2024.01.24

未来工芸調査隊

第6回| 〈堤淺吉漆店〉の堤卓也さん、なぜ伝統工芸にカルチャーや自然を融合するのですか?

器やかご、布など、日本各地にあふれる工芸の歴史や変遷、さらなる可能性を探っていくこの連載。以前、漆工芸について関美工堂の関昌邦さんにお話を伺いましたが、今回は漆の可能性をさらに深掘りするため、京都で明治42年から漆の精製業を営む〈堤淺吉漆店〉へ。四代目の堤卓也さんは家業を営む傍ら、サーフボードやスケートボードなどに漆を施し、漆の新たな可能性を開拓。さらに、未来に思いを馳せ「行為循環型のものづくり」を行う〈工藝の森〉の活動も行っています。漆の需要や生産が減り、絶望感に苛まれながらも、何が堤さんを新たな挑戦に駆り立てたのか。これまでの歩みと、この先思い描く伝統工芸の未来についてお聞きします。

 

(文:川端美穂/写真:翼、)

Profile

堤卓也さん(つつみ・たくや)

堤淺吉漆店 専務取締役。

京都で明治42年から続く〈堤淺吉漆店(つつみあさきちうるしてん)〉の四代目として生まれる。北海道大学農学部卒業後、精肉業を経て、2004年、家業を継ぐためにUターン。2016年からは、漆のある暮らしを次世代の子どもたちにつなぐ取り組み「うるしのいっぽ」をスタート。トム・ウェグナーとコラボした漆のサーフボード〈URUSHI ALAIA(ウルシ アライア)〉をはじめ、BMXやスケートボードに漆を掛け合わせ、漆の新たな可能性を提示。2019年に〈一般社団法人パースペクティブ〉を共同創業。山間地・京北で「行為循環型のものづくり」を行う〈工藝の森〉の活動に取り組んでいる。

需要も生産も減る漆に絶望……。

それでも、小さな一歩を踏み出す

F.I.N.編集部

堤さんは、京都で明治42年から続く〈堤淺吉漆店〉の四代目として生まれましたが、そもそも家業を継ぐ気はなかったそうですね。どうして継ぐことになったのでしょうか?

堤さん

生まれた時から伝統工芸や伝統芸術に囲まれていたせいか、いわゆる京都っぽいものに漠然とした反発心があったんです。高校卒業後は京都を飛び出し、北海道大学で畜産を学びました。大自然に囲まれた生活はとても性に合い、そのまま精肉業の仕事につきました。さらに、ワーキングホリデーを利用してニュージーランドで畜産を学び、スノーボードやサーフィンに出合い、ますます自然に魅了されていきました。そんな生活をしていた27歳の頃、突然、父から電話がかかってきたんです。「工場(こうば)の人手が追いつかず困っているから帰ってきてほしい」と。父から頼みごとをされるなんて初めてだったので、戻って力になりたいと思いました。北海道とニュージーランドで、みんなで助け合いながら生活することの大切さを学んだことも大きいですね。

サーフィンやスノーボードなど、自然と触れ合うスポーツが趣味の堤さん

F.I.N.編集部

漆産業は分業制ですが〈堤淺吉漆店〉はどのような仕事をしているのでしょうか?

堤さん

うちは、ウルシの木から採取された樹液を仕入れて精製し、塗料として販売する漆メーカーです。販売した漆は、国宝や文化財、社寺などの修復に使われています。天然素材である漆は一つひとつ性質が違うため、その個性を見極め、塗師(ぬりし)と呼ばれる職人さんの好みや塗る環境に合わせた漆を作ることが仕事。その工程は多岐に渡ります。「荒味漆(あらみうるし)」と呼ばれる樹液を検品し、木屑などを取り除いて「生漆(きうるし)」を精製。さらに、漆の粒子を均一化する「ナヤシ」、加熱して余計な水分を取り除く「クロメ」といった工程によって、漆のツヤや乾き、粘度を調整し、顔料などで調色し完成させます。漆は温度や湿度に影響を受けるため、機械的に精製できません。職人が試行錯誤しながら作るため、とても手間がかかるんです。

F.I.N.編集部

漆の精製にそこまで手間がかかるとは知らなかったので驚きです。堤さんは、それまで家業を手伝った経験はあったのでしょうか?

堤さん

手伝ったことはおろか、漆のことも全然知りませんでした。ただ、幼い頃、祖父が仕事をしていたこの工場によく遊びに来て、漆を塗った竹とんぼを作ってもらったり、壊れたものを漆で直してもらったりしていました。そんな祖父の姿があまりにもかっこよく、「漆ってすごいなぁ」と子どもながらに感じていました。それで家業に入って、自分で漆の精製をしてみると、めちゃくちゃ面白くて夢中になりました。1〜3日かけて樹液を練るうちに色や質感が変化するのですが、その様子がとても艶めかしくて。急に雨が降ると質感が変わってしまうなど、漆には常に振り回されっぱなし。自然と対峙している感じが面白くて、すっかりハマってしまいました。

カフェオレ色をした漆。蓋を開けると、湿気から酸素を取り入れ、茶色に変わっていく

F.I.N.編集部

現在、国内に流通する漆の約91%が中国をはじめとする輸入漆で、国産漆は絶滅の危機にあるとのこと。堤さんはこうした現状に以前から警鐘を鳴らしていますが、実際に漆屋の経営に携わったことで、危機感を持ったのでしょうか?

堤さん

そうですね。〈堤淺吉漆店〉のお客さまは、国宝や重要文化財建造物の修復に関わる職人さんも多いため、国産漆をたくさん仕入れています。実は国産漆の約7割をうちが使っているんです。裏を返すと、僕たちのような小さな漆屋が7割も使うほど、漆が小さな産業になってしまった、とも言えます。今、漆産業は中国産漆に頼っていますが、この先も続けられるとは限りません。中国では、ウルシの林が賃金の高い漢方薬畑に代わり、日本と同様にウルシの木から樹液を採取する漆掻き職人は高齢化し、人件費も高騰。中国産漆は年々値上がりしています。実際に、約40年前、500トン仕入れていた中国産漆は、今では23トンと20分の1にまで減っています。

文化財の修復に使うための国産漆。トレーサビリティの一環で、採った時期や地域、職人の名前がラベルの登録番号から識別できる

F.I.N.編集部

安価で便利な化学塗料の普及により漆の需要が減っただけでなく、国内外で漆の生産も減っているという危機的状況なんですね。

堤さん

漆は昔から、漆器や仏壇、仏具にいたるまでさまざまな場面で使われてきました。しかし、化学塗料の登場で、漆そもそもの使用量が減少。さらに下地に化学塗料を使い、表面だけ漆を塗るというケースも増えてきました。下地には上塗りの4倍の漆を使用するので、下地に漆を使わないと、それだけでも漆の需要は5分の1になってしまうんです。

F.I.N.編集部

日本で約1万年も続いてきた漆の危機に直面し、漆屋の四代目としてどのように向き合おうと思ったのですか?

堤さん

正直、何もできないという絶望感にさいなまれました。国内にウルシの木を増やして、漆掻き職人を育成し、国産漆を使って売れる商品を作り、壊れたら修復できる環境を整える。こんな大きなサイクルを生み出すなんて、小さな漆屋にはできるはずがない、と。ただ、漆を精製する中でどんどん漆に愛着が生まれ、何とかしたいという思いが湧いてきました。知り合いの若い職人が「子どもが生まれたから」と廃業していく様子を見て、何もできないことも悔しかったですし。そうして、2016年に始めたのが〈うるしのいっぽ〉という取り組みです。漆というと豪華絢爛な蒔絵を施した器が一般的に有名ですが、漆にはそれ以外の魅力もたくさんある。素材としての魅力を伝えるために冊子や動画を制作しました。僕が祖父から教わった漆の良さを次の世代にも届けたかったんです。

堤さんが企画・編集を手がけた冊子「うるしのいっぽ」。さまざまな施設で無料配布し、漆の魅力を伝えた

サーフボードやスケートボード、BMX。

漆の可能性をアイコンとして表現

F.I.N.編集部

堤さんは、オーストラリアの著名なシェイパー(サーフボードを削る職人)であるトム・ウェグナーさんとコラボし、漆のサーフボード〈URUSHI ALAIA(ウルシ アライア)〉を制作されます。その過程を追った自主制作映画『BEYOND TRADITION』は、ものづくりにまつわる数々の賞を受賞し、話題になりました。何が堤さんをこの活動に突き動かしたのでしょうか?

堤さん

漆の自然素材としての価値を、国も世代も超えて伝えたいと思ったんです。結婚して子どもが生まれ、美しい地球を未来に残したいという思いもありました。自分が海や山で散々遊ばせてもらったのに、深刻化する環境問題を無視して何も行動を起こさないのは無責任だな、と。化学素材で作られている一般的なサーフボードは、どうしても環境への負荷がかかります。それに反してトムさんは、〈ALAIA〉と呼ばれる古代ハワイの木製のサーフボードを復刻させました。削った木屑を自宅の庭に還してボードを作るという、持続可能なものづくりを昔からやっている偉大な方なんです。その真摯な姿勢に感動し、古くからのサーフィン仲間と一緒にトムさんにアプローチして、漆と木でできた100%ナチュラルな〈URUSHI ALAIA〉を2年がかりで完成させました。

堤さん自ら漆塗りの木製サーフボード〈漆板Siita〉を3年愛用。「漆は酸やアルカリに強いため、海水への耐性はバッチリ。柔軟性が高く、ボードのしなりにも対応できます。撥水性が高いので、スピードが出やすいとプロサーファーにも好評です」

F.I.N.編集部

サーフボードの他にもスケートボードやBMXなど、漆とカルチャーの融合を実現させています。こうした斬新な試みによって、幅広い人に漆の魅力が伝わったのではないでしょうか。

堤さん

このチャレンジは、漆のさまざまな可能性をアイコン的に表現することが目的でした。サーフボードで自然に還る天然素材であること、スケートボードで使い込みながら自分の味を出せること、BMXで鉄のサビ止めができるという強さをアピールしました。すべてに共通するのは、経年変化を楽しみ、傷んだら修復して、自分らしい味を刻めるかっこよさ。サーファーやボーダーだけでなく、ワークショップを通じて幅広い人たちに漆の魅力を広めています。家具や器などをメンテナンスしながら長く使いたいという人たちに、今、漆はフィットすると感じていますね。

漆を施した自転車と雪板

木を育てながらものづくりをする。

この小さな輪を強くしていきたい

F.I.N.編集部

2019年からは、山間地の京北で「行為循環型のものづくり」を行う〈工藝の森〉の活動にも取り組んでいます。なぜ、伝統工芸の枠を超えた活動を始めたのでしょうか?

堤さん

〈工藝の森〉は、工藝文化コーディネーターの高室幸子さんと一緒に立ち上げました。京都市有の森の一角で多くの人たちとウルシの植樹を行い、育てています。また、シェア工房〈ファブビレッジ京北〉をつくり、地域資源の活用とものづくりの学びや体験を提供しています。ウルシの木は芽吹いてから、漆を採取できるまで15年もかかります。その上、1本の木から約200ccしか漆を採ることはできません。採り終わって木を伐採すると、根から芽が出て、人に世話をされながら大きくなる。僕ら漆に携わる職人は15年後の未来を想像し、限りある天然資源と向き合いながらものづくりをしています。〈工藝の森〉で多くの人に植樹を体験してもらうと、自然と未来や天然資源について考えるようになる。ワンクリックでものが買え、無限に資源があると錯覚しやすい時代だからこそ、必要な機会だと思っています。

漆掻き職人がウルシの木に傷をつけ、漆を採取する。「漆は木の血液と呼ばれ、傷の入れ方次第で漆の質(たち)が変わります。強く傷つけると漆が出なくなってしまうなど繊細なため、熟練の技が必要なんです」

F.I.N.編集部

漆の可能性を追求しながら〈工藝の森〉の活動を精力的に行う中で、堤さん自身のモチベーションに変化はありましたか?

堤さん

〈うるしのいっぽ〉を始める前の絶望感はなくなりました。活動を続けるうちに、漆や工芸以外の世界でどんどん共感してくれる仲間ができ、前向きになれました。自分の好きなことが地球環境の役に立ち、子どもたちの未来を明るくできるかもしれないという希望が今はあります。

F.I.N.編集部

まさに最初の一歩を踏み出したことで活動の輪が広がったのですね。

堤さん

そうですね。でも、木を育ててものを作り使ってもらうというこの活動は、小さな輪だからこそ成り立つこと。もし、無理に輪を大きくしようとしたら、どこかに負荷がかかり継続困難になってしまうはず。昔は各地にものづくりの小さい輪があったけど、お金中心の世の中になり、その数は減ってしまった。時代や人々の価値観が変わり、今また必要とされていると感じます。

F.I.N.編集部

伝統工芸や漆の未来に向けて、堤さんがこれから実現したいことを教えてください。

堤さん

実は今、社屋を改修中で、春に開放型店舗〈Und.〉としてリニューアルオープンする予定なんです。1階は今まで通り漆の精製を行うだけでなく、商品販売や作品を展示する空間を設ける予定です。3階はイベントやワークショップができるキッチン兼工房。漆の塗りで必要となる室(むろ)や漆工機器などを導入し、塗師の方に教わりながら、若い職人が技術を磨ける場にできたらと思っています。京都には漆を学べる学校がたくさんありますが、残念ながら勤め先が少ない。そのため、勤め先がある他の県に行く、もしくは職人の道を諦めてしまう人もいます。今、うちで働いてくれている20代の職人もみんな塗りをやってみたいはず。だから、〈Und.〉では漆の若い職人を育てるお手伝いができたらいいなと思っています。幼い頃、祖父が僕に漆で驚きと喜びを与えてくれたように、この先も漆を通じて人と自然、人と工芸をつなぎ、小さな輪を強くしていきたいですね。

【編集後記】

堤さんもおっしゃっていましたが、現状の漆というと豪華絢爛な蒔絵を施した器などの「見た目」をイメージする人がとても多いと思います。もちろんとても素敵ですが、人と漆の1万年以上の歴史を考えると、漆は本来、「効能」の方にフォーカスされるべき素材なのでしょう。

今回の取材を通じて、漆の急激な減少の一途には、自然への関心の薄れとも大きな関りがあるということを気づかせていただきました。堤さんの活動はつい忘れがちな「人々の暮らしと自然は繋がっている」という本質を思い出させてくれるものでした。

(未来定番研究所 榎)

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