メイドインジャパンを継ぐ人。
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2025.01.10
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第33回にご登場いただくのは、どぶろくや糀、味噌などの発酵食品を通して滋賀県の豊かな食文化を伝える〈ハッピー太郎醸造所〉の池島幸太郎さん。包容力と調和性を持つ発酵食品は、地域の魅力を伝えるツールにもなると語ります。
(文:宮原沙紀)
池島幸太郎さん(いけじま・こうたろう)
滋賀県大津市育ち。〈ハッピー太郎醸造所〉代表。醸造家、発酵アドバイザー。京都大学卒業後、3つの酒蔵で12年間蔵人として働く。2017年滋賀県彦根市に〈ハッピー太郎醸造所〉をオープン。使用する原材料の農法まで説明ができる、トレーサビリティーが確保された糀や味噌などを販売する。2021年、滋賀県長浜市にオープンした商業文化施設〈湖(うみ)のスコーレ〉に移転。発酵食品以外にも、お茶やスパイス、フルーツなどを使ったさまざまなフレーバーのどぶろくを醸造。
日本酒から教わった発酵食品の魅力
長浜市の中心地に位置する、湖国の暮らしの知恵を学ぶ施設〈湖のスコーレ〉内に〈ハッピー太郎醸造所〉があります。ここでどぶろくや発酵食品を造り、製品を通して滋賀の魅力を伝え続けているのがハッピー太郎こと、池島幸太郎さん。池島さんが滋賀県で生活を始めたのは、小学校6年生の時でした。
「大阪、奈良、京都と移り住んで、小学校6生の時に滋賀県大津市に引っ越しました。両親は九州出身で、宮崎県に住んでいる父方の祖母から麦味噌や漬物、梅干しなどがよく送られてきていました。お米も宮崎県のものだったし、食卓に並んでいたのは九州の食文化でした」
滋賀県の食文化が身近な存在ではなかったという池島さん。最初に興味を持った発酵食品は日本酒でした。京都大学に在学中、とあるお蕎麦屋さんで日本酒のおいしさに目覚めます。
「学生時代オーケストラでトランペットを吹いていました。トランペットの先生に、よく連れていってもらったお蕎麦屋さんがあったのですが、そこで飲む日本酒がおいしくて。ちょうどその頃は全国各地で地酒の新しいムーブメントが起こっている時期で、いろんなお酒を飲むことで日本酒の奥深い魅力を知りました」
その先生の勧めもあり、日本酒業界で働くことを考え始めたといいます。
「酒造りの神様と呼ばれている農口尚彦さんをテレビ番組で見て、感銘を受けたことも影響しています。彼の酒造りの姿勢に憧れて杜氏を目指しました。僕は農業をしたことがなかったので、米作りから酒造りまで携われるところを探して島根県の〈やさか共同農場〉で農業や味噌作りのアルバイトを、冬は〈日本海酒造〉で酒造りの季節労働者として修業を始めました。
その後、滋賀県の〈冨田酒造〉、〈岡村本家〉に勤め、12年もの間蔵人として働きます。それぞれの蔵で学んだことが、現在に大きく影響していると池島さんは語ります。
〈ハッピー太郎醸造所〉をオープン
2017年に〈ハッピー太郎醸造所〉と名付けた糀屋をオープン。「顔の見える発酵食品で、つながりを取り戻す」ことをテーマに掲げました。
「当時すでに発酵ブームだったにもかかわらず、日本各地の糀屋がどんどん店を畳んでいく状態でした。もともと地域に1軒は糀屋がありましたが、僕が当時住んでいた彦根市でも糀屋が辞めてしまって地域の人が困っていたんです。僕の経験や技術で、役に立てるかもしれないと思い糀屋を始めました」
糀を購入する方の多くは、食の安全性に気を配る人たち。そこで池島さんは、原材料の農法などをすべて明らかにできるような製品造りを目指しました。
「農家さんによって農法はもちろん、思いも立場も違います。日本酒を造っていた時は、どういうお米を使ってどういう製法で造っているのかを説明し、蔵の思いを語ることは当たり前だったので、その文化を糀屋に持ち込めば需要があると感じました。お米を育てる時に除草剤を使ったのであれば、どんな除草剤を使ったのかまで明らかにするぐらいのトレーサビリティーを確保し、安全・安心な製品造りを目指しました」
糀を発酵させる糀菌にも池島さん独自のこだわりがあるそうです。
「糀菌にもいろんな種類があって、性格もさまざま。お米と糀菌の相性を考えて糀を造っていました。マルシェや朝市などで販売を始めた時、買ってくれた方のほとんどが小さな子供を持つお母さん。子供に食べさせるものは、原材料がわかる安全なものにしたいという方が選んでくれました」
糀、味噌、漬物、ほかには滋賀県の名物であるふなずしも販売していました。
「ふなずしは〈冨田酒造〉に勤めていた時に、趣味で造り始めたのがはじまり。琵琶湖に浮かぶ沖島の漁協で習いました。最初に造ったふなずしが、おいしかったんですよ。地域の人にも食べてもらったら『お前、仲間だな』という感じで、その日を境に道端で会った時にニコニコ話しかけられるようになったんですよね。やっと僕もこの地域に馴染めた気がしました。その後に働いた〈岡村本家〉では直営の居酒屋があり、そこでもふなずしを造っていました。糀屋を始めるにあたって、冬に糀を仕込み、夏はふなずしを造るというサイクルで営業していました」
この頃から滋賀県を語れるような発酵食品を造っていきたいという思いが強くなっていきました。
「滋賀県の伝統野菜である日野菜(ひのな)の漬物も造り始めました。滋賀県日野町の地域おこし協力隊の方が、日野菜の栽培を頑張っていたので、僕も応援したいと思ったのがきっかけ。僕は米作りをした経験から、農業のしんどさも知っています。天候の影響で絶望的な状況を経験したこともある。だから生産者の皆さんのことをリスペクトしています」
〈湖のスコーレ〉に移転し、念願のどぶろく造りにも挑戦
2021年、長浜市に商業文化施設〈湖のスコーレ〉がオープン。滋賀県の伝統や文化、暮らしを体感し学べる施設です。ショップやカフェ、ギャラリーが入るこの施設に、池島さんも参加しないかと声がかかりました。
「このプロジェクトが開始された時、創業メンバーの方々が『滋賀の宝物を見つけよう』と調査をされていました。僕の工房にも遊びに来てくださって、滋賀の発酵食品について熱く語ったんですね。奈良の〈くるみの木〉というカフェのオーナーである石村由紀子さんが〈湖のスコーレ〉のプロデューサーでもあるのですが、この新しい施設でどぶろくを造らないかと提案されて、考える間もなく『はい』と返事をしてしまいました」
滋賀の文化は琵琶湖があってこそ成り立っているもの。「湖から学ぶ」という〈湖のスコーレ〉の理念に、池島さんも大きく共感したそうです。
「滋賀県民で琵琶湖を見たことがない人はおそらくいないでしょう。滋賀の人たちは生活をするうえで琵琶湖の存在を忘れたことがありません。約400万年も前から存在する湖なので、生態系も豊かでさまざまな固有種がいます。僕たちは琵琶湖が汚れないように生活排水に気を配るし、農業をする方たちも琵琶湖の自然を守る意識を強く持っています。琵琶湖が育んだ豊かな水や生物、植物などが多様な食文化にも表れているんです。訪れた人がここでつくられたものに触れて、日々の生活に持ち帰ることで、琵琶湖の文化や環境を学ぶ。この施設で発酵食品を造ることは、おいしさ以上に伝えられることがあるのではないかと思いました」
どぶろくを通して、滋賀県の魅力を伝える
発酵食品はもちろん、新しく造りはじめたお茶、スパイス、フルーツなどいろんなフレーバーが楽しめる池島さんのどぶろくは、たちまち人気商品になりました。
「日本酒には、米しか使いません。お酒に米以外のものを入れることは日本酒業界にいた身としては、ちょっと邪道な気がしていました。でも糀屋になって、お客さんからもっと自由でいいんだって気づかせてもらえたんです。主婦の方々は、甘酒を子供に飲ませる時にフルーツや豆乳を入れるんですよ。塩麹にはスパイスを入れることも。家族によりおいしく食べてもらうために、自由に工夫をしているんです」
どぶろくは、滋賀県の多様な食文化を伝えるツールとしても適役でした。
「例えば以前に仕込んだお茶のどぶろくは、滋賀県の政所茶(まんどころちゃ)を使っています。産地である政所町は、山深いところで昔からお茶の栽培が盛んな地域です。雪深い場所故に挿し木栽培ができず、実生在来種の茶木が残っていて、無農薬無化学肥料で育ったお茶です」
滋賀県で栽培された自然農法のお米を使い、ストーリーを持つさまざまな農産物を副原料として使う。これまでのどぶろくのイメージを覆し、ファンも増加していきました。
「お茶のどぶろくを飲んだ人が実際に茶畑を見に行きたいと思ってくれたり、『琵琶湖の魚と僕のどぶろくが合うんですよ』と話したら、その魚が食べられる料理屋さんに足を運んでくれる人がいたり。発酵食品を通して、滋賀を深く知ろうとしてくれる人が増えている気がしますね。日本の糀は多種多様な酵素がたくさん含まれていて、素材をまとめる力があります。フルーツやスパイスを入れた直後は味がバラバラなんですが、3日ぐらい経つとちゃんとひとつの塊になるんです。そんな発酵の面白さを毎日感じています」
食や暮らしを考えるまち、長浜
これからは後継者の育成にも努めていきたいと目標を語ってくれました。
「〈ハッピー太郎醸造所〉では新しく、発酵文化や郷土食に興味のある人が醸造責任者になることが決まっています。この味を引き継いでもらえるように、僕自身はもっと身軽に動けるようにして行動範囲を広げていきたいです」
大好きな長浜のまちの人、文化、食も、次世代に引き継いでいくことが池島さんの目標です。
「長浜は移住者も多いまち。発酵文化や郷土食に興味があって移住する人も多いので、そんな文化や伝統をちゃんと我々が引き継いで保存し継承していくことが大事だと思っています。食文化を知ることで、食べるとは何か、生きるとは何かまで考えられるようになります。長浜は暮らしを改めて考えさせてくれるポテンシャルが、今でも十分にあるまちだし、これからもますます発展していけるよう僕も尽力できたらと思います」
〈ハッピー太郎醸造所〉
【編集後記】
近畿で圧倒的な存在感をみせる琵琶湖。飛行機に乗った際、鳥瞰でその大きさに改めて驚いたことがあります。針江地区のかばたを見学に行った時はその保たれた清流の美しさに心を奪われました。池島さんもまさに琵琶湖のように大きな視野で、清々しい糀を生み出され、そのパワーは湖面の波紋のようにどんどん広がっているように感じました。「自分の足元に宝物はある。」地元を愛し、豊かさに感謝されている姿勢はとても力強く、それこそがハッピーを招くゆえんなのでしょう。池島さんのどぶろくもふなずしも絶対に美味しい!滋賀の、まさに滋味を、広く知らせたい!と思います。
(未来定番研究所 内野)
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