2023.04.26

わたしのつくり方

雑談の人・桜林直子さん、どうしたらブレない「わたし」になれますか?

F.I.N.編集部が掲げる4月のテーマ「わたしのつくり方」。これまで各業界の目利きたちに、今の時代を生きる「わたし」のあり方を探ってきましたが、今回はマンツーマン雑談企画「サクちゃん聞いて」で1200回以上の雑談をしてきた桜林直子さんが登場。夢や目標を持たないまま、思考を止めずに考え続けてきたら見えた景色があったと言います。そんな桜林さんに、「わたし」の核を築く方法や、自分の居場所の見つけ方などをお聞きします。

 

(文:船橋麻貴/写真:米山典子)

Profile

桜林直子さん

1978年生まれ。東京都出身。結婚、出産をし、ほどなく離婚してシングルマザーに。洋菓子業界で12年の会社員を経て2011年に独立し〈SAC about cookies〉を開店。マンツーマン雑談企画「サクちゃん聞いて」では、これまで1200回以上の雑談をしている雑談のプロ。著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)など。2023年2月から始まったジェーン・スーさんとのTBS Podcast番組『となりの雑談』が早くも人気に。通称はサクちゃん。

 

Twitter:@sac_ring

note:https://note.com/sac_ring/

Q1. 昨今は、家や仕事での「わたし」に加えてSNSやメタバースの出現により、これまで以上に「わたし」を表現する環境が増えました。これらの環境の違いによって「わたし」をどう変化させていますか?

人は多面体。「見せる面」が増えていく。

私の場合、環境に合わせて「自分をつくる」というより、「見せる面」が増えていく感覚です。多面体のサイコロを思い浮かべるとイメージしやすいかもしれません。どの面も自分の一部だから、それが増えていったとしても特に困ることはないし、オンラインとリアルで使い分けることもないですね。ただ、SNSは「見せる面」を決めてやっています。例えばTwitterなら、クッキー屋さんやシングルマザーといった肩書きが一人歩きしないように、「言葉」にまつわることをメインに発信するようにしているんです。それを仕事につなげるためにやっているので。意外と戦略家なんです(笑)。SNSはコミュニケーションツールとして使われることが多いですが、私は一方的な発信と一方的な受信のツールとして考えています。だからリプライもほとんど返さない。一見冷たいと思われるかもしれませんが、相互のコミュニケーションではなく、一方的な発信の場として使っているので、誰かの反応に合わせて発信しないようにあえてそうしています。だから、「見せる面」の輪郭がブレないのかもしれませんね。

Q2. オンライン上で新たな「わたし」をつくる場所ができたことによって、リアルの「わたし」に何か変化・作用は起こりましたか?

文字で思いを伝えることの難しさを実感。

 

私自身の変化はありませんが、ここ2、3年でリモートワークが一般的になり、テキストコミュニケーションのもどかしさを感じるという声はよく聞きます。文章にするのにすごく時間がかかったり、どの言葉を使うのかが気になったり。オンラインで相手の顔が見えないから、反応が読み取れない。そんな話を聞いて、テキストコミュニケーションの難しさにより意識が向くようになりました。ほとんどの人がちゃんとテキストを読んでいなかったり、反対に書いてあること以外のことまで読み取ったりもする。単に自分が得意なだけで、不得意な人も多くいることに気づいたので、相手にちゃんと伝わるように、誤解のないように、よりわかりやすい文章を心がけるようになりました。

Q3. オンライン・リアルを問わずいくつもの「わたし」をつくることができる今の時代、自分らしくあるためにどんなことをすべきでしょうか?また、5年先の未来にどんな「わたし」でありたいか、そのためにやっておきたいことを教えてください。

自分の舵を他人に渡さない。

まわりの環境や人が自分をつくり出すと思うので、どこに自分の身を置くかが大事だと思います。なるべく心地のいいところにいた方がいいし、もし嫌な自分になっているのだったらその環境から離れた方がいい。そこで大切なのは、環境や他人との距離を自分でコントロールできるという感覚を持っておくこと。これがないと、気がつかないうちに誰かに踏み込まれてしまいます。自分の舵を他の誰かに渡してはいけないんです。そのためには、自分と他人を区別する「境界線」を引くこと。他人の顔色を伺ったり、声の大きい人の意見に流されやすい人は、他人に侵食されやすい。かつて私もそうでしたが、そういう人は自分を下げることで自ら境界線を緩めてしまっている場合が多いんです。境界線を持つことは、嫌な人と距離を取り、心地よく生きていくために必要だと思います。

 

それから、「私なんて」と自分を下げる癖があるとしたら、自分の扱い方に気をつけた方がいいかもしれません。謙遜や気づかいで「私なんて」とつい言ってしまうとしても、それはあまりいい結果を生みません。自分を下げると、相手は「そんなことないよ」と言うしかない。つまり、謙遜や気づかいは、「あなたも気をつかってくださいね」の合図になりかねないんです。褒められたときの謙遜も同じで、褒めてもらったら、返事は「ありがとうございます」の一択です。例え褒め言葉が自分の望まない内容でも、お世辞や嫌味でも。褒め言葉を受け取らずに否定すれば、相手の感想を否定していることになるので、自分のためだけでなく相手のためにも、過剰な謙遜や気づかいはしない方がいいです。

 

そして5年先の未来について。未来の話になると急に何もわからなくなっちゃうのですが(笑)、未来に旗を立てて進んでいくタイプの人と、そうでない人がいると思っています。私は夢や目標を持たないタイプなので後者ですが、できることは実は両者とも同じで、目の前のことにしっかりと向き合うことなのだと思います。今の自分にとって恥ずかしくない選択をし、嫌なことをしっかり避けていれば、それに続く未来もきっと楽しいはず。未来について考えるのはちょっと苦手ですが、今を楽しむ意識をしていきたいです。

Q4. 1200回以上の雑談をしてきた雑談のプロである桜林さん。どうしたら人や情報に流されず、自分の核を持てるようになりますか?

家族も他者であると意識する。

 

私はマンツーマンで雑談をする仕事をしていますが、相手の話に自分を重ねたり、ジャッジしないように気をつけています。相手の話と自分の考えを分けることが、相手を尊重し、自分自身も大切にすることだと思っているからです。こうして自分と他人の間に境界線を引いているから、辛い話を聞いたとしても自分まで辛くなることはないんです。そして、この境界線は誰にでも設けておいた方がいいです。家族にだってそう。私は自分の娘とも対等でいたかったので、彼女が2歳くらいの頃から「自分がどうしたいか言ってね」と彼女の意見を聞くようにしていました。大人になって突然自分の考えを出すのは難しいので、子どものうちからひとりの人として尊重し、対等にいるよう心がけていました。自分の感情を言葉にするのはとても難しいことなので、なかなかのスパルタ教育ですが、そのおかげか、娘は小さい頃から常に自分が何が嫌で、どうしたいかを知っていました。だから、大きくなって進路を考える時期が来ても悩まないんですよね。夢や目標を持たない私からしたら、とても羨ましいです(笑)。自分と他人を区別することが自分の核を形成するためにも大切だと思います。

Q5. 夢がなくても、やりたいことがなくても、「自分の居場所」は見つかりますか?

自分のできることをして、

誰かが喜ぶところに居場所はできる。

夢や目標に向かっている人の周りってキラキラと輝いて見えますよね。でも、常に自分にぴったりな居場所にいる人なんてほとんどいないのではないでしょうか。私は10年以上洋菓子業界にいましたが、夢を立てたからには途中で辞められず、自分が向いていないとわかっていながらも続けている人を何人も見てきました。周りから見たらやりたい仕事をしているように見えるけど、実は違ったりするんですよね。それが10年単位で続いていると、自分の居場所を思い切って変えるのはかなり難しくなります。

 

だから私は、夢や目標を決めて進むだけではなく、「自分のため」と「誰かのため」のバランスのいい居場所を見つけるのがいいのではと思います。その居場所を見つけるのはどうしたらいいかという話になりますが、夢ややりたいことがなくても「小さな欲」はありますよね。雑談の仕事で話を聞いていても、自分の中で反芻していた悩みを話すことで、自分が本当にしたかったことが見つかることがあります。そうした自分の欲を知らないと、「誰かのため」だけで生きてしまうんです。それはそれで悪くはないんですが、「自分のため」の要素がないと「こんなにやってあげているのに……」という気持ちになったり、逆にやり過ぎちゃったりするんです。誰かのためだけにあくせくするのはつらいし、自分のためだけの居場所だと独りよがりになってしまう。自分のできることをしたら誰かの役に立ってうれしい。そのバランスの取れた場が居場所になるのだと思います。自分がうれしいことを忘れずに、少しわがままに生きてもいいんだと思いますよ。

【編集後記】

「『わたし』は、そもそもどうしたかったんだっけ……?」。毎日様々な人と様々な関係性のなかで様々に気を配りながら接していると、そんな風にふと我に返り、自分自身に戸惑うことがあります。桜林さんのお話を伺いながら、他人の考えに寄り添ったり配慮したりすることと、自分の欲を知って自分のために生きることは両立できるのだな、とやさしく背中を押された気持ちになりました。まずは自分の欲に正直に向き合って、「わたし」の核をぼんやりとでも見つめてみようと思います。

(未来定番研究所 中島)