2021.12.17

デザイナー・中里唯馬さんが目指す、オートクチュールからつながる未来。

ファッションは、今、岐路に立っています。生産過程での環境汚染や労働問題、ファストファッションの台頭により増える廃棄量、動物由来製品への倫理的な課題など、課題は山積みです。それに対して、オートクチュールの分野からアプローチしているのは、〈YUIMA NAKAZATO〉のデザイナー・中里唯馬さんです。今、中里さんが課題解決に向けて取り組んでいることや、未来のファッションのあるべき形についてお話を伺いました。(写真:Shintaro Ono)

伝統的なオートクチュールが解決する、ファッションの社会問題

オートクチュールとは、着る人の依頼を受けてデザイナーが顧客のために1着の服を仕立てる、オーダーメイドや一点物の高級注文服のことです。中里さんは、ベルギーのアントワープ王立芸術アカデミーでファッションを学びました。2008年に発表した卒業コレクションは、ファッションデザイナーのアン・ドゥムルメステールよりイノベーション・アワードを受賞。その作品が、あるスタイリストの目に留まり、「ブラック・アイド・ピーズ」のボーカルであるファーギーさんの衣装を作って欲しいと依頼されたことが、この道を選ぶきっかけでした。

 

「ファーギーさんにお会いしたことはなかったので、パーソナリティーなどを想像して衣装を作り、ロサンゼルスに直接届けたらとても喜んでくださったんです。今の衣服は不特定多数の人のためにデザインし、どれだけ多くの人に届けられるかが重要です。デザイナーは着る人から直接、感想をもらうことはありません。この衣装をデザインしたことで、ひとりのために服を仕立て、喜んでいただくことが、ファッションにとって理想的なあり方なんじゃないかと感じました」

 

オーダーメイドは制作に時間もコストもかかり、大量生産・大量消費の上に成り立つ現代のファッションとは真逆の方向性です。しかし、中里さんは、オートクチュールが、ファッションの社会課題を解決する糸口になるのではと、テクノロジーや伝統技法を織り交ぜながら模索を続けています。2016年に自身のブランド〈YUIMA NAKAZATO〉で、歴史あるパリ・オートクチュール・ファッションウィークに参加し、多くの人にオートクチュールを届ける新たなシステム作りに挑んでいます。

針と糸を使わず、パーツを組替えカスタマイズするTYPE-1

誰もが自分にぴったりの服を着る未来のために、中里さんが生み出したのは「TYPE-1」です。「TYPE-1」は、ベースとなるボディと装飾パーツが分かれており、ドットと呼んでいる小さなビス状の金具でそれらを繋ぎ合わせます。服の一部が劣化・破損したらその部分だけ新しくすることも簡単で、パーツを組み替えれば気分に合わせてデザインを変えることも自由自在です。

TYPE-1の技術でレザーのパーツを繋いでいる。細かなパーツにはそれぞれにコードが記されている。

「人間は生きている間、体型や価値観などが変化し続ける生き物です。変化しない衣服は、そのたびに廃棄されるのではなく、それに合わせて変化することができたら、愛着のある服を長く着ることができるし、廃棄の問題も解決できるのではないかと考えました。布と布を針と糸で繋ぎ合わせる縫製技術は、2万年以上前から存在し、強度を高く布同士を繋ぐことができるのですが、一方で修繕したりアップサイクルしたりするときに、非常に労力がかかるんです。そこで、針と糸と同じくらい高い強度で繋ぎ合わせて、さらに瞬時に取り外せる技術を開発しました。またこれによって、多くの人々にオートクチュールの良さを気軽に体験していただけるんじゃないかと考えています」

YUIMA NAKAZATO 2021-22 AW クチュール コレクション“EVOKE”

廃棄される予定だったレザーをTYPE-1で繋ぎ合わせたコートドレス。

水に触れて形を変える、バイオスモッキング

学生時代から新しい素材や技術を取り入れていた中里さんは、現在も建築や化学など異業種の方と積極的に対話する機会を設けています。それは、ファッションでは不可能だとされていたことが、他の産業ではすでに解決しており、大きなヒントを得ることがあるから。2019年のコレクションから発表している、人工タンパク質素材「ブリュード・プロテイン」を使った制作方法「バイオスモッキング」もそのひとつです。

「この素材は、水分に触れると縮むという性質があるので、それをコントロールすることができたらと試行錯誤しているうちに、ある特殊な印刷をした部分は縮まないことがわかり、美しい形を作ることができるようになりました。2021-22年秋冬コレクション“EVOKE”で発表したドレスは、もとは一枚の長方形の布です。そこにクジラの声の波長をデータ化し、印刷をかけて水につけて成形します。将来的には、着る人の声からとった波長を印刷し、究極のオートクチュールを作ることも可能です。印刷データを変えるだけでパーソナライズできるので、着る人の個性を尊重した服を多くの人に届けられる、オートクチュールの新しい形になるのではないかと研究を続けています」

YUIMA NAKAZATO 2021-22 AW クチュール コレクション“EVOKE”

スパイバー社のブリュード・プロテインにバイオスモッキングの技術を用いたルック。一番下はクジラの声のデータから生成されたドレス。

古いシャツが、オンラインの対話で生まれ変わる「Face to Face」

中里さんが取り組んでいるのは、素材開発だけではなく、オーダー方法にも及びます。2020年、コロナ禍中に始まったプロジェクト「Face to Face」は、オンライン上での対話から、古いシャツを新しい服に仕立て直すという新しいオーダーメイドでした。

 

「オーダーメイドは顧客の方と直接、対話して仕立てていくのですが、コロナ禍によってそれが叶わなくなったとき、どうやって服を作るかという試みでした。あらかじめ手持ちの白いシャツを送っていただきます。そのシャツからシルエットやフィット感などの好みや、着方のクセを探ることができます。シャツ自体は大量生産された既製服でも、服に宿る記憶は世界にひとつしかありません。服にまつわる個人的なストーリーから、インスピレーションを得て、遠隔にありながら世界で1着の服に仕立て直します。これは2021年春夏コレクション“ATLAS”につながりました」

 

それは義足のモデル、ローレン・ワッサーさんとの対話から生まれました。ボディサイズのデータをコンピュータに取り込み、好みの配色や彼女のパーソナリティ、記憶をドレスとして立体化したコレクションです。

YUIMA NAKAZATO 2021 SS クチュールコレクション “ATLAS”

伝統技術とテクノロジーをつなげる

最新の技術を取り入れるだけでなく、技術の存続が危ぶまれる天然素材のレースを使用したり、最新のコレクション「EVOKE」では伝統的な西陣織とのコラボレーションも行っています。

「今回使用したブリュード・プロテインの糸は、繊維自体に透明感のある輝きがあります。それを生かすために西陣織の老舗、細尾さんに織っていただきました。伝統技術や先人の知恵には、未来を示唆するヒントが詰まっていることがあるんです。例えば、着物の考え方には学ぶことがたくさんありました。長方形の布を縫い合わせているので無駄が少なく、着方によって形やサイズを流動的に形を変えることができます。破損したら継ぎを当て、古くなったら雑巾にしたり、最終的には煮炊きの燃料にして、灰は畑の肥料になる。高度な循環を実現していたわけです。現代は作る人、着る人、廃棄物を処理する人が分断されており、作る人は廃棄された後の事まで考えない。これからは、デザイナーがそれを繋げていく役割を担うのではないかと思っています」

江戸時代の日本には高度な衣服の循環型システムがありました。現在は、生産者と消費者が乖離し、それぞれが別の視点でファッションを捉えているため、消費者からは畑や工場を経て作られた服の工程が見えづらく、生産者からは消費者がどのように服を扱い、最後はどうやって廃棄されているのかも、また見えづらい状況にあります。世界中が、持続可能社会を模索する中、仕立てる人と着る人との距離が近く、最後に畑の肥料になるまで使い切る日本の伝統的な衣服のあり方が、未来のファッションの大きなヒントになるのではないかと中里さんは語ります。

YUIMA NAKAZATO 2021-22 AW クチュール コレクション“EVOKE”

青みのあるブリュード・プロテイン。伝統的な西陣織に織り込むことで、シルクとは異なる独特の光り方を追求した。

変化のスピードが加速する、5年後の未来を見据えて

ファッションの未来のために、今年、中里さんはエシカルファッションを発信する一般社団法人ユニステップス(unisteps)と共同で環境省後援のもと「FASHION FRONTIER PROGRAM」を立ち上げました。これは、ファッションの社会的課題に向き合いながら、クリエイティビティを併せ持つデザインを評価するアワードであり、同時に教育プログラムの側面も持っています。

 

「ファッションの原点は、美しくてスタイリッシュな、着て楽しくなるデザインです。根本の楽しさは失わずに、同時に持続可能性、人権、倫理などの社会的課題に取り組むことが必要です。そのアクションの輪を広げ、異分野の情報を学ぶことができたらと、このプログラムをスタートしました。これからのデザイナーは、クリエイションと環境問題だけではなく、人権、倫理など多岐に渡る視点が必要です。審査員には、建築、化学、医学の異業種の方々に参加してもらい、これからのファッションはどうあるべきか議論を重ね、アワードの参加者はそこからインスピレーションを得てデザインしていきます。環境省からは最新の情報を提供してもらい、メディアパートナーである『VOGUE JAPAN』に情報発信をサポートしてもらいます。ファッションの抱える問題をすぐに解決することができなくても、議論を重ねることで、そのヒントが見つかるのではないでしょうか。私自身も学ぶことの多い非常に示唆に富むプログラムになりました」

 

中里さんは、5年後の未来、人々のファッションに対する意識は大きく変わっているのではないかと予想します。

「情報が多様化して、トレンドがマイクロ化している中で、売上を追い求めてデータ分析すると、ある種、均質的で無機質なデザインになってしまいます。人間は矛盾を孕んでいる生き物なので、それだけでは喜びを感じられません。だから、これからもデザイナーは、感情的だったり内面的なものをデザインで表現していくことが必要だと思っています。また、今の社会的課題は衣食住に密接に関係しています。中でもファッションは、“カッコいい”というキャッチーな入り口があるので、様々な分野について考えるよい機会になるのではないでしょうか。5年という時間はあっという間ですが、変化の速度は加速していき、この先の未来は、人々の意識や価値観、ファッションも大きく変化している可能性があります。今の課題も解決の糸口を掴んでいるかもしれません。そのために、オートクチュールの可能性を探ることが、ひとつの“解”になるのではと考えています」

Profile

中里唯馬(なかざと・ゆいま)

ファッションデザイナー。1985年東京生まれ。2008年にベルギーアントワープ王立芸術アカデミーファッション科を卒業。2015年「YUIMA NAKAZATO」を設立。2016年にはパリ・オートクチュール・ファッション・ウィーク公式ゲストデザイナーとして選出され、コレクションを発表。衣服の探求を続けながら、テクノロジーとクラフツマンシップを組み合わせた新しいものづくりに挑んでいる。

https://www.yuimanakazato.com/

【編集後記】

中里さんも語られているように現在のファッション産業は多くの課題を抱えています。またファッション(衣服)への関心の度合いや関わり方もここ数年で大きく変わりました。

その中で、ファッションのもつ意味を捉え、他業種からの情報も織り交ぜて課題を解決し、ファッションそのものを進化・深化させていく中里さんの姿勢にファッションの明るい未来が見えてきました。

(未来定番研究所 織田)