2024.02.29

「働く」の解放

日本仕事百貨のナカムラケンタさんが教えてくれた、未来をつくる新しい仕事。

コロナ禍を経て、仕事を取り巻く環境は、大きく変化しています。ワーケーション、リモートワーク、パラレルワーク、これまで変えられないと思っていた働き方にも、新たな選択肢が加わりました。それに伴うツールの進化、制度や仕組みの充実、コミュニケーションについての再考。社会に大きな変化が生じている今だからこそ、新しい仕事が生まれているのかもしれません。これまで「生きるように働く」を掲げ、さまざまな仕事の魅力を伝えてきた『日本仕事百貨』のナカムラケンタさんに、働くことについて、そして未来につながる新しい仕事についてお聞きしました。

 

(文:三國寛美/イラスト:石橋 瞭)

Profile

ナカムラケンタさん

〈株式会社シゴトヒト〉代表。建築・不動産領域で働いたあと、心地のいい場所には「人」が欠かせないと思い、生きるように働く人の求人サイト『日本仕事百貨』を立ち上げる。グッドデザイン賞など、さまざまな審査委員を歴任。東京・清澄白河〈リトルトーキョー〉にて、いろいろな生き方・働き方に出会える〈しごとバー〉や、誰かの人生を変えた本を集めた小さな本屋〈LIFE BOOKS & JOBS〉を企画・運営。現在は様々な組織や地域において、チームビルディング・コミュニティビルディングの伴走をしている。著書『生きるように働く』(ミシマ社)。

日本仕事百貨:https://shigoto100.com/

改めて大切にしたい、一人ひとりにちゃんと向き合う仕事

僕たち〈シゴトヒト〉が運営する『日本仕事百貨』は求人サイトです。一番大切にしているのは、仕事のありのままをお伝えするということ。そして、世の中にはこんな生き方、働き方があるということを共有することも、大切だと考えています。サイトでは、検索の機能をかなり削ぎ落としており、雑誌のページをめくるような感覚で、気になったものをクリックして、知らなかった仕事に出会える場になったらと思っています。

 

これが「新しい」仕事というものなのかわからないのですが……。今、人間の存在が感じられる仕事というか、ちゃんと一人ひとりに向き合う仕事が、改めて大切だというのはすごく感じています。今回は、僕が注目する仕事をいくつかご紹介します。

地域に暮らし、本質的な部分からデザインする

「インタウンデザイナー」

まずは「インタウンデザイナー」。

地域に住んで、地域のあらゆる仕事をお手伝いするデザイナーが増えていることを実感しています。

 

例えば、福井県越前鯖江地域というものづくりの町で、作り手とつながる産業観光イベント「RENEW」の立ち上げに関わった〈TSUGI〉の新山直広さん。奈良県では、東吉野村に暮らし〈オフィスキャンプ〉を構える坂本大祐さんが、2022年にグッドデザイン大賞を受賞した〈まほうのだがしやチロル堂〉のデザインの支援をしています。

 

これまでデザインは、都市に居ながらやっている仕事というイメージがありましたが、最近は地域に根ざして働くデザイナーの層が厚くなっている気がします。リモートで十分に仕事ができる、リモートだからこそできることもある時代なのに、フェイストゥフェイスというか「地域にいるからこそできる仕事」が、逆に増えているのが面白いです。

 

デザインについても、目にみえる表面的なものだけではなく伝え方から考えたり、ブランディングデザインを考える時には、経営の部分から伴走したり。海に浮かんでいる氷河のように、現れてくるものは一部ですが、その下にあるものもしっかりとデザインをして、現れてこない部分も大事にしている。統合していく仕事が増えていて、コミュニケーションが深くなっているように感じます。

心地良い場所を一緒につくる

「コミュニティビルダー」

次は、建物や施設だけでなくコミュニティもつくる「コミュニティビルダー」について。〈GREENING〉さんは、2021年に小田急・下北沢駅から東北沢駅の線路跡地にオープンした商業施設〈reload〉をプロデュースしている会社。不動産や建築の領域の方たちです。

普通の商業施設はテナントを集めるだけなんですが、彼らは、たくさんの人に自ら声を掛けて、最適な出店形態など、新たな業態開発から一緒に考えていくんですよね。例えば、50年以上も地元で続いていたお茶屋さんに、元のお茶屋さんの業態だけでなくて、こういうことをやってくれませんか?と、新しい価値にチャレンジしてもらう提案をする。

 

建物も、大きな箱の形にする方が合理的で効率も良いのですが、〈reload〉はポコポコと小さな箱のような建物が並んでいます。入り口をくぐってみたり、階段を上がると空が広がっていたり、リズムがある。歩いていて楽しいんですね。人はどうしたら心地良いのか、どうしたら通いたい場所になるのかと、真剣に向き合っているように思います。

 

こういう大規模な施設をつくり、しかもちゃんと人の営みが感じられる場所にしている。それは、単にテナントをリーシング(賃貸支援)するわけではなくて、これまでのやり方や枠組みを超えて、あらゆることを統合した結果、できていることのような気がします。

地域の点と人をつなぐ

「街ぐるみ旅館」

駅などの単位で旅館を営む「街ぐるみ旅館」も新しい仕事だと思います。例えば「ふるさとの夢をかたちにする」というコンセプトを持つ〈さとゆめ〉さんという会社は、山梨県の小菅村で、村全体を一つのホテルに、という取り組みをしています。

 

青梅線沿線の約700人の村全体を丸ごと宿として見立て、一ヶ所にレストランも部屋も全部つくるのではなくて、無人駅でチェックインをしたり、町の中に点在する古い建物をそれぞれ活用して、宿にしている。それも、点で考えるのではなく、統合していくような考え方なんですよね。地域ともつながり、あらゆる人をつなげて、エコシステムとして自然につくり上げていく。その結果、みんなが嬉しいものをつくることになる。そんな考え方が広がっていると思います。

 

東京の谷中には〈HAGISO〉というカフェがありますが、彼らも、最小文化複合施設とうたいながら、谷中という町を一つの大きなホテルに見立てて宿泊施設を運営しています。ほかにも、上野の〈ノーガホテル〉は野村不動産グループが手掛けていますが、地域のクリエーターたちと連携して場所をつくっています。大手企業もそういうことを考えていて、時代が変わってきているなと思います。

社会と自然に混ざり合う

「開かれた福祉」

最近は、社会的に意義がある仕事が特に注目されています。ここでは新しいと思う「開かれた福祉」の仕事について。

 

これまで、福祉という仕事はあまりオープンになっていなかったように感じます。高齢者、障害者がいらっしゃる施設や、教育の現場もそうでしょう。施設の中で社会が完結していることが多く、外の社会との接点があまりなかったと思うんですよね。

 

それは効率的なことやリスクヘッジを考えれば自然なことです。あらゆる機能やサービスを縦割りにしたり、場所を分けることで、予測不可能なことやリスクを減らしたいと考えてきたわけです。例えば幼稚園や学校もそうですけど、外の社会と明解な境界をつくって守っていくという方向になると思うんですよね。でも開かれることで、マイナスもあるけれど、プラスマイナスで言えば、大きなプラスなんじゃないかと。

 

外に開かれたものにしていくことが福祉の領域では増えている気がします。しかも、ただ「どうぞ」と開かれるのではなくて、外の社会と自然に混ざり合っていくようなデザインが増えていると思います。

 

例えば、以前〈しごとバー〉にゲストで来ていただいた、田中伸弥さんが運営する宮城県仙台市にある〈ライフの学校〉。この〈ライフの学校〉には、特別養護老人ホームや、デイサービスセンター、訪問ヘルパーステーションなどの機能がありますが、今までの福祉施設の「見た目」ではないんです。誰でも立ち寄ることができる庭があったり、図書館や駄菓子屋さんもあるので、利用者と地域の方が混ざり合いやすい。それも「はい、できました」と一方的に提供されたものではなくて、地域の人たちとコミュニケーションを重ね、ワークショップを開催しながらつくったそうです。

 

こうやって一個一個、丁寧に統合していく行為は、最初はちょっと大変なんだけど、本当はそっちの方が上手くいくし、心地良いし、結果として事業も伸びていくんですよ。そういうことが、今、世の中に浸透してきているなあと実感しています。

5年先の未来は? コミュニケーションがもたらすもの

それぞれが自由に生きていくという方向になっていると思います。これまでは、ある種トップダウンで、ルールや伝統があって、簡単に覆るものではなかった。だから、それに則って各自が動いていく、言ってみれば忖度していった。それって心地良くないと思うんです。今は、仕事だから仕方ないということがどんどん減ってきて、必要なコミュニケーションが積極的に行われるようになってきています。

 

コミュニケーションというのは差異を埋めるための手段なんですよね。信頼を醸成するコミュニケーションは、話す人と聞く人が分かれるのではなくて、お互いに話して聞いて、それに対してリアクションを続けることができる。キャッチボールができて、お互いを確認し合えるフラットな関係。それがさらに進んでいくと、一人ひとりが判断して仕事ができる領域が増えていく。大企業でもフリーランスであっても、自分で判断することが増えていくと、それぞれが自由になっていくと思います。

「生きるように働く」の今、そしてこれから

僕らは「生きるように働く」という言葉を大切にしています。これまで、「生きる」と「働く」は区別されていました。人間としてどう生きたいのかというところから、働くことを切り分けなくてはいけない、諦めなくてはいけない、という認識が蔓延していた気がするんです。

 

でも、どう生きたいのか、どうありたいのか。そうやって「生きる」ことで誰かを幸せにできて、結果として「働く」に重なり、世の中がうまく回っていくのであれば、そっちの方がいいじゃないですか。もちろん仕事なので、相手ありきなところはあると思うんですけど、「働く」と「生きる」が近づいてきている。切っても切れないものになってきていると感じます。

 

コロナ禍を経てこの数年、ダイナミックな変化を感じています。いろんな人と会ったりお話を聞いたりすると、人間として生きる上での成長、社会全体の成長を強く感じます。それは楽観的な部分があるかもしれないですけど、とっても希望ですよね。

【編集後記】

ナカムラさんがおっしゃるように、コロナ禍を経て、「生きること」、そして「働くこと」の本質に多くの人が向き合うようになってきたと感じます。私自身、これまで「働く」ということは、何となく我慢や諦めを伴うものだと認識していましたが、ここ数年でそういった「暗黙のルール」からも解放され、より人間らしい働き方の追求が許されるようになってきたと感じています。

今までの慣例や形式にとらわれず、「こうしたほうがもっと快適では?」、「一人ではなくみんなでやってみたらどうだろう?」といった、一人ひとりが心地よく働くことのできる方法をより創造的に発想し、一つひとつ実践していくことが、社会全体の豊かな成長にも繋がるのだと気づかせていただき、未来に希望を感じる取材となりました。

(未来定番研究所 岡田)