2020.02.12

伝統を重んじ、伝統に捉われない。着物文化の未来

日本の伝統衣装「着物」。洋服が一般化した今、普段に着るという人はそう多くないが、未来に受け継いでいきたい大切な日本の文化のひとつ。そうした中、独自の感性で着物を生み出しているのは、アーティストの高橋理子さん。常識に捉われることなく、それでいて古くからの伝統を大切にしながら、着物との付き合い方を提案する高橋さんに、改めて着物文化の魅力と未来を伺いました。

(撮影:鈴木慎平)

ファッションから着物の世界へ。無駄のない、着物の魅力。

F.I.N.編集部

高橋さんと着物の出会いは、いつ頃だったのでしょうか。

高橋さん

私はものづくりが身近な環境で育ちました。セーターが欲しいなら毛糸を買いに、家具が必要ならホームセンターで道具と材料を買うというような家庭でした。小学生の頃にテレビ番組『ファッション通信』でファッションショーを見て以来、ファッションデザイナーに憧れて、その夢にまっしぐら。高校は服飾デザイン科に、東京藝術大学の工芸科染織専攻に進みました。藝大の工芸科は伝統工芸を重視しているので、学ぶのは着物の染めや織り。そこから着物の存在を強く意識するようになり、直線的で無駄のない、洋服とは異なる合理的な構造に気がつきました。例えば、自分で染めた生地でシャツを仕立てると、素材の半分ぐらいがはぎれになってしまった。生地の隅々まで手をかけても、たくさんの無駄が出てしまう。でも、着物の仕立ては直線で柄も合わせやすく、素材を無駄にせずすべてを身に纏うことができる。そこに大きな魅力を感じるようになりました。

F.I.N.編集部

それで着物に方向転換を?

高橋さん

学生時代は、ファッションデザイナーとして世界で活躍したいという思いがあったので、「着物を学ぶことで他の国のデザイナーとは違う視点を持つことができるんじゃないか」という考えを持って、真剣に着物に取り組んでいました。もちろん、洋服からも離れたくなかったので、放課後はファッション専門学校の友人とファッションショーを開催したり、インディーズブランドを立ち上げるなど、着物にも洋服にも、衣服として同等に向き合っていたように思います。卒業後は大手アパレル企業に就職し、一般的な大量生産の現場を経験したのですが、自分の表現はこのフィールドではないと感じ、改めて大学院の博士課程に進みました。

F.I.N.編集部

その間に、フランス外務省AFAAの招聘により、パリでアーティスト・イン・レジデンスを経験しているんですよね。

高橋さん

博士課程の在学中に、半年間パリで活動しました。パリで展覧会を開いた時、見に来てくださった日本の染織に詳しいマダムが「こんな素晴らしい文化に携われるなんて、あなたが羨ましいわ」と言ってくださったんです。その言葉を聞いて、着物の価値は、日本にとどまらず、世界的な視点で考えるべきなのだと考え始めました。現代に合わないものだから着物は廃れて当然ということではないし、単に素敵であれば良いわけでもない。着物の表層だけではなく、もっと深い部分に真剣に向き合うべきだし、それができる環境にいるんだと。帰国して博士課程に復学し、在学中に自分の会社とブランドを立ち上げました。

F.I.N.編集部

ここから着物を中心としたブランドがスタートしたんですね。

高橋さん

そうです。とはいえ、ここからが大変でした。高い品質の着物を作るために、自分で染めるのではなく、職人さんにお願いすることにしたのですが、ふらっと若者がやってきても引き受けてくれるところはなく、断られる日々が続きました。やっと職人さんが受けてくれても、納期がかなり遅れたり、思った通りの仕上がりではなかったりと、ないがしろにされることもありました。私のデザインは正円と直線で構成されています。例えば、花鳥風月など自然のものをモチーフにしていたら、有機的な線で構成されていることもあり、歪みやにじみも自然と受け入れられますが、幾何学模様だとごまかしがきかない。正円と直線による柄が、職人さんにとっては難しいものだったと、多くの職人さんと関わっていく中で知りました。

FIN編集部

風向きが変わったのは、どのタイミングだったのでしょうか?

高橋さん

起業してすぐの頃、ファッションブランド「義志(よしゆき)」のデザイナー緒方義志さんにお声がけいただき、森理世さんがミスユニバース世界大会に出場する際のナショナルコスチュームを一緒に製作しました。森理世さんがグランプリを獲得したことで注目を集め、これがきっかけで私の活動を毎日新聞で大きく扱っていただきました。その記事をご覧になった三宅一生さんに、「21_21 DESIGN SIGHT」の企画展「LUCKY LUCK SHOW 落狂楽笑」で落語家の柳家花緑さんが着る衣装のご依頼をいただいたんです。そういった経緯もあり、メディアへの露出も増えたことで、状況が少しずつ変わっていきました。

「手仕事の味わい」が技術を衰退させる。伝統工芸のこれからの課題。

F.I.N.編集部

そこからは、職人さんとの関係も順調に築いていったのでしょうか。

高橋さん

多くの職人さんや工房とものづくりをしてきましたが、そこから様々な問題点が見えてくることも。例えば、老舗の呉服ブランドとコラボレートしたときも、「職人の手染めなので1点1点仕上がりが異なります」という説明とともに、歪んだ柄の反物が納品されてきたことがありました。職人さんに、「手染めだから、二度と同じ色は出ない」と言われたこともあります。こちらからすると、お客様にお見せしたサンプルと違うものを納品するわけにはいきません。今、日本のものづくりに注目が集まり、百貨店でも日本の伝統をテーマにした催事がよく行われていますが、そこでも「手作りだから1点1点で表情が違う」「味がある」ということが商品の魅力として謳われています。職人さんの最高の技術の結果生まれた味わいなのか、ただクオリティの低いものを「味がある」という言葉で表現されているのか、買う人も判断がつかなくなっています。現代の私たちは多くの工業製品を目にしてきているから、歪みに対して人の温もりを感じ、それをポジティブに捉えることができるのかもしれませんが、それでは本質を見極める審美眼も養われません。さらには、欠陥を「味わい」という価値に置き換えられ続けると、生産現場はそれに甘んじて、改善する努力は行われず、結果として技術は衰退してしまいます。この問題は、商品を取り扱う側にもあると思います。職人さんと時間をかけて信頼関係を築きながら、より良いものづくりを目指して、まずは皆が「味わい」の本質に向き合うことが大切だと思います。

FIN編集部

高橋さんの柄によって、職人さんが触発されているところもあるのでしょうか。

高橋さん

着物の世界は、柄の存在が技術革新に大きな影響を与えてきました。私の作品は正円と直線によって構成されているため、布の収縮や様々な特性などにより、正確に再現することが常に難しいのですが、ものづくりの過程で、私の生み出した柄がきっかけとなり、新たな試みが行われ技術革新に繋がるようなことがあります。新しいことに挑戦してくださる職人さんに出会えて、自分の柄の存在意義を実感できたときは、本当に嬉しいですね。伝統といわれるようなすでに確立されたものと向き合うような場面では、その本質を丁寧に見極め、守るべき部分は引き継ぎながら、必要に応じて、現代の暮らしや感性に沿うものにアップデートしていけたらと思っています。

FIN編集部

これから未来に向けて、着物はどのように変わっていくと思いますか?

高橋さん

オリンピックに向けて、海外から日本に注目が集まっています。2月29日からロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で大規模な着物展が開催されます。私の着物一式もパーマネントコレクションとして収蔵され、展示されることになりました。また、海外企業とのプロジェクトもいくつか進行しているのですが、彼らが私に注目している理由として、いつもキーワードにあがるのは「サステナブル」と「ジェンダー」です。着物がサステナブルだということ、そして、その着物を扱う私が女性であるということが大きな理由のようです。着物の素材となる絹は、手入れをすれば100年もつ繊維だと言われています。絹を生み出す蚕は、一反の着物に約2,700頭が必要で、蚕のえさとなる桑の葉は約98kgを必要とします。2,700頭の繭から糸を作り、織り、染める。今、日本中のタンスにも、問屋さんにも、多くの着物が眠っています。以前、「リノベーション」をテーマにした作品を発表しました。母や親戚から譲り受けた着物を一旦ほどいた後、脱色して箔を乗せたり、上から型染めをする施したりなどして、新たな着物として生まれ変わらせたものです。かつての日本では、染め替えや仕立て直しをして、代々着続けることは当り前に行われていましたが、一から作るよりも手間も費用もかかることもあり、現代では非常に特別なことになっています。この作品は、かつては当り前だったことを新鮮に感じるという時代の流れと、その事実に向き合う際の思考の刷新、同時に物を大切にするということを再考するためのアプローチでもあります。

高橋さん

最近は、何事においてもサステナブルであることが重要視されていますが、この側面においても、着物はますます世界から注目を集める存在になっていくと思います。もちろん、着物の魅力はそれだけにとどまらず、私自身の興味も尽きることがありません。良い面も悪い面も課題はたくさんありますが、この興味深い文化を日本だけに留めておくのはもったいないし、衰退させてしまうのは先人に失礼だと思っています。守るべきところは大切にしながら、どのように現代にアップデートさせ、地球規模で引き継いでいくのか。真剣に考えて行くべきではないかと思っています。

FIN編集部

最後に5年先、高橋さんの定番になっていそうなこととは?

高橋さん

今、私は日常生活で着物を着ることはありません。私のライフスタイルには合わないし、着物を着るときには、フォーマルにきちんと着たいから。でも、自分の柄をもっと気軽に身に纏いたいという思いもあり、着物の合理的な構造やものづくりを踏襲しながらアップデートすることに挑戦しています。「キモノ」は海外でも通じる言葉になっていて、そこには袖がゆったりとした着物風ローブなども含まれており、気軽にアップデートを楽しんでいます。私ももっと大きな視点で「着物」を引き継ぎながら、5年後は、今の「着物」とは違う、新しい「着物」を着ていたいですね。

Profile

高橋理子

1977年生まれ。東京藝術大学美術学部工芸学科、同大学大学院美術研究科修士課程修了後、アパレル企業にデザイナーとして勤務。2003年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程工芸専攻染織研究領に再入学。在学中の2005年、仏外務省AFAAの招聘によりパリ・CITE INTERNTIONALE DES ARTSに滞在し活動。帰国後、株式会社ヒロコレッジ設立。2008年同大学博士課程修了。博士号(美術)を取得。2013年12月、社名を高橋理子株式会社に変更。森羅万象を構成するミニマルな正円と直線による表現で、有限から生まれる無限の可能性を探ると同時に、オリジナルブランドHIROCOLEDGEを通じて、ファッションとアートの融合を目指す。

https://takahashihiroko.jp/

編集後記

円と直線で構成されるデザインに、着物の新しい自由さと世界へと羽ばたく可能性を感じます。
着物がサステナブルな衣服であるという日本文化の知恵を再確認させて頂きました。
「職人の作ったものには味がある、2つとして同じものはない。」と私達が安易に納得してきたような常識、固定観念にさえ、まっこうから自らの思考を持って向き合う高橋さんの姿勢と作品づくりへの挑戦は、同じ志の職人の方々と呼応しながら、未来の日本伝統文化の形成に新しい一歩を踏み出されていると感じました。

(未来定番研究所 出井)