2020.10.26

エネルギッシュに“好き”を表現する アートの真髄「アウトサイダー・アート」のこれから

フランスの画家、ジャン・デュビュッフェが、1945年に精神障がい者や受刑者などの作品を「アール・ブリュット(生の芸術)」と呼び収集したことが起源となり広まった「アウトサイダー・アート」。世界では、西洋の伝統的な美術教育を受けていない人が制作したアート作品のことを指し、とりわけ日本では、知的障がい者によって創作された作品が数多く存在する。昨年9月に表参道のGYRE GALLERYにて「現代 アウトサイダー・アート リアル −現代美術の先にあるもの−」展が開催された際には、アート界の既存の枠にとらわれない、自由で作為のないアーティストが生み出した多彩な作品に注目が集まりました。今回はその展示で総合キュレーターを務め、アウトサイダー・アート専門ギャラリー〈ACM Gallery〉を運営する杉本志乃さんに、彼らが生み出す作品とアートの新しい未来についてお話しを伺います。

(撮影:小野 真太郎)

アトリエを訪ね歩く

リサーチの旅がスタート。

F.I.N.編集部

杉本さんが、アウトサイダー・アートに興味を持ったきっかけについて教えてください。

杉本志乃さん(以下、杉本さん)

ある時、新聞で大阪にあるアートスタジオ〈アトリエインカーブ〉代表今中博之さんのインタビュー記事を読んだのがきっかけです。知的に障がいのある方々が、素晴らしい作品を生み出していることを知り衝撃を受けました。私の兄は脳に重い障がいがあり、小さい頃からさまざまな障がいのある子どもたちと一緒に育ちました。アートの業界で仕事をしていたのにも関わらず、お恥ずかしながら、障がいのある人たちが生み出すアートの存在も、そうした活動をされている団体があることも、それまで知らなかったんです。この記事を読んで驚いたと同時にとても嬉しくなり、「ぜひ施設を訪ねてみたい」と思いました。しかしながら、ちょうど仕事や子育てが大変な時期ですぐには行動に移せませんでした。でも、記事の切り抜きだけはずっと大事に持っていたんですね。5年ほど経ち諸々のことが落ち着いた頃、やっと足を運ぶことができたのが〈アトリエインカーブ〉でした。今となっては、よほどのご縁があったのだと感じています。

F.I.N.編集部

実際に訪れてみて、いかがでしたか?

杉本さん

アートに特化した本当に素晴らしい活動をされていて、彼らを「今を生きる現代美術作家」としてリスペクトし本気でサポートされている。「障がい者のつくるアート」としてカテゴライズするのではなく、多様な人々の表現を包摂する。これぞまさに、これからのアートの方向性だと感動したのを今でも覚えています。そこで、ぜひ作品を東京で紹介したいと思い、当時ご縁のあった現代美術のギャラリーで3人展を企画させていただいたのが、今の活動に繋がる最初の一歩でした。それから、全国のアトリエを訪ね歩くリサーチの旅が始まりましたね。これは本当にワクワクする旅で、行く先々で素敵な作家さんたちと出会いました。それが表参道〈GYRE GALLERY〉での展示にも繋がりました。現在もその旅は続いています。

私たちって生き物だったんだ

と思い出させてくれる、彼らの作品。

F.I.N.編集部

杉本さんが、アウトサイダー・アートの素晴らしいと感じるのはどのような点ですか?

杉本さん

彼らは、誰かに褒められようとか、高い値段をつけて売ろうとか、そういったことは一切考えてないんですよね。なんというか、身体から湧き上がる表現への欲求が創作の動機になっている。そこが、彼らの作品を見た時に感じる高いエネルギーというか、気持ちの良さというか、そこに繋がっているのだと思います。みんなそれぞれに心地よいと感じる好きな行為、こだわりの表現があって、時に信じられないくらい緻密で斬新な作品が生まれる。なぜそんなに細かい作業ができるかというと、創作そのものが楽しくて嬉しくて、頭というよりは身体が喜んでいるんじゃないかと。現代の私たちは、どうしてもまず頭で考えて行動しますよね。かつての人間はそうじゃなかった。もっと純粋に身体が喜ぶ、生き物としての感覚を大事にすべきではないかと。自然体で創作に打ち込む彼らから、私自身が多くのことを学んでいます。

円谷智大さんの作品。子どもの頃本でゾウの写真を見て絵を描き始め今でも動物だけを描き続けている。爬虫類や昆虫、恐竜などマニアックな生き物まで幅広く描いている。アクリル絵の具を使ったキャンバス作品は、完成まで数ヶ月かけるなど、こだわりが詰まっている。

F.I.N.編集部

展示する時に心がけていることはありますか?

杉本さん

当たり前のことですが、彼らの作品を、現代アートと同じように展示することです。そして、まっとうな値段をつけて販売をする。作家とギャラリーのフェアな関係づくりを実践しています。福祉の文脈ではなく、アートの文脈で発信すること。それが私たちの大きなミッションです。彼らにとって、作る行為は楽しくて気持ちいいもの。一方で、出来上がったものに対する執着心は驚くほど低いことが多いので、完成したらもうほったらかしにしてしまうんです(笑)。黙っていたら捨てられてしまうかもしれない作品を施設の人が集めて保管し、私たちが発掘することもあります。インカーブの今中さんは、アートと福祉は車の両輪だと仰います。彼らの創作活動をサポートする施設の方々のご協力なしには、展覧会の企画も展示もできません。アートは障がいの有無に関わらず作品で勝負できるフェアなフィールドです。活動を通じて、多様な人々が活躍する場をもっともっと増やして行きたいと思います。

アートが与えてくれる

新しい視点と暮らしの変化。

F.I.N.編集部

パブリックアートの普及や、アートホテルの増加など、暮らしの中にアートを取り入れようとする動きが増えていますが、普段の暮らしの中にアートを溶け込ませることの意味や効果について、どう考えていますか?

杉本さん

日本は、まだまだ暮らしの中にアートが浸透していない国だと思っています。このことは私が長くこの業界に身を置いて、大きなジレンマを感じる部分です。アートは、私たちに新しい視点をくれるもの。暮らしの中に取り入れることによって、何かしらの変化を与えてくれるものです。変化を楽しんだり、新しい視点を持ったりすることを、アートを通して実感してもらえるといいですね。

水野貴男さんの作品「芍薬とカラフルな世界」。強い筆圧、カラフルな色使いと丁寧な仕事、奇抜に引かれる線で完璧に独自の世界を築いている。強い視線の動物や人物画が好評。

F.I.N.編集部

でも、アートを購入するというのはまだまだハードルが高い印象があります。

杉本さん

確かに、少し前までは敷居が高かったかもしれません。でも今は、若手のギャラリストが頑張っていて、同世代の作家を応援するようなギャラリーもたくさんあるんです。うちのギャラリーの価格帯も実は数万円のものがほとんどですし、少し頑張って自分へのご褒美として買える、数万円から10万円くらいの作品は現代美術のギャラリーにはたくさんあります。ぜひ作家を応援するという意味でも、アートを購入することが身近になってくれるといいなと思います。まずは一点、実際に買ってみて、自分の中にどういう変化が起きるかを体感してもらいたいですね。

川村紀子さんの作品。クラフト紙に色鉛筆で、好きなモチーフを自由に描いている。色鉛筆で着色しているが、筆圧が強くオイルパステルと間違えられることが多い。

F.I.N.編集部

杉本さんが考える5年先のアートの未来とは、どのようなイメージですか?

杉本さん

5月にドイツのメルケル首相が行なった演説で、「芸術というのは人が生きていく上で必要不可欠なもので、もっとサポートしていかなくてはいけない。芸術支援を優先順位リストの一番上に置いている」と話されていました。日本ではなかなか「“芸術活動”に最も重きを置くべき」と胸を張って言える方はなかなかいないですよね。確かに、医療や福祉といった実質的に私たちの生活を支える分野はもちろん一番大事ですが、芸術も人の生死に関わることがあるんだということを感じています。“創造すること”と“生きること”がイコールになっている作家さんを目の当たりにしてきて、その中で私たちがいろんなことを感じたり、前向きな気持ちになったりすることもある。衣食住は足りていても、生きる力が湧かなくて命を絶ってしまう人がいるのだとしたら、芸術というものは、時に人の救いにもなるのではないでしょうか。5年先の未来では、日本でも、メルケル首相のような言葉が聞けたら素敵です。コロナ禍でいろいろなことを考えて、これからの未来をどう生きればいいのか、正面から向き合わないといけないと思っています。その中で、芸術が果たす役割はとても重要になると考えています。

恵比寿西一丁目の交差点に面した、〈ACM Gallery〉。

ギャラリーの象徴でもあるU字の回転する扉は、ムトカ建築事務所の設計による。閉廊時は横向きになり閉まっている。開廊時は90度回転させると、明るい光が差し込む。

F.I.N.編集部

日本のアートが発展するには、どのようなことが必要だと考えますか?

杉本さん

アートで新しい視点を取り入れてみてと言っても、実際はあまりピンとこないですよね。美術館で見れば十分だと思っている方が大半だと思います。だからこそ、小さい頃からきちんと本物に触れることが大切。結局は、アートの未来も教育のあり方に集約されていきます。アートを見て自分が感じたことをみんなとシェアして、ディスカッションすること。アートを通じて、多様な視点や考え方をお互いにシェアして、違いを認め合う文化が根付いていくといいなと思います。欧米ではそうしたことが実践されている。日本も、幼少期にいかにアートと触れ合うかが非常に重要です。

彼らの“表現”を軸に

未来の生き方を考える場所を

F.I.N.編集部

これからの展望を教えてください。

杉本さん

これからもっと増えるであろう居場所のない人たち、自然の中で表現をしたい人たちと一緒に小さなコミュニティを作りたいと考えています。彼らの創作物がアートとして当たり前に評価されることも大事ですが、その先を見据えて、私たちは今リスタートする時ではないかと思います。これからは、主体的に考え、自分たちで決めて実践していく小さなミュニティが連携して国をかたち作っていく。彼らの“表現”を軸に、自然のなかで人がどうあるべきか。持続可能な未来を見据えながら、私たちはこれからどう生きるのかを、試行錯誤しながらも実践する場所を作っていきたいですね。

ACM Gallery

東京都渋谷区恵比寿西1-4-11

03-6809-0082

12:00〜19:00

月・火定休

 

 

Profile

杉本志乃

アートコンサルタント。一般社団法人 Arts and Creative Mind代表理事を務める。東京のコンテンポラリーアートギャラリーを経て、2009年にFOSTER Inc.の社長に就任。アートワークの販売・利用に関する経営コンサルティングを行う。2017年3月には表参道GYREにて展覧会「アールブリュット? アウトサイダーアート? それとも? -そこにある価値-」を主催。また翌年8月には、ACM Galleryを開館させた。

編集後記

「衣食住は足りていても、生きる力が湧かなくなる人もいる。そのようなとき、芸術は人の救いにもなる」という杉本さんの言葉に、本当にそのとおりだなと、はっとさせられました。コロナによって外出が制限されていた時期、わたしたちの生活からは彩りが消え、ただ無味無臭な時間が淡々と流れるようになりました。そんな状況のなか、インターネットやテレビを介してアートに触れ、心を揺さぶられることによって、どれだけ前向きな気持ちや高揚感を取り戻すことができたか計り知ることはできません。
創作活動をする人にとっても鑑賞する人にとっても、アートで生きる喜びを分かち合える場がどんどん増えていく未来にワクワクさせていただいた取材でした。
(未来定番研究所 中島)