谷中日記
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2022.09.28
未来定番サロンレポート
暑い日差しが照りつける2022年8月7日、23回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと参加者のみなさんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。
今回は、「未来定番コンポストサロン」の第2回(第1回はこちら)として、コンポストの主役でもある微生物にフォーカス。ゲストに日本科学未来館の科学コミュニケーターである櫛田康晴さんをお迎えし、「微生物とわたしたちの未来」というテーマでお話をお聞きしました。
櫛田さんは、日本科学未来館で4月から始まった展示『ビジョナリーラボ セカイは微生物に満ちている』のディレクションを担当。様々な研究者とともに、目には見えない微生物の世界を見つめてきたひとりです。新型コロナを経てより一層身近になったウイルスや菌、そして微生物とは、私たちや社会にとってどんな存在なのか。コンポストという視点を通して、参加者のみなさんと一緒に考えました。
(文:深澤冠/写真:西あかり)
みんなのコンポストで
すくすく育った野菜がずらり。
本イベントに入る前に、今回も会場にて、バッグ型コンポスト「LFCコンポスト」を開発しているローカルフードサイクリング株式会社(LFC)による堆肥の回収会&マルシェを開催。LFCのSNSやメルマガをご覧になった方々が、ご自宅のLFCコンポストで育てた堆肥を持ち寄ってくださいました。埼玉からいらっしゃった方もおり、各地から集まった堆肥が混ぜられ、農家へと送られます。
また、マルシェでは茅ヶ崎のイマハ菜園さんがコンポストを使って育てた有機栽培野菜を販売しました。鮮やかに色づき、生き生きとしている姿に思わず手にとってしまうのが夏野菜の魔力。回収会に来られた方やスタッフにひとつ、ふたつと抱えられ、気づけばあっという間に完売しました。
知っているようで知らない、
微生物って何だろう。
午後、櫛田さんがいらっしゃり、さっそくオンラインイベントが始まります。櫛田さんは、高校の授業で行った実験で生物学に興味を持ち、大学院ではゾウリムシの仲間の研究をされていたそうです。現在は日本科学未来館の科学コミュニケーターであり、微生物学を研究する専門家ではないとおっしゃっていましたが、一見難しそうな微生物の世界を日頃から科学館で子どもや大人にわかりやすく伝えているプロフェッショナルです。
土にも、空気にも、私たちの身体の中にもいる微生物ですが、目に見えない彼らについて知っていることはあまり多くありません。そこでまずお聞きするのは、そもそも微生物とは?というところ。
微生物とは、字のごとく小さい生物。厳密にいうと、肉眼では見ることができない生物を指すそうです。人の目で見える大きさがおおよそ0.1ミリといわれているため、0.1ミリ以下の生物が基本的には微生物にあたります(例外もあります)。
微生物の主な種類は「原生生物」「真菌」「細菌」「ウイルス」の4種。原生生物は池などに住んでいる単細胞生物で、櫛田さんが研究していたゾウリムシも原生生物に含まれます。真菌は、カビや酵母など私たちの暮らしに身近なものが多い種類です。特に酵母はパンやビール、日本酒など私たちの食文化と密接に関係しています。
微生物のほとんどを占めると言われているのが、細菌(バクテリア)です。非常に多種多様な細菌が、地球上のあらゆる環境に存在しており、そのバリエーションは動物や植物の比ではないそうです。
最後のウイルスもまた特殊です。ウイルスは自己増殖しないため生物ではないのではないか?と議論されており、微生物と呼べるか難しい存在です。カプセルのような物質に遺伝情報が入っており、増殖するには他の生物に感染し、生物の細胞に増やしてもらわなくてはなりません。コロナウイルスが世界中で増えているのも、人間に増やしてもらっているからということになります。
「細菌や真菌は目に見えないため一緒くたにされてしまいがちですが、生物学的には全くの別物です。細菌の体はとてもシンプルな構造をしていますが、カビや酵母といった真菌は動物の細胞のようにとても複雑にできています。生物の分類上では、この2種類ははっきりと分かれています。微生物の種類は、実は私たち動物とは比べられないくらい非常に多種多様なんです。」
生物学の世界では有名な系統樹の図なども見せながら、わかりやすく解説してくださる櫛田さん。生物の分類において動物や植物が占める割合はほんのわずかであり、そのほとんどが多様なバリエーションをもった微生物だそうです。私たちは普段たくさんの人に囲まれて暮らしていると思っていますが、地球に存在する生き物のほとんどが目に見えないという事実は大変驚きでした。
分解者だから
コンポストができあがる。
微生物の基礎についてお聞きしたら、コンポストにおける微生物の働きに話は移ります。実際にLFCコンポストの堆肥に触れながら、その中に息づく生態についてお話いただきました。
「地球の生態系には『生産者』『消費者』『分解者』という3つのカテゴリーがあり、微生物は『分解者』にあたります。生産者は植物、消費者は植物から栄養をもらう動物、そして動物でも消費できないものを分解して消費するのが微生物です。コンポストでは、土の中に人間が可食できない生ゴミを入れると、だんだんなくなっていき堆肥に変わりますよね。それは、土にいる真菌や細菌が野菜くずなどを分解しているからです。」
LFCコンポストの中には土のような基材が入っていますが、そこにも多様な微生物が住んでいます。そして、真菌や細菌が増えるのに必要な食べ物のくずを入れることで、野菜などが栄養素に分解されていくという仕組みになっています。
また、櫛田さんは分解の多様さについても詳しく解説してくださりました。カビは、菌糸から分解酵素を分泌することで、壊すように分解し根を生やしていきますが、酵母は自分の外にある栄養を食べて分解します。この酵母による分解が、人間が発酵と呼んでいるものです。このように分解といっても様々なやり方がありますが、いずれも微生物は自分たちのために行なっており、人間はその働きの恩恵を受けているに過ぎないのだと気付かされます。
微生物は
住まいの好みもいろいろ。
コンポストの中にどんな微生物がいるのか。それは家庭によって千差万別です。もともと土の中にいる微生物だけでなく、空気中にいる微生物や手のひらにいる微生物が日々流動しているからです。ただ、どんな種類でもコンポストに住み着くかというとそうではなく、微生物にも環境の好みがあるようです。
まず影響するのは酸素濃度。酸素を好む微生物もいれば、酸素があると死んでしまう微生物もいるのだそうです。LFCコンポストは通気性が高いため、酸素を好む微生物が増殖しやすい環境づくりをしていると考えることができます。逆に、プラスチック容器のようにバチッと密閉できるものであれば、空気が遮断されるので嫌気性の微生物が増えます。このような性質を利用すれば、ある程度どんな微生物を増やすかコントロールすることもできるそうです。
他にも温度、pH(酸性かアルカリ性か)、水分量も微生物の生育に影響があるようで、こういった視点から考えてみると、真夏日に放ってしまった食事が傷んだり、濡れたタオルが臭くなってしまったりする理由にも微生物が関わっているのだとわかってきます。
健やかであるために
微生物と触れ合う。
続いて、櫛田さんがディレクターを務める展示についても触れながら、「なぜ多様な微生物と触れ合う必要があるのか?」ということについて考えました。
日本科学未来館で開催されている『セカイは微生物に満ちている』では、私たちが普段暮らしている都市や生活環境にいる微生物にフォーカスを当てています。そこには、新型コロナの感染拡大からアルコール消毒が浸透し、暮らしの様々な場面で除菌や滅菌が行なわれることで他の微生物も失われているという背景があります。
櫛田さんたちが微生物の多様性に注目するのは、微生物が人の健康に関わっているからです。ある程度細菌に触れることで、体を守ろうと反応し免疫力が高まることなどが挙げられるそうですが、あらゆる菌を排除するのではなく微生物と共生していく未来を展示では見つめています。
見えないからこそ
魅力がある。
「もしも見えない微生物を感じられる技術があったとしたら、使ってみたいでしょうか?」
最後に櫛田さんから参加者のみなさんへ質問が投げかけられました。「目で見える技術」「音で聞こえる技術」「匂いで感じる技術」「触って感じる技術」「特に使わない」という選択肢を用意し、参加者のみなさんはスマホからその場で投票。すると、意外にも多かったのは「音で聞こえる技術」でした。
「微生物を音で感じるというのは面白いですね。私自身はコンポストをやったことがないのですが、やられている方は微生物が頑張って働いているのがわかって楽しいとおっしゃっていたので、むしろ目で見えないからこそ愛着が湧くのかなと思いました。ご家庭によってはコンポストが置けないということもあると思うので、このように微生物を音や別の形で感じられる技術を考える価値はありそうです。『特に使わない』が一番多いかもと予想していたので、科学館の立場としてもまだできることがある、と安心しました(笑)」
普段の暮らしからはなかなか微生物を意識することはできませんが、生ゴミがなくなることで菌の働きがわかるコンポストもまた、その小さな存在を感じられるもののひとつです。見えない世界に目を凝らすことで、微生物の存在がより一層身近になりました。
櫛田康晴(くしだやすはる)
日本科学未来館科学コミュニケーター。専門分野は細胞生物学。学生時代より、目に見えない原生生物を対象に研究に没頭する。大学院では、繊毛虫(ゾウリムシの仲間)の細胞核がどのように分裂するかという難題に挑戦。研究職に就いたのちに、科学者でない方々に科学の面白さとその可能性を伝えることの重要さを痛感し、科学コミュニケーターとなる。最近は主に常設展示を企画・制作しており、2022年4月にオープンした微生物の多様性に関する展示「ビジョナリーラボ セカイは微生物に満ちている」では展示ディレクターを務めた。
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