2020.10.16

アーティストと社会の関係から考える、未来のアート視点。

2000年代に入り「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」や「瀬戸内国際芸術祭」など、地方自治体がアートの力で地域を活性化する取り組みが増えました。数多くのアートイベントに関わり、芸術祭の変遷を見てきたアートプロデューサー&ディレクターの山口裕美さんは、アーティストと社会との交流の中から、新しい視点を探ることが今後より必要になってくると語ります。そんな山口さんに、アートと地域、アーティストの持つ未来の可能性について伺いました。

FIN編集部

山口さんは、これまで地方自治体とアートイベントの取り組みを数多く手掛けています。最初に手掛けたのは、1999年の〈eAT金沢〉でしょうか。

山口さん

そうですね。1997年に実行委員であった東京大学の故・浜野保樹先生に声を掛けていただいて、実行委員会に入りました。1999年の第3回目の総合プロデューサーを担当することになり、写真を使う現代アーティストの森村泰昌さんにライブパフォーマンスをしていただいたり、アーティストの村上隆さんや日比野克彦さんにお越しいただいたりしました。〈eAT金沢〉は「エレクトリック・アートタレント金沢」の略称で、メディアアートとクリエイターの祭典です。芸術祭とは違って、金沢の美大生やビジネスマンが、アーティストクリエーターの方々と一緒にセミナーに参加したり、交流をしたりというアートセミナーの先駆けでした。

FIN編集部

その時期から、自治体とアートとのつながりが始まったのでしょうか。

山口さん

その頃は今ほど盛り上がってはおらず、2000年にスタートした〈大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ〉や、2010年からの〈瀬戸内国際芸術祭〉の成功を見て、各自治体が追従していったのではないでしょうか。ただ、全てがうまくいっているわけではないのが現状です。招聘されたアーティストが、国際的な芸術祭やその土地で作品制作を行うアーティスト・イン・レジデンスが全国各地で行われていますが、アーティストと住民との距離が開いたままだったり、世界的に有名なアーティストを招聘しても住民の興味を喚起できなかったり、アーティストが制作する場所はあっても、展示スペースを用意してなかったりと、まだギクシャクしているところがある印象ですね。

FIN編集部

理想的なアーティストと自治体との関わりとはどんな形でしょうか?

山口さん

アーティストは、独自の視点や発想の持ち主です。普段の生活の場に、ある種の違和感をもつアーティストが現れて、住民に新しい発想を投げかけたり、刺激をもたらしたり、お互いに交流するプロセスが大事だと思います。<大地の芸術祭>では「こへび隊」、〈瀬戸内国際芸術祭〉では「こえび隊」という地元のボランティア部隊が、作品の制作過程からずっと関わっています。だからこそ、こえび隊のメンバーは作品のコンセプトを深く理解できるし、アーティストと一緒に達成感を共有できる。それがアートイベントの醍醐味であり、そうしたプロセスを一緒に経験しながら丁寧に共有していく点がおざなりにされている自治体が多いのではないかと感じています。展覧会やエキシビションもいいのですが、アーティスト達が作品を通じて住民と交流して、初めて街が活性化されるのですから。

アーティスト、ハンス・オプ・デ・ビークとこえび隊の共同作品制作の様子

2019年、瀬戸内国際芸術祭で小豆島に設置されていたアーティストのハンス・オプ・デ・ビークさんの作品をこえび隊が一緒に制作しました。こえび隊のボランティア活動には、県内外および海外からも参加者が集います。

FIN編集部

自治体側も、アーティストと住民との交流を演出する必要があるんですね。

山口さん

そうですね。2008年から14年まで〈掛川現代アートプロジェクト〉のプロデュースを行いました。これは、NPO法人 掛川の現代美術研究会が主催したアートプロジェクトです。静岡県の掛川城には木造復元天守閣があり、その隣にある二の丸茶室を使って、職人が現代美術のアーティストと組んで茶道具を作るというものでした。2017年に「かけがわ茶エンナーレ」というアートイベントを行ったときは、街の中に展示場所を点在させました。洋品店や大日本報徳社大講堂など街の歴史的建造物などにスペースを提供してもらい、そこにアーティストが滞在していると、地域の人が「大変でしょう。ちょっと食べて」と差し入れをもって訪ねてきてくれることもありました。そんなふうに交流すると、住民にとってアートが自分ごとになります。遠くに感じていた現代アートも、アーティストと直に交流するうちに、新しい考え方に触れたり、気付きを得たりして、じわじわとアートが面白くなっていく。それがアートイベント本来の役割なのです。

かけがわ茶エンナーレ(2017)のカタログ。

FIN編集部

アートイベントが成功する自治体に、特徴はあるのでしょうか。

山口さん

大きなお祭りのある自治体とアートイベントは、相性がいい気がしますね。というのも、お祭りがある街は、コミュニティが機能していることが多いんです。自分たちの街に対して熱意をもつ住民の方が、アートイベントに関わってくれると大きな力になります。それから、アーティストと住民の交流を生むために、イベントの規模も、大きすぎず程よいスケール感に設定するのも重要です。

FIN編集部

2000年以降、日本中でさまざまなアートイベントが行われ、現代アートは以前より一般的なものになったと感じますか?

山口さん

どうでしょうか。まず、美術教育の問題があります。日本では、鑑賞する目を育てる「鑑賞教育」が十分には行われていません。日本の美術教育では、絵を描くことから始まって、それが下手だと美術の成績は低くなり、筆記テストでは、美術史上の作者の名前や年代だとかを暗記させる。でも、それでいいのでしょうか。例えば、ヨーロッパでは、幼稚園児のような幼い子たちが美術館に出掛けて、ジャン・デビュッフェなど難解な作品を鑑賞します。先生が「これはなんでしょう」と問いかけると、子どもたちから「これは耳」「尻尾です」といろんな意見が出て、先生はそれを尊重しながら「この人はこういう生まれ育ちで、こんな経験をしたから、こういうテーマを選んだのです」と少しずつ教えていきます。もし、友人同士でアートイベントに出かけ、現代美術を見てもさっぱり理解できなかったとしても、お互いに一番面白かったこと、気になったことを話し合うと、いろんな意見が出て、自分が見逃していたことに気付いたり、もう一度見てみると新たな発見もあったりして、理解が深まっていく。そうやって、アートが面白くなっていくのです。ただ、今は「鑑賞」というと、誰かの解釈をありがたく拝聴するだけという風潮もありますね。セザンヌやゴッホなどの古典は、すでに多くの人が研究し尽くして解釈が定まっていますが、生まれたばかりの現代アートは捉え方も自由です。いろんな角度から眺め、ディスカッションしながら面白さを味わって欲しいと思います。

FIN編集部

まずは、自由に見ることが大切なんですね。

山口さん

そうですね。でも、ただ自由に感じればいいというわけではありません。今、私が関わっている〈神宮の杜 芸術祝祭〉は、明治神宮創建百年を記念した芸術と文化のフェスティバル

ですが、舞台となる明治神宮の杜は、ドイツで造園を学んだ本多静六先生が、自分がこの世を去った100年後に杜が完成するように設計しています。今はどんな企業でも、未来を見据えるのは10年20年先ですよね。でも、アーティストたちは、自分の死後に作品が残るかどうかを考えています。100年後を見据えている彼らだから、本多静六先生の杜に共感できるんです。そういった背景を知ることで、作品の見方はもっと深まるはずです。

名和晃平《White Deer (Meiji Jingu)》2020 ブロンズに塗装 Photo : Keizo KIOKU

FIN編集部

今年の新型コロナウィルスの感染拡大は、アートイベントにも大きな影響を及ぼすのでしょうか。

山口さん

今回の感染拡大によって多くの命が失われました。一方で、新しい時代の大転換期を迎え、あらゆることが変化を加速させています。以前より直接の対面が難しくなりましたが、オンラインで世界中の人とコミュニケーションする機会が増えました。世界各国の美術館がオンライン上で画像を公開したり、個々のアーティストがデジタルを使って発信したり、〈神宮の杜 芸術祝祭〉でも、Google アーツ&カルチャーと一緒にオンライン展示やヴァーチャル散策の取り組みを行いました。コロナ禍はアートとデジタルの関係を加速させたと思います。アーティストたちも、彼らが望むよりよい未来に向けて、すでに多くのプロジェクトを進めています。

FIN編集部

それでは5年先の未来、社会とアートはどんな関係になっていると思いますか。

山口さん

3つあります。1つ目は、アーティストがもっと身近な存在になって欲しい。例えば、とあるビジネスパーソンが30人ほどのパーティをひらいたとき、日本では同じ属性の人ばかりで集まりがちですが、ニューヨークやパリでは、その中に1人ぐらいはアーティストが混じっています。それだけ、アーティストが身近な存在なんです。彼らは独自の視点を持っているから、ビジネスパーソンにも刺激になるはずです。2つ目は、コロナによってオンライン会議が増えました。アート界隈では、お気に入りの作品を背景に、オンライン会議をすることもあり、それこそ自慢の逸品を披露する場になっています。そんなふうに、1点でいいので、お気に入りの若手アーティストの作品を背景にしたオンライン会議が流行ってほしいなと思っています。それに関連して3つ目は、自分の判断で、お金を出して作品を買ってください。自分が気に入って買ったものを部屋に置いて「この人を応援しているんだ」と言ったら、カッコいいと思いませんか。インテリアには知性が宿ります。ビジネスエリートの方が、アートに注目し、応援する社会が私の望む美しい未来です。

Profile

山口裕美

アートプロデューサー。「株式会社YY ARTS」代表。NPO法人「芸術振興市民の会」理事長。アーティストが孤軍奮闘する日本の現代アートの現状の中で、常にアーティストサイドに立ったサポート活動を続けている。日本の現代アートを世界に向かって発信するその活動から「現代アートのチアリーダー」の異名を持つ。現在、明治神宮で開催中の〈神宮の杜 芸術祝祭〉の「天空快闊-野外彫刻展」「紫幹翠葉-百年の杜のアート」展、「気韻生動-平櫛田中から名和晃平まで」の3つの美術展の芸術監督を務める。

編集後記

地域でのアートイベントの成功も、またアート鑑賞の楽しみ方も、そこに一番大切なのはアーティストとの交流であったり、作品に向き合ってのディスカッションであったり、

アート作品といかにコミュニケーションする事ができるかにある、という事を教えて頂きました。

お話の中に、企業は10年先、20年先しか見据えていない、アーティストは自分の死後100年後を見据えているというお話がありました。
企業として目先を見据えて変化対応し、打ち手を考案していく事も大切ですが、絶対に変えない企業活動の芯のようなものを守り、伝えていく歴史と未来の中に、アートやアーティストとの親和性や共感・共創というものが、生まれる可能性があるのではと感じました。

(未来定番研究所 出井)