2020.10.30

「跨領域=クロスオーバー」から見る、台湾のアートと日常。

今から約 15 年以上も前から、政府が主体となって文化創造産業に力を入れてきた台湾には、文化的なスポットが数多く生まれています。低額な入館料の美術館には小さな子ども連れも訪れやすく、幼い頃からアートに親しみやすい環境が整備されているようです。また、国際的な芸術作品が集まる台北ビエンナーレが開催予定されるなど、今後ますます台湾のアートシーンに期待が高まっています。そこで、台湾在住ライターの栖来ひかりさんに、クロスオーバーを意味する「跨領域」という中国語表現をキーワードに、日常生活とアートを繋ぐアートシーンを深掘りしていただきました。

コーディネーター/ライター:栖来ひかり

 

 

 

台湾初の「現代美術館」として1983年にオープンした、台北市立美術館。台北ビエンナーレで国際的にも大きな注目を集めるほか、2026年完成予定の新館建設など、台湾のアートセンターとして益々重要性を高めている美術館です。

そして、2020年、パンデミックのため世界中の美術館が一時的な閉鎖を余儀なくされるなか、一度も休むことがなかったのも同美術館でした。新型コロナウイルス発生においていち早く迅速な対策を講じ、官民団結して都市を封鎖することなく感染の拡大を抑え込んだ台湾では、コロナ禍で世界中の経済が落ち込んでいるなか、今年も連続して経済成長プラス維持が見込まれており、台湾各地のショッピングモールや観光地は多くの人でにぎわっています。台北市立美術館でも6月後半の4連休の来場者数は25,000人以上、5-6月の来館者数は例年より増加しました。これはアートがいかにその社会を映しだしているかを、端的に数字として示したといえるかもしれません。

 

そんな台北市立美術館が積極的に取り組んでいるのが「子供のためのアート教育」です。2014年より運営が開始された本館地下2000平方メートルに及ぶ「チルドレン・アート・エデュケーションセンター」に、計画時から関わってきたのが郭姿瑩(ゴウ・ツーイン)さん。フランス留学後、15年以上ここ台北市立美術館において様々な部門での勤務を経験し、教育センターの設立計画を任された郭さんは、建築士と美術館との仲介役として、このセンターの対象者=子供たちにどんな場所が必要かを丹念に話し合ったと言います。

センターの責任者・郭姿瑩(ゴウ・ツーイン)さん/栖来ひかり・撮影

「従来は美術館のお客さんではなかった人たちが、初めて関わる美術館という場所をいかに認識し、どう身近に感じてくれるかを徹底的に討論しました。例えば美術館で使われる言語や表現は、あまり一般的でない言葉が多いものです。これまでの美術館運営とは異なる思考、いわば生活や日常の中から出発することが必要でした」(郭姿瑩さん)

センターでは定期的に、ひとつのテーマで大きな展覧会を開催してます。2014年の開幕以来もっとも盛況だったのが、2018年の『建築的70%』という展覧会。会場内に架空の建築事務所を作り、観覧者たち自身が建築家となって、自分が今いる「台北市立美術館」を建てるという設定で、建物が完成するまでの様々なプロセスを体験するという臨場感あふれるものでした。

『建築的70%』開催時の会場の様子/台北市立美術館・提供

「当館は文化の泉となるようにとの願いを込めて、漢字の『井』という形の建築体を組み合わせて設計されています。そこで、実際に設計オフィスを模したスペースを作ってライト台の上で『井』という形を薄紙に書き写す、様々な形の定規を用いて設計図を描くといった平面的な学習から、立体・色彩・ランドスケープという多様なアプローチで美術館が完成するまでを体験できるプログラムを作りました。例えば建築物の施工をするコーナーでは、実際に建設用のヘルメットや簡易作業服も身に着けてもらいます(画像参照)。レゴなどのおもちゃやゲームを見てもそうですが、多くの子供は建物を建てることが好きだし、ごっこ遊びも大好きですよね。また普段から触れている身の回りの建築が、抽象的な存在から、多様な工程と人の手を経たものとして認識できるようになればと思いました」(郭姿瑩さん)

『建築的70%』開催時の会場の様子/台北市立美術館・提供

自分の娘から「実物に似たように描けないから絵を描くのが好きじゃない」と言われた経験があったり、台湾の高校の美術の教科書を見て「非常にお勉強的」と驚いたりしたという郭さん。実際に創作に参加して自分で何かを完成させる中で、抽象やアートは難しいものではないことを知り、楽しさや歓びを発見してほしいといいます。

そんな郭さんは、5年先のアートをどう予想されているのでしょうか。

「以前はそれぞれの分野が、切り離されていた感じがしていました。しかし10年ほど前から、アートに地域コミュニティーや建築、歴史、教育など色んなジャンルが混ざり合って新しい流れが生まれてきているように感じます。5年後は、更にそうした方向性が強まるでしょう」(郭姿瑩さん)

2020年晩秋に始まる第12回台北ビエンナーレは、哲学者のブルーノ・ラトゥールとインディペンデント・キュレーターのマーティン・ギナール=テリンを共同キュレーターとして迎え、当「台北市立美術館」が建っている土地の環境、歴史、生態がテーマとなって行われる予定です。児童教育センターでも、それに連動した展覧会を企画するそうで、その動向にこれからも目が離せません。

 

建築や歴史、環境やアートといった様々なジャンルが影響しあい、子供たちの生活の刺激となっているもうひとつの例、それが台湾の公園です。台湾では近年、「実験公園」または「インクルーシブ遊戯場(inclusive playground)」と呼ばれる公共スペースが増え、台北市内だけでも30か所以上を数えることが出来ます。

完成した遊戯場で子供たちがあそぶ様子/境觀設計有限公司・提供

「インクルーシブ」とは、誰も排除されないこと。インクルーシブな遊戯場とはつまり、障がいの有無や年齢、個人のバックグラウンドによって排除されることなく楽しめる包摂的な遊び場という概念です。そこに更に「子供たちが公園設計に参加する」というプロセスを組み込んだのが、2019年に完成した「華山大草原」。日本統治時代に酒・酢が作られていた国営工場跡地をリノベーションし、文化や商業の複合施設として活用されている「華山1914」の裏側に広がる公園です。

実をいえば、台湾のインクルーシブな公園の歴史はそう古いものではありません。筆者も子供が小さかった数年前までは公園へ連れて出かける機会が多かったのですが、そのときの台湾の公園といえば、赤や緑など派手な色合いをした輸入物の画一的なプラスチック製遊具ばかり、といった印象でした。そんな台湾の公園は、どのようにして変化を遂げたのでしょうか?

耿美恵(グン・メイフェイ)さん/栖来ひかり・撮影

「華山大草原」の計画と施工において中心となって関わってきたのが、「境觀設計有限公司」の耿美恵(グン・メイフェイ)さん。ちょうど台北市内のとある小学校の先生方が公園視察をするというので、合わせて見学に伺いました。

華山大草原の施行にかかった費用は全部で約3300万台湾元(約1億1500万日本円)ですが、予算の少ない小学校の遊戯場の改修にどうインクルーシブを取り入れるのか、先生たちも頭をひねります。この視察から感じられたのは、現在進んでいる双方向な遊びや学びの場という概念が、公立の教育現場にも具体的に広がっている現状でした。

台北市内の小学校の先生の公園視察/栖来ひかり・撮影

この台湾における実験公園への取り組みは、使用者である子供たちを主役と考えることから始まりました。2014年に台北市内の多くの公園遊具が安全基準を満たしていないとの抗議を受け、台北市は多くの遊具を撤去した代わりに、大量生産のつまらないユニット遊具を設置しました。それに対し「還我特色公園(特色ある公園を返して)」と台北市政府の前で子供を持つ家族ら市民が抗議の声をあげました。そこに多くの仲間が加わって起ち上がったNPOが「還我特色公園行動連盟」(特公盟)です。特公盟の要望は、それからの台北市の公園づくりの指針となっていきます。

「特公盟の保護者らと相談しつつ華山大草原のデザイン設計を、という市の要望を受け、デザイナー・学生・保護者・メディアという四つの視点から毎週一度の合同会議を行いました。また障がいのある児童らも交えて、子供たちの遊びに関する意見を取り入れたり実験を行ったりしながら、10か月ほどの期間で内容を洗練させていきました。どんな遊戯や場所であれば子供たちが挑戦性と冒険心をもって楽しめるのか?つくる我々にとっても大きな冒険でしたが、尊敬する日本のコミュニティ・デザイナー山崎亮氏の書籍の中に出てきた“プレイ・リーダー”(子供が置かれている現状を理解し、子供がいきいきと遊べる、子供が主役の環境/遊び場をつくる役割)を担うことを心掛けました」

(耿美恵さん)

設計時の子供を交えた会議の様子/賴彦如・提供

それでは具体的に、子供たちの意見は公園のどんなところに取り入れられているのでしょうか。

「特に意識したのは自然に近い高低差です。子供は高低差を走り回るのが大好きだし、高低差があることで、どんな年代の子供も自分の能力に合わせた冒険ができます。また砂場にも上から下へと自然な水の流れ方を取り入れ、遊べる工夫をしました。もうひとつ重要視したのが、歴史性です。この草原には日本統治時代に『樺山駅』という駅があり、鉄道が走っていました。そこで歴史を知ることのできる仕掛けをトンネルに配置し、子供たちとモザイク・タイルをDIYする事で自分の土地について学び、愛着を持ってほしいと願いをこめました」(耿美恵さん)

鉄道トンネルのモザイクタイルDIYを子供たちと作業した時の様子/ 臺北市政府工務局公園路燈工程管理處の報道用フリー画像

耿さんは大学に進学する際、デザインか歴史系の勉強をするかで迷ったものの、最終的にランドスケープデザインを選んだそうです。

「歴史の好きだった私にとって、ランドスケープデザインとは“その土地の歴史的脈絡”を生活の一部としてデザインする仕事でもあります」という耿さん。5年先の未来、どんな社会になっていると思いますか?

「日本と同じく、高齢化社会が進んでいる台湾において、子供たちと高齢者、また外国の方々が共存するパブリックスペースの必要性は益々増していくでしょう。そこでは人間同士の関係性や自然観、アート、人文といった様々な分野にまたがる知恵や技術を結合させることが重要になります。また、そう願い続けることで、望ましい未来が必ずやってくるといつも信じているのです」(耿美恵さん)

 

様々なコミュニティーと断片的な歴史記憶、ばらばらの方向を向いていた各領域の専門家たち。それら多様な分野を繋ぎ合わせる接着剤のようなものとして、有機的に社会へと作用しつづけるアートの力。現在進行形の台湾の変化は、そんなアートと日常のクロスオーバーが持つ豊かな可能性を、提示してくれているように思います。

Profile

栖来ひかり(すみき ひかり)

台湾在住ライター。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。

台北市立美術館

住所:台北市中山區中山北路三段181號

HP: https://www.tfam.museum/index.aspx?ddlLang=zh-tw

 

華山大草原遊戯場

住所:台北市中正區北平東路30-1號

編集後記

トレンドを紹介する書物の中に「屋外で遊ぶ子供が減っている。子供の想像力を低下させるのは「スクリーン」だ。子供の遊びこそ、想像力を駆使した協力関係、紛争の解決、リスクに向かう姿勢を育てる活動なのです。」という解説を読みました。今回の取材で、台湾では、誰もが排除されることなく楽しめる「インクルーシブ遊技場」や、子供達がその場所の歴史的背景も学びながら公園設計に参加した「華山大草原」など、子供たちの想像力を育むために、人間的に豊かで、かつ進歩的な取り組みがなされている事に感銘を受けました。

私も、アートを基軸に地域コミュニティーや建築、歴史、教育など色んなジャンルを加味した、多くの人々が笑顔になる施設づくりに挑戦してみたくなりました!

(未来定番研究所 出井)