅くて残るけど、中は液体なので早くなくなる。最終的には自分の体も同じだなぁと思っているんです。(三原さん)

Q.有機的なものへの解像度が上がる一方、無機的なものにも意識が向くと思うのですが、無機的なものに対する見方や向き合い方が変わりしましたか?

 

無機的なものって、例えば鉱物とかですが、化石は有機的なものから無機的なものになったんだなと思って。有機的・無機的という分け方自体が自分の中で曖昧になってきていると感じています。(三原さん)

 

「有機的であること」を続けていると、不思議と浮かび上がるのは有機的でないことでした。物質でいうと、例えば、塩など調味料でも、不純物を濾過して質を純化して高めていくというのは、実はさまざまな有機物が絡み合っていくコンポスティングのとは逆なんですよね。人の行為にも無機的、有機的な両義性がつきまとっていると感じています。(津嘉山さん)

Q.コンポストを意識することで、食卓に並ぶものが変わりましたか?

 

変わりましたね! コンポストの状態が悪いから、今日は揚げ物にしようとか。本当は家族の誰かが揚げ物を食べたいだけなんですけど(笑)。(三原さん)

 

Q.三原さんは最終的に自身も分解されたいとおっしゃってましたが、そのために気をつけていることはありますか?(津嘉山さんより)

 

めっちゃありますよ(笑)。まずは健康でいなきゃいけないし、自分の死を限定的に考えないと、死を管理できないんですよね。(三原さん)

コンポストはハードルが高く見えるが、一歩踏み出してみると世界が変わるかも、と三原さん。コンポストを始めてから、街の落ち葉に目がいくようになったと話すのは津嘉山さん。

 

コンポストが私たちの生活に定番化することで、地球や自分自身に対する新しい視点が得られるかもしれません。普段何気なく周りにある土や水、風などの自然現象について、改めて考えるきっかけをくれるようなイベントでした。

未来定番研究所の入り口には、アートプロジェクト「有機的であること」で作った堆肥を使って採取した種から育てられたホーリーバジルが。希望者には、イベントのお土産にプレゼントされた。

Profile

三原聡一郎さん(みはら・そういちろう)

1980年東京生まれ。アーティスト。現在は京都を拠点に活動中。世界に対して開かれたシ ステムを提示し、音、泡、放射線、虹、微生物、苔、気流、土そして電子など、物質や現象の「芸術」への読みかえを試みている。2011年より、テクノロジーと社会の関係性を考察するために空白をテーマにしたプロジェクトを国内外で展開中。2013年より滞在制作を継続的に行い、北極圏から熱帯雨林、軍事境界からバイオアートラボまで、芸術の中心から極限環境に至るまで、これまでに計9カ国18箇所を渡ってきた。

http://mhrs.jp/

Profile

津嘉山裕美さん(つかやま・ひろみ)

沖縄県生まれ。ディレクター(現代美術・食)、アートマネジメント。観る人と作る人との間の仕組みや場に関心を置き、2010年より展覧会、アートプロジェクト等の企画・コーディネート活動を行う。植物や食をメディアとし、人と環境をつなぐプロジェクトを展開する。nutriment主宰。プロジェクト「有機的であること Composting Project at 3331 cafe Ubuntu 装置:三原聡一郎」(2022~) 企画・制作。

もくじ

関連する記事を見る

未来定番サロンレポート

第28回| アートの視点から見えてくる、コンポストと人とのつながり。