2020.11.17

東京学芸大学個人研究員 末永幸歩さんに聞く、 これからの社会で、「アート思考」が求められる理由

「正解が求められる時代」から「自分なりの考えが求められる時代」になりつつあるこれからの社会。そんな中、今ビジネス界で注目を浴びている考え方こそが「アート思考」。東京学芸大学個人研究員で、アーティストの末永幸歩さんの著書『13 歳からのアート思考』で〈アート思考とは「自分なりの視点」で物事を見て「自分だけの答え」を作り出すための作法〉だと語られています。 大きく状況が変わり続ける現代において、「アート思考」がなぜ今求められているのか。また、この思考法がもたらす5年先の未来について、末永さんに話を伺います。

(イラスト:Tokuhiro Kanoh)

アート的な思考の

おもしろさとは。

F.I.N編集部

末永さんが考えるアートのおもしろさ、また、アート思考とはどのようなものでしょうか?

末永幸歩さん(以下、末永さん)

私の書いた『13 歳からのアート思考』という本の中では「アート作品を花だとすると、作品が生み出されるまでの過程での考え方は地面の中に伸びる根っこ」と仮定しています。実際に手を動かして作品を作っていくことはもちろんですが、アートを通して自分の興味や疑問に向き合ったり、常識を疑ってみたりすることもまた面白いところ。そして、その根を伸ばして行くための考え方をアート思考だと考えています。本で挙げているようなピカソやデュシャンなどの20世紀のアーティストたちは、常識やルール、当たり前などと言われている、小さくて誰も目を付けずに見過ごされてきたところに目をつけて、それを覆していきました。アーティストのように思考する、それがアート思考です。

F.I.N編集部

思考法なら、アーティストやクリエイターではなくても、社会のあらゆるシーンに応用できそうですね。実際に著書はビジネスパーソンや社会人にも人気だとか。なぜだと思いますか?

末永さん

現代は、変化が激しく、将来が予測できない「VUCA(*1)時代」。その他、「AI」や「人生100年時代」といったさまざまな要因がある中で、従来の考え方ややり方に限界を感じる人が多いのではないかと感じています。課題解決のための前例となるものが崩れ、正解を導き出そうとしても正解自体が無くなったり変わったりしてしまう。そんな時代では、他人起点の考え方だとブレてしまうんですよね。でも、アート思考のように自分起点の考え方ができていると、ブレない。そこに注目してくれているのかなと思います。

*1:VUCA

Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語。取り巻く社会環境の複雑性が増し、次々と想定外の出来事が起こり、将来予測が困難な状況を意味する。

自分なりの視点を持つための

「興味のタネ」を見つける。

F.I.N編集部

アート思考は、具体的に社会にどんな影響を与えてくれると考えていますか?

末永さん

アート思考は、例えば物事を体系立てて整理するための思考法「ロジカルシンキング」といったように、すぐにビジネスに直結するようなものではありません。はっきりとした手順があるわけでもないし、手順を踏めばこんな効果が生まれてこんな花が咲くという確証もありません。それが逆に特徴だと思っています。今まで疑問を持たなかったようなことや日常の小さなことに、まずは疑問を持ってみる。そうすることが、自分なりの視点を作ってみようというマインドチェンジやギアチェンジになる。アート思考は、それらのきっかけを与えてくれるものだと思います。学校や社会、日常で意識してみると、もしかしたら誰も見たことがない花が咲くかもしれません。

F.I.N編集部

コロナ禍下でも随分社会の様子や考え方にも変化があったように思います。学校現場ではどんな変化があったのでしょうか?

末永さん

蔓延する前に出産のため退職して、現場の変化を目の当たりにはしていないので、あくまで聞いた話ではあるのですが、これまで授業や課題、塾などで毎日時間を追われていた中学生が、いざそれがすべて無くなると、何をすればいいのかわからないという状況の生徒が多かったそうです。与えられたことをこなしていたので、自分では何をすればいいのかわからない。普段から学びを自分ごとと捉えて自力で時間を使って、自分自身への問い、つまり「興味のタネ」を見つけて探究していくというようなトレーニングができていれば、状況は違ったのではないかと思いました。学生だけでなく、大人も思ったより何もできないという人が多かったのではないでしょうか。

まずは気づくことから。

「興味のタネ」のみつけ方。

F.I.N編集部

大人でも突然に空いた時間ができた時、何をすればいいのかわからなくなってしまう人は多いと思います。では探究するために、まず「興味のタネ」を見つけるきっかけとはどんなことでしょうか?

末永さん

私の考えは、2つあります。1つは、新しい見方に出会うこと。人は無自覚にものの見方に色眼鏡をつけていて、その狭い視野の中でしか見えていないんじゃないかと思います。だから、新しい色眼鏡を手に入れて、これまでと違うものの見方を知る。まず気づくことが、ファーストステップとして大切です。

F.I.N編集部

もう1つのきっかけは何でしょうか?

末永さん

もう1つは、疑問や違和感に注目すること。自分の「興味のタネ」というと、好きとかワクワクするとかビジョンと思いがちですが、そう言われるとプレッシャーでもありますよね。疑問や違和感を覚えるというとネガティブな印象ですが、それは興味を持ったということでもあるんです。そこに注目することで自分の「興味のタネ」をみつけやすいのではと思っています。

F.I.N編集部

具体的に、どんな方法がありますか?

末永さん

まず、1つ目の「新しい見方に出会う」には、アート鑑賞がいいと思います。特に20世紀のアーティストたちが持っていた発想は、どれもまったく新しい眼鏡を与えてくれるものばかり。さらには自分の無自覚の眼鏡にも気づき、さらに新しい発想を与えてくれる。もちろん、アート鑑賞だけではなく、例えば、人との「対話」も自分に新しい価値観や発想を与えてくれます。授業でも、表現の過程でどのようなこと考えているのか何度も生徒同士のディスカッションの時間を設けいます。

そして2つ目の「疑問や違和感に注目する」ためには、疑問や違和感を覚えたときにその場でそれを誰かに伝えてみたり、ノートにメモしてみたりすることです。

「アート思考」がもたらす

これからの生き方とは。

F.I.N編集部

5年先の未来、アート思考がもっと社会に広まると、どんな変化が起きると思いますか?

末永さん

アート思考的なものの見方をすると、同じ世界を見ていてもでも違ったものが見えてくるのではないでしょうか。ビジネスにおいてはもちろんのこと、それ以上に人生を楽しく生きるためにも役に立つ考え方なのではと思います。ちなみに私は旅行が好きなのですが、これは新しい文化を知ることで自分の世界を広げられるから。ですが、わざわざ旅行に行かなくても見方を変えるだけで、日常においても自分の世界を広げることはできます。「冒険こそが自分の存在理由だ」というかつてピカソが残した言葉がありますが、アート思考はまさにこういう考え方と繋がるんです。花を作ることや花自体が存在理由ではなくて、地下へ根を伸ばす過程の時間こそが、自分の存在理由。そんなモチベーションでいたら、5年先はより楽しい人生が待っているのではないでしょうか。

F.I.N編集部

末永さんご自身の今後の展望を教えてください。

末永さん

実は、少し悩んでいます。私の場合、教育や社会に対する課題感からではなくて、シンプルな自分のアートに対する興味からスタートして、『13歳からのアート思考』のベースになる授業スタイルができたんです。探究して根を伸ばしたらぽこっと花が咲いたイメージ。咲いた花が、どういう花でどういう価値があるのかわからないまま、それが綿毛になって飛んでいって。そしてさまざまなご縁が重なり、今となっては結果的に、幅広い年齢や立場の方々のあいだで、「アート思考は、これからの時代を生きる上で人生に役立つ考え方」だと言われるようになりました。通常は、このように本を出版したら次のステップとして、その価値を自分で言語化して「アート思考にはこういう効能     があります」と、より多くの人に広げていくのが普通。ですが、事後的についたその価値を自分で謳うべきなのか迷うところはあります。とは言え、本が出版されてからというもの、個人向けのワークショップや企業向けの研修、嬉しいことに各地の学校から出張授業といったご依頼も来るようになりました。今まで以上に幅広い方法で教育に携われるのではと、ワクワクしています。

Profile

末永幸歩さん

美術教師、東京学芸大学個人研究員、アーティスト。武蔵野美術大学造形学部卒。東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)終了。東京学芸大学個人研究員として美術教育の研究に励む一方、中学・高校の美術教師として教壇で、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を展開してきた。その経験を生かし、著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)を出版。

編集後記

末永先生の著書「13歳からのアート思考」の冒頭では、モネの睡蓮を鑑賞していた男の子が「かえるがいる」と言い「いないじゃないか?」と大人から言われると「今、もぐってる」と答えたというエピソードが紹介されています。この一節を読んだとき、美術館に行っても絵画本体に向き合う時間より、キャプションを読んでいた時間が長かった事は非常にもったいないことだったと、初めて気がつくことができたんです。今後はこの男の子のようにもっと作品と対話して、しっかり、じっくり鑑賞したいと思いました。

複雑な現代社会においては、ビジネスであろうが、人生であろうが、こうして自分の視点を持てる人こそが、結果を出したり、幸せを手にしたりできるのではないでしょうか。

課題に対し、スマートフォンで今ある答えを検索してしまう前に、問題としっかり向き合い、自分だけの答えを思考していく事こそが、大切であると教えていただいた今回の取材でした。

末永先生に出会い、私も新しい色眼鏡を手に入れることができました。今後は人生の中に「かえる」を見つけられるような、ワクワクする生き方に挑戦していきます!

(未来定番研究所 出井)