2020.06.19

拠点は3つ持つ時代? 佐々木俊尚さんに聞く、人生100年時代の働き方。

ITから政治・経済・社会・文化・食まで幅広いジャンルで、綿密な取材をふまえた執筆を行いジャーナリストとして活躍する佐々木俊尚さんは、既存概念に囚われない暮らしの実践者でもあり東京、軽井沢、福井と3拠点生活を実践して9年になるといいます。また、人生100年を見据えたパートナーとの関係構築など様々な点で、先進的な視点を持って生活を実践している佐々木さんに、これからの時代の働き方について伺っていきます。

東日本大震災後に始まった「多拠点生活」。

F.I.N.編集部

多拠点生活を始めたきっかけを教えてください。

佐々木さん

2011年の東日本大震災の直後に、今後の災害対策として、東京以外にもうひとつ拠点を持とうと考えたんです。自宅のほかに事務所を構えるような感覚で、札幌、仙台、伊豆などで家を探したのですが、当時、体重20kgくらいの大型犬を飼っていたので、車で一緒に移動しやすい場所ということで、軽井沢にしました。

軽井沢のご自宅

F.I.N.編集部

現在は、福井県美浜町にも拠点をお持ちですよね。

佐々木さん

もともと妻が福井で陶芸の仕事をしていた関係で、越前町の山の中に、陶芸の工房と住居が一緒になっている建物を借りたんです。美浜町の空き家利活用に取り組む「NPO法人ふるさと福井サポートセンター」に友人がいて、外部サポートとして手伝うことになりました。リノベーションされた古民家を無償で貸す代わりに、創作・発信活動をする「クリエイターズ・イン・レジデンス」という取り組みをしていたのですが、僕もそれに参加する形で美浜町に引越しました。ちょうど2年半になります。

福井のご自宅

F.I.N.編集部

仕事の内容は、拠点によって分けていらっしゃいますか。

佐々木さん

東京では取材、トークイベント、ラジオやテレビなどのメディアの仕事があり、福井では昨年まで多拠点活動アドバイザーを美浜町から委嘱されていたので、外部からゲストを呼んでイベント開催などをしていました。それ以外、大半はリサーチをして執筆する仕事なので、移動しながらどこでもできます。

F.I.N.編集部

佐々木さんにとって、多拠点生活は昔からの希望だったのでしょうか。

佐々木さん

軽井沢に家を借りたときは、これから多拠点生活をするとは考えていませんでした。2008年にリーマンショックが起こり、アメリカではそれを契機にかなり生活が変化したと言われています。広い家より小さな家を好む人が増え、特に1981年以降に生まれたミレニアル世代はシンプルな生活志向に変わりました。日本では、2011年に東日本大震災が起こり、マインドセットが変化した人も多い中で、今後は移動生活がより広がり深まっていくのではないかと仮説を立てました。それを今、自分自身で実行しているところです。

東京のご自宅にて、書棚

テレワークの普及で移動生活が一般化していく

F.I.N.編集部

新型コロナウィルスの影響による移動自粛が起こりましたが、移動生活に影響は?

佐々木さん

今回の移動自粛は一過性のもので、感染拡大が落ち着いたら、本格的に移動生活は普及していくと思います。2009年に『仕事をするのにオフィスはいらない ノマドワーキングのすすめ』という自著で、オフィスを構えるより、移動しながら仕事をすることが一般的になるという仮説を立てたんですが、当時に比べて、現在はモバイルやクラウドのサービスが進化し、PCとスマホがあれば仕事ができるようになりました。今回の自粛期間によって、ますますオフィスに出社することの意味が問い直されるでしょう。

F.I.N.編集部

ウィルス拡大が落ち着いた後も、テレワークは定着すると思いますか。

佐々木さん

そうですね。ただ、全てがテレワークに置き換わることはないでしょう。社員のメンタルヘルスや、コミュニケーションの問題もありますし、直接顔を合わせないと、数字で表せない仕事が成果として見えなくなってしまいます。ただし、オフィス設備や交通費などのコストを削減するために、不要な出社は抑制されるだろうから、テレワークに加えて週に数回出社するという方向が現実的です。それから、この機会に会社と個人が適切な距離感に改善されるのではないかと期待しています。というのは、個人と社会の間に企業やコミュニティなどの中間共同体がありますが、日本では個人と中間共同体の距離が近すぎる傾向があります。自分の会社を「ウチ」と呼びますよね。それに対し、「ソト」は風景でしかない。昭和の時代には、社内では必死に体裁を守るのに、街の中では平気でゴミを捨てるような人も見られました。今後、テレワークの普及によって、個人が企業との間に距離を保ち、もっと社会全体を見渡せるようになるといいのですが。

F.I.N.編集部

距離といえば、今回「ソーシャルディスタンス」という言葉も一般的になりました。

佐々木さん

文化人類学者のエドワード・ホールが、対人距離を4つに分類しています。ひとつは「密接距離」で、0〜45cmというかなり親密な距離感です。2つ目の「個体距離」はそこから120cmほどの、手を伸ばせば届く距離です。3つ目の「社会距離」は120〜360cm程度離れて、声は届くけど相手の体温や匂いまではわからない。これが「ソーシャルディスタンス」ですね。4つ目は「公衆距離」。演説を聞く程度の距離です。日本人は「個体距離」に偏りがちですが、これは相手に支配されやすい距離でもあるんです。だから、今回のコロナを機に「社会距離」を保てるようになると、日本的な抑圧や同調圧力も減るのではないかと思います。

リスクの高い移住より、プレッシャーの少ない多拠点生活。

F.I.N.編集部

近年、都市から地方に移住する人も増えています。移住と多拠点生活はどんな違いがあるのでしょうか。

佐々木さん

田舎暮らしに夢を抱いて移住を決めても、地域に溶け込めず孤立してしまう移住者も少なくありません。また、お年寄りばかりの限界集落よりも、30代40代が多く残る地域の方が排他的で、簡単にコミュニティに入れてもらえず苦労したという話も聞きます。農業などの一次産業に携わる方以外は、移住する前にまず多拠点生活を試してみてからでもいいと思います。人口減少を抑えたい自治体側も、若者の数は限られているから、移住者よりも「関係人口」を増やす方向にシフトしています。多拠点を移動生活する人、旅館のリピーター、ゲストハウスの宿泊客といった方々が「関係人口」に当たります。自治体は、回遊生活者の立ち寄り拠点になれるかという地位争いになるかもしれませんね。

F.I.N.編集部

多拠点生活なら、地域に馴染まなくてはというプレッシャーからも解放されそうです。

佐々木さん

一方で、「フリーライダー問題」というのがあり、地域の草むしりに参加しないと文句を言われたり、町内会が管理するゴミステーションは利用できないという問題があります。移住でも多拠点生活にしても、やはり地域の水先案内人になってくれるNPOの存在は不可欠ですね。また、多拠点生活が一般化してきたら、買い物にも便利で、共同体にどっぷり浸からなくても生活できる、甲府、三島、水戸あたりの中核都市の方が暮らしやすいかもしれません。現在、月4万円からの定額で、全国のゲストハウスに滞在できる「ADDress」というサービスがあり、すぐに定員になるくらい人気だそうです。住民票も用意してもらえるし、Wi-Fiや電源完備のコワーキングスペース付きの場合もあるので、リモートワークが可能な職種なら、全国を移動しながら暮らすことも可能です。

F.I.N.編集部

では、5年先について伺います。暮らしと働き方はどのように変化すると思いますか。

佐々木さん

リモートワークの定着や移動生活の普及によって、人と人、働く人と会社とのほどよい距離感が保てるようになり、これまでの抑圧的な「村意識」が解きほぐされるのではないかと思います。この場合の「村」は農村ではなく会社の一員としての「村意識」です。リスク分散として、複数の肩書きをもつ人も増えてくるでしょう。大事なのは、安心感や所属感はあるけれど、同調圧力に押されないちょうどいい頃合いです。都市生活者における共同体感覚は難しいテーマなのですが、先日のブルーインパルスが都心を飛行したときのように、他人同士が同じ空を見上げて「もう一周、来るそうですよ」なんて声を掛け合うような、お互いの存在を認識しても深い関係ではないくらいの関係性が理想的です。5年後は、連帯感がありながら村意識から解放されるような、そんな距離感で働くことが可能なのではないかと思います。

Profile

佐々木俊尚さん

1961年生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。作家・ジャーナリスト。毎日新聞社などを経て2003年に独立し、テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆している。『仕事するのにオフィスはいらない』『当事者の時代』(以上、光文社新書)、『広く弱くつながって生きる』 (幻冬舎新書)など著書多数。総務省情報通信白書編集委員。共創コミュニティSUSONO運営。

編集後記

コロナの影響で、ZOOM会議やリモートワークの普及し、様々な関係のあり方に変化起こっています。今回お話を伺って、人と人、会社と個人、地域と人の間のほどよい「距離感」が、これからの新しい暮らしや働き方には重要になってくるのだと改めて感じました。また、3拠点生活を送る佐々木さんが語られる、「関係人口」や「フリーライダー問題」といった地方移住のリアルな問題はとても説得力があり、多拠点生活について知見を深める意義深いお話をお聞きすることができました。