2019.05.28

未来定番サロンレポート

Vol.8 コーヒーのある豊かな時間を、5年先も。

春の心地良い風が吹き抜ける2019年4月20日。東京・谷中にて8回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと、参加者の皆さんと一緒に考え、意見交換する取り組みです。今回お迎えしたのは、シングルオリジンコーヒー専門店〈NOZY COFFEE〉の代表を務める能城政隆さん。日本にシングルオリジンコーヒーを広めた第一人者である能城さんとともに、テイスティングを交えながらコーヒー文化のこれまでとこれからについて考えました。

大量消費・大量生産へのアンチテーゼ

一杯を大切にするスペシャルティコーヒー

スペシャルティコーヒーという言葉をご存知ですか?これは、“消費者の手に持つ、液体の風味が素晴らしい美味しさであり、消費者が美味しいと満足して評価するコーヒー”のこと(日本スペシャルティコーヒーHPより)。つまり、飲んだ人がおいしいと思えば、その時点でスペシャルティコーヒーであることを指すのです。定義が何とも曖昧なこの言葉は、生まれた背景にこそ注目すべきだと能城さんは話します。

「高度経済成長期のアメリカでは大量生産、大量消費が謳われ、コーヒーも例外ではなく、とにかく味よりも量を作ることが優先されました。それに伴いコーヒーの質が著しく低下し、その結果1970年代になると若年層を中心にコーヒー離れが加速してしまったんです。危機感を持ったコーヒー業界は何とか消費を伸ばすため、消費者が美味しいと感じ、満足するコーヒーを目指そうと、質を意識したコーヒー豆の製造にシフト。1982年にスペシャルティコーヒー協会が発足しました。日本では1998年にスペシャルティ協会が誕生。コーヒーそのものには長い歴史がありますが、おいしさが重視されるようになったのは、つい最近のことなんです」

能城さんの「スペシャルティコーヒーを飲んだことがある方?」という問いかけから始まった今回の未来定番サロン。

大量生産、大量消費の時代への反省から生まれたのが、質にこだわるスペシャルティコーヒーの考え方でした。スペシャルティコーヒーの評価基準は、カップのきれいさ(Clean cup)、甘さ(Sweetness)、酸味の質(Acidity)、口に含んだ質感(Mouth feel)、風味特性(Flavor)、後味の印象度(After taste)、バランス(Balance)、好み(Over all)の8項目。世界共通の指針なのだといいます。中でも能城さんが重視するのは、カップのきれいさ(Clean cup)。次のように続けます。

「ここで言う”きれいさ”とは、目で見る美しさではなく、口に含んだ時の感覚のこと。雑味を感じにくく、汚れていない状態のことを、”きれい”という言葉で表しています。例えば、美味しいお刺身とそうでないお刺身の大きな違いといえば、生臭い感じがあるかどうかですよね。魚本来の味が分かりづらかったり、甘さを感じにくかったり。この口に含んでもやもやする感覚こそ、”きれいさ”がない状態なんです」

カップのきれいさ(Clean cup)を実感するための飲み比べを実施。まずはお水を口に含み、次にスペシャルティコーヒーを。さらにお水を含んでリセットし、今度はコモディティーコーヒー(市場に流通している一般的なコーヒー)を。その味わいの違いに、参加者からは驚きと納得の声があがりました。

”ブレンドしない”新しい選択肢

シングルオリジンコーヒー。

 

そして、スペシャルティコーヒーの最たる例として広がりを見せたのが、シングルオリジンコーヒーです。そもそも日本では、コーヒーと言えばブレンドを思い起こす方も多いと思いますが、両者の違いは何なのでしょうか。

「ブレンドコーヒーの定義は、”2カ国以上の豆が混ぜ合わされたもの”。一方で、シングルオリジンコーヒーとは、”生産国、生産地域、生産処理方法が明確で、それらが一切ブレンドされていないコーヒー”のことです。ブレンドが主流となっていた一因には、イタリアのバール文化(軽食喫茶文化)、エスプレッソの影響もあると思います。バールでは、毎日同じ味を提供することが良しとされます。コンディションに依らず一定のクオリティの味を提供するために、複数の種類を混ぜ合わせるようになったと言われているんです。そのほかにも、安い豆を混ぜ合わせることでコストが削減できたり、ネーミングやパッケージデザインなどで、付加価値をつけやすかったりするという理由もありますね。一方でシングルオリジンは、品質向上のため、より細分化したロットで製造されています。ウィスキーの世界でも、ブレンドよりもシングルモルトの方が、クオリティが高いと言われていますよね。コーヒーも同様に、ブレンドするよりは、シングルの方が8項目の評価基準も高いんです」

能城さんは2010年、東京・三宿にシングルオリジンに特化したコーヒー豆専門店〈NOZY COFFEE〉をオープン。当初は、”ブレンドしないコーヒー豆”だけを扱っていることで、メディアからの注目度も高かったといいますが、この9年間で世の中の流れも変わってきたとのこと。

「今ではコンビニでも”シングルオリジン”という言葉を見かけるようになり、広く一般化しましたよね。おいしいコーヒーを目指していった結果、シングルオリジンである必要性が広まってきたのだと思います」

シングルオリジンの抽出ワークショップも行いました。

シングルオリジンコーヒーの台頭で

花開いた、コーヒー未開の地。

同時に、コーヒー豆の製造を担う生産者たちにとっても、シングルオリジンの台頭は劇的な変化をもたらしました。そのきっかけは、「カップオブエクセレンス」という品評会の登場。日本では、スペシャルティコーヒー協会が設立した1999年から、毎年開催されているのだそう。

「世界各国のコーヒー農園が出品し、どこの農園の豆かわからない状態で、世界共通の8項目を審査されるんです。これにより、これまでコーヒーの産地としてあまり知られていなかったエリアがどんどん陽の目を見るようになりました。眠れる土地が目を覚ますというか。品評会で優勝すると、バイヤーが農園に殺到したり、オークションで、高値で落札されるようになったりするので、生産者のモチベーション向上や、全体的なコーヒーの品質向上に大いに寄与しているんです」。

例えば、最近はホンジュラスの豆が注目されているとのこと。コーヒー業界全体の良い循環にも繋がっていると言います。

今回はフレンチプレスを使用して抽出。フィルターを通さないために脂分も抽出されたその味わいは、専門家が飲み比べる時のコーヒーの状態に近いのだとか。

挽いた豆にお湯を注ぐと、きれいに3層に。思わず歓声が上がります。

コーヒーに携わる人の情熱が、

もっと世の中に伝わるように。

そしてテーマは、コーヒーを取り巻く5年先の未来の話へ。シングルオリジンコーヒーは、これからまだまだ普及していくと、能城さんは断言します。

「一過性の流行ではなく、今後はもっと一般的になってくると思います。個性が大事にされることはコーヒーに限ったことではありませんが、人によって異なる豆の好みを持てることもまたひとつの魅力だと思います。また、今はコーヒースタンドが流行っていますよね。これまでにもカフェブームは何度かありましたが、あくまで空間のデザインや音楽などの自己表現が主。コーヒーの品質は置き去りにされていたのですが、今のコーヒースタンドは割と小さいお店が多く、家賃や人件費が抑えられる。その分原価にコストをかけることができますよね。味で挑戦したコーヒースタンドが、5年先にはもっと出てくるのではないかなと思っています」

今はコーヒー業界に限らず、大きなレストランやアパレル、ショップなどでも、質にこだわったコーヒーを出すお店が増えてきています。さらには、気持ちよく仕事をするための、オフィスでのコーヒー重要も高まっているのだそう。世の中の機運も高まる中、最後に、能城さんが〈NOZY COFFEE〉を通して挑戦したい未来のことを伺ってみました。

「コーヒーに関わっている人の情熱が、もっとお客さんにも伝わるようにしたいですね。5年前を振り返ってみると、バリスタの地位が今よりもっと低かった。現在も正社員として働く人は少ないですが、お客さんと触れ合う機会は多く、脚光をあびる側面も出てきたように思います。一方でロースター(焙煎士)はまだ全然知られていません。コーヒーにかける情熱はものすごいものがあって、誰よりも地道な仕事をやってくれているので、お客さんに価値としてそのことが伝わるといいなと思います。シングルオリジンコーヒーという言葉は、20年かけてやっと浸透したのですが、まだ本質はきちんと知られていません。同じペースでいけば、5年後に今日と同じセミナーをやったとしても、まだ知らない人はいるのかなと。なので、こちらの伝え方に革命を起こして、一気にこの世界観を伝えられるような仕組みを作れたら良いなと」

ほんのりとコーヒーの残り香に包まれたまま、9回目の未来定番サロンは幕を閉じました。

未来定番サロンを終えたばかりの能城さんをつかまえて……。

本日の感想を伺ってみました。

 

 

F.I.N.編集部

本日はお疲れ様でした。イベントを振り返ってみて、どうでしたか?

能城さん

楽しかったです。スペシャルティコーヒー、特にシングルオリジンコーヒーの飲み比べの時に、お客さんの反応が良かったなと感じました。9年前、〈NOZY COFFEE〉を創業したての頃は、「本当にこれが美味しいんですか?」という声を聞くこともあったので、改めて浸透してきたことを実感しましたね。

F.I.N.編集部

みなさん真剣に飲まれていたのが印象的でした。そもそも能城さんは、なぜコーヒーの世界に足を踏み入れたのですか?

能城さん

最初は、「コーヒーのことを知っていたらかっこいいな」という軽い気持ちで始めたのですが、一歩足を踏み入れてみたら、その裏側には生産者が実は大変な生活をしている事実に行き着いて。まずはコーヒー市場を整えたいと考えました。フェアトレードコーヒーもありますが、美味しさの基準がなく、衝撃的な味のものまであるので(笑)。まずはおいしいコーヒーが理解され、きちんと売られる仕組みを作りたいなと考えたんです。

F.I.N.編集部

大学時代には、エチオピアにも行かれたそうですね。

能城さん

はい、自分にとっては初めての海外で、貧しい発展途上の国からある種のカルチャーショックを受けに行こうと思っていたのですが、そこで見たのは、エチオピアの子供達の笑顔でした。当然インフラは整っていなければ、ご飯も食べられていないけれども、元気に走り回って笑顔でいるのを見て、幸せそうだなと。エチオピアの家庭では、お客さんが来ると、豆の焙煎から始めてコーヒーを振る舞うんです。家族でコーヒーを囲む時間は、日本にない時間で豊かだなと感じました。そこで、エチオピアの貧しさではなく、コーヒーの素晴らしさを伝えたいなと思ったんです。

F.I.N.編集部

今ではエチオピアのコーヒーを飲めるシーンも増えましたよね。

能城さん

エチオピアに行った時に、現地の人に、エチオピアのコーヒーが1番好きだと伝えたら、すごく喜んでくれました。産地をイメージし、作り手の顔をイメージしながら背景を味わえるところも、シングルオリジンの魅力かなと思います。

F.I.N.編集部

もっともっとおいしいコーヒーが気軽に飲める世の中になると良いですね。本日はありがとうございました。