2020.03.12

400年の歴史をもつ日本舞踊の“新しい”楽しみ方

2020年1月18日、東京・谷中にて「未来定番サロン」の第15回目が開催されました。未来定番サロンは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと参加者の皆さんと一緒に考え、意見交換する取り組みです。今回のテーマは「日本舞踊中村流を体験して考える、未来への革新と継承」です。歌舞伎との関係も深い中村流の日本舞踊家・中村梅さんをゲストに、日本舞踊の成り立ちや現在についてお話を伺いながら、梅さんの舞踊を鑑賞し参加者と「さくらさくら」を踊って江戸時代から続く踊りの楽しみと、文化の継承と発展について考えました。

(撮影:河内 彩)

歌舞伎と共に発展してきた、日本舞踊400年の歴史。

七代目中村芝翫を祖父に、中村流家元の中村梅彌さんを母にもつ中村梅さん。平成生まれの若さでありながら、テレビ出演やワークショップなどを通して、日本舞踊の普及に携わっています。今回は、文化・文政期に活躍した三世中村歌右衛門を流祖とする中村流を例に、歌舞伎と密接につながる日本舞踊の歴史について解説してくれました。

 

「歌舞伎は、安土桃山時代に出雲阿国という女性が作った『かぶき踊り』がスタートです。そこから紆余曲折ありまして、現代に通じる歌舞伎に発展したのが江戸時代。歌舞伎はお芝居と踊りがあり、お芝居は、当時の史実を戯曲化した時代物と、庶民の生活を人情溢れるストーリーとしてドラマ化した世話物とに分かれます。そして踊りの部分が、日本舞踊とイコールになります」

 

江戸時代は歌舞伎役者に踊りの稽古をつけ、振り付けをするのが日本舞踊家の仕事でした。江戸の一大娯楽だった歌舞伎。町人の間にも日本舞踊が流行し、街に日本舞踊家が増え、現在ではたくさんの流派があります。400年を超える歴史を持つ日本舞踊。それを令和の時代に継承する中村梅さんは、日本舞踊の魅力は動きの「しなやかさ」にあると言います。

「あくまでも中村流の私の意見なのですが、日本舞踊は三味線音楽、踊り、ストーリーが大切な構成要素だと思っています。そこに紐づいて作られている歌詞と振付、衣裳や大道具など見た目の美しさ、その全てを楽しむ総合芸術です。本来は歌詞に合わせて付けられた振りを見て楽しんでいただくものでしたが、残念ながら現代ではその歌詞が古典になってしまいなかなか意味を理解するのが難しい場合もあります。しかしながら、衣裳、背景の大道具、所作の美しさご覧になるだけでも、十分にお楽しみいただけると思います。日本舞踊は、日本人の体型に合わせて作られた踊りです。ぜひそのしなやかさを楽しんでいたけたら」と中村さん。

“異文化”になってしまった伝統文化。でも、こんなに面白い!

中村梅さんは、平日は会社員、休日は8人の弟子を持つ日本舞踊中村流の師匠として活動しています。また、大学での講義やワークショップを開いて、日本舞踊の楽しさを伝えています。

 

「日本舞踊というと、敷居が高い、お金がかかりそうというイメージのある方もいらっしゃるかもしれませんが、実はとっても面白いんです。歌詞を現代語に翻訳して、その意味が振付にどう結びついているのか、踊りの楽しみ方をみなさんにお伝えするのも私たちの役目だと思っています。例えば、歌人の句をなぞらえた恋文を書く、という振付があったとします。大好きで憧れている人にラブレターを送るわけだから、恋する気持ちを率直に書いたら、勢い余って変な文章になりそう。だから、万葉集から自分の気持ちそっくりの句を選んで書いてみる。今なら『好きな人へアプローチする例文』を検索して、それを自分なりにアレンジしてメールしますよね。それと同じだと思えば、リアリティが生まれます」。

 

400年の間に、社会制度から生活様式まですっかり変わってしまった日本。すでに、江戸の文化は“異文化”になってしまいました。しかし、言葉さえ理解できれば、江戸の人も現代人も、感動するところ、笑うところは一緒だと中村さんは語ります。

 

「恋をする、恨みを持つ、四季を美しいと思う、家族がいることを幸せに思う。日本舞踊の描写は日本の生活に準じています。感情の根底にあるものは、今も昔も変わっていないから共感できるのだと思います。しかし、現代はだいぶ変わってきました。情報社会の中で生きる現代人に、どうやって日本舞踊に共感してもらうか。未来に日本舞踊を受け継いでいくには、そこが勝負だと思っています。」

 

現在、日本舞踊協会では、古典の舞踊技法をもとに新しい日本舞踊の創作に取り組んでいいます。日本舞踊を継承・革新するために松本幸四郎さんを中心に結成された「日本舞踊未来座」では、ピノキオやカルメンなど、現代的な物語をモチーフにした新しい演目を発表しています。2020年はオリンピックをテーマにした『夢追う子』の公演を6月に予定。中村さんもその制作に参加しています。

 

「こういった新しい試みやコラボレーションなども行い、日本文化をご覧いただく機会を増やそうと思っています。日本舞踊は日本人が育ててきた文化です。踊りのお稽古や観劇を通して、日本人らしさとは何かを習得していただけると思います」

 

最後に5年先の日本舞踊について伺いました。

 

「私はよく、お友達と食事をするときに、『今度、こんな面白い演目があるからぜひ見て』とお勧めしているんですが、もしかしたらこのレストランで日本舞踊のことを話しているのは、私ひとりなのかなと思うことがあります。それから、歌舞伎と聞くと隈取り、バレエはトウシューズというようにパッと頭にイメージできるものがありますよね。5年後は、日本舞踊もそれくらい浸透させたいし、せめてレストランで3人くらいは日本舞踊の話をしていてほしい。そのために、踊りの面白さを伝える活動をしていこうと思っています」

 

そして第二部は、代表的な演目「藤娘」の歌詞と動きの解説のあと、中村梅さんが目の前で踊りを披露してくださいました。さらに、参加者全員で「さくらさくら」を踊り、日本舞踊のしなやかな動きを体験。「日本舞踊は面白い」という実感を得て、全員が笑顔になって幕を閉じました。

400年の歴史がある日本文化は、未来の可能性を秘めている?

体験することで、参加者のみなさんが日本舞踊の理解を深めた「未来定番サロン」の第15回。イベント終了後、改めて中村梅さんにお話を伺いました。

FIN編集部

本日はありがとうございました。参加者のみなさんも「面白かった」と言っておられましたね。

中村さん

そう言ってくださると嬉しいです。言葉を現代語に翻訳して、動きの意味もお伝えして差し上げれば、もっと楽しんでいただけるのではと思っています。

FIN編集部

江戸時代には娯楽のひとつだった日本舞踊ですが、なぜ現代は馴染みが薄くなってしまったのでしょうか。

中村さん

ひとつは、映画やテレビなど、娯楽の選択肢が増えたこと。もうひとつは、名取や師範になると、お金がかかるというイメージが定着してしまったこともあるのではないかと思います。どんな習い事も、上を目指せばお金はかかります。でも、お稽古や踊りを見るだけなら、普通の習い事や観劇くらいの費用ですし、江戸文化を知ることもできて面白いんです。

FIN編集部

日本舞踊の動きは、日常にも取り入れられるとお話しされていましたが。

中村さん

日本舞踊は円を描くような動きが多いのが特徴です。例えば、ビジネスシーンで名刺を渡すときも、半円を描くようにお渡しすれば優雅に見えますよね。日本料理のお店に食事に行った時にも、わざわざ作法を習わなくても、日本舞踊の所作を知っていれば問題なく過ごすことができます。それから踊りは中腰の姿勢が多いので、足腰も強くなるんです。高齢のお師匠さんもスタスタ歩いていますよ。

FIN編集部

踊りながら筋力強化ができてしなやかさも身につくとは、一石二鳥ですね。となると、やはり、高尚な伝統芸能だという先入観がハードルになっているのでしょうか。

中村さん

若いお師匠さんが少ないことも、その原因になっているかもしれません。江戸から現代にかけてもそうですが、この20〜30年の間にも世の中は大きく変化しました。先ほどお話ししたラブレターも、昔なら筆で書いていましたが、今は携帯のメールです。それでも、恋をしたり四季の美しさを感じたりする心は同じ。だから、難しい古語を現代語に翻訳すれば、所作や衣裳、舞台装置から一歩踏み込んで、もっと楽しいと感じていただけると思います。

FIN編集部

落語や狂言などは子供番組を作るなど様々な試みをしていますが、それは参考にしていらっしゃいますか。

中村さん

もちろんです。歌舞伎もそうですよね。今、ワンピース歌舞伎やスーパー歌舞伎の人気がものすごいですよね。それはきっと、背景のストーリーをみんなで共有できるから。日本舞踊も、現代に合わせてアップデートする必要があると思います。それは伝え方であったり、お稽古の方法であったり、見ていただく機会を増やすこともそうですね。少しずつ、できるところから始めています。

FIN編集部

ということは、日本舞踊は可能性を秘めているとも言えますね。

中村さん

そうなんです。日本舞踊の面白さに気付いてない方がたくさんいらっしゃるので、ぜひお伝えしたくて。今は、バレエやヒップホップも人気ですが、せっかく日本人に合った踊りがあるのですから、未来につなげていきたい。それが私たちの役目だと思っています。