2023.02.27

つくる

スタイリストの小沢宏さんが地元・長野県上田市からつくる、ファッションの新たな価値。

2月のテーマは「つくる」。ものづくりや場づくりなどのさまざまなつくるがありますが、今回はその中でも新たな価値を築いている人にフォーカスします。ご登場いただくのは、雑誌や広告などで長年活躍しているスタイリストの小沢宏さん。昨年、地元の長野県上田市に〈EDISTORIAL STORE(エディストリアル ストア)〉をオープンさせ、服が持つ魅力を再定義しています。なぜ今、小沢さんはファッションの楽しさを改めて届けようとしているのか。SDGsやサステナブルが注目されていく中、服の未来はどうなっていくのか。小沢さんの元を訪ねます。

 

(文:船橋麻貴/写真:森本絢)

Profile

小沢宏さん

スタイリスト・ファッションディレクター。

大学在学中に雑誌「POPEYE」のスタイリストアシスタントとしてキャリアをスタート。その後独立し、カルチャー色の強い雑誌から大人の男性向けの雑誌まで担当する。1990年代にはインディペンデント系セレクトショップの〈MADE IN WORLD〉をプロデュース。以降は、服作りやプロデュース業でも活躍する。

「古い・新しい」「安い・高い」ではない

ファッションの価値をつくる。

地元の特産・胡桃屋だった頃の面影をそのまま残している〈EDISTORIAL STORE〉。街のランドマーク的な存在になるため、時計を設置した

2022年春、40年ほど暮らした東京から、地元の長野県上田市にUターンしたスタイリストの小沢宏さん。そこでつくったセレクトショップの〈EDISTORIAL STORE(エディストリアル ストア)〉で行っているのが、「フードロスのファッション版」。アパレルブランドが抱える経年在庫を小沢さんならではの審美眼でピックアップし、倉庫に眠っていた服を蘇らせています。ファッション業界の課題や環境問題に配慮した活動と思いきや、「そんな高尚なものではないんですよ」と小沢さん。お店を始めたきっかけは、とても個人的な話が関係していると言います。

 

「どんな人にもピークがあると思うんです。アスリートに選手生命があるように、僕が長年やってきたスタイリストやファッションディレクターという職業もそう。10代から始めたこの仕事も40代半ばになると、なんだか悶々としてしまうようになって。それからは自分が関わってきた服でこの先何ができるだろうとずっと考えていたんですが、コロナ禍に突入すると今まで世の中的に正しいとされていたことがそうではなくなった。僕らの時代の業界では、いい車に乗って、高級なマンションを買って、リタイヤしたらハワイに移住して、というのが一つの成功のかたちでしたが、そうじゃないかたちがあってもいいと。コロナ禍でこれまでの概念がガラッと変わったこともあって、これまで培ってきた経験がいかせるようなお店をやろうと決めたんです」

そうした中、2021年2月頃、スタイリストとして撮影現場に入っていた時のある出来事がお店づくりのヒントに。

 

「僕はとにかく服が大好きで、ラグジュアリーなものから古着まで気に入った服はなんでも着るんですが、この撮影の時、カメラマンに『小沢さんの服、どこのですか?』って聞かれて、『高円寺の古着屋で買った服』と答えたらすごいびっくりされたんです。どうやら僕はハイブランドの服しか着ないと思われていたみたいで。だけど、それでなんとなくやりたいと思っていたことが点と点が線でつながった。30年以上も服に携わり、服好きな僕なら、『古い・新しい』とか『安い・高い』とか関係なしに、ファッションの価値がつくれるんじゃないかって」

SDGsやサステナブルの観点ではなく、

服自体を楽しんでいるだけ。

こうして構想から1年半、2022年5月にオープンしたのが〈EDISTORIAL STORE〉。これまでスタイリストとして積み上げていたノウハウを売り場づくりにいかしたり、雑誌的な視点で特集を組んで展開したりと、「雑誌の3D化」を体現させています。

小沢さんが買い付けるのは、「サイ(SCYE)」や「マッキントッシュ(MACKINTOSH)」などのブランドのほか、ビームスやエストネーション、ベイクルーズといったセレクトショップの経年在庫品

お店で扱うのは、セレクトショップやハイブランドなどの倉庫で眠る在庫品やB品、サンプル品といった新古品。なかでも在庫品、いわゆるデッドストックを小沢さんのフィルターを通して生き返らせた「ライブストック」、刺繍やタグなど少しのアイデアを加えることで新たな魅力を引き出した「マッシュアップ」は、SDGsやサステナブルが叫ばれる今の時代に即した試みのように思えます。ところが、それは結果的にそう見えているだけだと小沢さん。

 

「僕はめちゃくちゃ服を買うので、そうした時流に相応しい人間かというとそうでないかもしれません。だけど、ファッションってコミュニケーションツールでもあるし、自分のアイデンティティを表現するものでもあります。自分の生活に直結するものだから、僕はファッションをとことん楽しみたい。それにファッションは流れゆくものでもあるので、どんどん流通した方がいいと思うんです。その上で自分なりのファッションの価値観を体現していきたい。SDGsやサステナブルに貢献したいということではなくて、もっともっと手前のところで好き勝手やっているだけなんです」

小沢さんの想いに賛同して集まった商品の中には、ジルサンダー+(JIL SANDER+)とマッキントッシュ(MACKINTOSH)の希少なコラボアイテムも

ロゴ刺繍やバンダナループを施した「マッシュアップ」のボーダーTシャツ

アイテムについている「下げ札」には、セレクト理由やスタイリングの仕方などがユーモアたっぷりに手書きで綴られている

SDGsやサステナブルのためにやってないとはいえ、小沢さんの手によって捨てられるはずだった服が再び息を吹き返していくのは確か。さらに、小沢さんの適正な価格付けによって服自体の価値を損なわないことも、〈EDISTORIAL STORE〉が支持される理由の一つのよう。

 

「ブランドに話を持ちかけて賛同してくれるのは、3割ほど。残りの7割のブランドも頭ごなしにNOというところはほとんどありません。SDGsやサステナブルなどに対する崇高な概念を持ってお店をやっているわけではありませんが、『捨てられるはずだった服を最後まで面倒見てくれるのは嬉しい』と言っていただくこともあって。そう考えると、これは他の業界でも必要とされる可能性があると思うんです。〈EDISTORIAL STORE〉は『フードロスのファッション版』ですが、もしかしたらスキンケアなどの日用品でも新たな価値を築けるかもと思っています」

新古品の二次流通が増え、

マーケット自体も拡大していく。

〈EDISTORIAL STORE〉がオープンしてから、もうすぐ1年。これまでのファッション業界の商慣習を打ち破り、新たなファッションの価値を築いている小沢さんは、どんな未来を描いているのでしょうか。

 

「『オリジナルをやったら?』という声をたくさんいただくのですが、僕は絶対にやりません。なぜかというと、今はゼロイチで服を生み出すより、セレクトするのが好きだし楽しいから。それに新しいものをつくって余らせたら〈EDISTORIAL STORE〉の流儀に反してしまう。だから、これからやるとしたら受注アイテム。オーダーをいただいた分だけつくれるので、抱える在庫はゼロ。近い将来、できたらいいなって考えています」

経年在庫の生地を再生させた、「#残反ショッパープロジェクト」から生まれたショッピングバッグ

さらに、この先の服の行方について聞けば、〈EDISTORIAL STORE〉が行っているような服の二次流通は広がっていくと話します。

 

「ユーズドアイテムを扱うセレクトショップのZOZOUSEDには、常時60万着以上の古着が集まってきているそうです。そういったことからも新古品の服の二次流通も盛んになり、マーケット自体が大きくなっていくと思います。アウトレットのようなレジャーになるかもしれないし、もう少し哲学的に服を愛でる文化が築かれるかもしれません。僕としてはどんなかたちであれ、服は人の心をワクワクさせる楽しい存在であってほしいですね」

EDISTORIAL STORE

住所:長野県上田市中央2-3-7

TEL:0268-75-8373

営業時間:12:00〜18:00

定休日:火・水

www.edistorialstore.com

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・服に対する視点をちょっと変えて編集することで、唯一無二の価値が生まれる。

・〇〇ロス削減はフードやファッションに限った話しではない。今後ますます新古品の二次流通が増えマーケットが拡大する。

【編集後記】

小沢さんのこだわりが詰まった洋服を見るとついつい洋服の背景にある物語に没頭してしまいます。環境への配慮を第一優先に考えれば極論「買わない・作らない」になりますが、それでは楽しくない。ものがあって、それをどう編集して構成するのか?というアプローチがこれから先、重要になるのだと感じました。

(未来定番研究所 小林)