2023.12.27

笑いのチカラ

大喜利の次は、脱輪? AIを駆使して笑いを探求する、竹之内大輔さんが描く未来とは。

絶えず変化する情報や価値観に振り回された1年、「最後くらいは笑って過ごしたい!」という人も多いはず。12月のF.I.N.は、社会の価値観を映す鏡とも言われ、近年さらに盛り上がりを見せる「笑い」について掘り下げます。

 

2020年にみんながクリエイターになれる「大喜利AI」というサービスについてお話ししてくれた竹之内大輔さん(記事リンク)。あれから3年が経ち、ChatGPTが登場したりと、ますますテクノロジーが進化するなか、お笑いはどのような変化が起きているのでしょうか。「大喜利AI」を出発点に、笑いとテクノロジーがつくる未来を紐解いていきます。

 

(文:花沢亜衣/イラスト:コルシカ)

Profile

竹之内大輔さん(たけのうち・だいすけ)

〈株式会社わたしは〉CEO。1981年群馬県出身。東京工業大学を卒業後、戦略コンサルティング会社に勤めた後、東京工業大学大学院博士課程で複雑系科学・内部観測論を研究。Webマーケティング会社勤務を経て、2016年〈株式会社わたしは〉を創業。

HP:https://watashiha.co.jp/

テクノロジーでお笑いを! 大喜利AIのこれまで

世界初の「大喜利AI」を生み出した竹之内さん。そもそもAIでお笑いをつくろうと思ったきっかけとは? そして、「大喜利AI」を多くの人に体験してもらったことでわかったこととは? 竹之内さんが考える、お笑いの今と未来につながる前日譚を、漫画でお届けします。

AIで人々のクリエイティビティを広げていきたい

F.I.N.編集部

「大喜利AI」をリリースしたことで、どのような気づきがありましたか?

竹之内さん

AIには、人の投稿にリアクションをしてコミュニティを盛り上げる役割と、創作に自信がない人をアシストする役割があるのではないかと気づきました。

 

「大喜利AI」を体験した多くの人は、ウケなかったらAIのせいにして、ウケたら自分の手柄にしていたんです。都合が良いけれど、そこが魅力だと思いました。AIの力を借りれば、多くの人が失敗を恐れず創作して、誰かに共有できるようになるのではないかと。

 

元々僕は、1970年代後半から80年代まであったサブカルチャー誌『ビックリハウス』がすごく好きで、折に触れて参考にさせてもらっていて。ほとんどが読者の投稿でできている雑誌で、糸井重里、赤瀬川原平、みうらじゅん、ナンシー関、日比野克彦など、名だたるクリエイターたちを輩出しています。まだ才能が証明されてないクリエイターたちがここに集まっていたんです。『ビックリハウス』のような場をもう一度つくるのが、うちの会社の使命だと思っています。才能がないと諦めている人が、AIを活用してクリエイティビティを発揮できたら良いなと。

F.I.N.編集部

では、竹之内さんが今取り組んでいることを教えてください。

竹之内さん

最近は、コミュニティの中で振る舞うAIに注力しています。僕らの会社の根幹には、「好きなものがある人が、好きなものを好きだと表現することを応援したい」という思いがあります。さらには、好きなもの同士をかけ合わせることで、また別の面白いものができるという体験を提供したいんです。そう考えると、もはや大喜利に留まる必要はなくて、AIで趣味や興味を応援することもできるんじゃないかと考えています。

脱輪させることで、カオスな世界をつくる

〈株式会社わたしは〉のメンバー。中央が竹之内さん

F.I.N.編集部

具体的にはどんなサービスを考えているのでしょうか?

竹之内さん

我々はコミュニケーションのズレを探るなかで笑いや大喜利にたどり着きました。そこは今も変わらず、ズレで想像力もクリエイティビティも広がると考えています。

 

ChatGPTを例に取ると、リリース当初の2023年3月頃は、結構ズレていて、おかしな回答が多かった。それが世間にもウケて、一気に広がったと考えています。だけど、数ヶ月経った今、リリース当時に変な回答を導いた質問を入れても、おかしな回答にはならないんですよ。運営会社の倫理規定が厳しくなり、コンプライアンスに則ってチューニングされた結果、面白くなくなってしまった。

 

だからこそ、僕らは面白いことを言うAIを作りたい。あえて変な回答をするAIを作りたいと考え、今は「脱輪LLM」というサービスをつくっています。

F.I.N.編集部

「脱輪LLM」とは、どんなサービスなのでしょうか?

竹之内さん

LLM(Large Language Model)とは、大規模言語モデルの略称で、大量のテキストデータを使ってトレーニングされたAIの一種。そこから意図的に逸れるから、脱輪です。先ほどお話したコミュニティで機能するAIも、想像してなかったかけ合わせや考えもしない考察だから面白くなるわけで。正しい回答を導くのではなく、あえて予想外の回答を提供するのが、「脱輪LLM」です。

 

ChatGPTの事例のように人間がAIを使おうとすると、ある目的のために便利にはなる一方で、そうじゃない可能性は捨てられていく。それでは、やっぱり退屈なんです。

F.I.N.編集部

「脱輪LLM」ではAIがより人間らしくなるということでしょうか?

竹之内さん

うーん。そもそも人間らしいってなに?ということにもなりますよね。人間が人間のことを全部わかっているのかっていう疑問もあります。

 

これは、僕の好きな話なんですけど、2017年に開催した『共感百景』(*)というイベントで、トリプルファイヤーの吉田靖直さんが「ニュース」というお題に対して、「号外配ってるやつ、誇らしげじゃなかったか」と回答したんですよね。これすごいなと思いました。だって、号外は見るけど、号外を配っている人の顔ってじっくり見たことがないから思い浮かばないですよね? 誇らしげな顔がどんな顔かも説明できない。Googleで検索しても出てこないんですよ。この回答は、今のAIの技術では絶対に言えないものなんです。

 

でも、「号外配っているやつ、誇らしげじゃなかったか」という詩には超共感できる。これを人間らしさと呼ぶのであれば、僕らがいろんな研究を通して見つけた人間らしさってなんなの?って。データが存在しないものを人間らしいと呼ぶなら、データが存在しないものはAIに学習させられないから、どうやって人間らしいAIをつくるのか……となる。僕らが「脱輪LLM」でやろうとしているのは、まさにこの領域です。

*「共感百景」・・・あるテーマに基づいた「あるあるネタ」を“共感詩”として発表するイベント。

F.I.N.編集部

脱輪するAIが広まると、世の中にどんな効果があると思いますか?

竹之内さん

個人のクリエイティビティが広がり、好きなものを好きだと表現することが楽しめる世界になったら良いですよね。さらに、情報がカオスになっている世界こそが、良い世界だと僕は思っています。情報が整理整頓されていて取り出しやすい世界ではなくて、ユーザーが勝手にいろんな情報をつくりまくって、Googleでも追いかけられない世界。「号外配っているやつ、誇らしげじゃなかったか」に出会える世界をつくりたいです。

人間らしさのヒントは笑いにあるかもしれない

F.I.N.編集部

AIの開発を通して「お笑い」に向き合ってきた竹之内さんが考える、「笑いのチカラ」ってなんだと思いますか?

竹之内さん

やっぱり、どうしたって笑いの本質はわかりません。コミュニケーションのズレにヒントがあると思いつつも、そのズレは笑いではなく恐怖や他の感情を生み出す可能性もあるわけです。

 

笑いのチカラというものが、必ずしもハッピーなものではないという事実を大前提に、それでも「笑い」に魅了されるのは、「人間らしさとは何か」という問いにふさわしい気づきを与えてくれるかもしれないと思うからです。

F.I.N.編集部

それはどういうことですか?

竹之内さん

以前、銀シャリの橋本さんが、「考察が流行っている」という話の中で「考察ってミルクボーイの漫才かもしれへんな」って言っていたんです。そこで僕らはハッとして。笑いって何かを抽象化したり、メタ認知したりしているから、世の中で起きている現象に新しい視点をもたらす可能性があるなと。

 

芸人の方々は「誰もやってない笑いがやりたい」と言います。やっぱり芸人さんたちの矜持はそこにあって、すでに既視感があることを言っても、自分の発明じゃない。誰も見たことのない設定、見たことのない角度を提示して笑いを起こしたいと思っている。笑う側も、わからないと笑えないわけだから、笑えているってことは、少なからず何かがわかったということ。新しい視点を発見できたから笑えるんです。

F.I.N.編集部

5年先の未来、竹之内さんが実現したいことはなんですか?

竹之内さん

人間が仕事と呼んでいるものはAIが担って、仕事をしない世界になっていてほしいですね。そんな未来が訪れたとき、僕が何をしたいかというと、曰く言い難い人間らしさについての問いをずっと追いかけたい。人間がなんたるかを理解することは、きっと永遠に来ないでしょうけど。それでも追求し続けたいですね。

 

人間のコミュニケーションの一部に笑いがあると思いがちですが、どう考えても笑いが最難関。笑いって本当に一番難しい言語行為だから、笑いを研究しているとすべての言語行為を包括できるかもしれない。もしかしたら笑いの集合の中に、人間のコミュニケーションのなんたるかが含まれているかもしれないですよね。あとはやっぱり芸人さんたちでも考えられない笑いをつくりたいかな。

【編集後記】

日頃、笑いの瞬間は予測不要にやってきますが、人が笑う行為は想像以上に複雑で、難解であるということを取材を通しておぼろげながらも理解することができました。今回テクノロジーを駆使したAIでの笑いの現状について教えていただいたことで、逆に人の奥深さをより一層感じることができたように思います。より人間らしいAIを目指した脱輪LLMの公開が今から非常に楽しみです。
(未来定番研究所 榎)

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