わたしが通いたいお店。<全6回>
2021.06.25
モノを選ぶとき、私たちは「店」を訪れます。
現代では、情報や選択肢が膨大にあるがゆえに、「選ぶ」ことが面倒だと感じる人も増えています。そして「店」もまた、時代とともに細分化され、多様化しています。また一方では、従来の店の枠組みをこえて、新しい在り方を模索する人たちもいます。
そこでは、どのような「選ぶ」体験ができるのでしょうか。今回は、編集部が今気になる4つのユニークなお店にお話を伺いました。
「知らない」から「選ぶ」に導くコーヒー診断。
そこから繋がるスペシャルティコーヒーのある暮らし。
〈PostCoffee〉は、独自の統計によるコーヒーの嗜好診断に基づき、約15万通りの組み合わせの中から選んだスペシャルティコーヒーの詰め合わせが届く定期便サービスです。診断のための質問には、食べたいアイスクリームのフレーバー、旅先に選ぶ都市、好きな色など、コーヒーとは関係のなさそうな内容がポップなデザインで現れます。ワクワクしながら思いつくままに答えるだけで、おすすめのコーヒーが提案されます。
POST COFFEE株式会社代表の下村領さんは、かつてデザインとシステム開発の会社を経営しながら、渋谷でコーヒー屋も営んでいました。そこで実感したのは、ほとんどの人が美味しいコーヒー、つまりスペシャルティーコーヒーを知らないことでした。
“スペシャルティコーヒー”とは、カッピングやテイスティングの検査で“美味しい”と認められたもので、完璧なトレーサビリティが確保されているコーヒーのこと。アメリカでは人口のおよそ60%の人がスペシャルティコーヒーを飲んでいるのに対して、日本ではまだ約8%しか飲んでいないそうです。
下村さんは、この“スペシャルティコーヒー”を広めたいと、店舗ではなくデザインやシステム、インターネットで解決を図るべく〈PostCoffee〉を設立しました。
そして、かつて実感した「多くの人は自分のコーヒーの好みも、どのようなフレーバーがあるかも知らない」を解決するため、独自のコーヒー診断を作ります。そこには、コーヒーに関する質問がほぼありません。「例えば『好きな色は?』という質問に対して、ビビッドカラーを選んだ人では、浅煎りが好きな人が8割、深煎りが好きな人は2割でした。そんな統計に近いデータから導きだしています」と下村さん。
また、〈PostCoffee〉がサブスクスタイルを選んでいる理由は「コーヒー豆を売っている」というよりも「コーヒーのあるライフスタイルを提案すること」を目指しているから。5年後には「世界中のスペシャルティコーヒーから選べるようなプラットフォームにしたいですね」と下村さんは語ってくれました。
リアル店舗では、対話から嗜好を推察するため、訪れた人にとって馴染みのないジャンルの商品は、好みも伝えにくく、手にも取りにくいというハードルがあります。〈PostCoffee〉のような「診断で選んでもらう」というきっかけが、未知の商品を選ぶ際に、有効なスタイルになっていくのかもしれません。
無人でも温もりを感じて「選べる」店づくり
〈shop PEEKABOO〉がつなげるもの。
「店」といえば有人店舗がほとんどでしたが、いま、無人店舗が見直されています。例えば農家の直売所も、昔から私たちの身近にある「無人店舗」の1つの形です。今回は、三浦半島の海岸沿いにある、無人直売所〈shop PEEKABOO〉をご紹介します。ここでは、地域と繋がるイベントが行われたり、ユニークな決済の仕組みが登場したりと、これまでの無人店舗のイメージを超える、様々な取り組みが行われています。
株式会社PEEKABOOで代表を務める石井農園の石井亮さんは、〈shop PEEKABOO〉で重視しているのは「地域還元」だと言います。
「僕は直売所で儲けようという気持ちは、さらさらないんです。農家は、地域の人たちの協力があるから成り立つと思っています。それに対して、どうやって恩返しをするか。でもタダで配ると近所のスーパーにも迷惑がかかる。そういうわけで、卸値で直売所に置いています。訪れた人が、新鮮な野菜を安価で手に入れることができる。それが地域への還元になると思っています」
過去には、無人直売所だと思って訪れた人が、驚くような取り組みもありました。2019年に登場した決済の仕組みは、セリフが書かれた“ふきだし”のような形の置物をディスプレイに置くと、メッセージが表示されるというユニークなものでした。例えば「はじめて来ました」という“ふきだし”を選んで置くと「また来てくれるの 待ってます! 4円まけとくよ」と値引きしてくれます。また「三浦に住んでいたんです」を選ぶと、「じゃあ、三浦を応援してもらっていいですか?」と寄付をすすめられることもあります。訪れた人は、無人店舗にも関わらず、まるで野菜の作り手とコミュニケーションをしているような気持ちになるものでした。
「この決済の仕組みには日立製作所 研究開発グループ ビジョンデザインのチームの方たちが関わってくれたんです。直売所を面白くするにはと考えながら、対話をするのはどうだろうか、お客さんが来たときに画面に自分の顔を出したらどうだろう、なんて話をすることも。でも、それじゃ僕が仕事にならないですからね」と石井さんは笑います。「それに直売所には近所の人たちだけじゃなくて、他の地域からも来てくれます。新鮮なものが少しでも安く買えたら、三浦に来るきっかけにもなりますよね」。
石井さんの眼差しは〈shop PEEKABOO〉に留まらず、三浦全体の地域活性化へと向けられています。
「『先月来てカブを買ったんだけど、すっごくおいしくてまた来ちゃった』なんてお客さんが、例えば1,000人いたらどうなんだろう、1万人いたら、と考えるんです。本当はみんなで考えられたらいいですよね。そういうリピーターになってくれるお客さんを各直売所が共有できたらと思うんです。だから関わる人たちを増やしていけるように、いろいろな取り組みをしています」。
農家の無人直売所は、地域に点在するがゆえに、そのエリアの個性を効果的に伝える場所にもなりえます。訪れる顧客にとっては、お得な価格と新鮮であることが、一番の魅力でしょう。けれどもそこに、作り手の人柄や、地域を感じさせるような「思いがけない試み」が加わることで、訪れた人は「楽しさ」や「親しみ」を感じながら商品を選ぶことができます。〈shop PEEKABOO〉での石井さんの取り組みは、無人でも顧客とのコミュニケーションを深めるための試みであり、訪れた人にとっては「また来たくなる」魅力となるものでした。
無人だから心地よい&シェアすることで濃密になった。
「新しい仕組み」の本屋で、本を選ぶ。
〈BOOKROAD〉は三鷹にある無人古書店です。2013年にオープンした、ガラス張りの小さな店舗には、本棚と、支払いに使うガチャガチャ、寄付する本を入れてもらう木箱が置かれています。昔ながらの素朴な無人販売店のようでいて、そこには訪れた人の快適さを考えた仕組みがありました。
建築家であり弟である中西健さんと作り上げた、オーナーの中西功さんにお話を伺いました。
2019年まで楽天株式会社に勤めていた中西功さんは、〈BOOKROAD〉を始める際、本屋におけるユーザーの体験について考え、できるだけ心理的負担をとりのぞくことを目指しました。店の作りはもともとガラス張りで、木枠のドアなどに変える案もありましたが「あえてこのガラス張りがいいです、とそのまま使用しています。安全であることが外からでも分かりやすいし、深夜でも店内が見わたせる。狭いけど密閉されていないので、安心して入れますよね」。
そして無人店で、もう1つネックとなるのは「払ったことの証明がなされないこと」でした。そこで、ガチャガチャのカプセルに、普通には出回っていない色のビニール袋を入れることで、決済したことをわかりやすくしました。
〈BOOKROAD〉では、無人店だからこそ、買わなければならない・選ばなければならないという気負いがありません。誰ともコミュケーションをとらなくても、安心して滞在し、本を選ぶことができます。そして支払いまで、楽しい体験の1つになります。ここには本屋におけるユーザーの快適さを追求した仕組みがありました。
そして2019年、中西さんは吉祥寺に〈ブックマンション〉をオープンします。こちらは、31×31cmの棚を月額3,850円で借りることができるシェア型の書店。店番も棚主で分担します。基本的に売るのは「本」としながら、棚主が個人で仕入れた新刊や、古書、自作の本など、世界観がつまった約80もの棚がランダムに並びます。
年齢もバックボーンも異なる多様なオーナーが選書し、従来の書店のようにジャンル分けもされていません。そのため、子どもの本が並ぶ棚の上に、歴史書が並ぶ「戦国棚」があったりと、予想もつかない本選びができます。まるで小さな本屋が凝縮され、詰め込まれたような、濃密な選書が楽しめる空間。そしてここでは、本だけでなく、自分が棚主となることも選べるのです。
中西さんは、本屋をやりたいというニーズは多いと言います。一方で、町の書店は減少し続けています。それに対して「もちろん今までの本屋さんが増えるのが理想だと思っていますが、僕はブックマンションのように“継続しやすい本屋の仕組み”を作ることで、本屋を増やしていきたいと思っています」。中西さんの取り組みは、新しい「本の選び方」を生み出す未来にもつながっています。
BOOK ROAD
住所:東京都武蔵野市西久保2丁目14-6
Twitter: @bookroad_mujin
ブックマンション
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2丁目13−1
Twitter: @BookMansion
定義しないから自由でいられる、東京の「余白」。
自らの感覚に導かれて「選ぶ」よろこびとは?
〈SKWAT〉は東京の空き物件を見つけ、最小限の行為を加えることで、その場が持つ魅力を引き出し、新たな価値を発信するプロジェクト。その名の響きを持つ“squat”のように、まるで “占拠”するように現れます(もちろん合法的に!)。2019年に原宿の元クリーニング店からはじまり、期間限定で移動しながら様々な試みを続け、2020年5月からは、青山のビルに展開しています。移動しながら内容も自由に変化していく〈SKWAT〉において、訪れた人は何を感じ、どのように選ぶことができるのでしょうか?
発起人であり内装を手がけた設計事務所〈DAIKEI MILLS〉代表の中村圭佑さんは〈SKWAT〉について「基本的な考えとして“公園をつくる”という概念があります。公園は人が目的なく訪れ、可変的にいろいろなことが行われる場所であるため、良い意味で定義化されにくい」そして、地下の〈SKWAT/PARK〉のように「広場のような原っぱのような場所」を作ることで、人が集まりやすいスペースにもなると言います。
1階には、パリ本店に続き世界で2番目となる〈ルメール〉直営店があります。ここでは100年前の古民家の廃材が什器として用いられ、シームレスな空間が広がります。〈ルメール〉はじめ多くのファッションブランドのPRを行う。
Edstrom Office代表のエドストローム淑子さんは「ここには良い意味での“詰まらなさ”があります。フルに詰め込んでいないので、自分で息が吸えるような場所になっている。そういう考え方は〈ルメール〉に共通するところがあり、お店に実現できたのはすごく大きなこと」と言います。
一般的なショップのように坪単価や効率性を重視するのではなく、古材の美しさを見出し提示するなど、訪れた人は〈ルメール〉のコレクションを選ぶだけでなく、〈SKWAT〉の在り方と共鳴したブランドの美学に触れることもできます。
階段を上ると、膨大なアートブックが並ぶ空間が現れます。〈twelvebooks〉主宰の濱中敦史さんは、ここでは「小売に切り替えるのではなく、ディストリビューターとしての表現を考えた」と言います。常に何万冊もの在庫があったため、そのままディスプレイすることで「倉庫としても、ショールームとしても、小売の店としても機能できる」、そして「全ての本にはバイヤーさん用の見本があるので、一般のお客さんにも見てもらえる。本屋さんというよりも、ライブラリーのような、アートブックに触れることができる一般開放されたスペースです」。
濱中さんは、中村さんと「どうやって売る」ではなく「面白いと感じてもらうには?」「居心地のよさ」について語り合うそうです。「ロンドンの『サーベンタイン・ギャラリー』だったりパリの『パレ・ド・トーキョー』のように、公園に行く感覚で美術にも触れられる場所っていいよねと。だから、いい意味で接客もしない。聞きたい知りたい、というアクションがあれば対応するぐらいの構え方です」。一方、訪れたお客さんは「売るぞという意識に巻き込まれないので」自然と本を選んで手にとり「よりピュアな気持ちで」興味を持つことができます。
〈SKWAT〉は、定義もせず、わかりやすい場所ではないからこそ、訪れた人は、自分の感覚を頼りながら、過ごし方を選びます。
「『面白い』と思う人もいれば、『なんじゃこれ?』とすぐに帰っちゃう人がいてもいいと思う。感じるものが、ちゃんと自分自身でわかる、トレンドに流されない場所。そういういう意味での自由さがあればいいとすごく思います」と淑子さん。さらに中村さんは、ここでは「価値観が変わる体験」だったり、何かを体感として持ち帰ることができる「教育機関のような存在になり得ると思います」と語ってくれました。
場所や内容が変わっても〈SKWAT〉に訪れるリピーターが多いのは、自分の感覚と向かい合うことができ、新しい発見があるからかもしれません。そして与えられる情報に惑わされずに、自分の感覚で選ぶことができたなら、何よりも豊かな体験となるはずです。
SKWAT
住所:東京都港区南青山5-3-2
SKWAT/PARK
営業時間:12:00〜19:00
定休日:日・月曜
SKWAT/LEMIRE
TEL:03-6384-0237
営業時間:12:00〜19:00
定休日:月曜
SKWAT/twelvebooks
TEL:03-6822-3661
営業時間:12:00〜18:00
定休日:日・月曜
「心地よさ」「面白さ」は直感的な要素であり、今回登場したお店に共通するキーワードでもありました。外部からの情報が増えるに従い、私たちは「選ぶ」ことに困難さを感じるようになっています。だからこそ、自由に心地よく、自分の感覚を使って「選ぶ」体験ができる場所が、これからの時代に求められていくのかもしれません。
【編集後記】
若い世代を中心に、従来のフルサービスでの接客が「煩わしい」、「圧を感じる」といった声が聞かれるようになっています。そうした流れの中で、今回紹介したような店舗が増えていくのかもしれません。
ただ各店とも単純に接客を減らしているのではなく、これまではとは違う形で顧客との接点をつくり、これまでの様なコンサル的な接客や、またITを活用した形での接客など、新旧それぞれのスタイルが必要に応じて活用されていることが、顧客から支持される要因だと思います。
各店の取り組みの中に、この先の店舗や接客のスタイルを考えていくヒントがあるような気がしました。
(未来定番研究所 織田)
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