2023.12.13

笑いのチカラ

お笑いに人生を捧げる片山勝三さんに聞く。今、お笑いの現場で起きていること。

そろそろ年末。あっという間に訪れる新年を前に、「1年の締めくくりは笑って過ごしたい!」と思う人も多いはず。そこで12月のF.I.N.では、社会の価値観を映す鏡とも言われ、近年さらに盛り上がりを見せる「笑い」について掘り下げます。

 

今回ご登場いただくのは、吉本興業のマネージャーとして芸人を支えてきた片山勝三さん。独立した現在は、さまざまな世代の芸人たちのライブだけでなく、テレビ番組化もされた『共感百景』に代表されるような企画性の高いライブも多く手掛けています。縁の下の力持ちとしてお笑いに人生を捧げてきた片山さんに、笑いが持つチカラから、近年のお笑い現場で起きていること、今注目のお笑い芸人までを伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:大崎あゆみ)

Profile

片山勝三さん(かたやま・しょうぞう)

株式会社SLUSH-PILE.代表取締役。
1974年生まれ。兵庫県神戸市出身。1997年に吉本興業に入社し、今田耕司や極楽とんぼ、キングコング、南海キャンディーズらのマネージャーを担当。2009年に独立し、芸人が出演するライブや演劇の興行を打ち出し、チケット完売率90%を継続。内村光良やバカリズム、ナイツ、さらば青春の光などの芸人の単独系ライブの制作も担当する。

芸人さんの人生を背負っている。
そのプレッシャーがモチベーションに

F.I.N.編集部

片山さんは吉本興業で今田耕司さんや極楽とんぼ、キングコング、南海キャンディーズら人気芸人のマネージャーを担当されましたが、そもそもなぜ吉本興業に入社したのでしょうか?

片山さん

関西出身の僕からしたら、生活の中にお笑いがあるのはごくごく当たり前でした。それこそテレビで朝から晩までお笑い番組をやっていましたから。だから当たり前というか、もはや洗脳に近いかも(笑)。子どもの頃は「悪いことしたら吉本入れるで」なんて親から言われていましたが、怖いもの見たさもありつつ、吉本興業に入るのは僕にとっては自然だった気がします。

F.I.N.編集部

幼い頃からお笑いが身近にあったのですね。でも演者ではなく、裏方を仕事に選んだのはどうしてですか?

片山さん

演者としての才能がないことは、潜在的に気づいていたのかもしれませんね。あと、芸人さんがマネージャーをいじったりしているのをテレビで見て、マネージャーという陰の存在自体に興味があったんです。もちろんお笑いは大好きでしたが、芸人さんの怖さや危うさ、緊張感、そういうオーラに魅力を感じていました。陰と陽、光と影のある姿に惹かれてしまって。

F.I.N.編集部

人気芸人のマネージャーという多忙極まりない生活の中で、モチベーションになっていたことは何ですか?

片山さん

芸人さんの人生を背負っている、そのプレッシャーがモチベーションになっていたと思います。自分が仕事を止めたら、才能ある芸人さんのチャンスを摘んでしまうかもしれない。その責任感が自分の原動力になっていた気がします。

F.I.N.編集部

そういう片山さんのマネージメント力があったからこそ、担当された芸人さんたちも人気になっていったのでは?

片山さん

それは全くないです。たまたま担当した芸人さんが全員面白かっただけなので。心底面白いと思ったから、売り出すために営業にもいったし、いろいろな人にも紹介できました。だから僕の力だと思ったことは本当に一度もない。ただただ出会いの運がいいだけなんですよ。

F.I.N.編集部

では、片山さんがマネージャーの仕事で大切にしていたことは何ですか?

片山さん

僕自身に才能があったらもっとクリエイティブなことをしていたと思います。そうではない自分がマネージャーとしてできることは、面白い芸人さんをディレクターや作家といった優秀なクリエイターさんと繋げること。例えば、日本テレビの演出家・安島隆さんは面白い番組をたくさん手掛けていて、番組のスタッフクレジットを見てすぐに連絡を取りました。その結果、南海キャンディーズの山里亮太さんと繋ぐことができ、バラエティ番組『たりないふたり-山里亮太と若林正恭-』(日本テレビ系/2012年放送)が生まれるきっかけになりました。

目の前のお客さんを楽しませる。
お笑いは本来の姿に戻っていく

F.I.N.編集部

そうした経験を経て、片山さんはテレビ局の担当から他の部署へ異動され、2009年に独立しますよね。なぜ独立しようと考えたのでしょうか?

片山さん

やっぱりお笑いの現場で仕事をしたいと思ったからですね。吉本時代からライブを作るのが好きでしたが、独立後すぐは文化人のマネージメントをしていたこともあって、ライブ制作をやっていなかったんです。それがライブ制作にがっつり携わるきっかけになったのは、インターネットの余波を感じて、この先はテレビが絶対の時代じゃなくなるかもしれないと思ったこと。ネットの世の中が加速していくのであれば、その反対に人と人が対面し、リアルな場で楽しむお笑いライブの価値が上がっていくだろう、と。それから自分たちのやりたいことができる、そのフットワークの軽さもすごく良いなと思って、ライブ制作に挑戦することにしました。

F.I.N.編集部

2009年当時のお笑いのライブシーンはどんな状況だったのでしょうか?

片山さん

吉本興業は劇場を持っていたのでライブを開催していましたが、それ以外のライブはそこまでやっていなかったと思います。当時のライブ数は今の5分の1から6分の1……、いやもっと少なかったかもしれないです。

F.I.N.編集部

では、芸人さんにとってライブはどんな存在だったのですか?

片山さん

おそらく当時は、テレビ局関係者へのプロモーションだったんじゃないでしょうか。お客さんへ向けてというより、関係者にいかに自分をアピールできるか。今と違ってその頃は、それが大事とされていたような気がします。

F.I.N.編集部

そういう価値観が変わったのはなぜですか?

片山さん

エンターテインメントの根源はライブだと、お客さんも芸人さんも気づき始めたからですかね。そもそもライブがお笑いのあるべき姿のはずなのに、ここ60年くらいはテレビとお笑いの相性が良すぎたんですよ。お笑いが持つ大衆性と、テレビという大衆に届けることを旨とした媒体の相性がすごく合った。それがインターネットの普及によって崩れていったんです。本来、エンタメは個人のお客さんからお金をいただく「BtoC」が基本。それなのに、テレビが台頭してからの60年はテレビ局と芸能事務所が取り引きを行う「BtoB」だったんですよね。近年は、そういうビジネスモデルだけではなくなったと言ってもいいのかもしれない。だからお笑いは、リアルなお客さんに応援されてなんぼという、本来の姿に戻りつつあるのだと思います。

F.I.N.編集部

お笑いに対するお客さんの価値観も変わったのでしょうか?

片山さん

芸人さんを直接見られるということに価値を見出している気がします。芸人さんと同じ空間、同じ時間を一緒に過ごしていることに。それから、同じ価値観を持った他のお客さんと同じタイミングで笑う、そういう非日常的な体験にも価値を感じていると思います。

お笑いと芸人さんへの恩返しのため、
人生をお笑いに捧ぐ

F.I.N.編集部

独立しライブの制作を始めて15年ほど経ちますが、手応えを感じた瞬間はありましたか?

片山さん

まさか。今でも毎日震えてます。自分の会社で芸人さんを抱えているわけでもないので、毎回人様の才能に乗っかっているだけというか(笑)。僕が何かおもしろい演出をしているわけではなく、大枠の方向性だけ決めて、あとは現場の才能のある芸人さんたちにお任せしていますので。

F.I.N.編集部

なるほど。独立後の15年間にはコロナ禍の訪れもありましたよね。

片山さん

「ライブが戻ってこられないかも」と思った瞬間もありました。だけど、配信ライブにはだいぶ救われましたね。実はコロナ禍前の2019年の秋頃から、配信ライブの準備は進めていたんです。芸人さんをライブで食わせる手段になるし、遠方に住んでいるお客さんにも届けられるツールになると思って。コロナ禍で早まりましたが、配信の時代は来るべくして来たという感じですね。

F.I.N.編集部

では毎日震えながらも、片山さんはどうしてそこまでお笑いに人生を捧げられるのですか?

片山さん

お笑いと芸人さんへの恩返しですね。僕は人生の選択肢が持てるほど賢い人間ではないので、好きなお笑い以外の人生はなかったと思います。この世にお笑いがあってラッキーでした。自分で成し遂げたことなんて何一つないけど、今までやってこられたのは、たくさんの芸人さんに助けられたから。お笑いの世界に身を置いて27年。芸人さんやお客さんの生の笑い声に、何度も何度も救われてきました。お笑いに限らずかもしれませんが、そういう喜びを感じられるライブは中毒性があるんですよね。だから、何十年経ってもやめられないのかも(笑)。

F.I.N.編集部

この先の未来、お笑いはどんな存在になっていってほしいですか?

片山さん

小難しく考えないでほしいですね。日常で辛いこと、悲しいことがあっても、笑い飛ばせることもあるじゃないですか。お笑いにはそういう凄まじいパワーがあると思うんです。だから、日常の片隅に気軽に、お笑いを置いてもらえたら嬉しいですね。

お笑いのライブシーンを牽引してきた片山さん。今注目の芸人さんを聞くと、「売れることは保証できませんが、ただただ好きという芸人さんは何組かいます」とのこと。教えていただいたのは、この5組!

 

「写実派」
…プロダクション人力舎所属の男女コンビ。2023年5月結成。

「江戸マリー」
…ワタナベエンターテインメント所属の男女コンビ。2022年4月デビュー。

「村上、元気そうでよかった。」
…マセキ芸能社所属のピン芸人。「U-25 OWARAI CHAMPIONSHIP」決勝戦出場(2023)。

「半谷守備職人」
…慶應義塾大学お笑い道場O-keis 16期代表。ピン芸人。

「布ちゃん」
…上智大学お笑いサークルSCS所属。車椅子に乗ったピン芸人。

 

「この先、売れる・売れないって、もうあんまりないと思うんですよね。これからの芸人さんは、自分たちが楽しかったらそれでいいんじゃないですかね。その楽しんでいる姿に、お客さんもついていくでしょうから」

【編集後記】

「これからは芸人さんたち自身が楽しんでいる姿にお客さんもついていく」という片山さんの言葉に、自身の経験も重なり、とても納得させられました。もちろん、しのぎを削って磨いたパフォーマンスを披露されている演者の方々の姿には心揺さぶられます。しかし、そのような真摯な姿勢のなかに垣間見える楽しそうなさまは、観客にも伝わり、さらなる楽しさや高揚を覚えます。この視点は、演者と観客がその場の「流れ」や「空気」を共有できるリアル=ライブだから見出されたもののように感じました。また、今私が世の中で魅力的に感じているものごとに共通しているのは、提供者側の「楽しんでいる姿」なのかもしれない、と思いました。
(未来定番研究所 中島)