目利きたちの、目が離せないアカウント。
2020.09.08
若手写真家の登竜門ともいえる『1_WALL』でグランプリを受賞した写真家の佐藤麻優子さん。構図や被写体の表情まで緻密に計算した上で撮られた写真は、多くの人の共感を呼んでいます。彼女が写真を撮る衝動は、日々のストレスや不満といった負の感情。自分の感情に正直に、写真を撮り続けています。写真を表現方法として選んだ彼女が、「作品を通して声をあげる」理由について話してくれました。
「このまま死ぬのは嫌だ」と始めた写真。
気鋭の写真家として注目されている佐藤さんは、もともとデザイナーとしてデザイン事務所で働く会社員でした。しかし2016年にコンペティション「1_WALL」に応募しようと決めたことが、彼女の人生の転機となります。
「デザイナーとして働いていたのですが、仕事にやりがいを感じられない毎日でした。周りの友人たちがやりたいことを仕事にしていることにも焦りを感じて、“わたしもこのまま死ぬのは嫌だ”と思ったんです。写真家になったところで食べていけるのか想像もつきませんでしたが、当時は本当に抜け殻のように会社に通う毎日だったので、このまま本当に好きだと思えることをしないで生きていったら後悔すると思い写真を始めました」
写真はほとんど勉強したことがなかったのにもかかわらず、表現方法として選んだのはなぜでしょうか?
「小学生のときに、友人に見せてもらった心霊写真に感動したことがあります。友人の弟が写っているその写真を見たときから、人間の肉眼で見えないものがカメラの装置では捉えられるのかもしれない、と思っています」
心霊写真が、写真を好きになるきっかけだったというユニークな原体験。彼女は目に見えないものを撮る写真の力に魅了され、写真家の道を歩むことになります。
「私は写真を撮るときにまず、何を写したいのか、自分が何を今感じているのかを文字に起こします。それから絵コンテを描いて、構図をある程度決め込んでから撮影に入ります。それでも出来上がった写真は、想像していなかったものになることがあるんです」
このようなプロセスを経て撮影された作品「ただただ」は、初めて応募した「1_WALL」でグランプリを受賞。華々しく写真家としてのキャリアをスタートしました。この作品ではどんなことを表現したのでしょうか。
「当時私は23歳。漠然とした未来への不安や、大人になりたくないという想いを持っていたので、その感覚を表現しました。地震や社会問題など大きなテーマで写真を撮る人もたくさんいますが、私は自分で体験したことしか表現しようと思えなかった。だから正直に自分の感情を、そのまま撮るしかなかったんです」
友人を被写体にしたこの作品は、とてもパーソナル。「若い世代の抱える閉塞感や退屈さを的確に表現している」と評価されました。
不満から生まれる作品。
その後も佐藤さんは、胸に抱いている不満を原動力に写真を撮り続けます。今年の7月に開催した個展『繋がってください』では、「恋愛」や「異性との関わり」をテーマに作品を発表しました。
「私はずっと、自分が女であるということから目を背けていました。両親の離婚で家庭に男性がいなかったこともあり、男性に対して偏見を持っていたことも否めません。この個展のタイミングで、実は自分が固執していた『男女のルール』のようなものに向き合わなければという想いがありました」
この展示では、佐藤さんの心のなかに秘めていた“女として見られたい”、“求められたい”といった自身が嫌悪している感情に焦点を当てています。展覧会ではたくさんの反響があり佐藤さん自身も驚いたといいます。自分の嫌な面を直視することは辛い作業ですが、この行為を通して気づいたことがたくさんあったそうです。
「結婚や付き合い方には、暗黙のルールが存在するような感覚を持っていました。しかし撮影や展示を通して改めて感じたのは、二人の形はそれぞれで決めていけばいいし、実はルールはないということ。そう気づいて、楽になりました」
毎回作品を通して自分の感情と向き合うことで、自分なりの答えが見つかる。写真は記録としての意味もあるけれど、セラピーとしての要素もあると話してくれました。
「不満を写真にすることによって、それが自分から離れていくように感じます。体内からストレスが出ていくような。私にとって写真は、デトックスのような作用もあるんです」
写真という表現方法
「感情を言葉にするのが苦手でも、写真を通してならば思っていることを素直に表現できるんです」
そう佐藤さんは言います。しかし、訴えたいことが正しく伝わらないこともあるのではないでしょうか?
「私の写真を“こう見てほしい”という願望は全くありません。それぞれの感覚で受け取って欲しいと思います。見てくれた方の反応で、私自身も気づいていなかった考えに気づくことも。問題提起をするために写真を撮っているわけではないけれど、今を生きている私が感じていることは、他の誰かも感じていたんだ、と知ることが多いんです」
佐藤さんの作品は、見た人にも考えるきっかけを与えてくれます。
「私が感じていることは表現したいけれど、相手にとっての正しさやルールは尊重したい。もちろん全然伝わっていないと感じることもあります。でもそうやって、向き合うことが一番大切なのかもしれません。これまで写真を撮ってきて気づいたのは、正直でいることがとても大事だということ。素直に自分を表現したことで、少なからず反応が返ってくる、誰かの心に刺さったという実感がある。常に正直に写真に向き合っていきたいと思っています」
多様性のある写真の未来
最後に、佐藤さんが考える写真の未来について聞きました。
「現在は技術が発達することによって、写真の定義もどんどん変化しています。これからも新しい方法が生まれることによって表現の幅も広がると思います。例えば、VRの世界のなかでアバターを撮影するなど、必ずしもカメラでここに存在するものを撮ることが撮影ではなくなるかもしれません。そして、私は写真を通して自分の感情を表現していますが、未来では写真に限らず、個々の意見を主張し表現することが当たり前になっているといいなと思います。そして他の人の意見や自身と考え方が違う人たちのことも、みんながお互いをそれぞれ尊重できるようになっていたら理想的です」
見る人に感情を押し付けず、でも正直に感情を吐露する。佐藤さんの写真は現代の声のあげ方として、ひとつの方法を提示してくれているのかもしれません。
佐藤麻優子さん
写真家。デザイナーとしての経験を経て、2016年に第14回「1_WALL」写真部門グランプリを受賞。個展「ようかいよくまみれ」でデビューし、本格的に写真家として活動を始める。雑誌や広告でも活躍している。 9月8日(火)〜22日(火)まで、flotsam booksにて個展を開催。
編集後記
彼女にとっての写真撮影は、僕たちがカラオケで歌ったり、映画を見て泣いたりして感情を発散するのと、ひょっとしたら同じなのかもしれません。以前、何かの記事で「私は、幸せだと写真を取らない」という彼女の言葉を読みました。ちょっと意地悪ですが「5年後は幸せになっていて、写真を撮っていない?」と聞いてみたら、「たぶん、撮ってる笑」と返してくれました。よかった、まだまだこれからも彼女の声を聞き続けられます。(未来定番研究所 富田)
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