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2024.06.21
地元の見る目を変えた47人。
「うちの地元でこんなおもしろいことやり始めたんだ」「最近、地元で頑張っている人がいる」――。そう地元の人が誇らしく思うような、地元に根付きながら地元のために活動を行っている47都道府県のキーパーソンにお話を伺うこの連載。
第26回にご登場いただくのは、茨城県つくば市で〈株式会社Closer〉を企業した樋口翔太さん。小学生の頃からロボットをつくっていた樋口さんは、筑波大学大学院在学中に自動化が進んでいない業界に向けたAIロボットの会社を設立しました。つくば市の新しい才能として、全国から、そして世界からも注目される樋口さんはなぜロボットをつくりはじめたのか。ロボットを通して実現したい未来、つくば市の魅力などをお聞きしました。
(文:宮原沙紀)
樋口翔太さん(ひぐち・しょうた)
1997年新潟県上越市生まれ。小学生の頃からロボット開発に取り組み、長岡工業高等専門学校でロボット技術を学ぶ。その後筑波大学大学院に進学し、ロボットハンドの研究に取り組む。2017年には「RoboCup」世界大会優勝、Asia-Pacific大会優勝。2021年11月に〈株式会社Closer〉を創業し、食品産業などの工場へロボット導入を進めている。2024年、米経済誌『フォーブス』に、アジア太平洋地域で影響力のある30歳未満の若手起業家として選ばれた。
科学の街、つくばで注目の若き才能
茨城県つくば市は、2023年に人口増加率全国1位と発表された街です。筑波山をはじめとする雄大な自然に囲まれながら、2005年にはつくばエクスプレスが開業し都心へのアクセスが良くなったことも人気の移住先である理由の1つ。仕事や子育てがしやすい環境で多くの人に住まいとして選ばれる一方、科学の街としても知られています。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が運営する筑波宇宙センターや、つくばエキスポセンターなど最先端の宇宙開発について知ることのできる施設が点在。また各分野の最先端の研究機関や国の施設が集まり、多くの研究者がいます。そんな街に、今注目されている若き才能が。AIロボットメーカー〈株式会社Closer〉の代表、樋口翔太さんです。
幼い頃から情熱を燃やしたロボットづくり
〈株式会社Closer〉を2021年、24歳の時に立ち上げた樋口さんは、新潟県上越市出身。小学生の頃からロボットをつくっていました。きっかけとなったのは、ロボカップという自立型ロボットのサッカー大会。興味を持った樋口さんは自らロボットをつくるようになり、小学5年生の時から友人とロボカップに毎年チャレンジするようになりました。中学校を卒業すると、専門的なロボットの知識を身につけるために長岡市にある長岡工業高等専門学校に進学。5年間寮生活をしながらロボット技術を学びました。
「長岡の高専では、トマトを収穫するロボットの研究をしていました。農家さんへヒアリングする機会も何度かあり、お話を聞くと農業の現場の労働力不足は深刻だと痛感。農業にもロボットが参入できるようになれば、その解決につながると感じました」
ロボットを労働力として多くの人に使ってもらえるようにしたいという思いは、日常生活でも生まれてきました。
「飲食店のアルバイトをしていた時、繰り返しの作業は単調で大変でした。そういう作業が多い職場はなかなか人が集まりません。人手不足の深刻さを体験したことで、単純作業や重労働をロボットが代わりにできたらいいのに、という思いを抱くようになりました」
つくば市でロボットを学び、創業へ
高専を卒業した樋口さんは、大学院に進学してさらにロボットの知識を深めることを決意しました。
「僕が学びたい分野を学ぶことができるのが、筑波大学の研究室だったんです。大学院では、千切りキャベツなどの食べ物を一定量掴むロボットハンドを研究していました」
そして修士課程2年目だった2021年11月につくば市で、〈株式会社Closer〉を創業しました。
「もともと個人事業主として、ロボットをつくるプロジェクトを行っていたので、売り上げが立つようになったタイミングで創業しました」
樋口さんが開発しているのは、小型パレタイズロボット『Palletizy(パレタイジー)』と、包装箱詰めロボット『Pick Paker(ピックパッカー)』の2種類。『Palletizy』は、段ボールの積み付け作業を行うロボットです。段ボールとパレットのサイズを入力するだけで、積み付け方を自動生成するので、誰でも簡単に操作できます。
『Pick Paker』は、食品、化粧品、医薬品などの工場で行われる包装・箱詰め領域を中心に、「つかんで置く」動作を自動化するAIロボットです。例えば、調理麺を作る工場で、食品トレーにわさびなどの小袋を入れる作業をロボットが行います。
「産業用ロボットは大型で値段も高額なため、小さな工場では設置が困難でした。僕は以前から、ロボットは誰にとっても必要だと思っていたので、そんな状況がはがゆかったんです。僕たちのつくるロボットは移動式なので、工事不要で簡単に設置でき、ロボット知識がゼロでも簡単に操作できることがポイントです。このロボットで生産性と売上の向上や収益改善、競争力の強化、働きやすい環境づくりに貢献します」
このロボットの導入によって、生産効率は従来の2倍に。人手不足の深刻な単純作業や重労働を人間に代わってロボットが行うという、まさに樋口さんが目指してきたことが実現したのです。
「日本は、高度経済成長期に自動車や家電などの工場で人手不足が深刻になり、産業ロボットメーカーが次々と誕生しました。工場で産業ロボットが採用され、機械化されていったんです。しかし、まだまだ産業ロボットの活躍の場は限られていて、食品、化粧品、薬品、農業などの分野には導入が進んでいません。そういった領域でも活躍できるようなロボットをつくっています」
また、樋口さんはこの製品を物流業界でも使えるように応用していきたいと今後の目標を語ってくれました。
「オンラインショッピングなどが増え、配送量が増加しています。国は今年から物流・運送業界の労働基準の適正化にも取り組んでいますが、ドライバーの方はモノをトラックで運ぶだけでなく、荷物を積んだり下ろしたりする作業もあり大変な重労働です。このパレタイズロボット『Palletizy』を工場だけでなく物流の現場にも導入していけたら、ドライバーさんの負担軽減にも貢献できるかもしれません」
スタートアップ企業を支援するつくば市だからできること
つくば市には、技術者の起業を支援する制度があります。2018年には市で「スタートアップ推進室」が設立され、「つくば市スタートアップ戦略」を公表しました。市内で起業やチャレンジ精神を醸成していくことを目的にしており、雇用創出や社会課題の解決へ繋げています。起業が増えることで、経済の活性化や生活の利便性の向上、さらにはすべての人が課題解決を志すマインドを育て、何事にも挑戦できる環境ができるようつくば市は取り組み、スタートアップに寄り添う街であるとともに、科学技術が社会実装される街を目指しています。樋口さんもその制度を利用して会社を創業しました。
「筑波大学には、起業家を育成するプログラムがあります。研究した技術をどう事業化するのか学べたり、スタートアップ向けに筑波大学内の部屋を貸し出していただいたり。つくば市でもスタートアップ企業向けにイベントを定期的に開いていて、行政の方から補助金の話を聞いたり、同じように起業した仲間と交流できる機会もあるので、情報交換の場として活用しています」
つくば市や筑波大学は、起業を応援しようとするプログラムが充実していると樋口さんは話します。
「応援してくれる街に対して恩返しができるように、社会課題を解決できるロボットをつくっていきたいです。これからつくば市で起業するという後輩もたくさんいると思うので、ロールモデル的な存在になれたらうれしいです」
そう抱負を語る樋口さんは、2024年5月にアメリカの経済誌フォーブス社が発表した「Forbes 30 UNDER 30 Asia 2024」の INDUSTRY, MANUFACTURING & ENERGY 部門に選出されました。これはアジア太平洋地域で影響力のある30歳未満の若手起業家、アーティスト、アスリートなどをテクノロジー、ヘルスケア、エンタメ、メディア、医療などの10部門からそれぞれ30名を選出する企画で、産業系分野の1人に選ばれたのです。樋口さんの研究や製品は海外からも注目されていることがわかります。
ロボットが身近な存在になる未来を目指して
つくば市は生活するうえでも、とても居心地の良い環境で気に入っているそうです。
「緑が多く、環境面でもとても良い場所。通勤途中に緑を見ることで日々癒やされています。そして都市部に比べると家賃も抑えられるので、スペースも確保しやすい。ロボットのハードウエアなどが必要になる企業は、それらを置くスペースが必要になるので家賃が安いのは魅力です。休日にはちょっと車を走らせて、大洗の方まで遊びに行ったりすることも。東京とも近いですし、とても暮らしやすいです」
つくば市で働き、生活する樋口さんの目標は、ロボットで人の働く環境を良くして、人が人らしく輝ける世界をつくること。
「ロボットの導入が選択肢の1つとして当たり前になることを目指しています。産業ロボットは、以前は日本が世界でのシェアの90%を占めていました。今では50%ほどに下がってきてしまっていますが、日本の強みが生かせる分野だと思っています。大手の企業だけでなく、中小企業もロボットが取り入れやすくなることを目指し、日本が世界に誇れる産業としてもう一度認知されるように頑張っていきたいです」
つくばから世界に向けて、社会課題を解決する産業AIロボットが発信されていく。樋口さんの情熱と研究によって、より暮らしやすい未来が待っていることに期待が高まります。
〈株式会社Closer〉
茨城県つくば市天王台一丁目1番地1産学リエゾン共同開発センター棟202
【編集後記】
樋口さんが作るロボットは気は優しくて力持ち的な、ひとに寄り添うロボット。助けとなるパワーと能力が頼もしく、思いやりにあふれた豊かな発想で生まれたのですね。私には運送で働く家族がいるので、その存在はとてもありがたい気持ちになりました。「こういうものがあればいいのに」を実際に作りあげられた実行力は本当に素晴らしいと思います。
もしも工場などで私が働いている場所に樋口さんのロボットがきたと想像すると、その存在は頼もしい同僚のごとくなりそうで、きっと愛称をつけて呼んでしまうことでしょう。近い未来、身近な場所で本当にそうなることもありそうです。
(未来定番研究所 内野)
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