2019.06.11

未来定番サロンレポート

Vol.10 “さとなお”こと佐藤尚之さんと語る「ファンベース」

心地の良い気候に恵まれた2019年5月22日。東京・谷中にて、10回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは、未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと参加者の皆さんと一緒に考え、意見交換する取り組みです。今回のテーマはコミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんが提唱する「ファンベース」。ファンベースとは、「ファン」=「常連さん」を大事にする施策です。自身が携わる企業やブランドなどを大好きでいてくれるファンを育てるには何が重要か。大丸松坂屋百貨店・未来定番研究所長の今谷秀和さんが聞き手となり、ファンベースの考えを軸にした、マーケティングのヒントを教えていただきました。

(撮影:鈴木慎平)

知っておくべき「ファンベース」という考え方

少子高齢化や人口の減少、成熟した市場など、新規顧客の獲得が難しくなっている現在。生活者の消費行動を促すためには、「ファンベース」が必要だと佐藤さんは考えます。ファンベースとは、ファンを大切にし、ファンをベースにして、中長期的に売上や価値を上げていく考え方。2015年に出版した『明日のプランニング』(講談社)でファンベースとマス(大衆)ベースを分けて説明し、組み合わせる方法を説き、2018年にはファンベースの導入・強化・実際の施策について詳しく述べた『ファンベース』を上梓。そして2019年5月7日、佐藤さんは野村ホールディングスとアライドアーキテクツの3社でファンベースを基盤としたマーケティング事業を行う合弁会社・株式会社ファンベースカンパニーを設立しました。

 

今回の未来定番サロンには、マーケティングや広告、クリエイティブ関連の仕事に携わる方が多数参加。このことからも、ファンベースの注目度の高さが伺い知れます。

実は佐藤さんと今谷さんは、前職であった広告代理店の元同僚なのだとか。和やかな雰囲気の中、未来定番サロンのスタートです。

新規顧客の獲得は困難になってきている

佐藤さんのご経歴やご活動をお話された後、今谷さんはまず、ファンベースに至った背景について尋ねます。

「理由は大きく分けて3つ。1つ目は時代背景です。2020年になると世の中に流れる情報は45ゼタバイトといわれているのですが、1ゼタバイトって世界中の砂浜の砂だと言われています。無限ですね。加えてこれからの日本は1年間に約100万人ずつ人口が減少していく見込み(*1)。情報過多で伝わらなくなっている上に、マーケットは急激に縮小し、顧客は減っていくのですから、これまで通り広告で情報を流して新規顧客の獲得を目指すこと自体に疑問を持たざるを得ません。2つ目は「パレートの法則」。これは『全顧客の上位20%が売上の80%を生み出している』というもの。数十年前からいわれている経験則ですが、日本ではずっと市場が伸びていたので、キャンペーンや単発施策で新規顧客を獲得する方が効率がよかったんですね。しかし現在は新規顧客の獲得が難しい。だとするなら、全顧客の上位20%、イコール“ファン”を大切にしましょうと。ファンが売上の大半を支えてくれているのです。3つ目は口コミの力が増していること。調査により明らかになっていますが、一番信頼できる情報源は圧倒的に「家族と友人」なんです。なぜかというと、価値観が近い人だから。要するに、類は友を呼ぶとか、似た者同士とかね。そういう価値観が近い人が愛用しているモノや大好きなコトは、自分にも合っている可能性が高いからです。情報や商品が大量に溢れていてもう選べない現在、我々は価値観が近い人からの情報を信用するのです。」。

そう話す佐藤さんの言葉に、参加者も真剣な表情で耳を傾けます。

 

*1

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2012/zenbun/s1_1_1_02.html

 

情報化社会だからこそ、生活者はインターネットの検索機能で知りたい情報をすぐに入手することができます。そのような現状に対して、佐藤さんはどのように考えているのでしょうか。

「本当に欲しい情報をネットの検索で探すのって、困難なんですね。例えば僕が谷根千エリアの居酒屋に行こうと思い、検索をすると数万件ヒットします。だけど上位にヒットした場所が、僕が行きたいタイプの居酒屋であるとは限りません。つまり検索って不便なんですね。それよりも『佐藤には谷根千にあるこの居酒屋がオススメだよ』といってくれる価値観が近い友人の推薦の方が信頼できる。そのうえ、Yahoo!が発表した都道府県別検索数を見ると、よく検索してるのって東京の人ばかりなんですよ。東京ではよく活用されてるけど、日本全国で言ったら検索はそれほど使われていない。それも含めて、やっぱり友人からの口コミのほうが重要です」。

ファンから傾聴し、ファンに喜んでもらうことが大切

業績の前年比アップ達成を目指す企業も多いはず。それを踏まえて「数字だけで判断しない“成長”をどう捉えたらよいのか」と、今谷さんは問いかけます。

「もともと企業は生活者の課題を解決するために創業したはずです。たとえば食品メーカーであれば、生活者の「お腹が減った」という課題を、おいしくかつ栄養豊かに解決するために創業したはずです。そのもともとの使命を省みると、企業の規模を大きくすることが成長とは言えないと思います。前年比とかは重要ではない。成長とは課題解決力アップのことのはずなんです。企業は誰のものかという議論に関係しますが、たとえばカゴメの株主の99.5%は個人で、カゴメのファンです。そうすると儲けのための株の売買ではなく、カゴメの生活者課題の解決を中長期的に応援していくじゃないですか。もともとの使命に立ち返ると、そういう関係性になることこそが重要だと思います。そういう意味で、『ファンコミュニティをつくって、囲い込んで刈り取ろう』といった失礼なマーケティング的発想も止めた方がいいですね。顔の分からない新規顧客と違い、ファンは売上を支えてくれる仲間です。囲い込むといった上から目線の発想ではなく、彼らといっしょに企業価値を上げていくことが大切です。
たとえばクルマメーカーのマツダは、ロードスターの新車発表会をファンが主催するファンミーティングで行っています。一般的に、新車発表会などはメディアへ向けて開催されますよね。でもマツダは新車を最も待ち望んでいるファンの前で、最初にお披露目するんです。もちろんファンは大喜び。するとファンはそういうマツダをもっと好きになるし、次もロードスターに乗ろうって思います。ファンベースを施策として取り入れるには、そういう風に「ファンが喜ぶツボ」を知ることが大切です。そのためにもファンからの“傾聴”をまず行った方がいい。いままでのマーケティングは、なぜ買わないかを調べて悪いところを改善していくスタンスでしたが、ファンベースはファンからイイトコロを傾聴してそこを伸ばしていくことを重要視していきます」。

参加者からも次々に質問が飛び出し、佐藤さんは丁寧に答えていきます。熱を帯びたまま、そろそろお開きの時間に。「詳しくは佐藤さんの著書『ファンベース』をご覧ください」と、今谷さんのさりげない宣伝も笑いを誘い、第10回目となる未来定番サロンの幕を下ろしました。

ファンベースはさまざまな業種に取り入れられる

トークイベントを終えたばかりの佐藤さんにお話をお伺いしました。

F.I.N.編集部

本日はありがとうございました。未来定番研究所のある谷中エリアは個人商店が多いのですが、企業でなくともファンベースの考え方は取り入れられるのでしょうか?

佐藤さん

もちろん。地域の個人商店とかは、地縁や血縁のつながりがある分、より相性がいいと思います。地元のお客さんを大切にするので、ファンベースに向いている関係性です。僕は講演を頻繁に行なっているのですが、小さな美容室のオーナーとかもけっこういらっしゃいますよ。

F.I.N.編集部

特に企業ですと、一定期間の宣伝・販促活動であるキャンペーンを行うところが多いかと思います。これまで効果を上げてきたわけですが、近年その実効性が薄れてきてしまっているとのこと。ファンベースを施策として採用してもらう場合、どのような意識の切り替えが必要になりますか?

佐藤さん

本音を言うと、キャンペーンなどでの強烈な成功体験をもつ企業の団塊世代の上層部が引退するのを待つのが早いでしょうね。なかなか成功体験は捨てられないものです。もしくは、まず経営陣にファンベースを理解していただき、トップダウンでファンベースの施策を実践していくかかな。

F.I.N.編集部

いずれファンベースの考え方が常識的になったとして、その頃の日本の未来はどんな風になっていると思われますか?

佐藤さん

ファンベースが常識的になると、個々人の”好き”が増えますよね。株式会社ファンベースカンパニーのミッションは「『好き!』がたくさんある世の中にしよう」なんです。たとえばペットボトルのお茶は様々なメーカーから発売されているし、どれも味は大きくは変わらない。でも、「私は味や製法やブランドストーリーも含めて、あるメーカーのお茶が大好きで、ファンなんだ」という「好き!」があれば、毎日それを飲むとき、ちょっとうれしい気持ちになる。そういうことがもっともっと自分の生活の中に散りばめられて、身の回りに「好き!」が溢れると、たとえ経済が成長しなくたって、きっと楽しい毎日になるよね、と。

ファンベースはファンの感情を扱います。超成熟市場で機能価値が陳腐化し、情緒価値が重要視されていく流れも含めて、「これが好き!」という感情をつくり育てていく仕事です。著書『ファンベース』の中で、ファンの支持を強くするための3つのアプローチとして、「共感」「愛着」「信頼」と記していますが、3つとも「感情」ですよね。これからは、論理より機能より、感情が大切な時代になると思います。ただ、たとえば恋愛関係においても、一目惚れもあれば3年かけて惚れる場合もあるように、感情は人によってペースが違う。だからファンベースは時間もかかるし手間もかかる。マス・マーケティング時代の効率重視の観点からすると真逆かもしれません。だけど、もう効率よくマスに伝える時代は終わりました。ひとりひとりの感情に丁寧に向き合うマン・マーケティングの時代だと思います。みんなの「好き!」で世の中を満たしていくのはとても大変ですが、やり甲斐あるし、それはきっととても楽しい社会になるのではないか、と私は思っています。