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2024.03.13

未来定番サロンレポート

第32回| アーティストが主導でつくる、未来の芸術祭のかたち。

2月中旬とは思えない、初夏のようなあたたかさに包まれた2024年2月15日(木)の夜、32回目の「未来定番サロン」が開催されました。未来定番サロンは未来の暮らしのヒントやタネを、ゲストと参加者のみなさんが一緒に考え、意見交換する取り組みです。

 

「アートにおける『元気』が出る場づくり。」をテーマに、彫刻家でありながら、移動型地方展覧会「ストレンジャーによろしく」で芸術祭の運営に携わる村岡佑樹さんに、アーティスト自身が芸術祭を企画・運営することの意義や、2024年2月10日(土)~25(日)の期間、谷根千エリアで開催した「きらめき彫刻祭」についてのお話を伺いました。

 

(文:大芦実穂/写真:西あかり)

藝大入学を機に彫刻の道へ。

現在は芸術祭の運営も行う

午後6時過ぎ、未来定番研究所のオフィスに足を踏み入れると、朗らかに笑う男性の姿が。この方が今日お話をしてくれる、彫刻アーティストの村岡佑樹さんです。今回は村岡さんの地元・広島からもオンライン視聴で多くの方が参加してくださいました。

 

まずは簡単に村岡さんのご経歴の紹介から。村岡さんは1993年広島県生まれで、2018年に東京藝術大学大学院で美術研究科彫刻専攻を修了し、東京富士大学経営学部で経営学研究所客員研究員をしたのち、アーティストとして活動されています。

東京藝術大学在学中より作品を発表し、彫刻アーティストとして活躍する一方で、2021年頃より、芸術祭や展覧会の運営にも携わるようになりました。高校生の頃は将来デザイナーになりたかったという村岡さんが、なぜ彫刻家を目指すことになったのか、次のように話してくれました。

 

「大学に入る前は、靴のデザイナーになりたいと思っていました。そこで美大のデザイン科に入ろうと決意したのですが、大学の試験内容って、科によって違うんですね。例えば油絵科だったら油絵ですが、デザイン科の場合はアクリル絵の具で描く。アクリル絵の具は比較的乾くのが早いとされている素材ですが、僕はアクリル絵の具が乾くのを待てない性分だったんです。色が混ざって汚い絵になってしまったり……。このままじゃデザイナーになれないかもと思ったときに、当時通っていた予備校の先生が、粘土を触らせてくれて。粘土って直感で表現できて、そのストレートな感じがいいなと思いました。先生も僕には粘土の方が合っているんじゃないかと思っていたみたいです」

高校卒業後は東京藝術大学美術学部彫刻科へ進み、同大学大学院でさらに彫刻を深めた村岡さん。しかし大学院修了後の2020年に今度は経営学部で研究員に従事。一体どんな心境の変化があったのでしょうか。

 

「ご縁をいただき東京富士大学で客員研究員となり、経営学部の中にある、日本で唯一のイベントプロデュース学科に所属していました。キャンパスは新宿区の高田馬場にあるので、その周辺で何かアートイベントはできないかということで、座学だけにとどまらず、実際に催しを開催したこともあります。新宿区の伝統文化である染め物に着目し、2022年には新宿区内の染色工房〈染の里おちあい〉とケーススタディスタジオ〈BaBaBa〉 の2会場で『Rebuilding』展、新宿マルイにて『新宿の染×SDGs』展を企画しました。その経験が今に活きている気がします」

頭に思い描いたものを

そのままかたちにできる「彫刻」

続いて、これまでに村岡さんが作られた彫刻作品について、スクリーンに作品の写真を映しながら解説していただきました。

 

学部生の時は、人体彫刻が作りたかったと話す村岡さん。2014年には親戚の女の子をモデルにした『嘘つき』という作品を作られています。村岡さんが普段行う手法として、まずはスケッチを紙に描いて、イメージや設計図をつくってから、実際に彫刻に取りかかるそう。

『嘘つき』(2014年)

続いて見せてくれたのは、卒業制作の『昇りゆく』。実はこれ、約3mもの高さがあるそうです。そして、木の脚の上に乗っているのは、テラコッタという土がもとになっている素材。

 

「重い素材を軽く見せたくて作ったものです。テラコッタは土を800℃くらいの温度で焼いた素材なのですが、さすがに大きくて重いので、バラバラにして焼成した後つなぎ合わせています。これは、人間の背中を模して成形したものです」

『昇りゆく』(2018年)について語る村岡さん

他にも、2021年に墨田区で行われた芸術祭「すみだ向島EXPO2021 軒下プロジェクト Vol.3」に出展した屋外に設置されたテトリスのようなタイル作品『We need to keep playing』、それからご自身が企画運営されている「きらめき彫刻祭」に合わせて作られた『たまにみるゆめ』などをご紹介いただきました。

『We need to keep playing』(2021年)

『たまにみるゆめ』(2024年)

さらに深掘りして、「彫刻」ってどんなもの?という問いにも答えていただきました。どうやら、粘土や木などを使ったものだけが彫刻ではないようです。

 

「彫刻という言葉は、英語のスカルプチャーの翻訳語として明治時代に誕生しました。ただ、日本の『彫刻』と西洋の『スカルプチャー』は、全く同じではないなと思っています。日本にはもともと仏像や工芸品などの立体物を作る文化もあったので、そういう独自の文化と西洋文化が切り捨てられたり混ざっていくことで、現代の『彫刻』が発展してきていると思います。またスカルプチャーと言うと、今は3Dや光や音も同じカテゴリーに入ってきます。一括りで『彫刻』や『スカルプチャー』と定義するのは難しいなと感じているところです」

「アーティストの主体性を取り戻す」

作家主導の芸術祭

さて、彫刻の話から転じて、ここからは展覧会の運営のお話に移っていきます。まずは村岡さんが所属されている作家主体の団体〈ストレンジャーによろしく実行委員会〉について説明していただきました。

「芸術祭『ストレンジャーによろしく』は、若手アーティストによって運営されている地方移動型のアートイベントです。開催は不定期で、みんなの気持ちが高まったときにやるというスタイル(笑)。

 

僕と〈ストレンジャーによろしく実行委員会〉の出会いは、彼らが企画した金沢を舞台にした芸術祭『ストレンジャーによろしく』(2021年)です。僕はアーティストとして参加したのですが、ビルの一室を好きなように使っていいといわれて、すごく興奮しました。その際にマネジメントの手伝いのようなこともしました。

 

この芸術祭はコロナ禍真っ只中に開催されたのですが、その頃は僕含めアーティストたちの元気がなくなっている時期でもあって……。作品を見せる機会がないので、制作もままならない状況だったんです。しかもアーティストは、一般的には企画展に『誘われる』立場なので、企画をしてくれる人がいないと、ずっと動けない。そんなときに、アーティストが主体となって企画していくこの取り組みに参加して、すごく勇気をもらったし、単純にうれしかったです」

〈ストレンジャーによろしく実行委員会〉の活動目的は、アーティストに主体性を取り戻すためだそう。村岡さんは次のように解釈していると話します。

 

「作家が人のせいにせず、自分の責任でやりたいことをやればいいということだと意訳しています。もちろん主体性を持ってやられている作家さんもたくさんいますが、展覧会に出るとしたら、場所や作品の制限などもありますし、そういうところを超えて表現できる場があってもいいのかなと」

谷根千エリアを舞台にした

「きらめき彫刻祭」を企画

最後に、村岡さんが主体となって企画した「きらめき彫刻祭」(2024年2月10日(土)~25(日)開催)についてもお話を伺いました。ここ未来定番研究所のオフィスも会期中、インフォメーションセンターとしてオープンしていました。

 

「文京区と台東区、とくに谷根千と呼ばれるエリアのギャラリーやクリニックなど全11会場に、『彫刻ってなんだろう?』をテーマにした作品を展示しました。若手の作家を中心に計28名が参加。僕は主宰者ですが、同時にキュレーターでもあり、アーティストでもあるという感じです」

「きらめき彫刻祭」を主宰するに至ったきっかけについて、前述の「ストレンジャーによろしく」に影響を受けたと話す村岡さん。

 

「金沢で『ストレンジャーによろしく』に参加した時に、自分たちでも芸術祭ができるんだ、とすごくインスピレーションをもらって。自分が企画するなら彫刻だろうと思っていました。谷根千エリアを選んだのは、藝大も近いし、もともとこの辺に住んでいたこともあり、知り合いも多くいるこの地域で、僕が関わっている彫刻はどんなものなのか見てもらいたいと思ったからです。それに谷根千って散歩にちょうどいい規模感ですよね。雑貨屋さんやカフェもあるから、芸術祭を楽しみながら街歩きもできて、エンタメ的にも面白いんじゃないかなと」

1年半ほどかけて、じっくりと企画をしてきた「きらめき彫刻祭」。実際に開催してみて、谷中や千駄木には、アートの土壌があると感じたそう。「地域全体がアートを許容してくれる印象があります。街の人とアートの話をすることがありますが、それっていいよなと改めて思いました」と村岡さん。さらにこう続けます。

 

「とはいえ来年もやるかどうかは未定です。このエリアは『僕』が常に何かをやっている場所でもないと思っているんです。それはつまり、他にやりたい人がいたら、いつでもやれる状態になっていて、いつも新しい何かが起こっている場所になる方がいいと思うんです。今回イベントを企画してみて感じたのは、『自分で開くこと』の大切さ。できると思った人がイベントを開くことで、きっと面白くなる。挑戦したいと思ったら、まずは周囲にしゃべることで、風向きが変わると実感しましたね。そうやって5年先のアートと生活者との関わり方が発展していくといいなと思っています」

こうして32回目の未来定番サロンはお開きに。街や地域がもっと楽しくなりそうなお話をたっぷり伺うことができました。イベントの企画・運営のプロではなく、アーティスト自身でつくる芸術祭に、未来の希望を感じた1時間半でもありました。村岡さんのこれからの活動が楽しみです。

Profile

村岡佑樹さん(むらおか・ゆうき)

1993年広島県生まれ。彫刻アーティスト。2018年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。歴史や街、現象と人間の関わり方について着目し、これまで数多くの作品を発表している。作家主導で芸術祭を催す団体〈ストレンジャーによろしく実行委員会〉にも所属。2024年2月には、文京区と台東区を舞台にした彫刻の芸術祭「きらめき彫刻祭」を主宰。自身も参加アーティストとして作品『たまにみるゆめ』を展示。

https://www.kirameki-art-festival.com/

https://yukimuraoka.com/

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