メイドインジャパンを継ぐ人。
2024.06.24
モヤモヤ
最近のF.I.N.編集部が大切にしている、考えを熟成するための「モヤモヤ」する時間。「モヤモヤ」と一口に言っても、日常でふと感じる違和感だったり、課題が整理できてない状態だったり、自分や誰かのモヤモヤであったりと、その種類はさまざまです。ポジティブに捉える人もいれば、そうでない人もいるかもしれません。この特集では「モヤモヤって何?」という問いを出発点に、時代の目利きたちと5年先の未来を探っていきます。
今回お話を伺うのは、デザイナーでディレクターの熊谷彰博さん。これまで良品計画やオリンパスなど、さまざまな企業と仕事をしてきた熊谷さんに、クライアントの抱えるモヤモヤの向き合い方、また熊谷さん流モヤモヤの手法、モヤモヤすることの重要性などを伺いました。
(文:大芦実穂/写真:後藤洋平/サムネイルデザイン:佐藤豊)
熊谷彰博さん(くまがや・あきひろ)
〈AK_DD〉代表。2007年より、物の見方を探求し、独自の視点と文脈の再構築からデザインとディレクションを手掛ける。物の構成と素材を抽出し、表象と知覚を媒介するオブジェクトの習作をつづけて、2021年、初の個展「OBJECTS」にて発表、同テーマを基幹に作品を制作している。主な仕事に、無印良品 池袋西武 企画展「STOCK展」企画・監修・会場構成、「柳本浩市展」キュレーター、オリンパス純正カメラバッグ「CBG-2」プロダクトデザインを手掛けグッドデザイン賞を受賞等。編書に、『STOCK』(MUJI BOOKS、2017)。
「モヤモヤ」を頭の片隅に置いて
あえてモヤモヤさせておく
F.I.N.編集部
デザイナーでディレクターという立場柄、クライアントからモヤモヤを聞く機会が多いのではないかと思います。相手からモヤモヤを受け取ったら、はじめにするのはどんなことですか?
熊谷さん
目的がはっきりしていないものに対しては、まずはそのモヤモヤが何なのかをヒアリングして、クライアントの「やりたいこと」と「やるべきこと」が一致しているか探ります。そこでズレや矛盾などを見つけると、条件自体を見直すことが多いです。プロジェクトにもよりますが、最低1カ月くらいは時間を取って話し合っていきます。
F.I.N.編集部
条件が整理されてから提案までの間は、どのようにクライアントのモヤモヤと向き合うのですか?
熊谷さん
要望ややりたいことを伺ったあとは、頭の片隅に置いておくというか、寝かしつけます。その間、打ち合わせの時には見えてこなかった繋がりや関連性が見えてくるんです。
F.I.N.編集部
モヤモヤを寝かせている間は何もしないということでしょうか。
熊谷さん
答えを見つけるためにやることはほぼないです。例えば、iPhoneのバックグラウンドの更新ってありますよね。いつの間にかやってくれている。あれと同じで、普段自転車に乗っている時とか、展示を見ている時に、なんとなく頭の後ろの方で頭が勝手に動いてくれている感じです。考えようとするより、きっかけを待つというか。
F.I.N.編集部
放っておくのですね。
熊谷さん
意識的に考えることはないですが、調べることはします。企業や職種について、どんな可能性があるのかリサーチをするのはもちろん、プロジェクトの周辺に散らばっているものを集めていく。ある程度貯まってくると、歩いていたりお風呂に入っていたり、リラックスしている時にふと繋がります。情報が豊富にあればあるほど、意外なものと掛け合わせることができて、ひらめきといわれるようなものになると思っています。
モヤモヤをひらめきに変えるためには、
日頃から「ストック」する
F.I.N.編集部
あえて「考えようとしない」のはなぜですか?
熊谷さん
考え込むよりは、日常で溜めているストックからヒントを見つけることが多い気がしていて。
F.I.N.編集部
日常で溜めているストックとは、どういうものでしょうか。
熊谷さん
日常生活の中で気になったものですかね。20代前半くらいから、見たものや企画の背景やさらに良くするにはどんな方法があるのか?と、意識的に考えるようにしていて。シャドーボクシングならぬシャドーディレクションみたいな感じです。
F.I.N.編集部
なぜシャドーディレクションをはじめたんですか?
熊谷さん
もともとジャンルを超えた手法やつくり方に興味があったんです。例えばアーティストであったり、映画監督や振付師だったり、自分の領域以外のいろいろな職種のアプローチ方法を知っておくと、何かのプロジェクトで参考にできるかもな、と。
F.I.N.編集部
熊谷さんの後ろにある棚もストックになるのでしょうか。
熊谷さん
そうですね。日用品店とかホームセンターとか、国内外を旅行した時に出会った、いいと思ったものや何かよくわからないが惹かれたものを集めて置いています。並べるアイテムにはあえて基準を設けていません。いつでも自分で編集できる余地を残してあります。
F.I.N.編集部
具体的にどんな使い方をしていますか?
熊谷さん
例えば「手の延長になるもの」というテーマで「工具」や「ブラシ」だけを抜き取ってみる。「持ちやすいかたち」だったら、「しゃもじ」「流木」などを取り出して、どれが手に馴染むのか触りながら比較してみる。一見すると似ているけど、いい形というのはあるわけじゃないですか。こうした「ものの見方の訓練」をすることで、解像度が上がり、制作中の判断基準を持つことができる。自分がよく知っている領域・知らない領域関係なく、何かの役に立つかもしれないなと。
F.I.N.編集部
困った時に役立つ辞書のようでもありますね。
熊谷さん
その通りです。外部にひらめきのソースを持つことも大事ですが、場合によっては他の人と同じものを見ている可能性があるので、自分のために自分でつくった辞書があるといいなと思ってつくりました。
モヤモヤと既にあるものを繋げてみる。
―――〈NEION 日榮新化〉のリサイクルマークから考える
F.I.N.編集部
実際にご自身のストックが参考になったプロジェクトはありますか?
熊谷さん
ステッカーの剥離紙を回収し水平リサイクルするプロジェクトを〈NEION 日榮新化〉からの依頼で、リサイクルマークをデザインしたときですかね。「6社共同運営のため、どの業態や誰が見ても剥離紙のリサイクルだとわかるユニバーサルなデザインがいいけれど、誤認の恐れがあるため既存のリサイクルマークには似せないでほしい」という、難易度の高い要望をもらいました。
資源循環プロジェクトのマーク。採用が決まり、1、2年後を目安に全国で運用が開始される予定。
熊谷さん
この話をいただいた時、考えるだけだと行き詰まるので、運送や梱包のシールだけを集めたオリジナルのスクラップブックを見ることにしたんです。そしたら何か発展させられそうだというソースを見つけて、ブラッシュアップさせていきました。
熊谷さんが趣味で集めていた、運送や梱包のシールだけを集めたオリジナルのスクラップブックの一部。
F.I.N.編集部
参考資料となった運送・梱包のシールを集めるきっかけはなんでしたか?
熊谷さん
単純に好きというのもありました。一方、専門的な分野で使用されるサインやマークって、「誰に向けて伝えるのか」が鍵だと思っていて。つまりは、それらを扱う業界で認識がされればいい。限定的な分、広く伝えることが目的の仕事とは異なります。だからこそ、既に世の中にあるマークには参考になるポイントがたくさんある。しかも時間をかけて運用されてきたものなので、今の形になるまでに使いやすく調整されてきたはずなんです。
モヤモヤとは、人が関与できる余白?
―――無印良品 企画展「STOCK展 − 気づきを、備える」から考える
F.I.N.編集部
〈無印良品 池袋西武〉の企画展「STOCK展 − 気づきを、備える」でも、ご自身のストックが活用されたと伺いました。
「ストック」をテーマに、13歳から76歳までの職業も異なる28名から集めた「とるにたらないもの」「ひろったもの」「つかえないもの」を展示。無印良品のスタッフの家族をはじめ、デザイナーの柳本浩市さんやアーティストの織咲誠さんなど、普段から収集を得意としている方の参加もあった。(写真 : Gottingham)
熊谷さん
西武池袋本店の「西武ギャラリー」で、無印良品が収納に関する展示をするにあたり、手前のスペースで何かやらないかと相談されたのがきっかけです。話をもらった時に、改めて収納ってなんだろうと考えました。一見すると他の人にとっては価値がないものでも、その人にとったら価値があるものってあるんじゃないかと。例えば僕のこのストックもまさにそう。
F.I.N.編集部
28名からはどんなものが集まってきましたか?
熊谷さん
中学1年生からは折れたシャープペンの芯のコレクションが届きました。たくさん集めてシャカシャカ鳴らすのが好きだと(笑)。小学校までは鉛筆だったから、中学になってシャープペンを使えるのがうれしいという話もあって。それって大人が忘れていたことを改めて発見させてもらえるような経験だなと。
F.I.N.編集部
その後書籍化もされるなど、大反響の展示でしたよね。
熊谷さん
「とるにたらないもの」の基準にはそれぞれにあるので、間口が広い。誰にでも経験があるから、みんながアクセスできますよね。ということは、自分ごとにしやすい。
「モヤモヤ」って、中間領域とかグレーゾーン、オルタナティブといった言葉で表せられるんじゃないかなと。つまり幅が広く、代替可能だからこそ、人が関与できる。はっきりと「これは〇〇です」と言い切らないことで、自分なりの見方、参加の仕方ができると思っています。
「モヤモヤ」を残すことで、作品が見る人のものにもなる。
―――〈MITOSAYA薬草園蒸留所〉「ボタニカル・コンポジション」から考える
F.I.N.編集部
熊谷さん自身、長期間「モヤモヤ」したプロジェクトはなんですか?
熊谷さん
〈MITOSAYA薬草園蒸留所〉の依頼を受けて制作したオブジェ「ボタニカル・コンポジション」は長くモヤモヤしました。〈MITOSAYA〉の蒸留家・江口宏志さんから、千葉県大多喜町に古い竹加工場があるから、これを使って何かできないかと相談されて。いつまでに終わらせるか、どんなものをつくるか、何も決まっていなかったので、モヤモヤ考える時間が長かったと思います。完成までに半年以上はかかったんじゃないかな。
「ボタニカル・コンポジション」。〈MITOSAYA薬草園蒸留所〉の依頼から制作後、作品として展示。
F.I.N.編集部
どのように制作を進めていきましたか?
熊谷さん
「ボタニカル・コンポジション」は、実際に竹を触りながら進めていきました。いろんなアプローチを試していると、たまたまオーバルの形がつくれたんですね。すると糸に薬草園の植物をかけられるようになった。もう少し展開ができるかもしれないと考えたときに、拾って集めていた石で竹を抑えるとオブジェのように自立するなと。そうして竹に石を置いて植物を吊る、自然のオブジェが完成しました。
F.I.N.編集部
実ははじめて見た時、これはなんだろうとモヤモヤ考えました。
熊谷さん
プロジェクトによりますが、自分の手でつくり終えたものには解釈の余地を残すようにしています。鑑賞者が、「あ、これは自分とつながりがある」と発見することってあると思うんです。その瞬間、作者ではなく見ている人の視点が入ったことになる。そうすれば、見ている人の記憶や価値に少し触れることができる気がしていて。幅の広いモヤモヤにたくさんの出入口があることで、鑑賞者がそのもの対して自分ごとにできる。鑑賞者に気づきを促すためにも、「モヤモヤ」は大事だと思いますね。
【編集後記】
モヤモヤとはひょっとして、物事に様々な側面があるから感じられるものなのかもしれません。
熊谷さんの棚に並ぶものはそれぞれ何らかの答え(≒名前や役割)を持っているはずなのに、そういった一面性からどこか解放されているようにも見えました。組み合わせるものや手に取る人によって、その見え方にはきっとたくさんのパターンが生まれることでしょう。それを想像するだけで、モヤモヤは限りなくワクワクに近づきそうです。
そして「課題であるモヤモヤ状態を解消するのがデザインなのではないか」という私の考えもこの取材を機に解体されつつあります。モヤモヤさせておくこと自体も1つのアプローチであり、可能性であり、おもしろみである。モヤモヤをそうやって捉えなおせたことをうれしく感じます。
(未来定番研究所 渡邉)
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F.I.N.的新語辞典
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