未来定番サロンレポート
2020.08.19
2013 年 12 月に、日本食は「和食;日本人の伝統的な食文化」としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。四季に合わせた食材を使い、一汁三菜を基本とする日本食が、今、世界的に注目されています。 そして日本には、各地方ごとでそれぞれに受け継がれてきた伝統料理があります。そのひとつが沖縄の養生料理 「シンジ料理」。健康維持に繋がる食事や、身体の不調を改善してきた琉球に伝わる料理法を、未来に受け継ぐべき意義について「琉球料理研究所 まんがん」の渡口初美さんにお話を伺いました。
沖縄の薬膳「シンジ料理」は
イラブーから始まりイラブーに終わる
沖縄に古くから伝わる郷土料理、料理研究家の渡口初美さん。グルメ漫画の金字塔『美味しんぼ』28巻の『長寿料理対決!!』では、「シンジ料理」のエキスパートとして登場しています。沖縄に昔から伝わる「シンジ料理」とは、「(薬草を)煎じる」という言葉が転じたもの。滋養のある養生食であり、免疫力を高めると言われています。
「琉球王国の時代から作られていたシンジ料理は、“イラブーに始まりイラブーで終わる”と言われています。イラブーは海人草をエサにして生きる、体長が約1メートルのウミヘビ。数十種類のアミノ酸やタウリン、カルシウムを豊富に含んでおり、妊婦さんや風邪をひいた老人が食べると、とても元気になりますね。赤ちゃんを産んだ女性が食べると、母乳の出が良くなると言われています」と渡口さん。
ただし、イラブーは大量に獲れるものではなく、庶民にとって非常に高級な食べ物でした。シンジ料理は、お正月や季節の変わり目、誕生日など、お祝いごとに食べるも特別な料理だったそうです。
現在でも、イラブーは数の少ないとても貴重なものです。久高島の巫女が年に1度だけ漁をし、さらに4ヶ所の御嶽(礼拝所)で祈りを捧げます。それから真っ黒になるまでで燻製にします。とても手間のかかる、神聖な食べ物です。
「沖縄には、“七御嶽、七龍宮、七の湧水”というウートートゥ(祈りの言葉)があります。イラブーにあやかって長寿でありたいと願う人は、料理をするときに、頭と尻尾を切って、海にお返しするんです。海とは龍宮ですね。それに、赤ちゃんが生まれると、長寿を願って巳年の人に名付けてもらう風習もありました。それくらい、イラブーは長生きの象徴であり、神様からの贈り物だと信じられていたんです」
栄養たっぷりだけど、手間がかかる。
沖縄の家庭から消えつつある、伝統の味。
また、沖縄は豚肉の食文化も豊かな場所。「長崎にも角煮がありますが、沖縄の豚肉料理は、日本と中国、台湾の料理がミックスされて生まれたのでしょう。沖縄は暑いから、豚肉を食べて力をつけないといけません。暑い土地の知恵ですね」。
シンジ料理や豚肉料理は、長寿県である沖縄を象徴するような郷土料理です。しかし、近年、伝統的な味は失われつつあると言います。
「イラブーの調理は、とても時間がかかるんです。固く乾燥したイラブーを、火で炙って煤を拭き取り、鍋で10時間ほど煎じて出汁をとります。それがイラブーシンジです。今は圧力鍋があるので、昔よりもだいぶ楽になりましたが、それでも5時間はかかります。それを出汁にして、てぃびち(豚足)や昆布、大根と一緒に味付けしたものが、イラブーの汁です。身体にとても良いと言われているこの汁ですが、調理にとても時間がかかるために、家庭ではほとんど作らなくなりました」。
シンジ料理を伝えて、
再び長寿の沖縄へ
現代は、時間をかけなくても、食べ物が簡単に手に入る時代です。それでも、沖縄の伝統を若い人たちにも伝えていかなくてはと、渡口さんは精力的に活動を続けています。
「今の人たちは、昔の琉球料理を知りません。沖縄そばも、昔と今では味付けが違います。今の料理は、調味料を入れすぎています。あんなに味付けを濃くしてしまったら、健康になるどころか病気を引き寄せてしまう。一方、昔からある沖縄料理の調味料というと、醤油、味噌、塩、砂糖くらいなもの。だから、毎日食べても飽きないんです。それに滋養のあるものを、ちゃんと考えて食べていました。長寿県と言われていた沖縄も、今は病気が増えたと聞きます。それに加えて、ひょろひょろと細い人も多くなりましたね」。
厚生労働省が発表した「平成27年都道府県別生命表の概況」によると、沖縄の平均寿命は、男性が全国36位、女性が全国7位。渡口さんは、85歳となる今も、本の執筆やラジオ・テレビ出演、さらにYouTubeを使って、シンジ料理を伝える活動を行っています。
「温故知新と言いますでしょう。沖縄に古くから伝わる料理は、こんなに体にいいのだから、若い人たちにも、もう一度、学んで欲しいと思います」。
最近では、スーパーフードや糖質制限などが流行し、“健康的な食文化”は、ひとつのカテゴリーとして確立されています。そんな現代だからこそ、長い間、沖縄の人たちの長寿を支えたシンジ料理を再び見直すことは、5年後の食文化の未来を考える上で、ひとつのヒントになるのかもしれません。
〈琉球料理研究所まんがん〉
住所:沖縄県那覇市三原2丁目29−17
電話:098-833-2226
営業時間:11:00~18:00
定休日:土日祝祭日
渡口初美
昭和10年、沖縄県生まれ。東京国際クッキングスクール教師科卒業。東京高等製菓学校で洋菓子を学ぶ。その後、東京渋谷で龍潭荘を経営。昭和41年、帰郷。国際料理学院を設立して院長となる。「まんがん」郷土料理の店 経営。元那覇市議会議員。現在、郷土料理指導のかたわら、ラジオ・テレビ・講演と出版に活躍中。
編集後記
美味しんぼの紙面で、渡口さんと衝撃のお出会いをしてから、早30年。沖縄のシンジ料理は、私の中ですっかり伝説の料理となっていました。
今回、取材のご縁で渡口さんからイラブをお送り頂き、自宅で頂戴致しましたが大変神秘的な味がしました。日本という狭い国ではありますが、シンジ料理のように、その地域地域に受け継がれてきた食文化には独特の個性と工夫があります。正しい栄養学に従い、その土地の風土に根ざした生命力の満ち溢れた材料から作られる料理を食べることで、日本人として健康に生きることができると感じました。
(未来定番研究所 出井)
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