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2023.10.11
未来定番サロンレポート
まだまだ暑さの残る2023年9月15日(金)、31回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは未来の暮らしのヒントやタネを、ゲストと参加者のみなさんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。
今回のテーマは、「谷中に学ぶ アートと街の未来」。歴史を感じられるまちとして知られる東京都台東区谷中ですが、実はアートとのつながりも古くからありました。谷中で学生時代を過ごした、まちづくりプランナーの椎原晶子(しいはら・あきこ)さんとキューレーターで心理療法士でもある西原珉(にしはら・みん)さんをお招きし、谷中とアートの関係性についてお話しいただきました。
また、2023年9月23日(土)から秋会期がスタートした芸術祭「東京ビエンナーレ2023」の共同総合ディレクターでもある西原さんには、今回の東京ビエンナーレの見どころなども伺いました。
(文:大芦実穂/写真:西あかり)
どしゃ降りの雨があがった午後6時半過ぎ、オレンジ色に灯る未来定番研究所の明かりのもとに、参加者の方々が集まってきました。遠くは秋田県からいらっしゃった方も。今回はオンラインでも同時配信ということで、日本各地から参加者が集いました。
芸術や工芸を支える土壌が
江戸時代から脈々とあったまち
まずは椎原さんと西原さんの自己紹介から。お二人は東京藝術大学の同級生で、学生時代には谷中で一緒に暮らしたこともあるのだとか。より一層谷中トークへの期待が高まるなか、椎原さんに谷中というまちの歴史について、江戸時代の地図などを見ながらご説明いただきました。
「谷中や不忍池、隅田川などが描かれた『江戸俯瞰図』という木版画があります。これは参勤交代で江戸にきた人が、江戸ってこんな場所だったよ、と自分の国(故郷)の人に紹介するために使われたもの。今で言うポストカードのようなものが当時からあったんですね」(椎原さん)
谷中から程近い上野公園一帯には、さまざまな美術館や博物館があり、アートのまちとして知られていますが、明治以前は寛永寺という広いお寺でした。明治以降になると、日本の近代文化をリードする美術館などが建築され、明治20年代には東京美術学校という藝大の前身となる学校が完成。
「新しい美術の発展はもちろん、日本文化の発掘や保存なども行ってきたのが美術学校です。西洋音楽を取り扱ってきた音楽学校もあります。そうした場所なので、明治の頃から朝倉文夫(あさくら・ふみお)や平櫛田中(ひらくし・でんちゅう)といった芸術家が住んでいたり、アトリエもすぐ近くにあったりしました」(椎原さん)
また、江戸以前からものづくりや工芸のまちとしても知られ、現在でも竹細工や彫金などの職人も多く住んでいるそう。
「アーティストを支える人たちも多く暮らしています。例えば、鳶職人(とびしょくにん)の方が美術設営を手伝ったり、運搬をしたり。江戸時代から続く職人さんたちが、今の現代アートを支えています。またそうした技術を支える人たちが町会長になることも珍しくありません。アートや工芸が地場産業のようですよね」(椎原さん)
アートがまちを元気にしてきたというよりは、まちがアートを元気にしてきたところが大きいと言います。毎年10月には、「まちじゅうが展覧会場」がテーマの「芸工展」を開催。谷根千エリアでものづくりをしている方を、プロやアマチュア問わず紹介するという催しで、こちらは30年もの歴史があります。その一方、〈SCAI THE BATHHOUSE〉のような、最先端の現代アートを紹介するギャラリーができたりと、新しい文化も生まれ続けています。
谷中は歴史だけじゃなく
「人の資源」が大きい
続いて、学生時代を過ごした谷中について、お二人が感じる印象を伺いました。
「自分の家や暮らしに自分で手をかける人が多いと思います。谷中にはチェーン店がないですよね、とよく言われますが、自分で一から作る姿勢があるというか、すべてに手作り感が満載なんですよね」(椎原さん)
「人の資源が大きいなと感じます。『受け入れてくれる力』が住民のなかにあって、道端で誰かが何かをやっていても、『何やってるの? 面白そう!』と自ら寄っていくようなところがありますよね。それは作家に限らず、会社員の方も自営業の方も。生活の横で何かが生まれることに親しみや近さがあるところがいい」(西原さん)
ここで、心理療法士としても活躍する西原さんから、アート思考についてのお話も少し。
「ハワード・ガードナーというアメリカの心理学者は、どうしたら子どもがアーティストのように考えられるかを研究しました。これは現在よく語られる『アート思考』のもとになっているものですが、知らないことに対して自分を投げ出せることがアーティスト的考え方を持つ人だと。谷中にはそういった好奇心旺盛な人が多くいるなと感じます」(西原さん)
また、アーティストを育てる寛容さもあると椎原さんは続けます。
「例えば、まだお金もあまり稼げていない若いアーティストに対して、この子は将来成功するかわからないけれど、まぁご飯でも食べて行きなさいよ、といった懐の深さがありますね。芸術家の卵がどう本物のアーティストになっていくのかを120年以上見てきたまち。地方のようにいきなりアートプロジェクトがやってくるのではなく、まちの人が暮らしていくなかで、自分の目でいろいろなものを見られるというのが谷中の特徴ではないでしょうか」(椎原さん)
メンタルヘルスにも役立つ
現代アートの視点
続いて、意外かもしれませんが、アートとメンタルヘルスには深い関係があるそうです。ロサンゼルスでソーシャルワーカー兼心理療法士としても働いていた西原さんからのお話です。
「アートセラピーなど、アートを治療に使うというのはなんとなく知られていると思います。そのときに一番大事なのが、『レジリエンス』という、しなやかに適応する力や立ち直る力のこと。アート表現を通して、自分の悩みや気持ちに気づけたり、物事を別の角度から見られることで、立ち直るきっかけになることも。ある対象に対して、視点を変化させたり、創造的に楽しめるというのは、アーティストから学べることだなと感じています。私自身、現代アートに触れることで、今まで信じてきた世界にヒビが入るような体験をしてきましたから」(西原さん)
「学生はこうあるべき、お母さんだからこうしなきゃ…と日々責任を感じている人も少なくないと思います。でもアート作品を作ったり、見たりすることで、必ずしも型にハマらなくてもいいんだと気づくきっかけになるかもしれませんね」(椎原さん)
レジリエンスは、「東京ビエンナーレ2023」のプロジェクトにも取り入れられています。
「私がキュレーションを担当したもので、『東京のための処方』というプロジェクトがあります。ヨーロッパ、とくにイギリスなどでは、社会的処方というものが始まっています。社会的処方では、医師が『あなたは少し疲れているみたいだから、展覧会に行ってきなさい』『孤独感が強まっているみたいだから、陶芸をやってみなさい』という処方箋を書いてくれるんです。アートにそういう力があると見られている。そこで、ビエンナーレでは、東京で処方されるとしたらどんな展示だろうと考え、今回の展示をつくりました」(西原さん)
今回、実会場とオンライン会場では、質問やコメントを送れるプラットフォームを用意。運営側から参加者のみなさんにいくつかの質問をさせていただきました。
「まちでアートを感じる瞬間は?」という質問には、「公衆トイレ」「マンホール」「看板やのれんのデザイン」「園芸や建築」「誰かの手がかかっているものを見たとき」などさまざまな意見が。
「個人商店の張り紙に個性がある」という回答に対しては、「張り紙が川柳のようになっていますよね。『ヤツデの葉そんなにむしって何になる』とか『ドロボウこれより先侵入禁止』とか、なんかちょっと面白いんですよね(笑)」と椎原さん。
テレビや雑誌で谷中が特集される際、紹介されるものごとの多くは飲食店ですが、お店の看板や張り紙、建築、庭、人の暮らしにこそ谷中の良さがあると言います。
「実際に谷中に暮らしている人たちの行動や状況そのものが美しいと感じます。例えばなぜまちがきれいなのかというと、朝起きたら自分の家の前とその両隣を掃くから。両隣も同じようにするので、道は2回掃かれることになって、ますますきれいになるんですね」(椎原さん)
些細なことかもしれませんが、ふとしたところに目を留めると、まち歩きがもっと楽しくなるかもしれません。
アートが身近になったら
未来はもっと生きやすくなるかも
Q&Aや質問コーナーもあり、会場は大盛り上がり。まだまだお話を聞いていたいところですが、そろそろお開きの時間です。
最後に、「5年先の未来、まちとアートの関係性はどうなっていると思いますか?」と、お二人に伺いました。
「40年以上アート業界にいますが、先がわかった試しがないんです(笑)。ただ思うのは、人々が柔軟にしなやかに立ち直るための手助けになるようなアートが増えていってほしいということ。今こそ必要とされていることだと感じています」(西原さん)
「5年というとまるで明日のようにも感じますね。今はアート=特別なものとして捉えられることが多いですが、アートは生活のなかにあって、自分が一歩踏み出せば、それはアートになるんだという認識が広まったら、今よりもっと楽しく生きられるんじゃないかなと思います。
去年のドクメンタ(ドイツ中部の都市カッセルで5年に一度開催される現代アートの祭典)で、インドネシアのアーティスト・コレクティブ『ルアンルパ』が芸術監督に選ばれたのですが、会場で展示されている多くのプロジェクトがワークショップ形式でした。それを見て、アートはまちづくりに近くなってきたなと感じました。アートは生活と地続きなんだ、生きる力なんだと思えて、自分自身も解放されましたね」(椎原さん)
谷中とアートの関係性についてじっくり学べた1時間半でした。まだまだ聞き足りない!と、トークが終わったあともお二人の周りには質問をしたい方が集まっていました。
「東京ビエンナーレ2023」会期中は、ここ未来定番研究所もラーニング・プログラムの会場に。11月5日(日)までさまざまなレクチャーやパフォーマンスを予定しているので、ぜひ公式Webサイトにてご確認ください。
東京の地場に発する国際芸術祭 東京ビエンナーレ2023
会期:秋会期 2023年9月23日(土)〜11月5日(日)(成果展示)
会場:東京都心北東エリア(千代田区、中央区、文京区、台東区の4区にまたがるエリア) 、歴史的建築物、公共空間、学校、店舗屋上、遊休化した建物等(屋内外問わず)(2023年6月15日時点)
主催:⼀般社団法⼈東京ビエンナーレ
椎原晶子さん
地域プランナー
東京藝術大学大学院生の頃より、谷中・根津・千駄木界隈の親しまれる環境調査に参加。1989年より、横浜の「歴史を生かすまちづくり」や、「谷中学校」、「芸工展」、NPOたいとう歴史都市研究会、株式会社まちあかり舎を通して、地域の古民家や暮らしの文化を生かす活動に関わる。都市と地方を結ぶ「みんなの実家」も企画中。2019年、あたりアルス株式会社設立。現在、國學院大学教授。
西原珉さん
キュレーター、心理療法士
90年代の現代美術シーンで活動後、渡米。ロサンゼルスでソーシャルワーカー兼臨床心理療法士として働く。心理療法を行うほか、シニア施設、DVシェルターなどでアートプロジェクトを実施。2018年日本に戻ってアートとレジリエンスに関わる活動を試行中。現在、秋田公立美術大学教授。米国カリフォルニア州臨床心理療法士免許。東京ビエンナーレ2020/2021では、参加作家として「トナリプロジェクト」を推進し、東京ビエンナーレ2023においても継続した活動を展開する。
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