もくじ

2018.06.29

人工知能が切り拓く、食卓の未来。<全2回>

第2回| AIと料理家が共創した3つの「家庭料理」。その味はいかに?

風味化合物(=香りの成分)のデータに基づき、思いもよらない「食材同士の組み合わせ」を提示してくれる、「Flavor Network」。このシステムを使うことで、新たな「家庭料理」を生み出すことはできるのか……? そんなF.I.N.編集部からのムチャぶりに答えてくれたのが、食にまつわるさまざまな活動を展開している料理家の山田英季さんです。山田さん×AIの共創によって、いかなるメニューが生まれたのでしょうか? そして、肝心のお味は……?

(撮影:和田裕也)

前回お話を聞かせてくれた食の人工知能の開発者のひとりである風間正弘さんによれば、「Flavor Network」では、食材同士の「相性の良さ」が表されています。食材の中にある風味化合物(=いわば香り成分)のデータを調べ、「食材同士に共通する化合物」がどれくらいあるかを計算し、共通点が多いほど「相性がいい」と判断しているのだそうです。

 

その説明を聞いて、料理家の山田英季さんは「自分と一緒だ!」と声を上げました。山田さんは、今回「Flavor Network」を使って「新しい家庭料理」を考案してくれる人物。「ごはんと旅は人をつなぐ。」をテーマに掲げるand recipeの主宰者です。

 

「たとえば魚を捌く前に、僕は胃袋を割って『何を食べているのか』を見るんです。イワシ系を食べていたら、イワシ系の香りが味についているわけですから。それで言うと、イカは内臓を取ると香りがちょっとしか残らない。そこでアンチョビを足すことで、途端に香りがぶわっと開いていく。その食材が食べているものが同じだったり、香り成分が近い食材だったりを組み合わせればおいしくなることを、おそらく、料理人は経験的に知っていると思います」

Profile

山田英季/料理家

1982年生まれ。フレンチ、イタリアン、和食などでシェフを歴任後、den inc.の代表兼フードディレクターとして、雑誌、書籍、テレビ、店舗などへのレシピ提供や飲食店経営を行う。2011年より衣食住をテーマにしたプロジェクト『monowano』を ケータリング、プロダクトデザイン、空間プロデュースなどの活動も展開。2015年11月に、(株)and recipeを立ち上げ、「ごはんと旅は人をつなぐ。」をテーマにしたサイトの運営を行う。著書に『煮物の王道』、『3色弁当』(ともに弊社刊)なと多数。

http://andrecipe.tokyo/

それは裏を返すと、やがてAIを通じて、一般の方々が経験豊富な料理人の知識を手に入れることができる、ということなのかもしれません。さて、山田さんは今回、「Flavor Network」が提示した食材のつながりの中から、どのようなマッチングを使って「家庭料理」を作ってくれるのでしょうか?

 

「3品作りたいと思います。ひとつは『オレンジとバジル』の組み合わせ、2つめは『パプリカと紅茶』の組み合わせ、そして3つめは『牛肉とピーナッツバター』の組み合わせを生かした料理を作ってみたいと思います」

1皿目:オレンジバジルぽん酢 白身魚のお刺身

最初の組み合わせは、オレンジとバジル。確かに、あまり組み合わせて使うイメージはないかもしれません。山田さんは、この組み合わせをどう解釈したのでしょうか?

 

「僕の中では、どちらも華やかなイメージがある食材です。香りもそうだし、ちょっと夏っぽいイメージもあるかな。だから、合わないというイメージはないですね。今回は、この2つの食材を使って自家製ポン酢を作ってみました。ただ、お刺身にかけておいしいかどうかは、実際にやってみないとわかりませんでした」

なるほど。自家製ポン酢! オレンジをゆず、バジルを紫蘇と捉えれば、全然いけそうですね。

 

「実際、バジルは紫蘇科ですしね。直感で『いける!』と思いました」

 

お刺身に鯛をチョイスした理由は何でしょう?

 

「鯛はとても淡白な味なので、華やかな香りと相性がいいかなと。元々僕はよく、オレンジの果肉をドレッシング代わりにして、塩とオレンジとオリーブオイルで鯛のカルパッチョを作るんです。今回は、その応用と言えますね」

2皿目:焼きパプリカの紅茶煮びたし

次に登場するのが、パプリカと紅茶の組み合わせ。このマッチングに関しては、さすがの山田さんも想像がつかなかったとか。

 

「パプリカと紅茶が合う、と『Flavor Network』が提示しているを見て『??』となりました(笑)。味の想像がつかなくて、そもそも何の共通点があるのか、ということが最初わからなかったんです。でも最終的には、甘いという共通点があるんだなと判断しました。紅茶にはバラっぽい香りがあり、パプリカにも甘ったるい香りがありますからね。今回は昆布と鰹と紅茶を水出しでダシを取り、それに醤油を加えて煮浸しのタレを作り、パプリカを焼いて入れてみました」

パプリカを焼いたのは一体なせ?

 

「ほうじ茶のイメージです。ほうじ茶は、焙煎をかけることで香ばしい香りを引き出しています。パプリカをグリル(家庭であれば魚焼きグリルでOK)で焼くことで、元々の甘い香りに香ばしさが加わり、よりおいしさが出るのではないか、という見立てです。ただ、やってみるまでは不安です……。今回は和食っぽい家庭料理を作るという狙いもあるので、どうしても醤油を使うことになります。つまり、バランスを取るのが難しいのですが、さて、どうなることやら」

3皿目:牛肉のピーナッツバター炒め

最後は、メインディッシュ。牛肉とピーナッツバターという、これまた普通の感覚では「組み合わせることはないな」という食材同士です。

「いや、これは絶対おいしいと思いますよ。たとえばパストラミにピーナッツバターを塗ってサンドイッチにしたらおいしいでしょ。あと、アフリカではピーナッツバターを使ってシチューを作るんですよ。それを牛肉版にすればきっとおいしいはずですし。で、今回は鶏のカシューナッツ炒めのイメージを重ねてみました。この料理は本来、カシューナッツがあって、鶏肉があって、タマネギがあって、オイスターソースがあって、噛んだ時に口の中で『その味』を作っているわけですが、今回はピーナッツバターを使うことで、それを皿のうえで先にやってしまおうというわけです。『Flavor Network』にはなかったのですが、ピーナッツバターに辛子を組み合わせたら、さらにおいしくなると思います」

いざ、試食タイム!

小一時間ほどで、手際よく3品を作り上げた山田さん。いよいよ、その味を確かめる時がやってきました。審査員(実験台?)を務めるのは、もちろん風間さん。では風間さん、「オレンジバジルぽん酢 白身魚のお刺身」からどうぞ。

「すごいおいしいです! 柑橘の香りに加えて、バジルがいいアクセントになっていますね。素人の僕にしてみたら、まったく関係性が見えない食材同士ですが、プロが直感的に『相性がいい』と感じたこともうなずけます」

 

次に風間さんは、山田さんもドキドキな「焼きパプリカの紅茶煮びたし」に手を伸ばします。

 

「これもすごくおいしいです! 紅茶の香ばしさが浸透している感じです。香ばしい煮浸し、という印象です。ほうじ茶のイメージとおっしゃっていた意味がわかりました」

 

風間さんの好反応に、山田さんもホッとした様子で、初めて作った煮浸しに箸を運びます。

「口の中で味が変わっていきますね。甘酸っぱい香りがしつつ、最後にかけた紅茶が、口の中でどんどん広がっていきます。完全にアリです。超絶にアリです! うーん、AIに負けた気がします(笑)。でも一番不安だった分、嬉しいですね」

 

そして最後は「牛肉のピーナッツバター炒め」。風間さん、いかがですか?

 

「これもすごい! 辛子とピーナッツバターを混ぜた味は、食べたことがないおいしさです。ある意味AI以上の奇抜さですね(笑)。実は、自分でも牛肉とピーナッツバターの組み合わせは試してみたことがあるんです。醤油とピーナッツバターを付けて焼いたのですが、何というか、可能性を感じる味というか、正直イマイチだったので、料理家が作ることで、こんなにもおいしくなるんだって驚きました」

風間さんが作った「牛肉のピーナッツバター炒め」が失敗に終わった理由を、プロの山田さんはこう推測します。

 

「今の風間さんが作ったレシピだと、甘味の補填が足りていなかったのかもしれません。具体的には砂糖とか。中間に入るものがあるだけで、味は緩和されていくんです。おそらく、『この食材とこの食材』と言われて、料理人だったら何となくわかって、その間にもうひとつ足すんです。オリーブオイルとか、甘味を何かで足すとか、まったく違う食材を入れるとか。たとえば牛肉とバターだったら、直接そのままでも合うけれど、その間にパンを挟むとサンドイッチに変わりますよね。そうして『中間』に何かを入れることで、激しく強い味だけではなく、中間の味を生み出していけるんです。この『中間』を提示できないことは、まだAIの弱点かもしれませんね。

 

もうひとつ言うと、AIが地域性を理解して、提示できるようになったらすごくおもしろくなると思います。地域性というのは、たとえば日本だと醤油がよく料理に使われる、といったことです。その地域性にしても、さらに細分化して大阪とか北海道といった明確な地域性を持ったAI同士が話あって料理を提案してきたら、おもしろいだろうなって想像します。

 

料理人に成り立ての人って、料理を考える方向性の幅が狭いというか、『どこを見たらいいのか』というストックが少ないので、直接的な組み合わせをしがちなんです。それに、調理法も直接的なことをやりたがったりします。手の内で持っているものが少ないからです。おそらくAIも、まだ料理人として若いので、そういう段階なのかなと。学習を重ねることですごいことになりそうだなって思います」

 

風間さんも認識しているとおり、「Flavor Network」の作成に使われたデータは、世界の食材の数に比べたら、まだまだごく少数。データが増えていくことで、やがてプロの感覚をアプリ等で手軽に享受できる日が来るはずですが、今は、AIには家庭料理より得意なことがあるのでは、と山田さんは結びます。

 

「現状だと、一般的な料理というより、むしろヒット商品を生み出すのに向いているのではないかと思います。実は試したいなと思っているのが、『Flavor Network』にあったコーヒーとポップコーンの組み合わせです。たとえば、モカクリームのエクレアの上にポップコーンがぶわっと乗っていたら、インパクトはすごいじゃないですか。そういうインパクトをAIが生み出すということで、ヒット商品につながるということはあるかもしれません。風間さんどうですか、一緒にどこかへ売り込みに行きませんか(笑)?」

オレンジバジルぽん酢 白身魚のお刺身

材料(2人分)

 

<オレンジバジルぽん酢>
・バジル(生) 6枚

・オレンジ果汁 大さじ3(1/2個分)

・醤油 大さじ3と1/2

・酢 大さじ1

 

 

たいの刺身 100g

 

大根おろし 適量

作り方

1、バジルを細切りにし、材料をボウルに入れてよく混ぜる。

2、器に大根おろし、たいの刺身を盛り付け、オレンジバジルぽん酢をかける。

焼きパプリカの紅茶煮びたし

材料(作りやすい分量)

パプリカ赤 2個

 

<紅茶だし>

・鰹節8g

・昆布 5g

・水  200㎖

・紅茶葉 4g

 

A

・醤油 大さじ2

・砂糖 大さじ1

・みりん 大さじ1/2

作り方

1、保存容器にAの材料を入れて、冷蔵庫で一晩おき紅茶だしをとる。

2、Aの材料を小鍋に入れて、一煮立ちさせる。

3、パプリカを縦半分に切り、種を取る。

4、魚焼きグリルに皮目を上にして並べ、強火で3〜4分焦げるまで焼く。

5、❶と❷をボウルに入れて、❹の皮をむいて加えたら、1時間ほど馴染ませる。

牛肉のピーナッツバター炒め

材料(2、3人分)

牛肉 150g

エリンギ 1本

ピーマン 3個

玉ねぎ 1/2個

 

塩 少々

白こしょう 少々

 

A

・ピーナッツバター 小さじ2

・醤油 小さじ1

・砂糖 小さじ1

・オイスターソース 小さじ2

 

酒 大さじ2

ごま油 大さじ1

 

からし 適量

作り方

1、牛肉、ピーマン、玉ねぎ、エリンギを角切りする。

2、ボウルにAを入れて、よく混ぜておく。

3、フライパンにごま油を温め、牛肉を入れて焼き色がついたら、残りの材料を加えて油をなじませたら、塩こしょうをふる。

4、酒を加えてアルコールを飛ばし、Aを加えて味がなじむように煮詰めながら炒める。器に盛り付け、からしを添える。

編集後記

AIはおそらく未来の生活に欠かせないものになっているだろう、でもどんな風に存在するのか自分たちだけでは実感できず、今回取材をお願いしました。

風間さんがおっしゃった、「AIは提案できるが解釈できない」ということ。AIから提案された新たな切り口をもとに、人間が創造することで共生できるのだと感じました。

また、日常生活に取り込むにあたり、出雲さんが手がけられているような、利用者目線の表現方法も重要です。FoodGalaxyの内部構造を見た際も、編集部一同さっぱり理解できませんでした・・・(笑)

そして、山田さんとの共創で期待が高まりました。さらにFoodGalaxyが強力なAIになったとき、本当に献立作りの方法が変わるかも知れません。

まだまだプロの解釈が必要なAI。まずはデパ地下で、「FoodGalaxy」の提案する意外性を体験できても面白いかも、と考えちゃいました。

(未来定番研究所 佐々木)

人工知能が切り拓く、食卓の未来。<全2回>

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