2020.06.12

「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」が提案する、 境界のないアートの未来

滋賀県近江八幡市は、日本でも有数の歴史ある重要伝統的建造物群保存地区。その一角にあるのが〈ボーダレス・アートミュージアムNO-MA〉。社会福祉法人グローによって2004年6月に開館したこの美術館では、障害のある人の表現活動の一環として作品を展示するだけでなく、現代アーティストなどの作品と並列して見せることで、さまざまなボーダー(境界)を超えていくという実践を試みています。また2019、視覚や聴覚、触覚などの「知覚」を生かして多様な表現を楽しむ芸術祭「ボーダレス・エリア近江八幡芸術祭『ちかくのたび』」を開催。近江八幡の歴史情緒あふれる町並みと共にアートを五感で楽しめる本展の魅力と、アートがもたらす「障がい者と健常者」とのボーダレス化について、学芸員の横井悠さんにお話を伺います。

NO-MA外観。滋賀県近江八幡市の歴史ある伝統的建造物群保存地区にあり、昭和初期の町屋を和室や蔵などを活かして改築してできた。

「ボーダーを超えていく」

をコンセプトに。

F.I.N編集部

「ボーダレス・アートミュージアムNO-MA」はどのような場所でしょうか?

横井悠さん(以下、横井さん)

社会福祉法人グローによって、2004年にオープンした美術館です。社会福祉法人が運営しているというのが特徴です。障害のある作者の作品を、現代アーティストなどと分け隔てなく“作品”としてしっかり紹介し、表現性に目を向けていきたいという想いがあります。「障がい者と健常者」という区別は、表現する上では関係がないと思っています。人が持つ表現の力を感じていただくことを通して、さまざまなボーダーを超えていこうと、これまでいろいろなテーマの展覧会を催してきました。

F.I.N編集部

オープンした経緯などについて教えてください。

横井さん

滋賀県では、古くから障害福祉の施設で先駆的に造形活動の取り組みが行われてきました。そのひとつとして挙げられるのが「近江学園」。戦後まもない頃、知的障害児や戦災孤児に福祉や教育、医療を提供することを目的として設立された福祉施設です。また近江学園では、職業教育の一つとして窯業を取り入れました。滋賀県にはたぬきの置物で有名な信楽焼がありますが、土地柄的に焼きものに適した粘土が採れたんです。学園では、創作的な粘土造形を行う活動に取り組み、それによって多くの作品が生まれました。「その中には舌を巻くようなものもあった」と創設者の一人である糸賀一雄氏の著書『この子らを世の光に-近江学園二十年の願い-』(1965)に記されています。近江学園での造形活動の取り組みや思想は、滋賀県内の他の福祉施設へも広がり、各地で作品が生まれていきました。それらの作品が観られるスペースがあればという機運が高まり、NO-MAが設立されました。

“見る”だけはない

鑑賞方法を提案する。

F.I.N編集部

展覧会を作る上で意識していることは何でしょうか?

横井さん

NO-MAではこれまで、様々な作品を同じ空間でボーダレスに展示し作品が持つ魅力を発信してきました。そして、近年、特に力を入れているのが、鑑賞する上でのボーダーを融和して、あらゆる人が鑑賞しやすく展示するということ。鑑賞のあり方を考え、実践するプロジェクトとしては、2019年の秋に開催した芸術祭「ボーダレス・エリア近江八幡芸術祭 ちかくのたび」があります。NO-MAの近隣の複数の空き町屋など展示会場に活用して実施しました。展示だけでなく、鑑賞することに対しても優しいミュージアムでありたいと思っています。

館内ではこのように、触れて楽しむことができる作品が数多く展示されている。作品は平野智之≪New 美保さんシリーズⅢ≫(部分)

F.I.N編集部

「鑑賞しやすい」ためには、どんな工夫をされていますか?

横井さん

例えば、絵画をレリーフ化した、“触れる絵”。作者や専門家と相談し、何度も試作を重ねて製作しました。これによって、目が見えない人が触覚的に絵の世界観が体感できるようになっています。作品展示だけでない部分でも、何かおもしろいことができないかと常に考えています。例えば、音声ガイド。鑑賞体験がより豊かになればと、「美保さんガイド」というものを開発しました。美保さんというのは、東京在住の平野智之さんが描く「美保さんシリーズ」という作品に主人公として登場するキャラクターです。平野さんによる美保さんをモデルにして製作した人形を首にかけ、この人形の足を作品横に設置しているプレートにかざすと、音声ガイドが流れる仕組みになっています。それによって、あたかも美保さんと一緒に展覧会を巡っているような体感ができます。音声ガイドは情報保障のツールとして使用され、あくまでサポートのための装置という媒体ですが、美保さんガイドは、装置を使用すること自体に親しみが感じられ、鑑賞も能動的になります。視覚に障害のある方を意識して開発したのですが、障害のあるなしに関わらず、多くの人が楽しめるデバイスになりました。

「ちかくのたび」公式ガイドキャラクターの「美保さん」。

足の裏を各作品のプレートにかざすと、音声ガイドが流れる。

F.I.N編集部

来館者からは、どのような声が聞こえますか?

横井さん

「触れたり聴いたりすることで初めて分かる魅力に気づいた」「感覚的に作品を楽しむことができた」などの声をいただきます。目で見ることはアートにおいてとても優良な鑑賞手段ではありますが、それはあくまで手段のひとつです。視覚的な作品も鑑賞のあり方を工夫することで、より自由に鑑賞できるようになるんです。そういった作品に対して別の視点として、展示の提案ができればと思っています。あとは芸術祭では、近江八幡ならではの古民家の空間を生かした展示をしていて、「建造物や町の魅力にも出会うことができた」という声も多くいただきます。

造形作家の佐々木卓也さんの《女性シリーズ》。この展示は、近江八幡にある町屋「奥村家住宅」の一室で行われた。

町屋「奥村家住宅」の庭に展示された、陶芸家の米田文さんの《うずまきさん》。

久保寛子さんの《やさしい手》。高さ4メートルの大きな手がブルーシートで覆われている。

たくさんの人と地域と繋がり、

多様な関わり方を生み出す。

F.I.N編集部

町を舞台にした展示を行うことで、地域とどのような繋がりが生まれていますか?

横井さん

芸術祭では、多くの地域の方々にサポーターとして参画いただき、活動を通して新しい繋がりが生まれました。サポーターとして参画する方法には3パターンあります。1つ目は、NO-MAの学芸員と一緒に展覧会を作り上げていく「キュレーションサポーター」。サポーター同士でグループワークをしながら、複数ある会場のうちの1会場の展示を企画段階から担ってもらいました。2つ目は、「NO-MA記者クラブ」。文章の書き方や取材をするコツなどのレクチャーを受け、芸術祭や街の魅力について、記事を書いて発信していくサポーターです。そして3つ目は、会場ボランティア。来場者をお迎えし、会場案内などを行うサポーターです。鑑賞者として関わるだけでなく、芸術祭自体を盛り上げる立場から関わっていただくことで、多様な関わり方を生まれています。作者がいて、作品があって、鑑賞者や町の人もみんなが関わり合いながら、鑑賞の場が形成されていっているように思います。

本展は、八幡山の頂上にある「山頂展望館」でも実施された。県内のボランティアスタッフが受付を担当。

会場のひとつだった尾賀商店での様子。ここでもボランティアスタッフが大活躍。

F.I.N編集部

5年先の未来について、どのように考えていらっしゃいますか?

横井さん

障害のあるなしに関わらず、あらゆる人に、もっとアートを楽しんでいただけるように、また定期的に訪れたいと思うような発見に満ちた場所になるよう、引き続き鑑賞コンテンツを考えていきたいと思っています。具体的には、作品を紹介するだけでなく、地域の昔ながらの飲食店や街の歴史などを紹介するようにしたり。また、これまで出会ったサポーターの方々や一緒にコンテンツを考えてきた専門家の方々とは、共働する繋がりを持続していきたいです。今は世界中でリモートワークやオンラインイベントが増えていますし、オフラインのコミュニケーションが減っている状況ではありますが、ゆるやかな関係であっても確かに感じられる繋がりを大切にしながら、より良いミュージアムにしていけたらと思いますね。

〈ボーダレス・アートミュージアムNO-MA〉

住所:〒523-0849 滋賀県近江八幡市永原町16

電話:0748-36-5018

営業時間:11時〜17時

定休日:月曜日(月曜が祝日の場合は、その翌日)、年末年始、展覧会入れ替え時

※最新の情報はスケジュールをご覧ください。

https://www.no-ma.jp/guide/schedule.html

編集後記

健常者と障碍者だけでなく、制作者と観客、伝統と革新。彼らにとって、その壁は存在していないみたいです。

過去にはパリ市の美術館から招聘もされた実績もあり、国境すらも軽々と越えています。

今月からは、なんと現在展開中企画の作品紹介も始まっており、もはや空間すらもピョンピョンと。

まさに越境達人なチームNO-MAから、感動と勇気まで頂戴しました。

(未来定番研究所 富田)

 

美術館に行って美術作品を見ているつもりでも、結構キャプションを読んでいる時間の方が長いという、勿体ない鑑賞をしてしまっています。
横井さんのお話をお伺いしていると、アートは視覚だけで楽しむものではなく、逆に眼の不自由な方と一緒に鑑賞し、どんな作品かを言葉で説明する事で、その作品を細かく鑑賞し、気づかなかった事を発見するというような楽しみ方も出来るのでは?という気づきがありました。

是非、NO-MAを訪れ、「美保さんガイド」をお借りし鑑賞する事から始めて、私もサポーターとし芸術祭に参画したいと思っております。

(未来定番研究所 出井)