2020.09.15

クリエイター集団Social Compassが考える、 アートと社会の未来。

アンコール・ワットで有名なカンボジアは、長期的な内戦で大量虐殺が起こり、国内混乱が続いた国でもあります。海外のNPO・NGOからの支援などが盛んで、「ボランティアの対象国」というイメージを持っている人も少なくありません。 そうした中、クリエイター集団の一般社団法人Social Compass(ソーシャルコンパス)は、これからのカンボジアの「デザイン、アート、クリエイティブ」の可能性に注目し、社会問題をアート・デザインの力で解決しようと、取り組みを続けています。代表の中村英誉さん、デザイナーの貝塚乃梨子さんに、アートが社会にもたらす効果と、未来に残したいと考える「世界を救うクリエイティブ」について話を伺いました。

デザインやアートを使った

“ソーシャルビジネス”。

F.I.N編集部

中村さんがカンボジアに移住した経緯を教えてください。

中村英誉さん(以下、中村さん)

京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)を卒業後、イギリスにあるアニメーション制作会社で働いていました。その後帰国して東京にあるベンチャー企業で勤務。ちょうどその頃、iPhoneのアプリが出始めていて、独立してフリーランスの“スマホアプリデザイナー”として活動していました。ノマドワーカーだったのですが、東日本大震災が起きて、ノマドでできるなら無理に東京じゃなくてもいいんじゃないかと思い始めて。なんとなくカンボジア・プノンペンを訪れたら、Wi-Fi環境が日本より整っていたので、これは住めるなと思ってそのまま8年間います(笑)。

カンボジアに来た初期の頃の一枚。当時の中村さんは、フリーランスの”スマホアプリデザイナー”として活躍していた。

F.I.N編集部

一般社団法人「SocialCompass」を立ち上げたきっかけを教えてください。

中村さん

最初の3年間くらいは、東京と遠隔で仕事をしていました。どこにいてもできる仕事ではありますが、カンボジアにいる意味を考えると、せっかくならここでしかできないことをしたいと思った時に、貝塚と出会ったんです。彼女は、教育や人権系の国際協力NGO に関わっていて、カンボジアの教育なども研究していました。僕もカンボジアに来て、NGOや国連、JICAの方々と話す機会も多く、カンボジアの社会問題に関心を持つようになったんです。彼らはとても面白いし、世界を変えようという熱意を持った人も多いんですよね。カンボジアでは当時も今も、貧困や医療、教育、環境などの問題が絶えません。中でも一番リアルな問題が、渋滞と交通事故。多様な社会問題を目の前にして、僕らもデザインやアート、アニメーションを通して何かできることがあるはずと考えるようになりました。さらに、単なるボランティアではなく、“ソーシャルビジネス”のように対価をもらいながら、でも真剣に社会問題に向き合っていけるような、“ソーシャルデザイン”といったような側面の活動ができたらと思い、立ち上げました。

F.I.N編集部

貝塚さんはなぜカンボジアに住むことになったのですか?

貝塚乃梨子さん(以下、貝塚さん)

大学生の時は、デザインを専攻していました。当時インターンとして働いていたNGOで、カンボジアについて学ぶ機会があり関心があったので、大学院ではカンボジア研究を専攻。院では、現地の言葉や文化を学ぶことに重きを置いていたので、2年間勉強した後、1年間カンボジアに留学したんです。また、現地の大学ではカンボジアの社会科教育の研究したのですが、日本人がいないような村でホームステイしていると、身近なさまざまな社会問題に気づき、何か力になれることはないかと思いました。当時は、そういった活動をビジネスとしてすることがあまり良しとされていませんでしたが、ビジネスとして成立しつつ、結果的にいい社会に繋がるという方がいいなと。そんな風にビジネスとNGOの間で自分にも何かできないかと思っていた時に、中村と出会いました。

社会課題をきちんと理解した上で

アウトプットすることが大切。

アンコール・ワットをモチーフにしたゆるキャラを制作。イベントやPR活動に活用されている。「着ぐるみの中には僕が入っています(笑)」(中村さん)

F.I.N編集部

主にどんな仕事や活動をされていますか?

中村さん

カンボジアのPR活動の一環でゆるキャラを作ったり、それを使ったアニメーション動画を制作したり、商品パッケージのデザインなどをしています。クライアントには、JICAやNPO、 NGOなどが多く、CSRやSDGsに関わる内容の仕事を中心に受けています。僕が社会問題に関心があるので、それを解決するための活動が多くなっています。政治家や経営者の方と話す機会も多く、課題をきちんと理解してアウトプットできるデザイナーを目指しています。

アンコール・ワットのほか、プノンペンにあるモニュメントをモチーフにしたゆるキャラも制作。国民的体操のアニメーションは2015〜2019年まで毎朝6時にテレビ放送された。

F.I.N編集部

アニメーションなどは具体的にどんな内容ですか?

中村さん

カンボジアの社会問題を解決するために、キャラクターなどを使用した動画を配信することで、啓蒙活動になっています。カンボジアでは、医療や教育など大きな社会問題も多いのですが、日常生活での問題もたくさんあるんです。例えば、道端にゴミが多いことや、交通マナーの悪さや知識不足による交通渋滞、森林伐採問題、電気不足、税金の滞納など。これらの啓蒙活動も兼ねて、キャラクターを使ったアニメーションを制作し、わかりやすく楽しみながら社会問題に興味を持って行動してもらえるように促しています。

日常に溢れる社会問題を

デザインで解決する。

クラウドファンディングを使って資金を集めて制作した、プラネタリウム装置。よりモバイルに向いた仕様にアップデートするため、現在制作中。

F.I.N編集部

社会問題とデザインを繋ぐ時に、心がけていることなどはありますか?

中村さん

僕はやりたいことをやっているだけです(笑)。普段からいろいろな社会問題をたくさんインプットしておいて、自分がやりたいことに繋げるというやり方をしています。自分も楽しみながら、やりたいことの先に喜んでくれる人がいたらいいなと、一石二鳥な考え方です。デザインとうまく組み合わせることで、見る人にも伝わりやすくなり、世界はもっとよくなっていくんじゃないかなと期待しています。自分の身を削ってまで救おうというストイックな感じではなく、なるべくみんながよくなるようにパズルを組み立てていくことが、クリエイターの役割、デザイナーの仕事だと思っていますね。

貝塚さん

カンボジアはまだまだ教育が十分でなく、中には字を書けない方もいます。それで貧困に陥ってしまう人も。デザインを使って教育とビジュアルを上手に繋げ、みんなにわかりやすく楽しく情報を伝えるきっかけづくりをしたいと思っています。プラネタリウムやアニメーションの制作は、そのきっかけづくりになっていると思います。こういった活動を通して、教育の向上にも繋げていきたいですね。

絵を切り取り、スマホのアプリを使ってコマ撮りのアニメーションを作る、子ども向けのワークショップ。

F.I.N編集部

カンボジアの人々は、デザインに対して興味関心を持っていますか?

中村さん

まだまだ発展途上です。カフェなどは取り入れるのも早いのでだんだんとおしゃれなお店も増えています。アート市場はまだまだなので、アートイベントなどももっと盛り上げていけたらいいなと思っています。デザインに関しても発展途上で、インテリア系のデザイナーは少し増えましたが、グラフィックデザイナーはほとんどいないのが現状です。経済発展の激しい国なので海外に留学して学んで来た人も多く、これから急激に伸びていくのではと思っています。

 

F.I.N編集部

5年先の未来について、どのように考えていますか?

中村さん

日本もカンボジアも教育体制はすごく変わって来ています。クリエイティブな考え方を持ったり、先に話したように一石二鳥で考えたりと、日本もカンボジアも変わるといいと思っています。理想としては、デザイナーだけでなく、誰でもビジュアルで表現したり、BtoCでデザインを学んだり、より相手に伝わりやすく表現したりするということを意識してものづくりができるようになること。そうすることで、学ぶ場も変わっていたりすると思います。

貝塚さん

機械化がどんどん進む中、人が担える部分は限られてきますが、その分、人にしかできない部分もあります。人との対話、人を考えること、人しか考えられない考え方を大事にしたいと思います。そして、デザインとして、それらをどう組み立てていくか、この5年で培うべきところかと思います。

編集後記

中村さんのカンボジアでの活動は、自然体で、優しい、ゆえに全ての人に持続可能な取組になっている。そんな印象を受けました。

どうしても、社会問題に向き合おうとすると、自分の行動一つで、いかに世の中が変わるかを考えてしまうが、まずは、身近な環境が少しずつでも変化していく事を願い活動を続けていく、それが大きな変化のきっかけになるのだと気付かされました。

未来定番研究所 窪