2024.03.08

「働く」の解放

自ら場所を開き、なりわいを生み出す。〈gift_〉の「ダブルローカル」という生き方。

副業やパラレルワーク、ワーケーション、リモートワークなど、さまざまな働き方が出現している昨今。これまでの「一つの仕事を長く続ける」「一生涯働く」に、「自分らしく働く」「より良く働く」も加わり、その価値観はさらに多様的に。そこで今月のF.I.N.では、「働く」の解放をテーマに掲げ、「働く」について改めて考えていきます。

 

今回ご登場いただくのは、東京・清澄白河のギャラリーショップ&デザインスタジオ〈gift_lab〉と、新潟県十日町市のドミトリー&カフェ〈山ノ家〉という二つの拠点で活動するデザインユニット〈gift_〉の後藤寿和さんと池田史子さん。いわゆる移住でもワーケーションでもなく、「愛すべき地元」として行き来しながら生活する「ダブルローカル」というライフスタイルを実践しています。複数の場で複数のなりわいを持つことは、二人にどんな影響を与えたのでしょうか。〈gift_lab〉を訪ねます。

 

(文:船橋麻貴/写真:藤原葉子)

Profile

gift_

後藤寿和さん(ごとう・としかず)と池田史子さん(いけだ・ふみこ)からなるデザインユニット。インテリアや家具のデザインを核とするライフスタイルデザインカンパニー〈IDÉE〉を経て、2005年より〈gift_〉として東京・恵比寿で活動開始。実験室兼小さな文化交流の場としてのギャラリーショップ〈gift_lab〉をオープン。後藤さんは空間や家具のデザイン、池田さんはプロジェクトのキュレーション、スタイリングなどを手掛け、共に広い意味での「場」「状況」づくりの企画と実践を行っている。2000年代初頭から「Tokyo Designers Block (TDB)」「Central East Tokyo(CET)」「DesignTide Tokyo」など、都市の隙間を同時多発的にギャラリーとして異化するプロジェクトに積極的に参画。東日本大震災後の2012年に、新潟の山間部、越後妻有エリアにカフェ&ドミトリー〈山ノ家〉を開業する。2014年に東京の拠点も清澄白河に移し、この二拠点でのダブルローカルライフを実践中。

http://www.giftlab.jp/

消費するだけの都市にいていいのか。東日本大震災がきっかけに

複数の場所それぞれでなりわいをしながら、そこを生活の場にもするライフスタイル「ダブルローカル」。この言葉を生み出したのはデザインユニット〈gift_〉の後藤寿和さんと池田史子さんで、10年以上も前から東京・清澄白河と新潟県十日町で実践しています。

 

元々東京でデザインユニットとして活動していた二人は、縁が繋がって、越後妻有大地の芸術祭で知られる新潟県十日町市松代にカフェ&ドミトリー〈山ノ家〉を2012年に開きますが、「ダブルローカル」の礎となる原体験は、2003~2010年に馬喰町や東日本橋、浅草橋などの東京の東エリアで開催されていたアート・デザイン・建築の複合イベント「Central East Tokyo(CET)」。当時、空き物件が増え空洞化していたこのエリアにアーティストやクリエイターが入り込み、空きビルや空き家で制作や展示などを行い、大きなムーブメントを巻き起こした伝説的なイベントと言われています。その「CET」にディレクターとして参画し、街が自然発生的に変わっていく様子を目の当たりにしたことが、二人の生き方の基盤に。

 

「クリエイティブの種を蒔くことで、街本来の魅力を損なうことなく、新しいレイヤーが重なって街の顔つきが変わっていく。アーティストやクリエイターたちのエネルギーを浴びて都市が更新されていく様子に勇気をもらったし、そんなムーブメントに関与できることがすごく面白くて」(池田さん)

東京・恵比寿時代の〈gift_〉のオフィス

こうして東京のローカルの魅力に開眼するも、当時二人がオフィスを構えていたのは東京・恵比寿。所蔵書を解放したり、音楽イベントを行ったりと、人々が自然と集まってくるような小さな文化交流拠点のようなオープンな空間でした。時代の先端を行くような、いわゆる都市生活を続けていた2011年に、あの東日本大震災が起こります。

 

「働き方や生き方の根幹が揺らいだ人はすごく多かったと思います。僕たちもここでしか仕事はできないと思っていたけど、同じように考えていた人たちが地方に進出したりして。これまでの価値観自体がひっくり返されたというか。このまま消費するだけの都市にいていいのかなって、自分の根幹の部分が揺らぎました」(後藤さん)

不意にやって来た「ダブルローカル」の始まり

東日本大震災によって都市の脆弱性に気づいた二人。そんな同年の6月、越後妻有の中でも十日町市松代エリアにある一軒家の改装の話が後藤さんに持ちかけられます。ここで起きたちょっとしたボタンの掛け違いが、二つ目の拠点を持つ呼び水になります。

 

「面白そうだなと思ってプレゼンを重ねていたんですが、途中で何か話が食い違うなと。結局、空間をデザインしてほしいという単純なオファーではなく、事業者になってほしいという話だったんです。移住して現地で事業をするつもりはなかったのですが、都市生活だけを続けていいのか迷っていたし、これまでの価値観が半ば強制的にリセットされたタイミングだったので、なんとなく縁を感じてしまっていました。だから、『ノー』とはならなかったんです」(後藤さん)

降って湧いたリノベーションは地元の工務店のサポートもと、仲間たちと一緒にDIYで行った

積極的なイエスでもノーでもなかったという、十日町市での新たな拠点づくり。行政的な都合もあり、年度内に外装の完成を目指しますが、十日町市は豪雪地帯。冬が来る前の実質2か月で急ピッチで改装を進めなければなりませんでした。こうしたやらざるを得ない状況が「ダブルローカル」を加速させていきます。

 

「都市を離れるどころか移住という選択肢すら、1ミリも考えていませんでした。この時点では都市で活動しながら、他の地域で今までにやったことのないことに挑戦をしてみようという感じでした」(後藤さん)

 

「十日町市は『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』の開催地であり、地域芸術祭の草分けとなった場所。クリエイターやアーティストとの親和性も高いだろうから、自分たちを受け入れてもらえる可能性があるかもしれないという直感はありました」(池田さん)

こうして2012年にスタートしたカフェ&ドミトリー〈山ノ家〉。この業態にしたのは、恵比寿と十日町市を行き来する自分たちに必要な機能がカフェと宿泊施設だったから。

 

「この先、都市生活をしている人たちが田園地帯に行き来するようなライフスタイルがスタンダードの一つになるだろうという直感がありました。そうなった時、観光ではなく日常として、食べるところ、寝るところ、仕事のサードプレイスが必要になってくる。自分たちが十日町市に通ううちに必要と感じていたものをつくり、かたちとなったのがこの〈山ノ家〉でした」(池田さん)

自ら場所を開き、友好的なエイリアンを目指す

決して意図的ではなく、必要に駆られて始まった恵比寿と十日町市での二つの生活。2013年になると、開かれた場を持つ二つの拠点をどちらもホームとして行き来する生活を「ダブルローカル」と呼び始めます。当時は住まいも拠点に近い中目黒でしたが、東京の東側にある後藤さんのご実家との行き来が増えたこともあり、2014年に恵比寿から拠点を移すことに。それが現在の〈gift_lab〉がある清澄白河でした。

 

「元々、東京都現代美術館が好きでよく行っていた街でしたが、〈山ノ家〉で知り合った方が清澄白河でギャラリーをやっていて、『興味があるなら街を案内するよ』と清澄白河を一緒に歩いている時に紹介されて出会ったのが清洲寮でした。昭和8年築の集合住宅なんですが、昭和初期のモダンな姿が残っていて本当に魅力的で、建築好きならたまらない物件。自由に改装していいという寛容さにも、とても惹かれてしまいました。よくよく考えると魅力的な場所に出会ってしまうことが、いつも自分たちの活動の拠点の始まりになっているんですよね」(池田さん)

2014年に、清洲寮の1階にオープンした〈gift_lab GARAGE〉。現在は、清澄白河内で〈gift_lab〉としてオープンしている

〈gift_lab GARAGE〉では音楽のイベントも開催された

恵比寿時代の倍の広さでかつて車庫だったこの場所に、これまでの〈gift_〉のオープンなオフィスに多目的なギャラリースペースやカフェといった新たな機能も加え、より開かれた場所となった〈gift_lab GARAGE〉。この自ら場所を開くことが、地域や代々そこで暮らす人たちと日常的に関係性を築くために大切だと二人は言います。

 

「実はとても引っ込み思案で、飲み会やパーティーなどに出ていくのが得意じゃないので来ていただく方がありがたい。だからこそ自分でつくった拠点では、開くことを大事にしていて。来てくれた人とは全力で会話したいし、その人たちを全力でもてなしたいんです。それは十日町市でもそう。私たちは都市からやって来たよそ者だし、現地の人たちからしたらわけのわからないエイリアンなわけです。その土地に代々住んでいるわけじゃないので、簡単にわかり合えないのは当たり前ですよね。だから自ら場所を開き、友好的なエイリアンであることを示したいなって」(池田さん)

 

自ら場所を開くことは、新たな出会いや創造を引き寄せることになったとも。

 

「初対面で面白いと思ったら『一緒にやりましょう』と声をかけ、予期せぬプロジェクトが発火することが多々ありました。自ら場所を開いたことで人との出会いが増えて、自分自身が多面体になっていったんです。自分の新たな一面にも出会いつつ、いろいろな人と面白いチャレンジをするようになりましたね」

2021年には、二人が敬愛するアーティスト・宮島達男さんと共催の展示イベントも開催した

これまでインテリアや空間のデザインをしてきた後藤さんと池田さん。二つの拠点ではカフェや宿泊施設と、今までと異なるなりわいを営んでいるように見えますが、それらはシームレスにつながっているよう。

 

「僕たちはつくった空間ができたその先まで考えたいんです。空間をデザインして終わりではなく、さらに心地いい空間にしていくために、どんな音が響いているのか、どんな光が入ってくるのか、どんな物が置かれているのか、どんな人が集って何が生まれていくのか。手がけた空間で音楽が必要であればセレクトもする。絵や雑貨も選ぶ。空間は器を作って終わりじゃない。むしろ、そこからが始まり。だから、自分たちでデザインした空間には、できるだけ深く多層的に関わっていたいんです」(後藤さん)

自分らしい働き方と生き方を叶えていく

2014年に清澄白河に〈gift_lab GARAGE〉をオープンしたことによって東京のローカルと出会い、本当の意味での「ダブルローカル」を完成させた二人。清澄白河と十日町市を行ったり来たりする面白くも忙しい日々が続く中、2020年にコロナ禍が訪れると、二つの拠点にそれぞれカフェを開くことに疑問を持ち始めます。

 

「がむしゃらに走ってきましたが、正直、体力的な限界を感じていたんです。元々の本業であったデザインの仕事との並走でしたから。そんな時にコロナ禍がやってきたんです。飲食店の休業が余儀なくされる中、ちょうど賃貸契約更新のタイミングが訪れました。それで、カフェが本業のようになってしまった〈gift_lab GARAGE〉を思いきって閉じて、同エリア内で見つけた恵比寿時代と同じくらいの広さの物件に、原点であるデザイン事務所とギャラリーショップのかたちに立ち返って移転することにしました」(池田さん)

新たな〈gift_lab〉は、比較的閑静なエリアの公園の向かいのビルに

〈gift_lab〉のカフェをポジティブに閉業したことで、自分に正直な働き方と生き方をより具現化できるようになったと、池田さんは続けます。

 

「無理しなくていいんだと気づいたんです。それは〈山ノ家〉も同じ。人の往来が少ない時期でも責任感と意地で、できるだけ毎日開けていましたから。こちらの事情で店を休んだりすると失望されてしまうと思い込んでいたんですが、そんなことはなくて。コロナでしばらく臨時休業を余儀なくされて、落ち着いた頃に2年ぶりにカフェを再開してからは無理せずに、夏以外は週末だけの限定営業にしていました。だから少し心苦しかったのですが、地元の方が『おかえり。また戻ってきてくれてありがとう』って声をかけてくださったんです。『できる形でいいんだよ』と。『ダブルローカル』を続けていくためには、自分のペースを守ることも大切なんだなって」

 

コロナ禍に大きな過渡期を迎えた「ダブルローカル」。地域やそこで暮らす人たちとつながりながら、20年近く猪突猛進に突き進んできた今、二人はより自分らしい生き方を叶えていきます。そして、少し先の未来を見つめてこう話します。

 

「複数の場所で複数のなりわいを持つと、複眼化できるようになる気がします。自分の身体は1個なのに複数の人生を体験できるから、自分がいる場所を別の角度から見つめ直せるようになると思うんです。もちろん、1本の道をひたすら走るのも素敵だと思いますが、最近は副業OKの企業も増えていますし、複眼化することで働く価値観がより良い方向にシフトしていったらいいなと思います」(池田さん)

 

「テクノロジーの発達によって、移動も容易になったし、離れた場所同士でもネット上でつながれるようになりました。だからこの先は、ローカル同士のつながりがより加速していくのではないかと。そうなると、エネルギーや経済もシェアでき、助け合うことができると思うんです。ローカル同士が手を取り合うことで、僕たちが暮らす地球の環境自体を良くしていけるかもしれません」(後藤さん)

【編集後記】

取材時、お二人がおっしゃっていたことで印象的だったのが、『「事業」は自分たちがいなくても成り立つもので、「なりわい」は自分たちがいるなかで成り立つもの』というお話でした。今でこそ、二拠点生活や副業など、当たり前に聞かれるようになった言葉かと思いますが、お二人が10年以上続けていらっしゃる「ダブルローカル」というライフスタイルは、それらとはまた一線を画すもので、各拠点に自らが楽しみ、面白がれるスケールの「なりわい」があることに大きな意味があるのだと思います。

また、先日取材させていただいたナカムラケンタさんが、ここ数年で「『働く』と『生きる』が近づいてきている」とお話ししてくださいましたが、お二人のライフスタイルはまさにこの「生きるように働く」を体現しているように思います。私自身、ある種諦めに近い思いで「働く」と「生きる」を切り分けて考えていましたが、お二人のように自分たちの好奇心に従い、自分たちが楽しめる範囲の複数の営みを持つことは、「働く」価値観をより豊かにしてくれるのかもしれません。

(未来定番研究所 岡田)