2020.12.30

佐藤剛史さんが考える、ホテルがもたらす贅沢とその未来。

2018 年にオープンした北海道・十勝のホテル〈MEMU EARTH HOTEL(メムアースホテル)〉は、寒冷地における持続可能な暮らしを提案する「メムメドウズ」という実験住宅群を活用したホテルです。広大な自然と、建築家・隈研吾らが監修した先進的な建築が魅力的なこのホテルでは、土地の食材を使った料理をはじめ、様々な観点から持続可能性が考慮されています。今回は、いま地方文化やSDGsへの関心が高まるなか注目を集めているこの〈メムアースホテル〉のホテルプロテューサー・佐藤剛史さんに、未来のホテルや、ホテルがもたらす未来の贅沢についてお話を伺っていきます。

撮影:小野真太郎

広大な自然の中に点在する

サスティナブルなホテル。

(MEMU EARTH HOTELからご提供)

F.I.N編集部

実験的施設「メムメドウズ」をホテルにしようと考えたのはどんな理由からですか?

佐藤さん

「メムメドウズ」は、隈研吾さんが審査員を務め、世界各地の学生から応募が集まる建築コンペティション。毎年最優秀賞に選ばれたプランを実際に建てるという、素晴らしい取り組みです。しかしながら、これまでは一部の建築家か研究者にしかその存在を知られておらず、地元の人にはほとんど定着していなかったんです。そこで、もっとこの活動を広く知らせることができないか、とご相談いただいたのがきっかけでした。実際に現地に行った時、まずその光景に大きな違和感を感じました。持続可能な暮らし方を提案しているのに、誰も知らない建築物がただモニュメントのように点々と建っているだけ。暮らしというのは人々の生活の中から生まれてくるものなので、それを体験するにはシンプルに建築物に“住む”というのがいいのではないかと考え、3ヶ月限定でポップアップの宿泊企画を実施してみました。その時に改めて十勝というフィールドの魅力や価値を感じて、ここなら今後の社会に必要性のある唯一無二の提案ができそうだと思い、ホテルにすることを決めました。

(MEMU EARTH HOTELからご提供)

F.I.N編集部

唯一無二の提案とは、具体的にどのようなものですか?

佐藤さん

提供する食事は、その土地で採れた食材を一番美味しい状態で、無駄なく食べきることができるもの。提供する体験は、そこに暮らす人が普段の暮らしの中で見ている景色を見せてあげること。この2つが、すごくシンプルだけど唯一無二なものだと思っています。表面上のいわゆる観光情報ではなく、その土地を遊び尽くして学びきった現地の玄人から、“おばあちゃんの知恵袋”のようなちょっとした知恵を教わることには「説得力」があります。現地の人が気づけていないその価値を、第三者の私たちが学び取り、体験できるプランに企画化して、お客様に合わせてコーディネートしています。

物語性とプリミティブな感覚がもたらす

〈メムアースホテル〉的贅沢。

F.I.N編集部

お客様にプランのコーディネートをする時、何を大切にされていますか?

佐藤さん

ホテルの満足度は、基本的に食事、内装、建築、アメニティといった、かたちのあるものに目がいきがちですが、私たちは物語性を大切にしています。例えば、夕食で提供する牛肉は、お客様を生産者のもとへ案内し、お話を聞いていただいたうえでシェフが調理する。すると、食事の際に感情移入もされますし、食後の満足度も高まります。その後、直接生産者さんと親交を深められたお客様もいて、生産者の方も喜んでいました。またお客様にとっても、実家以外に誰かが待っていてくれる場所があることは、「第二の故郷」ができるような心の豊かさにつながると思います。このように、食材をただ調理して提供するだけでなく、生産者とお客様を繋いで地域のストーリーを届けるメディア(媒介)のような存在が、ホテルの役割だと思っています。

F.I.N編集部

ラグジュアリーな5つ星ホテルなどでは得られない、〈メムアースホテル〉的な贅沢とは何でしょうか?

佐藤さん

物語性を大切にする一方で、プリミティブな感覚も大事にしたいと思っています。山を見てきれいと感じたり、火を見てぼーっとしたりすることに、物語性や理由はありません。ただ質感の良いものに触れ、無邪気になれるものと出会うような感覚的な体験も必要です。そして、どんなに旅慣れて、洗練されたものを見てきた人でも、根源的に人間が心地いい、美しいと感じるものは変わりません。十勝というフィールドがもたらしてくれる物語性とプリミティブな感覚の両軸を提供することが、他にはない〈メムアースホテル〉的贅沢だと思います。

その土地を深く掘り下げる

「資源再読」とは。

(MEMU EARTH HOTELからご提供)

F.I.N編集部

このホテルは未来に向けて、どんな変化の種を育んでいますか?

佐藤さん

ホテルには、〈メムアースラボ〉という東京大学の生産技術研究所をベースとした研究施設が併設されています。ラボのコンセプトは「資源再読」。その土地をさまざまな視点から掘り下げて「オンリーワン」を見つけ出そうとするこの考え方は、今後どの地域にも必要になるのではないかと思います。ここ十勝エリアでは「微生物の視点で読む」や「気候や食の視点で読む」などさまざまな掘り下げ方が考えられましたが、まずラボが取り組んだのは「音の視点で読む」ことでした。ホテル近隣エリアの自然の音をサンプリングしてデータベース化することで、新たな資源を見つけ出すことに挑んでいます。研究者やアーティストがその土地を訪れて何かを創る際に、地域にまつわるデータベースや素材があると、よりその土地らしいものが生まれます。今はまだチャレンジ的な取り組みですが、今後10年、20年のスパンで続けていきたいと考えています。

F.I.N編集部

そうした研究活動は、お客様へのサービスにも活用されていますか?

佐藤さん

まずはホテルスタッフたちが自ら、アーティストや研究者の方々と音を採集するフィールドワークをしたり、ハンターやシェフの方とジビエを研究する研究会を実施したりしています。これらは今後、一般のお客様も一緒に体験していただけるコンテンツにしていきたいと思っています。また、最近さまざまな地域で行われている「アーティスト・イン・レジデンス(*1)」のようなかたちで、「リサーチャー・イン・レジデンス」にも挑戦したいと考えています。研究者がその土地に滞在しながらフィールドを研究し、ときにはホテルの仕事もするような活動です。土地の情報を、研究目線ではラボが、サービス目線ではホテルがそれぞれに掘り深めながら、両者をうまくドッキングしていくことを目指しています。

*1アーティスト・イン・レジデンス

アーティストがある地域に滞在しながら作品づくりを行う事業

予定不調和を楽しむ

「主観的観光」を提供する

F.I.N編集部

これからのホテルがもたらす贅沢には、何が必要でしょうか?

佐藤さん

これからはもっと編集力が必要になってくると思います。その街をホテルの目線でどう切り取って、どう提案するか。その切り口が大事になるのではないでしょうか。

F.I.N編集部

それは具体的にどんな切り口でしょうか?

佐藤さん

キーワードは「主観的観光」です。コロナ禍で強制的にシャットアウトされたことで「遠くの名所より近くの珍どころ」ではないですが、メジャーな場所でなくとも楽しみ方は意外とたくさん作れると感じた方も多いと思います。これからの観光において人々の満足度が上がるポイントは、ガイド本や観光案内に載っているような、誰かが見た情報や一般化された知識ではなく、全然知らない視点で物事を見ることができた時の発見や気づきだと思うんです。土地の歴史や文化を深掘りしていく「資源再読」と、ガイド本に載っていない小さな発見や気づきを見つける「主観的観光」。これらが心の満足度や贅沢にも繋がるのではないでしょうか。

F.I.N編集部

ホテルとしてはどういったサービスとして提供されるものになりますか?

佐藤さん

その土地ならではの面白さや発見に、お客様が予期せぬ形で出会える体験を作ることでしょうか。例えば、ホテル周辺を歩く時に、ぼーっと移動するのか、何か意識しながら移動するのかでは見えてくる景色も違いますよね。そこで、目的地まで行く時にこっちの道に寄り道してくださいとか、こっちの道を通ると景色がすごくきれいです、といった予期せぬ回り道や「予定不調和」なピントを指し示す目録のようなものを用意する。それは十勝でも都内でも、どこでも提供できるものです。一度その楽しさを体験してもらえたら、その後の日常生活でも楽しみを見つけることができるようになると思います。

F.I.N編集部

5年先のホテル業界の未来をどのように予測されていますか?

佐藤さん

ホテルという業態自体が変わるような気がします。コロナ禍で、不動産の価値が市場に合わせてぶれることがわかった以上、通常のホテル営業に限らず、時期や目的に応じて、民泊や賃貸といった全く違う運用形態にするなど不動産の価値を1つにしないことも必要だと感じています。民泊が面白いなと思うのは、所有しているけど、使っていない時はホテルにするという、所有とレンタブルを切り替えられるところ。リモートや二拠点居住も増えて、働きながら泊まるとか、住みながら働くとか、ライフスタイルのカテゴリーがなくなってきています。5年先にはデジタル化ももっと進んで、完全無人のホテルや、コンシェルジュ的な提案までAIがするようになるかもしれない。そして人が関わるのは、女将さんが部屋まで挨拶に来てくれたり、お出迎えやお見送りをしてくれたりするような人間味のあるところだけに特価されていくのかもしれません。どんどん固定概念が取り払われて、新しいジャンルの不動産価値やサービスが生まれてくるのではないでしょうか。

Profile

佐藤 剛史

大手印刷会社を経て、2015年オレンジ・アンド・パートナーズに入社。地域ブランディングや企業プロモーションを手がけながら、2016年夏に〈メムアースホテル〉のトライアルを実施。2017年11月には会社を設立し、2018年11月本格オープン。現在は、ホテルプロデューサーとして、さまざまな地域でホテルの企画・運営に携わっている。

編集後記

北海道十勝のメムアースホテルで、唯一無二、その場所ならではの物語を体感したりプリミティブな感覚を味わう事は、「なんて贅沢なんだ!」と想像するだけで癒やされます。一方で、「人間はまったく知らない視点で物事を見ることが出来た時の発見や気付きで、楽しみを感じる事が出来る」というお話をお伺いし、心の満足、心の贅沢を創出、演出するヒントは、暮らしや街角の其処此処に潜んでいる事を知りました。

(未来定番研究所 出井)