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2023.02.08
未来定番サロンレポート
年の瀬らしく冷え込む2022年12月18日、27回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは未来のくらしのヒントやタネを、ゲストと参加者のみなさんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。
今回は、「ヨソオイノカタリバ」の第二弾。未来定番研究所からも程近い谷中3丁目でヴィンテージボタンの展示・販売を行う〈谷中レッドハウス ボタンギャラリー〉オーナーのドリーヴス公美さんにお越しいただき、奥深いボタンの歴史と魅力についてお聞きしました。
(文:深澤冠/写真:西あかり)
ボタンは「留める」だけじゃない
毎朝、洋服を着る時に何気なくふれているボタン。現代では主に服を「留める」役割を持っていますが、歴史を遡ってみると時代によって全く異なる役割や価値を持っていました。その移り変わりを教えてくれるのが、ヴィンテージボタン、アンティークボタンと呼ばれるものです。
〈谷中レッドハウス ボタンギャラリー〉を営まれているドリーヴス公美さんは、主に18世紀から20世紀ヨーロッパのボタンを中心に蒐集(しゅうしゅう)するコレクター。この日は、珠玉のコレクションから選んでいただいたボタンをずらりと並べて、ルーペを片手に参加者のみなさんとじっくり観察していきました。
エナメルボタンは貴族のステータス
まず始めにドリーヴスさんが手に取ったのは、華やかな意匠が目を惹くエナメルボタン。フランスやイギリスの貴族の間で大流行したエナメルボタンは、七宝焼きの技術で美しい模様が描かれていたり、ダイヤモンドの代用品であるカットスティールやカットガラスがちりばめられたりととにかく豪華です。
「エナメルボタンは17世紀には存在したと言われていますが、18世紀以降になるとエナメル画の美しさが人気となり、身につけることで身分を誇示するようになります。低い階級層の服には付けられることはありませんでした。」と語るドリーヴスさん。貴族たちは男性も女性も同じように派手で高価なボタンを何個も飾り付け、自らの権威を示していたそうです。フランス革命やナポレオンの即位など、特別なできごとを祝う記念品として作られるものも多かったのだとか。
その日にあわせて、
付け替えるのが当たり前
現代と当時で大きく違うのは、ボタンは日によって付け替えるものという点です。確かにボタンを裏返してみると、服にひっかけるためのフックがついています。
ボタンの役割について、ドリーヴスさんは写真を見せて教えてくれます。
「貴族のお茶会は政治的な社交場でもあったので、ボタンをその日の服装やティーカップとお揃いの柄にすることで、最初の話題づくりをしていたと言われています。土地やお金の話を開口一番にするわけにはいかないですよね」
つまり、現代の時計やネクタイと同じように、TPOにあわせてボタンを付けることが貴族の嗜み。これには「へぇ〜!」と参加者のみなさんも驚きの声を上げていました。
当時、ドレスは洗濯に向いておらず、長旅の際には替えの洋服ではなく、1枚のドレスと替えのボタンを持って行ったというお話もありました。やはり現代からは想像できないほど、ファッションにおけるボタンの重要性が高かったことが伺えます。
また貴族の間では、価値の高いボタンは宝石と同じような扱いで売買されていたのだとか。確かにコレクションケースには、宝石のように美しいボタンの数々が並んでいました。
貴族から、
働く女性たちのものへ
19世紀に入ると産業革命によって労働階級も財力を持ち始め、働く女性たちがおしゃれなボタンをつけ始めます。中でも彼女たちの間で流行したのが、ピクチャーボタンです。
ピクチャーボタンとは、寓話や童話の挿絵をモチーフに取り入れたことから名付けられたもの。今回はお持ちいただいておりませんでしたが、イギリスの絵本作家ケイト・グリナウェイの描く子どもたちのモチーフが人気だったそうです。
女性たちが、寓話の挿絵をボタンとして身につけたのは、単にかわいいからではありません。書物への教養があるということを示し、身分をアピールして結婚するためです。
「今と違って、結婚する相手の身分がとても重要な時代でした。身分の高い相手と結婚するには、自分も同じように教養があり、そういった物語に興味があると自らを伝える必要があったんですね」
ピクチャーボタンもまた、自らの身分を表すための手段でしたが、華やかな装飾の多かったエナメルボタンと見比べてみると、制作にかかる値段や描かれるものには違いがあり、時代の変化が如実に表れていることがわかります。
オリエンタルな魅力を放つ
日本のSATSUMA
「次はいよいよ薩摩ボタンです」とドリーヴスさんがご紹介してくれたのは、着物姿の女性や日本の風景が描かれたもの。
日本はまだ着物文化だったためボタンは必要ありませんでしたが、パリ万博以降ジャポニズムへの注目が集まったことでボタンの需要も高まりました。
色彩鮮やかな薩摩焼きが好まれたのは、ヨーロッパからオリエンタルな異国情緒が求められていたから。特にわかりやすい風俗画をモチーフとしたボタンのニーズが高かったのは、他のボタンと同じように、流行の異国文化を身につけることで教養を示す役割を薩摩ボタンが果たしていたからかもしれません。
「薩摩ボタンはとても高い人気を呼びましたが、実はパリ万博で最も評価されたのは蒔絵でした。わたしは最近『最後の芝山師』と呼ばれる漆器工芸師の宮崎輝生さんにボタンを作ってもらっているんです。今日はそのうちの一つを持ってきました」と言って見せていただいたのは、芝山細工でできたフクロウが月夜に浮かぶボタン。芝山細工とは、貝や珊瑚などの素材で動植物を彫刻し、それに合わせて漆の土台をぴたりとはめ込む漆工芸の技法の一種。繊細な凹凸から立体的な作品が生まれる、手間暇かかる細工師の仕事です。宮崎さんが手がけたなんとも幽玄なその作品に、参加者のみなさんもルーペを持ってしばらく見つめていました。
多様性に満ちたボタン文化と
使い捨てない未来
他にもドリーヴスさんは珍しいボタンをご紹介してくれました。一つ目は、18世紀に作られた剥製のボタンです。その名の通り、よく見ると本物の昆虫や植物、鳥の羽がひとつのボタンの中に閉じ込められています。
これは博物学が流行していた頃、自分がどれほど虫や鳥の種類を知っているのか、蓄えた知識を語るために付けていたボタン。近年発見された、モーツァルトがパトロンに宛てた手紙の中にも、赤いジャケットにつける昆虫の剥製のボタンが欲しいとねだる文面があるそうです。美しい状態で現存するものは大変貴重なため、ドリーヴスさんも手に取りながら「本日のコレクションの中で一番のお気に入り」と満面の笑み。
もう一つが、七宝作家・西田幸子さんに作品を依頼したプリカジュールのトンボのボタン。プリカジュールはアールヌーボー期のヨーロッパで流行した技法で、ステンドガラスの様に光にあてると透けて美しく見えるのが特徴です。近年ドリーヴスさんはヴィンテージボタンをコレクションするだけでなく、現代作家と一緒にボタンを制作することにも精を尽くされているそう。光の透けるなんとも美しい羽からは、生命のみずみずしささえ感じます。
「このような大切に使い続けるボタンの文化は、海外でもやっぱり廃れてきているそうです。トレンドが終われば捨てられてしまうのが現代のファッション業界ですが、使い捨てないことがちょっとずつ見直されてきていますよね。こうやって昔から残っているボタンに触れることも、考えるきっかけのひとつになればいいなと思います」
ボタンを通して、過去と現在を横断するようにお仕事をするドリーヴスさん。ひとつひとつのボタンが辿ってきた激動の時代背景や現代作家の方々へのリスペクトを熱心に語るその声に、みなさん耳を傾け続けていました。
最後に、今日の感想を参加したみなさんと共有しました。
「今日紹介していただいたボタンはどれも捨てることが前提にないものばかり。今作られているもので200年後も残り続けるのは何だろうと考えさせられました」
「現代の簡単に捨てられてしまうボタンも、ある意味時代を映しているのかも」
「ボタン1つの歴史から、その時代の社会や生活の様子がありありと見えてくるのは面白かった。当時の洋服に対するかかわり方や考え方は、現代の暮らしにおいても参考になりそう」
ものを愛して、装いを楽しみ続ける。今の社会では見落としてしまいがちなその豊かさを見つめ直すきっかけを、ドリーヴスさんから確かに受け取った様子でした。服を長く大切にするヒントが胸元にあったことにハッとするような、終始気づきに満ちたイベントとなりました。
ドリーヴス公美さん
〈谷中レッドハウス ボタンギャラリー〉オーナー、アンティークボタンのコレクター。
海外向けの刺繍、ボタン製作を手掛ける父親の影響で、幼い頃から歴史あるもの、いにしえの人のぬくもりの感じられるものに興味を抱き始める。2013年、〈Yanaka Red House Button Gallery(谷中レッドハウスボタンギャラリー)をオープン。18世紀から19世紀のヨーロッパの歴史や技術の歩みが詰まったアンティークボタンの展示、販売を通して、奥深いボタンの魅力を伝えている。
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