2021.03.29

泊まれるスナック街〈GOOD OLD HOTEL〉から考える、 地域に溶け込む、これからの旅の新定番とは。

青森県弘前市の歓楽街、鍛治町にあるホテル〈GOOD OLD HOTEL〉が、コロナ渦の今、注目を集めています。昭和期に栄えた集合ビル〈グランドパレス〉をリノベーションしてつくられたこのホテルは、かつてビル内で営業していたスナック11軒の外装やドア、看板がそのまま活かされ、“昭和レトロ”な空間が持ち味。近隣地域の新たな憩いの場として機能しているといいます。今回は、この〈GOOD OLD HOTEL〉の発起人である株式会社キンキエステートの野村昇平さんに、地域に溶け込み、まるでその土地で生活をしているかのように過ごす、5年先の旅のあり方について話を伺いました。

“昭和レトロ”なホテルから、

街中を巡るあたらしい旅をつくる。

野村さんが勤務する株式会社キンキエステートでは、全国から仕入れた競売物件のリノベーションを行い、改築した物件の保有や売却を行なっています。〈GOOD OLD HOTEL〉がある弘前市・鍛治町のかつてのスナックビル〈グランドパレス〉も、元々はキンキエステートが落札した物件のひとつでした。落札の決め手は“昭和レトロ”だった、と野村さんは語ります。

 

「現地に物件を見に行ったら、驚きました。スナック街として使われていた建物2階部分にあった、各店の看板や内外装が当時の状態のまま綺麗に残っていたんです。日本の古き良き時代の雰囲気を味わうことができる面白い場所だと思いました。新しく作り変えてしまうのではなく、今ある建物のレトロな雰囲気を活かすことができる業態にしたいと考え、その中でホテルとして活用するアイデアが生まれたんです」。

元々は〈スナックDen 〉だったお店の跡地を使った部屋。照明や椅子などはお店が営業していた当時と同じものを使用している。

また、近隣地域の観光資源の多さも、キンキエステートがホテル事業に踏み込んだ理由のひとつ。4月に行われる弘前城近くの桜祭りや、夏場に弘前市内のねぷた祭や、青森市内のねぶた祭りなどでは(*1)、全国から百万人以上の観光客が集まります。そして県内にはかつて商港として栄えた青森港があり、明治維新〜大正時代にかけて西洋の文化を積極的に取り入れていた歴史から、古き良きレトロな風情をを体験できるさまざまな建物が街中に点在していることもこの地域ならではの魅力。ホテルに宿泊することを通じて、弘前の街全体を楽しんでほしいと野村さんは話します。

 

*1 「ねぶた」と「ねぷた」

ねぶたもねぷたも睡魔を追い払う「眠り流し」という行事が起源。この「眠り」のなまり方が地域によって異なることから、「ねぶた」と「ねぷた」に呼び名が分かれている。

青森ねぶた祭りの様子。毎年青森市で8月2日から7日にかけて開催されている。

元々シードル工場だった場所を改築してできた弘前れんが倉庫美術館。昨年7月にオープンしたばかりの弘前市内の新名所。

「弘前が持つ“昭和レトロ”さは、この街ならではの強みです。このように、独自の魅力を持っていながら、地元の方からするとごく当たり前の風景になってしまっている場所が、地方にはまだまだたくさんあるのではと思います。あえて外部の目線を入れて地方の街を見てみることで、眠っていたあたらしい観光資源を発掘することができると考えています」。

“思い出映え”が、地域を繋ぐ架け橋に。

まるで昔にタイムスリップしたかのような体験ができるこのホテル。実際に宿泊した方からは、どのような声があったのでしょうか。

「実は現在、青森・秋田・岩手の3県からのお客さまの利用がほとんどなんです。というのも、近隣県にお住まいの方々にとって〈GOOD OLD HOTEL〉がある弘前の鍛冶町は、最もポピュラーな飲み屋街でした。そのため、昔を懐かしみながら利用してくださる方が多く、特に40〜50代の方々に、20年前の雰囲気を楽しみたいと足を運んでいただいています。元々はインバウンド需要向けにスタートさせた事業でしたので、この現状は少々狙いとは違いますが、嬉しい誤算でした。そのようなお客さまからの声から、当施設のコンセプトを“思い出映え”するホテルとして打ち出すようになりました」。

弘前のあたらしい憩いの場として賑わいを見せつつある〈GOOD OLD HOTEL〉。ホテルとして利用している2階部分のほか、かつてイベントホールとして使われていた3階のフロアでも、あたらしい試みを計画中だと野村さんは話します。

 

「実は、建物3階には昔ダンスホールとして使われていた空間も当時のまま残っていて、ここを、地域を活気づけるイベントスペースとして活用できたらと考えています。最近、ホテルの近くに私たちの会社で提携を進めているコワーキングスペースもできたので、そういった付近のさまざまな施設も巻き込む形で、何か面白いことができたらと思いますね。イベントを行うことで、ホテルの宿泊者に限らず多くの地域の方々が集まるきっかけとなる場所にしていきたいです」。

地域に溶け込み、生活する。

日常の延長線上にある、これからの旅。

ただ泊まるだけではなく、地域の文化を学んだり、地元の方々と触れ合ったりすることができる〈GOOD OLD HOTEL〉。地域全体をコンテンツ化して、あたらしい「旅」として届ける試みは、他の地域でも行われているそう。

 

「例えば、東大阪の〈SEKAI HOTEL〉は、地域の空き家を再生利用して街ごとホテル化することで、空き家問題を解決しようという取り組みが注目を集めています。この事業を展開しているクジラ株式会社代表の矢野浩一さんとは知り合いで、お話をする仲なんです。宿泊することで地域との繋がりが生まれ、コミュニティづくりができるようなあたらしい旅の形が今よりもっと全国に広がったら、各地域の個性ある地元文化が生き続けるのではないかと思います」。

地元の方々の憩いの場、〈居酒屋食堂 ドデノメヘヤッコ〉。「ドデノメヘヤッコ」は津軽弁で「土手町(どてまち)のお店屋さん」のこと。

近隣の土手町商店街には、地元の方々に愛されるカフェやバーなどが数多く並んでいる。

地域を体験しながら、その地で生活するように旅ができる。そのような動きが広がりを見せている中、最後に野村さんが考える5年先の未来における「旅」の意義について教えていただきました。

 

「この1年ほどで、リモートワークやワーケーションが定着し、固定の場所に縛られない働き方がごく一般的になりました。また個々の仕事も、自分らしさや一人ひとりの思いを活かせるような内容へと、社会全体でシフトし始めているような気がします。これらの社会の変化は、旅という行為にも通ずることだと思っているんです。従来の旅といえば、あくまで観光を目的にしたものが多かったですが、今後は仕事や日々の生活の延長線上としての旅が、より一般化していくはずです。地域に溶け込むように旅をして、生活をする。そして、その地域で得た経験が自分の糧になって、あたらしいインスピレーションになったり、あたらしい仕事に繋がったり。5年先の未来では、旅すること、働くこと、日常を生きることが、切り離されたものではなく、すべて同一線上の行為になっているんじゃないかと思いますね。都市も地方もよりフラットになっていくからこそ、まだ世間に広く知られていないようなさまざまな地域に目を配り、それぞれの場所の独自の面白さを活かした“旅づくり”に取り組んでいきたいです」。

 

地域と触れ合い、生活するように旅をする。日常の延長線上としての旅が、今後さらに私たちの暮らしの定番になっていくことでしょう。

〈GOOD OLD HOTEL〉

住所:青森県弘前市大字新鍛冶町80-2

※各部屋の詳細、予約については下記HPをご参照ください。

https://goodoldhotel.com/

編集後記

昭和レトロを感じるホテル。当初はインバウンド向けのホテルが、実は近隣の宿泊客に利用されているというのが、興味深いポイントです。

海外、国内観光客もあまり遠出ができないこの時期。どこか遠くへ旅する距離の旅ではなく、近場でも、自分がまだ知らない歴史やかつての思い出を懐かしむような、時空の旅に関心が集まっているのかもしれません。

人々のマインドチェンジの片鱗が伺えたような気がします。

(未来定番研究所 窪)-