2022.09.17

未来工芸調査隊

第1回| 哲学者・鞍田崇さん、どうして今、民藝なんですか?

器やかご、布など、日本各地にあふれる工芸の数々。F.I.N.編集部では、そういった工芸を愛してやまないメンバーで「未来工芸調査隊」を結成し、その歴史や変遷、さらなる可能性を探っていきます。

 

第1回で取り上げるのは、民藝。思想家の柳宗悦らが民藝という言葉を生み出し100年近く経った今、再び注目を集めています。機械の発達によって大量生産された品物があふれるなか、なぜ人々は民藝を求めるのか。そんな疑問を胸に、約15年に渡り民藝の捉え直しに取り組む哲学者・鞍田崇さんのご自宅にうかがいました。

 

(文:川端美穂/写真:米山典子)

Profile

鞍田崇さん

1970年兵庫県生まれ。哲学者。京都大学大学院人間・環境学研究科修了。現在、明治大学理工学部准教授。近年は、ローカルスタンダードとインティマシーという視点から、現代社会の思想状況を問う。著作に『民藝のインティマシー 「いとおしさ」をデザインする』(明治大学出版会 2015)など。民藝「案内人」としてテレビ番組「趣味どきっ!私の好きな民藝」(NHK-Eテレ)にも出演(2018年放送)。

https://takashikurata.com/

約100年前、思想家の柳宗悦たちが

生活道具の価値を見出して新定義。

F.I.N.編集部

民藝についてゼロから勉強するため、今日は鞍田さんの元を訪ねました。

鞍田さん

いやいや、勉強だなんてかしこまらなくても大丈夫ですよ(笑)。民藝って僕らの生活に近い、というより生活そのものですから。

F.I.N.編集部

ありがとうございます、なんだかほっとしました。では早速ですが、そもそも民藝とは何なのでしょうか?

鞍田さん

民藝は、1925年に思想家の柳宗悦(やなぎ・むねよし)が、親友で陶芸家の河井寛次郎と濱田庄司らとともに作った造語です。その当時、意匠を凝らした高級品を「上手物(じょうてもの)」と呼ぶのに対して、日常使いの安価な生活道具を「下手物(げてもの)」と呼んでいたんです。

F.I.N.編集部

今から100年ほど前の日本では、使うものに優劣がついていたんですね。

鞍田さん

そう、当時は誰も生活道具に価値を見出していなかったんです。だけど、柳たちはそういった無名の職人が作る物に美しさを見出し、民藝と命名した。それから、打ち捨てられようとしていたものの価値を人々に伝え、作り手を応援する、いわゆる「民藝運動」を行い、人々に民藝という言葉を広めていきました。

F.I.N.編集部

なるほど。工芸には美術工芸や伝統工芸などがありますが、民藝はそれらと具体的にどう違うのでしょうか?

鞍田さん

一般的に美術工芸や伝統工芸は、「使う」より「飾る」を主眼としています。由緒ある公募展に応募するために技術に粋を凝らした、規格に沿った作品が多い。展覧会では人間国宝の作品も飾られるような世界です。それに対し民藝は、「飾る」より「使う」に力点を置いているのが特徴ですね。陶、ガラス、鉄、木、布など、地域に根づいた素材を使い、ときには手仕事ならではの歪なものもある。だけど、それを否定せず、むしろ愛おしさすら感じられる。そういう大らかさがあるのが、民藝の特徴だと思います。

F.I.N.編集部

民藝は展覧会などで、技術や美しさを競ったりしないんですか?

鞍田さん

柳が初代館長を務めた〈日本民藝館〉で毎年公募展が行われていますが、関係者から聞いた話では、技を競い合うのではなく「健康診断」のため、つまり民藝の本質を見失っていないかの確認を目的に行われているそうです。柳が提唱した民藝の概念に沿って、「用に即し繰り返し作り得る品」を見つけ、普及させることが趣旨。唯一無二の作品を出品する場ではなく、同じ形を反復して作れる技術を見せ合う場という感じでしょうか。

建築家フランク・ロイド・ライトの考え方をモチーフにし、磯矢亮介氏が設計したという鞍田さんのご自宅。壁面には工芸品が並ぶ

「民藝1.0」「民藝2.0」「民藝3.0」。

便利な時代だからこそ、民藝の力を信じたい。

F.I.N.編集部

民藝が生まれて約100年。時代の変化とともに民藝のあり方も変わっていったのでしょうか?

鞍田さん

そうですね。民藝の本質は変わりませんが、社会や経済の変化によって変わってきたところはあると思います。約100年の間に40〜50年周期で3回のムーブメントがあり、僕はそれをウェブやビジネスの世界みたいに、「民藝1.0」「民藝2.0」「民藝3.0」と呼んでいるんです。

F.I.N.編集部

おもしろいですね。ぜひ、それぞれの時期と特徴を教えてください。

鞍田さん

まず、 「民藝1.0」は、民藝が誕生した1925年、大正時代の末。柳は単に物好きで「下手物」に注目したのではなく、行き過ぎた近代化に批判的な眼差しを向けました。それが知識人だけでなく、多くの民衆の人の共感を集め、大きなムーブメントになったのでしょう。

 

「民藝2.0」は、大阪万博が開かれた1970年頃。高度経済成長で都市化が進む一方で、地方が過疎化。するとその反動で、今にも失われそうな故郷に対するノスタルジーが高まり、民藝が再評価されました。また、当時国鉄が「ディスカバージャパン」というキャンペーンを打ち出し、旅ブームが起こり、日本各地の文化や自然に目を向ける人が増えました。

 

そして「民藝3.0」は、2000年代の終わり頃。世紀が改まってからインターネットやスマホが普及し、生活は激変しましたが、そのわりに豊かさを実感できない。とくにロスジェネ世代は長い間停滞感を覚え、生活のなかに確かなものの手がかりを求める機運が高まった。そして、この頃から作家ものの手仕事による生活道具が注目されるようになりました。作家が手がけた生活道具を販売するクラフトフェアやイベントが全国各地で開かれ、コロナ禍を経て現在も続いていますよね。こうして今再び、民藝が注目を浴びています。

鞍田さんがはじめて手に入れた民藝、上田恒次の小皿

F.I.N.編集部

約100年の間、時代の転換点で民藝は注目を集めてきたのですね。

鞍田さん

そうですね。民藝は、それぞれの時代に求められるべくして求められてきました。柳が民藝運動で訴えた「便利になることは良いことばかりではない」というメッセージは、さまざまテクノロジーが発展し、便利な世の中で暮らす今の僕らにこそ深く突き刺さりますよね。

F.I.N.編集部

コロナ禍で民藝に惹かれた人も多いのでしょうか?

鞍田さん

民藝はもともとハレとケで言ったらケのものですから、本来は人に見せたり、誇るようなものじゃない。だけど、そういう日常を大事にすることで自分自身が和み、癒される。コロナ禍になって、自分の生活を改めて見つめ直し、民藝に魅力を感じた人も少なくないと思いますね。

民藝の本質は「インティマシー(=親しさ)」。

大事なのは、生活を我がことにすること。

F.I.N.編集部

鞍田さんは民藝を捉え直すことをライフワークにし、フィールドワークとして日本各地の工房を巡っていますよね。全国の民藝を探求するなかで、今の時代における必要性をどう感じましたか?

鞍田さん

今の時代、生き方や暮らし方が多様になり、自分が何を選択すればいいのかわからなくなることって多いですよね。そういうとき、民藝がこれでいいんだよって示してくれるような気がしました。民藝は人に価値観を押しつけることは決してないんですが、見た瞬間にハグしたくなるような親しさや愛おしさがある。それを英語で「インティマシー」と言うのですが、柳が民藝に通じる世界を表現するときに用いた言葉なんです。

F.I.N.編集部

柳はどのように「インティマシー」を使って、民藝を表現したんでしょうか?

鞍田さん

柳は民藝を見出す前、早い時期から朝鮮半島の工芸に出会い、感銘を受けるのですが、その美を讃えるときに「インティマシー」と表現。以降、親しさと言い換えて、民藝を表現する言葉として使っています。近年、民藝の機能美がクローズアップされがちですが、美しさって、ともすると鑑賞性を押し進めるキーワードになりかねない。「インティマシー」は、遠くにいってしまった生活をぐっと自分に近づけ、我がことにすること。僕はそう解釈し、今の僕らに必要なんじゃないかと考えています。

F.I.N.編集部

民藝によって生活を我がことにするという考え、とても素敵ですね。ただ、生活と自分の距離を近づけるのは難しそうで……。

鞍田さん

コロナ禍のステイホームでより顕著になりましたが、今僕らの生活はゴールばかりです。ネットでほしいものをクリックするだけで商品が届くのはとても便利。ただ、その一方で、店頭で物を選んだり、自分で調理したりといったプロセスを体験する機会が減り、生活は薄っぺらくなったようにも感じます。

 

その点、民藝には、その土地の暮らしや生き方が詰まっている。実際、大学の授業の一環として学生を工房に連れて行くと、職人さんたちが手を動かしている光景を見て驚くんです。ものづくりの向こう側にはちゃんと人間がいる、と。民藝を入り口に、そうしたことに気づくと、どこか遠くの世界に感じていた生活が我がことに変わるような気がします。

 

もちろん、民藝は「興味を持ちなさい」なんて強制してきませんから、ビビッときたときにすーっとその世界に入っていけばいいだけ。そういう大らかさが僕は好きですね。

福島県会津若松市の関美工堂の企画で、家具職人と漆塗り師が手がけたちゃぶ台「NODATE chabu」。畳むことができ、持ち運びできるから、アウトドア家具としても人気だそう

F.I.N.編集部

人の気配を感じながら、肩肘張らずに心のままに民藝を楽しめばいいんですね。

鞍田さん

そうですね。親しみを感じたり、単純に「好き」と感じることが大事だと思いますよ。むしろ「あれは民藝だけど、こっちは違う」と線引きしたり、新しいものを頑なに拒んだら、民藝はスタイル化して、「インティマシー」から遠ざかってしまう。地域性や伝統性があって、丈夫といった特徴があるのが民藝ですが、社会が変わり、技術が進化するなかで、身近なものの素材や形もどんどん変わっています。時代や世の中が変われば民藝の佇まいにも変化が起こるでしょうから、これまでもそうだったように「民藝はこうじゃなきゃいけない」と縛り付けるのはもったいない。変化を受け入れ、許し、まずは自分の好きな民藝を見つけること。こうして民藝を日常に取り入れていけば、生活を自分のものとして取り戻せる。この先、いくら時代や民藝のかたちが変わったとしても、そんな可能性は絶えず広がっていくはずです。

F.I.N.編集部

この先も民藝は、自分と生活の距離を近づけてくれそうですね。最後に、そんな民藝を日常で使うときのコツを教えてください。

鞍田さん

やっぱり民藝の良さを実感するには、日常でどんどん使うことが大事だと思います。僕はけっこう粗相が多くて、器を割ってしまうこともあるんですが、そういうときは金継ぎの職人さんに修復をお願いしています。継ぎ目に金や銀で装飾をすると、その器の新たな魅力にもなりますし。その日の気分や状況によって、大量生産されたグラスを使ったり、民藝のグラスを使ったり。そうやって生活にグラデーションがあることは豊かな証拠だし、今の時代に自分らしく暮らしを楽しむ方法だと思います。

F.I.N.編集部

民藝を自分の生活に密着させて、もっと日常を楽しみ尽くしたいと思いました。鞍田さん、本日はどうもありがとうございました。

再生ガラスで作られた三重県伊勢市の「吹きガラス でく工房」のグラス。鞍田さんは割れても金継ぎをし、大切に使い続けている

【編集後記】

この連載を考えていく中で、歴史ある工芸の世界は、カテゴリーも幅広く、一つ一つの作品にも奥の深い技術がこめられていて、どう調査していけば良いのか雲をつかむような状態からはじまりました。

まずは、自分たちの生活に比較的身近な民藝からはじめてみました。これがとても良かったと思っています。強制力も優劣の決めつけもない、自分が親しみをもったものを使って、生活を自分のものにする。

民藝には、鞍田先生のコレクションのように、スペックや値段や話題に振り回されない自分の価値観を見つけることができる、ものの選び方がありました。これから各地を巡って調査を続けます。

(未来定番研究所 窪)

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