もくじ

2018.05.11

酒蔵〈寺田本家〉が伝える、菌と共生する未来。<全2回>

第2回| 菌たちが自然酒「五人娘」を造るまで

今の世の中では、あらゆる場面で除菌や殺菌をし、“菌を排除すること”が常識です。しかし、しかし、tasobi代表の堀田幸作さんや〈タルマーリー〉オーナーシェフの渡邊格さんなど、多くの方が菌を排除しない洗剤選びや自然に発生する菌を生かした食品作りなどを実践していました。いずれは菌と共生することが世の中の定番となるかもしれません。

300年続く老舗の造り酒屋〈寺田本家〉が実践するのは、蔵に棲む菌や、人の手の常在菌など、自然の助けを借りながらじっくり時間をかけて造っていくという方法です。それが生命力のある酒を生むと語ってくれた24代目の寺田優さんに、具体的な酒造りのプロセスを伺いました。

(撮影:鈴木慎平)
(画像提供:寺田本家)

日本酒造りは、「麹」「酛/もと(酒母/しゅぼ)」「もろみ造り」の3段階と言われています。それぞれの段階で、多くの微生物が活躍する様子を、菌を中心に見ていきましょう。

「麹」

〈寺田本家〉の酒の原料となるものは、〈寺田本家〉の蔵から培養した「黄麹菌」と、井戸から汲み上げた地下水を浄水した「仕込み水」と、契約農家や〈寺田本家〉の田んぼで育てられた無農薬米を蒸した「蒸米(むしまい)」です。米は蔵人が素手で洗米し、仕込み水で浸水したのち、甑(こしき)と呼ばれる巨大な蒸し器で熱を加え蒸米にします。それを手のひらで麻布の上に広げ、適温に冷ましたところに、黄麹菌を一粒ずつ植え付けて麹室で繁殖させます。

(左上)甑から掘り出した熱い蒸米を広げて冷まし、微生物達に快適な温度にしている。(左下)蒸米に黄麹菌を散布する様子。(右上)蒸米に黄麹菌を植えつけた後、麹室(こうじむろ)ではこまめに切り返し作業を行い、麹菌に居心地のいい場を作って生育を助けている。(右下)できあがった麹。食べると栗のようなほのかな甘みがあるのだそう。

「酛/もと(酒母/しゅぼ)」

桶に仕込み水と蒸米、麹を入れて「かぶら櫂」という櫂棒で、繰り返しすりつぶします。冬の季節、極寒の蔵の中で1日に3、4回行われるこの作業は、蔵人たちが「酛摺り唄」の唄声を響かせながら、ゆっくりと麹の力を引き出します。これをタンクに入れて、毎日暖気を送り込み発酵場を整えると、2、3日後には「硝酸還元菌」と乳酸菌が自然に増殖。タンク内に乳酸が増加し、酸性に傾くと「硝酸還元菌」と「乳酸菌」が減少し始め、そこからやっと酵母が活動を開始します。ここまで約30〜50日間ほどの時間をかけて、やっと「酛(酒母)」が完成します。途中で人工乳酸を添加し発酵を促進させる速醸という方法もありますが、寺田本家では自然の力だけで手間ひまをかけて力強い酒母を造り上げています。

(左)唄いながらの酛摺り作業。(右)完成しつつある酒母。ヨーグルトのような酸味がある。

「もろみ造り」

酒の元となる「酛(酒母)」「麹」が揃ったら「仕込み水」「蒸し米」とともに、三段階に分けてタンクに入れ(三段仕込み)、20日間以上かけて原酒となる「もろみ」を作ります。もろみは、麹が蒸米を分解して糖に変え、それを酵母菌がエサにしてさらに分解してアルコールを生み出します。この「糖化」と「発酵」を同時に行う「並行複発酵」は世界的にも珍しい技法で、このバランスを調整するのが杜氏の技術です。

発酵の最盛期の様子。盛んに泡が立っている。

約1ヶ月かけて仕込んだ「もろみ」を圧搾し、酒粕と新酒(生原酒)に分けられます。琥珀色をした原酒をろ過すれば透明な酒になりますが、酒の力を保つためにろ過せず、そのままひと夏ゆっくりと熟成させ、味わい深く、旨みののってくる重陽の節句(9月9日)に〈寺田本家〉の純米酒「五人娘」が完成するのです。

24代目が語る、菌と共生する未来のこと。

F.I.N.編集部

最後に、〈寺田本家〉が酒造りや発酵を通して伝えたいこととは?

寺田さん

神崎町は「発酵の里」を掲げ、道の駅〈発酵の里こうざき〉を運営したり、酒蔵を巡るイベントを開催したりと、地域の活性化に繋げています。地域に伝わる発酵という技術を広く全国に紹介することで、地元に住む人たちも地域を改めて見つめ直す機会になればいいですね。また、僕自身は小学校の自由授業で、子供たちに味噌造りを教えています。発酵という先人からの知恵を次の世代に伝えながら、微生物の力を借りて少しずつ形を変えるものを観察することで、自然界の大きな時間の流れを感じてもらえればと思っています。

F.I.N.編集部

発酵という小さな現象から、自然を感じてもらうというわけですね。

寺田さん

それから、酒造りでは様々な微生物がそれぞれの能力を生かし、バトンタッチをしながら、ひとつの酒を生み出します。強い菌、弱い菌、人間に有用な菌、害のある菌などいろいろな菌がいますが、それらをすべて受け入れることで、最終的には調和のとれた世界に収束していく。酒造りではその様子を肌で感じることができるんです。微生物の働きを見ていると、今日、ツイていないことがあっても、きっと明日はいいことがあって、長い目でみると調和がとれていくんだろうなという寛容な気持ちになるんですね。この世界は、人間だけが生きているわけではありません。発酵を通して、微生物にまで目を向けることで、すべての生き物が調和をとりながら生きている世界を実感してくれたらいいですね。

F.I.N.編集部

〈寺田本家〉がこれから挑戦することは?

寺田さん

〈寺田本家〉が自然酒造りを始めて30年。自分が酒造りに携わってから15年が経ちます。当初は挑戦の連続だった自然酒造りも、ありがたいことに「寺田本家の自然酒」と広く皆さんに認識してもらえるようになりました。しかし、それに甘んじず、少し白濁して酸味のある「寺田本家の酒の味」を超えるような、新しい酒造りに挑戦していきたいです。もちろん、先代の頃から目標としている“百薬の長”となり得るような、生命力のある酒造りは永遠のテーマとして掲げながらですが。

F.I.N.編集部

具体的にはどのようなことを?

寺田さん

昨年、デンマークにあるビールのブルワリーを訪ねたら、ボイラーに使う燃料を重油から藁に切り替え、より環境に配慮したビール造りをしていました。デンマークではその1カ所だけでなく、他にもそういった流れが起きているそうです。さらに、ニューヨークのブルックリンでは、工場跡地の一角でビール醸造機を利用して日本酒を作る〈ブルックリン・クラ〉など新しい造り手も登場しています。そういった世界の変化を見ると、僕らももっと柔軟で自由な酒造りに挑戦したいと思いますね。それに僕ももう44歳ですから、これから先の日本酒界のことも考えて、次世代の造り手たちがのびのびと活躍できる土壌も整えていければとも考えています。

寺田本家

〒289-0221 千葉県香取郡神崎町神崎本宿1964

TEL:0478-72-2221

https://www.teradahonke.co.jp/

編集後記

工業製品のような日本酒などとは一線を引く、様々な菌たちと共生しながらの酒造り。酒蔵の宿敵ともいえそうな火落ち菌でさえ、排除することなく共存していくという寛容さが、結果として命の強さを引き出し、その土地ならではテロワールを生み出すというスタイルは、人のこれからの在り方に相通じるものがあるように思いました。

ちなみに、寺田さんが造る自然酒は、スルスル飲めて二日酔いしにくいという印象。これぞまさに菌との共存が生み出す百薬の長なのかも。……ということで、今宵もちょっとだけご相伴にあずかるとしましょうか。

(未来定番研究所 前川)