2018.05.17

大切なものを一生使う。
「金継ぎ」に学ぶ、捨てない暮らしのススメ

 毎日の食事で使う器。どんなに大切に使っていても、形あるものはいつか壊れます。大好きだった器を壊してしまったら、そこでお別れのときが来てしまう。泣く泣く捨てるという経験をした人も多いのでは。一方で「器は壊れるもの」という前提のもと、壊れてもいい器を使っている人もいるでしょう。安くて買い替えが容易なもの。プラスチックなどの壊れにくいもの。それも効率的な方法かもしれません。しかし、とっておきの場面で使う大切な器や、毎日の食卓の相棒のような存在を長く使いたいと思っている人は少なくないと思います。

 壊れてしまった器を直して使っている方々がいます。それは金継ぎという日本に昔から伝わる技法で漆や接着に適した素材を使って器を接合する技術です。金継ぎを日常に取り入れている方、数々の器を継いできた方に金継ぎの魅力をお聞きしました。

大治将典さんの場合 生まれ変わった息子の器

Profile

大治将典

Oji & Design 代表/手工業デザイナー。日本の様々な手工業品のデザインやブランディング、付随するグラフィック等も統合的に手掛ける。ててて協働組合共同設立・共同代表。ててて見本市共同主催。

息子が4歳の頃、亀田大介さんという友人の作家の器をお茶碗として使っていました。子供用だからといって、プラスチックの器はあまり使いたくなくて、家でも自分がデザインしたものか作家さんのものを使っています。このお茶碗はサイズもちょうどよく、気に入って使っていたんです。しかし息子が6歳になる頃、真っ二つに割ってしまって……。息子はめそめそしているし、そんな様子を見た僕もショックでした。作家さんが一つひとつ作るものなので、同じものは二つとない。落ち込んでいたら、友人で漆作家の田代淳さんが「直してみるよ」と言ってくれたんです。その時は金継ぎという技法は知ってはいましたが身近ではありませんでした。茶道具などの高級品を直すというイメージだったんです。割れたお茶碗が直った時は嬉しかったですね。息子も継いだ部分が人の形に見えてきて、可愛いと気に入っていました。元のお茶碗と同じではないので、直すというよりは新しく生まれ変わるという感じかな。継いだ部分がはっきり見えるから、その時の記憶を思い出すし、辛かった思い出が良かったことになる。それもいいことですよね。もう長男は大きくなり、小さいお茶碗は卒業したので、この器は我が家の家宝として、棚に飾り眺めて楽しんだりしています。器を直してくれた田代淳さんは、この器を直したことをきっかけに「漆継ぎ」を初め、今では東京で教室をいくつか開いています。

 人って家にいないと、家にあるものをあまり気にしません。だから今は器にあまり関心のない人もいるでしょう。しかし今は働き方が変わりつつあり、家で仕事をする人が増えています。家にいる時間が長くなると、その時間をもっと心地良くしたいと思いはじめます。器など毎日使うもののことを考える時間がもっと増えると思うんです。器を使う、洗うという日常的なことを楽しむ人が増えて、お気に入りを大事にしたくなると思う。そうなると金継ぎはもっと認知され、必要とされるようになると思います。

仕上げには銀を撒いた。息子さんに何色にしたいか聞いたところ、銀がいいと自分で選んだそう。銀が硫化して今では黒っぽくなっている。経年変化も魅力のひとつ。

金継ぎが広まることによって、漆の良さを知るきっかけになってほしいとも大治さんは語る。「漆器を使う人は少なくなっていますが、漆器は手に持っても、口当たりもとても気持ちいい。金継ぎが入り口となって、漆の魅力を知る人が増えると嬉しいです」。

谷尻直子さんの場合 ものは直して使うことが生活の基本。

Profile

谷尻直子

フードプランナー・HITOTEMA主宰。ファッションのスタイリストを経て、衣食住の関係性を考え、食の仕事を軸に活動を開始。現在は、渋谷富ヶ谷にある予約制のレストランHITOTEMAを主宰し、 食に関連するプロジェクトを行っている。

 私は昔から物が壊れたら、まず直すことを試みます。コンバースのスニーカーも直しながら15年以上履いているし、服も破れたら縫ったり、染めたり、着れなくなったら他のものに作り直したり。器に関しても、まだ小さい息子が割ってしまうこともしょっちゅう。割れたり欠けたりした器は自分で金継ぎをして直しています。私が行うのは「カジュアル金継ぎ」と呼ばれるもの。本漆を使ったものとは、使う材料や工程が異なります。本漆はかぶれる人もいますが、カジュアル金継ぎはかぶれない。本漆は乾かすのに時間がかかりますが、カジュアル金継ぎは作業後48時間硬化させたらもう使えます。直したい器があるけれど、どうしたらいいかわからないという方

は、まずはカジュアル金継ぎをやってみるのもいいと思います。もっと深めたくなったら本金継ぎに挑戦してもいいし、それぞれの特性を知ってライフスタイルに合わせて選べたらいいですよね。

 金継ぎに出会ったのは3年半前。以前の職場の同僚だったふじたみほさんに久しぶりに会ったら金継ぎの先生をやっていたんです。もともと金継ぎに興味があったので教えてもらったのがはじまり。それから私が食事を作り、みほさんに金継ぎを教えていただくという技術の交換会のような会を開くようになりました。最初は2人でしたが、だんだん人数が増え、今は4人くらいの会がレギュラー化しています。単におしゃべりしてランチするのも楽しいけれど、金継ぎの過程を一緒に行うのは特別な思い出になるし、しかも壊れたものが直っちゃう。定期的にいろんな人とその会をしてるんです。

 単なる修復だと、人によってはケチくさいと感じてしまうことがあるかなと思います。でも金継ぎをした器は、時に芸術的な作品に生まれ変わることができる。単なるお直しではなく、唯一無二のステキなもの昇華させていくというアートの側面も持っているのが魅力です。

金継ぎをした器がずらり。洗練された谷尻さんの家によく馴染んでいる。金継ぎの作業に集中することは、メディテーションに近い感覚もあり心が落ち着くと語る谷尻さん。器を割ってしまった時に感じる怒りや悔しさも減ったという。

よく谷尻さんの金継ぎ会に参加されるという女優の玄理さん。「とにかく物を捨てるのが早い方なので、以前はお皿が割れたら特になんの考えも感慨もなく捨てていました。金継ぎをした器にこんなにも愛着が湧くなんて、金継ぎをしてみるまでは想像もしなかったです」。

金継工房 リウムの場合 金継ぎを必要としている人の多さを実感しています。

Profile

金継工房 リウム

各地の伝統工芸に関わる永田宙郷さんが開いた金継ぎ工房。「器と永く、大切に付き合う気持ち」を形にしていくため、京都市のホテルカンラ内にて漆職人、蒔絵師たちが丁寧に金継ぎをしている。

 工房にはいろんな器の持ち込みがあり、毎月30〜40個ほどの器を直しています。まだまだ金継ぎの知名度は高いとは言えませんが、以前よりは金継ぎを知ってる人が増えました。「大事にしていた器を割ってしまったが、修復する場所も、いくらくらいかかるのかもわからず、結局捨ててしまった」という話もよく聞くので、必要としている人は多いと感じます。大事な器が直ると知って、泣いて喜んでくれた方も。日常の器を直して使うという選択肢を持たれてる方も少しずつ増えているんだなと感じます。

 私たちの工房は漆職人や蒔絵師がシフト制で作業をしています。自分で直すことに挑戦するのもいいけれど、プロの手を借りるという選択もある。料理と一緒で、家の料理もおいしいけれど、プロの料理ってちょっとしたコツで仕上がりが違うじゃないですか。だから自分の料理を楽しみたい時は自分で作ればいいし、外食したい時はすればいい。そんな風にこの工房が器を直す一つの選択肢になるといいなと思います。

 今までは買っても、欠けたらそこで終わりだったものが、直せばそこから再スタート。ものを使うことの時間や気持ちのスパンは一気に伸びるんだろうと思います。親子の代をまたいで使うことにもなり得るかもしれません。金継ぎのもう一つの魅力はそのものが持っていた物語を変えるということ。一回割れたという事実を、ネガティブではなく、ポジティブに変える楽しみ方が金継ぎなんです。買って終わりではない、割れて終わりではない、という価値観と選択肢が受け入れられる時代になってきていると思います。

漆職人さんの手に掛かれば細かく割れてしまった器も見事に蘇る。金継ぎ工房 リウムでは直す方法や、料金、期間などをわかりやすく提示し、初めての人にも相談しやすいシステムになっている。

ひとつの器を直すのに要する時間はだいたい2~3ヶ月。職人さんの高い技術で漆を使って絵を描き足すなどのアレンジも可能。

最後に・・・

 器を壊してしまっても直せるという事実を知って、あの器を買ってみようと勇気がでるかもしれない。悲しい思いをしている人が、あの器と再会できるかもしれない。自分や家族との、新しい物語が含まれた器に生まれ変わることもできるかもしれない。ものを使い捨てする時代から、ものを長く使っていく時代へ。それぞれの方法で金継ぎを取り入れている方々の話を聞いて、未来のライフスタイルの種が見えてきました。

妻が一目ぼれで購入したロイヤルコペンハーゲンのテネラの水差しを最近見ないと思っていました。何気なく聞いてみると、割ってしまったが、存在自体も忘れようとするほどしょげていました。金継ぎの存在を知り、お願いし、しかも素晴らしい出来で、全てがいい思い出になりました。

(未来定番研究所 安達)