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2022.08.04
未来をつくるハローワーク
これまでにないものや、新しい取り組みをしている人たちこそ、より多く「人の手」を求めているのではないか。この連載では、未来へ挑む人にお会いしながら、その求人の一助になることをめざす企画です。
今回お会いするのは、北海道で勤しむ〈School For Life Compath〉の安井早紀さん。求めている人材について伺うと、自分を豊かにすること大切にし、自分が欲しい社会と未来を作りたいと思っている人だそう。その理由と、安井さんの日々の仕事について伺いました。
(文:高野瞳)
デンマークで180年間続く、
人生の学校〈フォルケホイスコーレ〉。
F.I.N.編集部
〈School For Life Compath〉は、デンマーク発祥の〈フォルケホイスコーレ〉をモデルにしていますが、〈フォルケホイスコーレ〉はデンマークではどんな存在ですか?
安井さん
デンマークで180年間続く大人の全寮制の学校です。現在、デンマークに70校あり、北欧を中心に他の国にも何校かあります。日本ではどんな機関に相当するか例えづらいのですが、「大学院に進学する人もいれば、しない人もいるよね」というくらいの感覚で、ほとんどの国民が〈フォルケホイスコーレ〉という選択肢があることは知っていて、「行くかはわからないけど、あるのは知っている」というくらいポピュラーです。
F.I.N.編集部
デンマークではそれほど認知されている場所なんですね。具体的にどんな特徴がありますか?
安井さん
人生を一回立ち止まって考え直したい、生き方を整えたいと考える人たちが学ぶ場所です。特徴の1つは、試験も資格もない「人生の学校」と呼ばれていて、17.5歳以上の大人なら誰でも通えること。
2つめは、自分自身について学び、人間的に成長する場であること。デンマークに現在ある70校では、それぞれテーマが違います。哲学や音楽、アート、サステナビリティ、福祉などさまざまです。多様だけど、その知識や技術を習得することが目的というよりは、それを通じて自分が何を感じるのか自分自身について探求していくということが目的です。
安井さん
3つめは、民主的な在り方を共に暮らしながら育むこと。全寮制で、一番短いコースでも4ヶ月。デンマーク人は、4ヶ月でも足りないからと1年くらい過ごす人も少なくないそうです。大人同士が全寮制で共に暮らすことによって、多様な他者と生きることを体感として学ぶことを大切にしています。正解がないなかで、そこにいる共同体でどう最上級の妥協点を作っていくかということを、実験しながら学びます。共同生活そのものが、すごく学びに満ちているんです。
F.I.N.編集部
とても興味深い場所ですね。立ち上げ時からのパートナー遠又香さんは、大学時代からのご友人だったそうですね。お二人が、この場所に行こうと思ったきっかけについて教えてください。
安井さん
私はもともと会社員として忙しく働いていて、ある時、「働きすぎなので9月の半月間会社に来ないように」と命じられたんです。仕事が大好きだったし、当時は休むのも下手でした。でも2週間以上の休暇なら、海外旅行に行こう。そして、せっかく行くなら関心のある「教育」がおもしろいところに訪れてみたいと思っていて。そのタイミングで、友人の遠又も「その時期、半月空いてるよ」と。奇跡が起きたんです。休みが合うから一緒に行こうよっていう単純なノリで始まりました。デンマークにした理由も、社会人5年目でバリバリ働きすぎて、「幸せ成分足りないね」と、幸福度が高いと言われているデンマークを選びました(笑)。
F.I.N.編集部
いろいろな偶然が重なって辿り着いたのですね。お二人は〈フォルケホイスコーレ〉に入学したのですか?
安井さん
滞在期間が2週間だったので、コースには参加していませんが、何校か連絡をして話を聞かせてもらいました。いくつかの学校を1泊2日で転々としながら、授業を受けたり、体験したり。メインは、校長先生や講師、生徒たちに話を聞くことで、とても印象深かったです。
人生を考え直す、つむぎ直す時間。
日本にも〈フォルケホイスコーレ〉をつくりたい。
F.I.N.編集部
実際訪れてみて、どんな印象を持ちましたか?
安井さん
まず、日本にはまったくない仕組みだけど、デンマークでは当たり前のようにあることが不思議でした。多様な人たちがいて、そこにあるのは「ただ学びたい」という欲求と、「ここに通いたい」という素直な気持ちだけ。日本だと、人生について考えるという話をすると、ネガティブに捉えられることが多いけれど、「長い人生の中でこういう時間は必要でしょ?」と、彼らにとっては当たり前のこと。「1年くらい立ち止まって、その後の人生が豊かになるのであれば、そっちの方がいいよね」と、希望に満ち溢れていました。日本社会で受ける「立ち止まる」という言葉の印象と、デンマークの「人生を考え直す、つむぎ直す」という言葉の印象がかけ離れていて、衝撃を受けました。
F.I.N.編集部
〈フォルケホイスコーレ〉を日本にも作りたいと思うに至った、理由やタイミングを教えてください。
安井さん
日本にも〈フォルケホイスコーレ〉という場所が必要なのでは?と思いながらも、すぐに作りたいと思ったわけではありません。これまでの事例を見ても、過去日本にあった〈フォルケホイスコーレ〉は、ほぼ休止状態。日本文化とは合わないのかな、難しいのかなと感じながらも、デンマークでは〈フォルケホイスコーレ〉に行った人はすごく重宝されるし、履歴書に書いてもOK、行ったことを話すと「いいね、豊かだね」と言われるそう。その差を感じたとき、これはデンマークだから必要で日本だから必要ではないということではないはずと思ったんです。それから〈フォルケホイスコーレ〉について調べ尽くしました。〈フォルケホイスコーレ〉と書かれた本はだいたい読んだし、デンマーク人にインタビューもしたし、日本で雇用や教育に精通している人たちに壁打ちしたり。でも「ここから先は、やってみないとわからない」という気持ちになって。そこから、グッと妄想が現実に落ちてきたのが、北海道東川町との出会いでした。
F.I.N.編集部
北海道東川町との出会いは、どんなきっかけがあったのですか?
安井さん
北海道東川町との出会いも偶然でした。たまたま東川町の養鶏家の方と知り合い、北海道に遊びに行くことになったんです。自己紹介をするときに、「日本にフォルケホイスコーレを作りたくて」ということを伝えたら、〈フォルケホイスコーレ〉のことをご存知で、「必要な仕組みだよね」と言ってくれたところがはじまり。そこから話が進んで、一度短期間のパイロットプログラムをやってみようと。その方の力を借りながら、2泊3日のプログラムを実施しました。
F.I.N.編集部
すごいご縁ですね!最初のプログラムはどんなものでしたか?
安井さん
東川町に住む方々を講師として迎え、農家さんに野菜をもらいに行ったり、東川町を拠点とする家具メーカー〈北の住まい設計社〉の工房を見学させてもらいながら地球に優しい家具とは何かを考えたり、養鶏場で食について考えたり。参加者は7~8人の小さなプログラムでした。
F.I.N.編集部
パイロットプログラムを経て、どのタイミングでこのまま、北海道東川町で続けていこうと決心されたのでしょうか?
安井さん
プログラム中移動する車内で、参加者の人に「東川町でやることに決めたんですか?」と聞かれて、「候補の1つだけど、まだ決めてないよ」と返答した瞬間、自分に対して「あれ?本当に決まってないの?」と思ったんです。私の中では、今思うとこのタイミングがきっかけでした。
「心のコンパス」を整える場所に。
〈School For Life Compath〉のはじまり。
F.I.N.編集部
東川町が良いと思った具体的な理由はありますか?
安井さん
もともと、都会に作るというイメージはありませんでした。〈フォルケホイスコーレ〉の考え方に共感してくれる人がいるか、講師として一緒にコラボレーションしたいと心から思う人たちがいるかを大切にしたい。それで考えると、東川町には十分すぎるほど素敵な人たちがいたんです。過去に〈フォルケホイスコーレ〉に行ったことがあるドーナツ屋さんや、スウェーデンの〈フォルケホイスコーレ〉のようなところに通っていたという家具職人さんも4人くらいいて。そんなことがあるんだと驚いたし、もうこういう運命なんだろうなと受け入れました。
F.I.N.編集部
都会に作ることは考えていなかったということですが、大自然の中で過ごす意味や必要性についてどのように考えますか?
安井さん
「心のコンパス」に例えるとしたら、日々忙しく働いていると、磁石の矢印がくるくるくるくると、忙しなく回って、自分で頑張って方向を整えることは難しいと思います。そんな時は、まず暮らす場所を変えてみる。1週間でもいいから、暮らす場所や時間の流れ、出会う人を変えてみると、「自分の心はこっちを向いていたんだ」とうっすらでも気づけて前に進むことがあると思っています。大自然に身を置くと、人間のちっぽけさを感じます。人間の長期計画って、長くても5年や10年。それに対して自然は、100年くらいのスパンで積み重なっていく。その感覚を感じてもらうのは大事だと思っています。
F.I.N.編集部
現在、〈School For Life Compath〉では、具体的にどんな授業をしていますか?
安井さん
いろんな授業があります。東川町に住む方々を講師に招いた授業だと、冬に開催したロングコース(3ヶ月コース)で作った、カメラとクラフトのクラスのが印象的です。。カメラクラスでは、写真の撮り方やカメラの使い方を学ぶというコンセプトでしたが、講師の方が「僕はカメラの技術は教えない」と。使い方よりもどう切り取るかとか、しっくりくる自分の画角や気持ちのいいトーン、そこから自分は何が好きで、心震える瞬間は何かというのを授業にしたいとおしゃったんです。また、「心が動く瞬間だけにフォルムを切ってみて」と毎週1本ずつフィルムカメラを生徒に渡して、次の授業に必ず回収するということを続けていました。そうすると、1週間で撮る量が増減するんです。今週はすごく心が動いているなというときもあれば、全然進まないなというときもある。人ばかり撮っていたり、自然ばかり撮っていたり。現像してみて初めてわかります。とてもユニークな授業でした。
安井さん
クラフトクラスでは、家具職人の方を講師に、「自分の居場所になる椅子」というテーマでデザインを1から起こしてスツールを作りました。そのプロセスが興味深かったですね。作ることが大好きな大学生の女性は、初日から一気にデザインを描いて、ガンガン制作していました。一方、40代男性は、「そもそも自分の居場所とは何か」というテーマを考えるところからはじめていて。その違いも含めてとてもおもしろいですよね。
F.I.N.編集部
参加者はどんな方がいますか? どのような目的を持って参加する方が多いですか?
安井さん
19歳から60歳までいます。目的は、3種類くらいに分かれている印象です。一番多いのは「立ち止まってこれからの生き方を考える時間がほしい」という人。1週間のコースになると、「旅したいけど、ただ観光地にいくのは物足りない。観光地の人たちや新しい価値観に触れて、自分の価値観をアップデートしたい」という目的。1ヶ月のコースには、「これからの暮らしのあり方を考えたい、フリーランスをしながらちょっと働きたい」という目的の方が多いです。コロナ禍の特徴だと思いますが、大学生は今オンラインの授業だからなかなかコミュニティの幅が広がらないし、留学も叶わないので、国内で違う価値観に触れたいと思って参加する方もいました。世代も目的も、それぞれ混在しているのもいいかなと思っています。
個人の豊かさが、社会の豊かさ。
自分で自分の人生を豊かにするために。
F.I.N.編集部
〈School For Life Compath〉が、大切にしていることを教えてください。
安井さん
肩書きがない状態で出会うことを大事にしています。どんなコースでも、1日目のワークで必ずやるのが「肩書きのない名刺ワークショップ」。森の中で葉っぱや草花で名刺を作ります。日本人の特徴として、最初に会社名や出身、職業などで自己紹介をするんです。そうするとどうしても、その肩書きでしか相手が見えなくなってしまいます。会社の情報などでその人をジャッジしてしまうのは、すごくもったいない。それを一旦外すために来ているのだから、人柄や“今感じていること”で知り合うということを大事にしています。1人の人間としての1週間、1ヶ月を過ごすことによって、本質的な自分の良さに気がつけるはずです。
F.I.N.編集部
プログラム終了後、日常に戻ることに不安を感じることはないですか?
安井さん
私たちが、もう1つ大切にしていることに「現実も自分たちで作れる」ということがあります。大自然で豊かな場所だからユートピアなんじゃないか、現実に戻れないのではと心配する方もいます。でもこの期間は、あくまで自分のための時間であると同時に、自分が欲しい社会を作る時間。社会と繋げることも大事にしています。〈フォルケホイスコーレ〉で、私が大事にしたいと思ったのが、「個人の豊かさが、社会の豊かさに繋がる」という考え方。その考え方でデンマークのフォルケホイスコーレは、180年間くらい社会を作ってきています。全員参加型の社会作りを大事にしていて、それは1人のスーパーマンが作れるわけではなく、できるだけ沢山の経験や境遇、価値観の人たちが集まって、自分はこういう社会の方がいいとか、この制度はおかしいとか、声をあげる必要があるんです。
どんなにデンマークが豊かな国であっても、同じことをやり続けたり、働き続けたりしていると、そのメガネは曇ってしまう。「たまには、キュッキュとみがく時間も必要だよ。感性を磨く時間も必要だよ」って。そういう時間を過ごすために〈フォルケホイスコーレ〉があって。自然と自分の意見を持てたり、こういう風に行動したいという意志が出てきたりして、それが社会作りに繋がっていきます。
F.I.N.編集部
〈School For Life Compath〉で、どんな過ごし方をして、どんなことを感じ取って欲しいですか?
安井さん
「誰か」が作った社会って、不思議と誰にとっても追いつけなかったり、圧迫感があったりして、個人の感性を大事にしている暇がなくて蓋をしてしまいます。そうすると、自分と社会の距離感がどんどん離れていってしまうように思うんです。まずは、「私から始まるサステナビリティ」というのが大事。社会のためとか持続可能な社会とか言いつつ、そういう活動で疲弊していく人たちを見てきました。「私が欲しい豊かさとは? 私が欲しい社会とは?」と問い、組織から、コミュニティ、地域へと、徐々に広げて行きたいです。その思いが根底にあるので、願いとしては、「自分を豊かにする」ということが何より大事。生きていて大丈夫、何も価値を出していない自分でもOKということを認められる時間があって、その上で、どうやったらOKにできる社会を自分の力で作っていけるかを考える時間。そうなって欲しいと思っています。
F.I.N.編集部
今は求人をしていないようですが、募集するとしたら、どんな人を迎えたいですか?
安井さん
現在、正社員のスタッフは私たち2人だけ。あとは業務委託やインターンです。広報やコースを作るのに協力してくれている人もいれば、将来学び舎を作りたいと考えている建築チームもいます。プログラムに参加経験のある方で、自分が欲しい社会を作りたいと思っている方。何より〈School For Life Compath〉の価値観に共感してくれる方が希望です。
F.I.N.編集部
講師としては、どんな方が理想的ですか?
安井さん
普通の学校と違って、何かを教えるという上下関係ではなくて、対等であることを大事にしています。去年の秋デンマークに再訪して、〈フォルケホイスコーレ〉で先生をしている人に教えてもらったのが、「先生+生徒×授業=学び」。先生の持っている知識もリソースだし、生徒が持っている今まで生きてきた背景もそう。〈フォルケホイスコーレ〉では「生きた言葉」という言い方をしますが、感じていること、好きなこと、そういうことが掛け合わさることで授業が初めて生きてくるといいます。どれだけそれを最大化できるかどうかがファシリテーターである先生の力量なのだそう。だから、一方的に教えることはしないこと、1人の「人」として接すること、特定のすごく好きで語れる分野があることなど。講師と言っても、必ずしもプロフェッショナルである必要はないと思っています。
F.I.N.編集部
これからの展望や期待していることについて教えてください。
安井さん
〈フォルケホイスコーレ〉という選択肢が当たり前の社会になって欲しい。この世界のどこかで、今も1年間休みをとっているデンマーク人がいるから大丈夫って。概念を知るだけでも、ちょっと楽になれるのではないかなと思います。だから、もっと広めていきたい。これからは、いい学校を作りたいという気持ちと同時に、世の中に問いかける活動も両軸で進めていけたらと思っています。陸前高田に、同じように〈フォルケホイスコーレ〉をモデルにした学校があります。そこと連携しながら、どうやったら日本社会が生きやすくなるか考えているところです。日本は、個人に対する学びの負担が高いので、学びたいと思ったときに気軽に学べるような助成金の制度があったらいいなということも考えています。現在国内の常設は少ないですが、最近ムーブメントが起き始めていて、奈良や沖縄、山梨で作りたいという人も。最初は全国に作りたいという妄想もあったけど、作りたいと思った人たちが、全国各地で作ってくれたら、すごく素敵な未来だなと思います。
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【編集後記】
取材させていただく前は、恥ずかしながら私にとって「フォルケホイスコーレ」という言葉自体、初耳でした。取材中、「忙しなく働いていた会社員時代は、空白があったら埋めないと落ち着かない」と安井さんが仰っていたことに大変共感しつつも、取材を終えた後は、意識的に自分を豊かにする機会を作ること、人生の余白を作ることは必ず必要なことだとしみじみ感じました。「一度、立ち止まる」この言葉がデンマークのようにポジティブな言葉として広く認知されていくそんな未来が楽しみです。
(未来定番研究所 小林)
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