2021.09.08

キュレーター/ギャラリストに聞く、5年先のアートとは?

5年先の未来では、どんなアートが世の中を賑わせているのだろう? そんな疑問から思い浮かんだのが、常日頃から「これから」のアートを生業にしている美術館のキュレーターや、ギャラリストたち。彼ら彼女らは、どんな目線を携えながら「これから」の作品を選び、世に送り出しているのか。横浜美術館の主任学芸員・木村絵理子さん、十和田市現代美術館館長・鷲田めるろさん、小山登美夫ギャラリー代表・小山登美夫さんの3名にお聞きしました。

特別展に注目を。5年後、その美術館の「定番アート」になっているかも。

F.I.N.編集部

木村さんは、5年先のアートをどう据えていますか?

木村さん

まず5年というのは、美術館にとってちょうど一つのプロジェクトがアイデアから実現するまでくらいの期間なんです。中規模以上の美術館であれば、常にだいたい5年先くらいまでを視野に入れて、特別展の企画を考えていると思います。そして、特別展というのは一般的に、美術館が持っているコレクションを軸に考えていきます。

例えば横浜美術館の場合では、コレクションは19世紀以降〜現代までの美術作品を扱うことが基本方針になっています。そのコレクションをベースに、世界の美術の歴史や最新の社会の動向を組み合わせて捉えながら、どういった新しい見せ方ができるか考えていきます。この先、どのような方向性でコレクションを増やしていくのか、そのアンテナを広げる一つの方法が特別展なのです。また、普段からキュレーターやアーティストとの対話を深めながら、こんな展覧会が一緒にできそうだと企画を練って、アーティストに新作の制作を依頼することも多くあります。特別展で発表された作品をその後に購入して収蔵品となることも。というわけで、特別展と常設展は切り離されたものではありません。

ですので「5年先のアート作品はどうなっているの?」と考えるならば、いま開催されている特別展を眺めて予測してみると面白いですよ。特別展の作品が未来の常設展の一部になっているかもしれませんから。

F.I.N.編集部

各美術館ごとの「未来」が反映されているのが特別展なのですね。その「特別展」を、キュレーターである木村さんはどのように企画されるのでしょうか?

木村さん

マーケティング的な考え方や「皆が好きそうだから」「きっと流行るだろう」という視点ではなく、こういう考え方をする作家がいるんだよとか、こんな作品があるんだよ、と自分自身が感じた面白さを人に知らせたいと強く思うことが重要かな、と思っています。「この発見は面白いよね」と、まずは身近なところで共有できた時に、多くの人たちの心を動かすことができるかもしれないという小さな確信にたどり着きます。

また、美術館ごとに異なる視点があると思いますが、横浜美術館では、横浜という地理性や歴史をテーマにした作品や作家を意識しています。横浜は開港して160年ほどの地ですが、港町ならではの国際交流の歴史がある街として、インターナショナルな窓口としての背景を大切にしています。

F.I.N.編集部

最後に、木村さんが肌で感じている「今〜これから」のアートの空気感を伺いたいです。

木村さん

いかに後世に作品を残すのかを考えることが、より重要になってきていると感じます。例えば、ブロンズや油絵などのメディアが主流だった19世紀以前の美術品は、数百年後も保存可能なことが歴史的に証明されていますが、20世紀以降に生み出された新しい作品素材の中には、たった数十年で傷んでしまったりと、長期的な保存が難しいものがあったりするという問題があります。例えば電気製品を用いる作品などは、使用部品が製造停止になったり、デジタルな作品も保存形式が変わって再生できなくなるといったリスクもあるなど、社会の変化に影響を受けますよね。また、特にこの10年ほどは、アーティスト自身も環境問題に目を向けて、展覧会の後に廃材が少なくなるような方法を考えたり、あるいは自身の作品保存のために、作品に使う接着剤は100年後も変質しないものを使用するなど、どうすれば100年後、200年後も作品を保つことができるかと考える人が増えています。

もう一つ、20世紀はとりわけ美術品が破壊されることが多かった時代です。世界大戦が続き、文化財の破壊が様々な場所で起きました。例えば2001年の米国同時多発テロでは、ワールド・トレード・センターに入居する企業が所有していた数々のアート作品が破壊されました。最近でも川崎市市民ミュージアムが台風によって浸水したことがニュースになりましたよね。美術館には、様々なリスクの中で安全に作品を保管し、といってもしまいこんでしまうのではなく広く公開し続ける責任があります。そのための方法を考えるうえでは、社会の動きや地球環境の問題と無縁ではないということを、改めて考える時代にあると思います。

Profile

木村絵理子さん

きむら・えりこ/横浜美術館主任学芸員。2001年より横浜市で開催される現代アートの国際展「ヨコハマトリエンナーレ」に2005年の第2回展より携わり、2020年は企画統括を務めた。近年キュレーションを担当した主な展覧会に、「dentity XVII – 拡張家族」(nca | nichido contemporary art)、「hanran: 20th-Century Japanese Photography」(カナダ国立美術館)、「昭和の肖像 – 写真で辿る『昭和』の人と歴史」(アーツ前橋)など。

30代の若手作家が、10年後、美術館の「顔」になる。

F.I.N.編集部

十和田市現代美術館というと、ダイナミックな常設作品と向き合える美術館というイメージがあります。まず、そうした展示の仕方におけるポリシーのようなものがあれば、教えてもらえますか?

鷲田さん

十和田市現代美術館の一つの大きな特徴として、収蔵庫に作品を収蔵していくのではなく、全ての作品を常設展示として建物と一体化する見せ方をしています。現代アートの中には、視覚的にもインパクトがあり、身体全体で感じられるものも多いですから、それらを収めやすい場であるとも言えますね。来訪者は例年、県外から訪れる人が7割ほどを占めているのですが、その理由としては、小さい美術館ながらも大型作品を観賞できるという点もあるのではないかと思っています。

今後、観光と現代美術館の結びつきはますます強くなると感じています。今でこそ「現代アート」という言葉は一般的になってきましたが、地方の現代美術館の建設や芸術祭の開催が急増したのは、ここ20年ほどのことです。例えば、パリから訪れたお客さんから「地方都市で現代美術が見られる場所が、フランスよりも日本は多い」という声を聞いたりもします。地方都市と現代アートが結びついているような環境は、世界を見ても意外と多くないんですよ。

F.I.N.編集部

大型の常設作品を展示されているとなると、そう簡単には作品の入れ替えができないですよね。十和田市現代美術館では「未来」や「将来」のアートをどう見据えているのでしょうか?

鷲田さん

十和田市現代美術館は2008年に開館して今年で13年目を迎えます。当時のコレクションは今までずっと展示してきているのですが、今年初めて常設作品を一部入れ替えたり、新しい常設作品を加えたりしました。塩田千春さんの《水の記憶』や、2023年9月までの期間限定ではありますが、名和晃平さんの《PixCell-Deer#52』がそれにあたります。

十和田市は大きな自治体ではありませんから、毎年新しい作品を収集し続けるということが難しいので、10年ほどのタームが一つの基準になっていると言えます。

F.I.N.編集部

10年を一つのタームと考えると、2030年頃に、また新たな常設作品が加わるかもしれないということですね。どのようなアーティストを招くことになるのでしょうか?

鷲田さん

少し予想ができない部分もあるのですが、“いま30代の若手作家”という観点はあるかもしれません。先ほど挙げた塩田千春さんや名和晃平さんは、現在40代で活躍されている日本の作家ですよね。そこから逆算すると、いま活動している30代の作家に注目するというのはあるかもしれません。

ちなみに十和田市現代美術館において、特別展を企画する観点は二つあって、ひとつは常設作家の個展。他にどんな作品を作っているのか、最近どんな作品を作っているのかを見てもらうことで常設作品をもっと知ってもらうというアプローチです。もう一つが、30代半ばの若手作家の個展。美術館で個展を初めて開催するという人たちで、3年くらい時間をかけて一緒に企画していきます。未来の常設作家は、このような活動の中から生まれていくかもしれません。

F.I.N.編集部

最後に、美術館と展覧会のあり方についても伺えますか? 今後、その関係性に変化は生まれますか?

鷲田さん

「ハード」から「ソフト」へという流れが大きく変わると考えています。2020年から続くパンデミックの影響は甚大で、美術館の方向性を一時的に変えなければならないことが多く起きました。言い換えると、美術館をハード(モノ)とソフト(コト)に分けて考えた時に、ハードに重心を置く対応をしなければならなかったということです。2020年より前は大きな流れとしてモノからコトへと重心が移ってきていたのですが、コロナによってイベントなどの開催ができず、コトを起こすことが難しくなってしまった。そこで、モノとしての美術館のハードの側面をもう一度考え直す時間となりました。展覧会にしても、特別展はどちらかというとソフト(コト)に近いもの。一方、作品のコレクションは美術館に今後もずっと残っていく、よりハード(モノ)に近いものです。

日本の多くの美術館は、これまで、ブロックバスター展(大量動員が見込まれる大型特別展)のような特別展が重視される状況にありました。しかし、今般のコロナのことがあり、一度冷静になって美術館の在り方を見直すきっかけになったと思います。もう一度、美術館が持つコレクションというものに着目する転換期となるかもしれません。その意味で、十和田市現代美術館のように常設のコレクションを核とするような美術館のあり方も大切になってくると思います。

Profile

鷲田めるろさん

わしだ・めるろ/1973年京都府生まれ。金沢21世紀美術館を経て、2020年より十和田市現代美術館館長。金沢美術工芸大学客員教授。「第57回ヴェネチア・ビエンナーレ」日本館や「あいちトリエンナーレ2019」ではキュレーターを務めた。近著に、キュレーターの実践と思考を記した『キュレーターズノート二〇〇七-二〇二〇』(美学出版)。「すばる」と「東奥日報」、「デーリー東北」で連載中。

昔から描かれてきたモチーフにこそ、まだまだ可能性がある。

F.I.N.編集部

ギャラリストである小山さんは、アートを「販売」をする立場ということで、美術館のキュレーターの方たちとはまた違った視点で作家や作品に触れられているのではないかと思います。そんな小山さんには、今後どんなアートが世の中に受け入れられるのか、まずは単刀直入に伺ってみたいです。

小山さん

実は、売れるかどうかというのはわからないものなんですよね(笑)。ただ、私は、アートは“ひらかれた”作品であることが大事だと思っています。単に「新たな技法を使いました!」「キャッチーでしょう!?」というものではなく、もう少し深い何かにアクセス可能であるものといえばいいでしょうか。

例えば2021年7~8月に「花と鳥」をテーマにしたグループ展を行ったのですが、花と鳥は、古来から世界中で様々な画家が描いてきたモチーフですよね。それでも今なおどうして多くのアーティストが描き続けているのか、普遍的な題材にはまだまだ可能性はあるのではないかと考えるところに、これからのアートは眠っているのではないか、と思います。

最近、世界のアートマーケットでは、NFT(非代替性トークン)が大きな注目を集めています。私自身はデジタルにはそこまで強くないので次の世代の人たちに任せたいとは思うのですが、いくらデジタル化が進んでも、アートには作品を生み出した作家がいて、鑑賞するものであることは変わらない。ある意味「もの」に縛られているという古い形式が有効であることは変わらないわけです。そして、そこが時代を越えて通底する面白さでもあると思うのです。

F.I.N.編集部

花や鳥……普遍的なモチーフを挙げるとまだまだありそうですね。それらを購入する側の変化についても伺えますか? 今後5年で、アートを購入するのはどんな人たちでしょうか?

小山さん

概して特にこの5、6年で、前澤友作さんのような起業家がアートコレクターであることがメディアで話題になったことなどがきっかけとなり、それまでアートに対する興味が漠然としていた人々がアートをコレクションすることに対して確信を持ったという変化を感じています。若い起業家たちに、その傾向が現れていますよね。古い体制を打開して新たな価値観を見出そうとする起業思想と、新しいものを創造しようとするアーティストの親和性はすごく高いのだといえるでしょう。また、日本のアートマーケットには、アーティストを応援したいという気持ちや、自分たちで新しいマーケットを作っていきたいという意志も感じます。自分の国のアーティストと一緒に仕事をしていきたいという起業家の人々の傾向は、今後も続くと思います。

もう一方で、いわゆる「テンバイヤー(転売屋)」のような買い方や売り方をする人たちも急増しました。発売後に価格が上がると思われるスニーカーや限定商品を買い占めて転売する形で美術品を売買する、ある意味の投資ともいえると思います。ここでは、アートの売買でお金を増やすこと自体が目的になっていますね。

でも、起業家の方たちは、自分たちの仕事で得たお金でアートをコレクションすることで好きなアーティストを盛り上げ、一緒に育ってくれたらと思っているのではないかと思います。

F.I.N.編集部

企業家だけではなく、アートを購入したいと思う人は今後増えていきそうですよね。最後に、そのアートを購入する場所として「ギャラリー」をどう楽しんだらいいかを教えていただけますか?

小山さん

「もし1つ買うなら、どれにしよう?」という視点で作品を見てみるのはいかがでしょう。美術館の展覧会は“いい作品”しか置いていないでしょう? 「良いものは理解しないといけない」と思うかもしれないけれど、ギャラリーではもっと気さくにそんな見方を楽しんでもいいと思います。

また、アートオークションで人気の絵画が何十億円で落札されたなど、驚くようなニュースが流れたりもしますが、有名作家の版画作品やドローイングが10万円ほどで購入できたりもすることもあります。そんなふうに、自分の好きな作家の手頃な作品を探すということもギャラリーではできますね。

「ギャラリーには入りづらい」という先入観を持っている人も多いと思うのですが、無料で最新の作品が見られる場所として、セレクトショップのような感覚でもっと気軽に足を運んでいただきたいですね。もちろん気に入った作品があったら購入するのもありですが、買うよりも、まずは見ることを楽しめる場所がギャラリーですから。

Profile

小山登美夫さん

こやま・とみお/1963年東京生まれ。東京芸術大学芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテポラリーアートを経て、1996年に江東区佐賀町に小山登美夫ギャラリーを開廊。その後、数度の移転を経て2016年に六本木に拠点を移す。回廊当時より海外のアートフェアに積極的に参加し、日本のアーティストを多数紹介。日本の現代アートシーンを牽引し続けている。現在、日本現代美術商協会代表理事。著書に『現代アートビジネス』(アスキー新書)、『“お金”から見る現代アート』(講談社)など。

【編集後記】

皆さんそれぞれの視点があるものの、アートは閉じられたものではなく、思うよりもう少し気軽なもので、より多くの人にアートを届けたい気持ちが伝わってきました。

作品を発表する側も作品を享受する側も変革期にあるなかで、美術館・ギャラリーの存在価値(意義)を改めて皆さん認識され、様々な提案を新たに試みられています。

美術館・ギャラリーを活用することが、今だけではなくその先のアートをより良く知ることになり、自分の視野を広げることになりそうです。

(未来定番研究所 織田)