2023.02.15

つくる

前田デザイン室・前田高志さん、ものづくり本来の楽しさって何ですか?

2月のテーマは「つくる」。その中でも気になる事象のひとつが、「ものづくりの民主化」。近年、テクノロジーの進化により、つくるということがより身近になってきているように感じます。そこで注目したいのが、元・任天堂デザイナー前田高志さんが手がけるオンラインコミュニティ「前田デザイン室」。雑誌を全力でふざけて制作したり、デザインの技法やテクニックなどが遊びながら学べるカードゲームをつくったりと、「おもろ!たのし!いいな!」をテーマにものづくりをしています。仕事でできないものづくりを楽しむ場だから、制作物に対して金銭的報酬は受け取っていないというこちらでは、仕事や報酬などのしがらみがないからこそ、心からつくることを楽しめるようにも思えます。そこで今回は、前田デザイン室 室長の前田高志さんに、「つくる」こと本来の楽しさや、ものづくりの民主化といった時流の行方を伺います。

 

(文:船橋麻貴/写真:米山典子)

Profile

前田高志さん

デザイナー、株式会社NASU 代表取締役、前田デザイン室 室長。

1977年兵庫県生まれ、大阪芸術大学デザイン学科卒業後、任天堂株式会社へ入社。約15年広告販促用のグラフィックデザインに携わったのち、父の病気をきっかけに独立を決意。 2016年2月からNASU(ナス)という屋号でフリーランスとして活動を開始する。2018年に自身のコミュニティ「前田デザイン室」を設立し、NASUを法人化。2020年1月よりレディオブック株式会社のクリエイティブディレクターに就任。著書に『勝てるデザイン』(幻冬舎)、『鬼フィードバック デザインのチカラは“ダメ出し”で育つ』(MdN)がある。

 

Twitter:@DESIGN_NASU

私たちはもともと、ものづくりが好き。

F.I.N.編集部

「前田デザイン室」は「クリエイターストレスを発散させる場」とのことですが、コミュニティに参加しているメンバーはやはり、クリエイターが多いのでしょうか?

前田さん

クリエイターももちろんいますが、実は福祉関係のお仕事をされている方や、営業職の方など、いわゆるものづくりを生業にされてない方の参加も多いんです。これは前田デザイン室を設立した2018年当初からそう。だから、こういった方々には主に「アンバサダー」という枠でご参加いただいています。アンバサダーはアプリなどを使って手を動かしたりもしますが、プロジェクトやクリエイターたちをただ応援するなんてことも。要は「ガヤ」ですね。こういう人たちがいることで楽しい場になるし、ものづくりのハードルも下がると思うんです。

F.I.N.編集部

他のメンバーを支えながら、ものづくりの過程を楽しむというポジションなのですね。そこまでして、ものづくりに携わりたいと思うものなのでしょうか?

前田さん

元々、人って「つくることが好き」なんだと思うんです。だって子どもって、お絵描きしたり、工作したり、自主的に何かを創作するじゃないですか。それなのに、大人になっていく過程や学校の授業の美術とかで、周りに比べる対象が出てきて自分のつくったものが評価されることで、つくることが嫌いになっていっちゃう。「他の子より上手に絵が描けない」「自分には創作センスがない」って。そうやってものづくりを諦めてしまう人が多い。僕はたまたま漫画の模写が上手にできたから、デザインや芸術の分野に抵抗なく進むことができただけ。大人になった今でもものづくりを仕事にしている人は、きっと僕と同じだと思います。

F.I.N.編集部

確かに大人になるにつれて、ものづくりへのハードルが上がる気がします。前田デザイン室はそのハードルを下げてくれるから、クリエイター以外の人が集まってくるのですね。2018年の設立以降、その流れに変化は起きましたか?

前田さん

コロナ禍に突入した当初、「学びたい人」の参加が増えました。先行きの見えない状況だったからか、「手に職をつけたい」「副業でデザイナーをやりたい」という人が一気に増えたんです。僕も僕で「コミュニティの成長」=「人数の多さ」だと当時は思っていたので、デザインを学べるツールなんかを用意して対応して。だけど、その結果、運営側もつくることを楽しみたいと思って参加してくれていたメンバーにも、しんどい思いをさせてしまいました。初心者の人にデザインのノウハウをイチから教えなきゃいけなくなって、前田デザイン室の「ものづくりを楽しむ」という本質を見失ってしまった。それで今は、入会希望される方には事前に審査を受けていただき、本来の目的を保つようにしています。

普段できない体験で、

凝り固まった頭をほぐしていく。

F.I.N.編集部

前田デザイン室は、制作物に対して金銭的報酬も発生しませんよね。なぜ、この仕組みを採用しているんでしょうか?

前田さん

仕事ではできないものづくりを楽しむ場所だからです。思う存分クリエイティブを発揮できますし、仕事じゃないので失敗してもOK。仕事とは真逆を行く活動なので金銭的報酬は受けないんです。

F.I.N.編集部

なるほど。では仕事と仕事ではないものづくりって、何がどう違いますか?

前田さん

もちろん、仕事のものづくりだって楽しいものもありますよ。それでどうやって差別化しようかと考えて最初に行ったのが、アウトプットのスピードを超速にすること。僕は元々任天堂でデザイナーをしていたので、これは今までやっていたこととは真逆。クリエイターは未完成のものを発表するのはイヤなものですが、いざやってみると相手から反応をすぐにもらえるし、新鮮で楽しい。こうして仕事ではなきない進め方やつくり方、発信の仕方を試してみると、ガチガチに凝り固まった頭が解けていく気がしたんです。

F.I.N.編集部

前田デザイン室で普段できない体験をすることで、ものづくりのいい刺激にもなるのですね。

前田さん

ものづくりってもっと自由でいいと気づけたし、それこそ仕事や学校で使わない筋肉を使うから自分自身の成長にもつながる。クリエイターの方はもちろん、それ以外の方も、本職に生きてくると思います。

「青春」をキーワードに、

つくること自体をエンタメ化する。

F.I.N.編集部

前田デザイン室でもクリエイター以外のメンバーが多くいらっしゃるように、今「ものづくりの民主化」が顕著になっているように感じます。前田さんはこうした動きをどう捉えていますか?

前田さん

いろいろなソフトやツールのIT化が進み、専門の知識がなくても使えるようになったからでしょうね。僕自身もMacでデザインができるようになっていなかったら、おそらくデザイナーになれていません。だから、こうした進化は誰かの選択肢を広げることになるので、とても大事なことだと思います。ただ、デザイナーとしては脅威です(笑)。AIでロゴやアバターがつくれてしまう、すごい世の中になってしまったので。しかし、AIがものづくりをしても、そこでいいものを選ぶ目利き力や言語化力が重要。だから、その力が備わったデザイナーをはじめとしたクリエイターが不要になることはないと思います。

F.I.N.編集部

確かにそうですね。ではズバリお伺いします。前田さんはものづくりのどんなところが楽しいですか?

前田さん

 

アイデア出しもコンセプト決めもブラッシュアップするのも好きなんですが、やっぱりチームで行うものづくりは楽しいですね。僕は、休日にダラダラとテレビを見たり、ゲームをしたりして、気づいたら夜の10時……なんて過ごし方をしてしまうことがよくあるんです。でも、前田デザイン室のような場所でみんなでものづくりをしていると、ちょっとした強制力が働くというか(笑)。単純にみんなとつくるのが楽しいから制作が捗るんです。

前田デザイン室のメンバーが全力でふざけて制作している「マエボン」

F.I.N.編集部

前田デザイン室ではどんな雰囲気で、ものづくりが行われているのですか?

前田さん

僕たちの行動方針は「おもろ!たのし!いいな!」です。これに賛同してくれているからか、メンバーはおもしろいことが好きな優しい人が多いですね。だから、変なものをつくっても誰も笑わない。ものをつくる人に対してリスペクトがあるから、ものづくりへの一歩は踏み出しやすいと思います。そんな雰囲気なので、おもしろいアイデアやものがどんどん生まれていく。むしろ、そのアウトプットのバランスを取るのが大変です。

F.I.N.編集部

ものづくりが盛んに行われる前田デザイン室に身を置くことで、メンバーの人たちに起きた変化などはありますか?

前田さん

前田デザイン室では「世界初のなすび型の本 NASU本」「デザインの必殺技カードゲーム Desig-win(デザウィン)」 といったものを制作してきました。どれも気に入っていますけど、例えばこの「ギャラ交渉メガネ」。クリエイターはギャラ交渉が苦手な生き物。黙ってこれをかければ、クライアントに「お金の話がしたいんだなぁ」とわかってもらえます。こうしたプロダクトは誰でもアイデアは思いつくと思うんです。だけど、僕たちは本当につくっちゃう。実際にアイデアが形になっていく過程を目の前で見ていると、創作意欲が刺激されるんでしょうね。ものづくり経験のないメンバーの一人は、みずから手を動かしてデザインをするようになりました。

前田デザイン室で制作したアイテムたち。左上から、デザインの技法やテクニックなどが遊びながら学べる「デザインの必殺技カードゲーム Desig-win(デザウィン)」、ギャラの交渉が苦手な人を救う「ギャラ交渉メガネ」、ものづくりに大切なコンセプト(=言葉の印籠)に立ち返るための「クリエイティブ印籠」、前田さんの会社NASUにちなんだ「世界初のなすび型の本 NASU本」

F.I.N.編集部

ものづくりの楽しさに開眼したんですね。その方のように、どうしたら私たちもつくることの楽しさを見出せますか?

前田さん

つくることが好きな人や、ものづくりばっかりやっている人を自分の周りに置くのが手っ取り早いと思います。そういう環境に身を置けば、相手から刺激を受けて、自然と手を動かしたくなってくるはずです。

F.I.N.編集部

それでは最後に聞かせてください。ものづくりの民主化が起こった後、この先の未来、「つくる」ことはどうなっていくと思いますか?

前田さん

AIとテクノロジーがさらに発展していくので、実際に手を動かしてつくるということにより価値が生まれるのではと感じています。そこで僕はそのAIやテクノロジーをいかした工房をつくりたいと思っていて。アクセサリーや家具などなんでもいいのですが、つくる楽しさを実際に味わってもらいたい。つくること自体をエンタメしていきたいです。一人でものづくりを楽しむのもいいですが、僕はやっぱり誰かと一緒にものづくりをするのが好き。これからのものづくりのキーワードは、「青春」。仲間と一緒に胸をワクワクさせ、つくることを楽しむ仕組みをつくっていけたらと考えています。

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・AIやIT化などテクノロジーの発展により、ものづくりのハードルは下がることが予想されており、今まで以上に気軽にものづくりを楽しむことができるようになる。

・一方で、AIでは代替できない目利き力や言語化力が備わっているデザイナーやクリエイターは重要な役割を持つようになる。

【編集後記】

当日は雑誌やグッズなど数多くご紹介いただいのですが、どれも面白いものばかり。一見すると、肩のチカラが抜けていそうなのにクオリティが高く、クリエイターさん達の熱量やこだわりを感じられるものでした。

前田デザイン室にはメンバーが心からものづくりが楽しめる環境が整っていること、そして何より室長の前田さんご自身がものづくりを楽しんでいるからこそ良いものが生まれているのだと感じました。

(未来定番研究所 榎)