二十四節気新・定番。
2020.05.28
都市と山は、様々な意味で切り離された別物と考えられてきました。対極にある二つを、クリエイティブなアプローチでつなぐ試みをしている二組がいます。まずは、建築家ユニット〈mikikurota〉の三木真平さんと黒田美知子さん。建築設計を行う傍ら、テントなどの山道具も制作する〈Mountain Gear Project〉を手がける彼らは、アウトドア製品の生地を住宅に取り入れるなど、空間として都会と山をミックスする取り組みを行っています。また、一方で、アパレル部門が好調なアウトドアブランド〈スノーピーク〉も、アウトドア製品の機能性にファッション性を掛け合わせ、タウンユースもできる画期的なアイテムを数多く生み出しています。この対談から、都市と山がかけ合わさり、混ざり合うことでの相乗効果を読み解き、未来の暮らしを考えます。
山井梨沙
Snow Peak
スノーピーク社長。1987年、新潟県生まれ。スノーピーク創業者の山井幸雄を祖父に、現代表取締役会長である山井太を父に持つ。文化ファッション大学院大学(BFGU)修士課程修了後、国内アパレルブランドでデザイナーアシスタントとして就業。2012年にスノーピーク入社。2014年、スノーピークでアパレル事業を立ち上げ、日常とアウトドアとの境界線のない「生き方にいちばん似合う服」を発信。「LOCAL WEAR」プロジェクトなど、新たな試みも率先して牽引。19年副社長に就任、2020年より現職。
mikikurota architects
三木真平と黒田美知子による建築家ユニット。
住宅や店舗などの建築設計にとどまらず、自然を体感するための道具としてテントなどのハイキングギアのデザインと製作(Mountain Gear Project)の活動も行っている。
趣味のアウトドアが
現在の仕事につながった
F.I.N.編集部
まず始めに、アウトドアとの出会い、そして今、自然とどのように関わっているかを教えてください。
山井さん
私は父(山井太・スノーピーク代表取締役会長)が、キャンプ事業を始めたときに生まれたので、小さなころからキャンプは身近でした。上京してファッションを学んでいた頃はアウトドアから離れていたのですが、大学院生の頃、本社のキャンプ場「Headquaters」がオープンしたんです。その頃の私のファッション観とアウトドアは真逆でしたが、父の長年の夢だったキャンプ場を見てみたくて、友達を誘って久々にキャンプをしました。そこで改めて自然の良さを体感して、自分のバックグラウンドにアウトドアがあることを強く感じました。その後、アパレルブランドを経て、スノーピークに入社し、今は仕事でもプライベートでもアウトドアを楽しんでいます。
三木さん
僕は小学生の頃、よく家族でキャンプに行って野遊びをしていました。特に渓流釣りが好きで、お盆休みに兵庫県の祖母の家に行くと、川で魚を突いたりして楽しんでいました。その後しばらくアウトドアから遠のきましたが、大学在学中にふと山に行くようになって。そこからハイキング中心に楽しんでいます。
山井さん
私も渓流釣りをしますが、魚の気持ちにならないと釣れないから難しいですよね。
三木さん
水の中の状態を想像しますよね。ヤマメとかイワナなどの渓流の魚は綺麗だから、宝物を手に入れた気分になります。大学を卒業した頃、ミノー(小魚に似せたルアー)を自分で削って釣りをして、そこからものづくりと自然を意識するようになりました。建築の仕事は多忙で、山に行ったとしても日帰りになってしまう。それで、山道具を作ってそれを仕事にすれば、もっと山に行けるのではないかと〈Mountain Gear Project〉を始めました。
自然を求める気持ちは
人間の潜在的な欲求
F.I.N.編集部
ここ数年、アウトドアブームが起きていますが、その理由は何だと思いますか?
三木さん
僕個人の経験から言うと、道具を自分で作って、それを山で試してみることが能動的に自然と関わるツールになっています。自然が自分たちのアイデアを実践する場になったときに、幸福を感じるんです。そういった能動的な自然との関わり方を、みなさんが求めているのではないかと思います。
山井さん
スノーピークは、「文明によって失われた人間性を自然の力によって回復する」という社会的使命を掲げています。現代はすごく便利な世の中ですが、その結果、一人ひとりが深く考える必要はなくなり、目の前の目的に対して行動していれば暮らせるようになりました。私は「目的欲求」「潜在欲求」と呼んでいるのですが、人が自然に関わることは「潜在欲求」なのではないかと思います。人間はもともと自然の中で暮らしていたわけですから。文明によって「目的欲求」は満たされるけれど、潜在欲求が満たされずに、自然を求める気持ちが高まっているのではないかと思います。
三木さん
「潜在欲求」は普段の生活では気付きにくいですよね。でも、両方があって、初めて満足感が得られるのかもしれません。
山井さん
潜在欲求はないがしろにされがちです。文化、芸術、美術もそうですよね。音楽がなくても生きていけるけれど、それがあるから幸福感が得られます。
F.I.N.編集部
三木さんと黒田さんは都市の中で建物を設計するとき、都市と自然との共生はどう考えていますか?
三木さん
自然と都市は別のものではなく、都市も自然の一部と捉えています。都市ならではの自然の感じ方があって、例えば太陽の動きを感じられる家を設計すれば、室内にいても屋外の空気を感じられる。街の中にある小さな自然を発見し、それを積み重ねれば、街の中でも自然を感じる空間を作り出せると思っています。
山井さん
そうですね。現代のライフスタイルは、週末にアウトドアでリフレッシュして、平日は都市に戻ります。でも、本当はずっと自然の中で暮らしたい。私たちも、都市と自然とで明確な境界を作るのではなく、アパレルやキャンプを通して都市と自然をつなげる試みをしています。
外出自粛によって
自然を求める気持ちが高まっている
F.I.N.編集部
新型コロナウィルスの感染拡大によって世界は一変しました。これから、自然と都市の関係はどうなると予想されますか?
山井さん
突然、状況が変わったことで、生活について改めて考えた方も多いのではないでしょうか。家の中で過ごす時間が増え、多くの人が外に出たい、自然に触れたいという気持ちに気付きました。これまで自発的に自然を求めていたのはアウトドア好きの方でしたが、これからはもっと多くの方が自然との関わり方を考えると思います。
黒田さん
最近は山に行けないこともあって、健康維持のためにランニングをしているんですが、近所で緑のある場所をつなげて走っていると、意外と近所にも緑がたくさんあるんだと発見しました。
三木さん
公園にいる方も多く見かけます。普段は自然を意識しなくても、実はみんな緑が好きなんですよね。これまでも、郊外に家やオフィスを建てる方が増えていましたが、今回、どこにいてもテレワークができることがわかったので、ますます住む場所や働く場所は変化していくでしょうね。
山井さん
どこで仕事をしたいのか、誰と仕事をしたいかによって、自由に選べるライフスタイルになるといいですね。実は今、新潟の古い日本家屋をリノベーションしていて、秋ごろから新潟と東京の二拠点にする予定なんです。これは、人がキャンプをしたい理由にもつながっているのですが、人類は定住して農耕する期間より、狩猟民族として土地を転々とした歴史の方が長いんです。だから、拠点を複数持つことやキャンプをすることは、人間が本来もつ生活のリズムに近いような気がして。住居も、住みたい場所に自分で組み立てる移動式住居があったら面白そうです。
三木さん
最近、住居や店舗で多くなったと感じるのは、セルフビルドです。リノベーションも自分たちの手で施工する方がどんどん増えていて、今後は建築のプロと素人の境目も曖昧になっていくかもしれません。
テクノロジーの進化で
豊かな自然と都市生活がつながっていく
F.I.N.編集部
この外出自粛期間中に、ヴァーチャル焚き火を囲んだZOOM飲み会なども流行しました。今後はテクノロジーがもたらす利便性を、自然の中にどのように取り込んでいこうと考えていますか?
山井さん
もちろん実際のキャンプで焚き火を体験して、人間の野性を取り戻すことは大切ですが、今、我々がアウトドアの価値を提供できるのは、心身ともに健康である方に限られてしまいます。でも、テクノロジーを利用すれば、ヴァーチャル焚き火などで、障害や病気などで外出が難しい方にも、自然の楽しさを感じていただけるコンテンツを提供できます。どちらも必要なことだと思います。
三木さん
僕はテクノロジーの意味付けが重要だと思います。例えば、照明のスイッチを付ければ明かりがつくと、太陽の存在を忘れてしまいますよね。でも、カーテンを開けて日光を浴びるという、身体的な動作で自然を感じることができる。そんなふうに、アナログとテクノロジーのバランスで、自然がもたらす幸福を享受する工夫が必要になってくると思います。
黒田さん
建築の分野では、現在、建築模型ではなく、CGやVRにして、設計した建物を体感していただくツールが開発されています。でも、自分の手で建築模型を作ったときに、初めてわかることもあるんですね。テクノロジーによって便利になるほど、自分の手を動かしたいという欲求も生まれる。やはりテクノロジーとアナログの両立ですよね。
F.I.N.編集部
一方で、都市生活が自然とつながることで、環境破壊など自然に対して及ぼす影響もありそうですが。
山井さん
実は2月にペルーに行ったんです。ペルーは首都のリマ以外は都市化が進んでいなかったんですが、とにかく食べ物がおいしくて。スーパーで買った野菜も驚くほどおいしかったんですが、それはペルーの自然の摂理から生まれたものです。アンデス山脈からミネラルたっぷりの水がアマゾン川に流れ、太平洋に注がれる。文明が発展することで、自然の摂理が失われるなら、それはリカバーしていくべきことですよね。
三木さん
僕は、文明が自然を侵食していくのではなく、自然も都市も変わり続けるものだと捉えています。もちろん自然保護区など守るべきものは別ですが、自然も気候変動などで変わり続けてる。都市も自然も含めた、地球の変化として認識していくことが必要だと思います。
山井さん
自然に対して都市は有害なものだと思っていたので、その考え方はハッとさせられました。
三木さん
昔は気候が変化しても、それを記録する媒体がなかったので、「変わらない自然」を文明が侵食していると思われていました。今はデータや映像として自然の変化が認識できるようになったので、変わりゆく自然と都市に対して人間はどうアプローチするかが必要になってくるのではないでしょうか。
5年後、山と都市は繋がり
生活はより幸福感を増していく
F.I.N.編集部
最後に、5年後の未来についてお伺いします。これから、都市生活と自然はどうなっていくと思いますか?
山井さん
スノーピークでは様々なプロダクトを開発しています。プロダクトとしてのクオリティやデザインはもちろん大切ですが、それはあくまで体験価値を提供する手段だと考えています。5年先の未来は、何をしたら幸福になるかという体験価値がより重要になってくるのではないでしょうか。そのため体験価値から逆算してプロダクトをデザインするプロセスに変えました。
三木さん
僕らが目指すのは、自然から得られる幸福感や喜びを日常生活に広げていくことです。街も自然の一部と捉え、自然と都市に垣根を作らず、グラデーションを感じられるような価値観を作っていきたいと思っています。僕らは都市と自然の中間にいて、週末のアウトドアと、都市の日常生活を地続きにすることによって、自然から心身の幸福が享受できる。5年後には、その感覚に共感してくれる人を増やせるような活動を続けて行きたいと思っています。
編集後記
「自然は都市と地続きであり、都市にも自然がある」その言葉を聞いてから今までは景色の一部だった、コンクリートの隙間から咲く花、街路樹の新緑、都市の中の自然の移ろいを気づくようになりました。私たちは外出を制限していたことで、そんな自然に対する潜在的欲求を感じやすい、心のコンディションなのかもしれません。
三人の取材を通して、私たちは知らずに、自然、都市、町に境界線を勝手に作っている事に気づきます。その境界線を無くしてしまえば、普段の生活がより豊かで、楽しいものに感じるのではないかと思います。
(未来定番研究所 窪)
自然と都市との関係について大変興味深く聞かせて頂きました。
私自身がアウトドアが大好きなので、都市と自然の融合は魅力的だと感じます。
自然と都市に垣根を作らず、街も自然の一部として価値を再検討していく。
自然から得られる「幸福感」や「喜び」を日常に広げていくことは、太古からの人間としての「潜在欲求」を満足させる事にも繋がっている事に共感します。
自然と共存して幸せに溢れた未来の都市に期待は深めながら、「何をしたら幸せになれるのか」を求め、私も、さらに自然を愛し、自然の中に共存する人間の「体験価値」にもっともっと注目して行きたいと感じました。
(未来定番研究所 出井)
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