未来命名会議<全9回>
2022.07.06
暮らす
私たち人間を家事の束縛から自由にしてくれる家電。かつて昭和の時代は、「三種の神器」と呼ばれた「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」が憧れの対象となり、そして現在は「新三種の神器」として、時短を実現する「ドラム式洗濯機・ロボット掃除機・食洗機」が普及しています。では、これからの暮らしは、どのような家電によってアップデートされるのでしょうか。
未来の家電の姿を考えるヒントを得るため、空間の設計と消費者動向の両方に詳しい電通ライブの藤野達史さんと、知的家事を提唱する本間朝子さんに、「新・新三種の神器」について議論していただきました。二人が導き出した未来の家電とは?
(文:末吉陽子/撮影:末吉保乃香/協力:リノベる。)
藤野達史さん
〈株式会社電通ライブ〉空間プロデューサー、一級建築士。空間づくりやランドマークづくりなど、「場」を通じた様々な体験プロデュースに携わる。
ショールーム、グランピングやプールといったアミューズメント施設等の常設施設からポップアップストアまで、カタチに捉われないスペースコミュニケーションの実績多数。
本間朝子さん
知的家事プロデューサー。自身が仕事と家事の両立に苦しんだ経験から、ムダな時間と労力を省く「知的家事」を考案。住居の間取りのプロデュースや家事製品の開発などを行う。2020年、家事を「ゼロ」にするためのあらゆる方法(AI家電、家事代行、設備等)をさまざまな角度から紹介した『ゼロ家事』を出版。
パーソナルデータの活用を最大化。
無意識の感覚を汲み取る家電。
F.I.N.編集部
最初に、お二人が考える「新・新三種の神器」を教えてください。藤野さんからお願いします。
藤野
「新・新三種の神器」を考える前提として、まず「三種の神器」と「新三種の神器」がどのようなものだったか、自分なりに考えてみました。三種の神器は、昭和の経済成長で得た豊かさを象徴する家電で、新三種の神器は科学技術の進歩で家事の効率化を図れるようになった家電だと思います。
そして今、「これができるといいな」を実現する家電は、かなり出揃っている印象です。今後は個人にフォーカスされ、個人に対するベネフィットやサービスを提供してくれる家電が増えていくのではないでしょうか。個人に寄り添い、家全体の環境を整えるものが、「新・新三種の神器」になるのでは。
それを踏まえて、まずひとつ考えられるのは「空調システム」です。家族と暮らしていると、それぞれに体感温度が違いますよね。でも、1つの空間は、1パターンの空調のみです。ここは、改善の余地があるはず。たとえば、個人のバイタルデータなどを管理して、誰がどこにいるかをセンシングで把握して、自動的に温度を調整できるとさらに快適性が向上します。
本間
パーソナライズは、これからの家電のキーワードになりそうですね。物が散らかっているのと同じように、空気も散らかっているという発想に立つと、それを自分にとってベストな状態に整えることになりますよね。五感に起因する家庭の不和も減りそうです。我慢が減るという意味でも、優しい家電ですね。
藤野
そうかもしれません。個人への最適化を実現する上で、データの活用は「新・新三種の神器」の肝になると思います。2つ目も同様の観点から、「提案型の冷蔵庫」です。現在すでに、冷蔵庫をインターネットにつなぎ、食材の情報を入力しておくと、AIがおすすめのメニューを提案してくれるIoT冷蔵庫は開発されています。提案型の冷蔵庫は、それだけではなくて、個人のバイタルデータを蓄積し、いつ何を食べたかも踏まえて、冷蔵庫にある食材の栄養素を解析して、必要な献立を提案してくれるというものです。栄養を管理してくれる冷蔵庫とも言えるかもしれません。
本間
家事で一番大変なのは、作業よりも「考えること」です。特に献立を考えるときに、栄養的にバランスがいいのか悪いのか判断が難しいもの。それを冷蔵庫に任せられるとなると、心強いですね。
藤野
最適な栄養バランスを計算してくれるので、作る側も自信をもって提供できますよね。個人の不安感も取り除いてくれるはずです。そして、最後の3つ目ですが、「快適な睡眠を提供するベッド」です。快適な睡眠を自分でコントロールするのは難しいので、バイタルデータで、寝相や体の向きを踏まえて、動きにあわせながら寝返りの自然なサポート、枕の高さの調整をしてくれるようなイメージです。寝心地って感覚的なもので、そのときどきで感じることは違うと思います。常にフィットし続けるベッドがあれば、毎日幸せに生活できるのではないかなと。
本間
私もマイまくらを作っていますが、本当にフィットしているか分からないですよね。データだと根拠があるので信頼できます。
F.I.N.編集部
藤野さんの「新・新三種の神器」は、パーソナルデータの活用がキーワードになりそうですね。
藤野
おそらくこの先も、革新的な家電は発明されていくはずです。ただ、すでにかなり成熟しているので、既存の家電をよりパーソナルにアップデートさせていき、より豊かな生活を実現する方向にいくのではないかと予想しました。家電単体の美しさや便利さは、これからも求められるはずですが、個人の快適な生活環境をトータルでどのように構築するかに、家電の価値がシフトするのではないかと。
本間
3つがインターネットでつながって、パワーアップしていきそうですね。「家電=ハード」のイメージが強いですが、ソフトで勝負する時代を予感しました。
「安全な家電」の意味を再定義。
ハードからソフトの価値へシフト。
F.I.N.編集部
では、本間さんの「新・新三種の神器」を教えてください。
本間
もともとの三種の神器は、神様から受け継いだ「草薙の剣・八咫鏡・勾玉」の3つの宝ですよね。いずれも普通は手に入らないものであり、手に入れば願い事が叶うと言われているものです。それに家電をなぞらえているわけですが、かつて戦後の貧しい中で叶えたかった豊かさを叶えてくれるのが三種の神器で、家事の中心を担っていた女性が社会進出するようになり、余剰時間を生み出したいという願いを叶えてくれる時短家電を新三種の神器と呼ぶようになりました。
では、人々は少し先の未来に何を叶えたいのかというと、「安全」ではないかと思います。コロナ禍やウクライナ侵攻などの問題で、少なからず生活の安全を意識する人は増えたはずです。
そこで、安全をベースに家電の定義を大きく捉えて、新・新三種の神器を考えてみました。まず、1つ目は「AIの農家サービス」です。農家の方の経験や勘にもとづくスキルをAIでデータ分析して、水やりや収穫ができると、食糧難や価格の高騰の心配が減り、安全な青果物を自分で生産できるようになるのかなと思います。
家電は形のあるものだけではなく、暮らしの質を高めるものと捉えることもできるはず。その意味で、食の安全を担保できるサービスも、家電と言えるのではないかと考えました。少し悩みましたが、未来の話として空想するのもありではないかと。
藤野
とても面白い切り口ですね。物理的な脅威から身を守ることだけではなく、毎日食べるものの安全ってすごく大事。その道のプロのスキルをデータにして、安全でおいしい野菜が作れると、それこそ暮らしの安心感が高まると思いました。
本間
家庭菜園や畑など、場所は関係なく、気候状況や種付けのタイミングなどをお知らせしてくれるシステムをイメージしています。ドローンやロボットによる自動化とは、異なる観点で、自分たちの手でつくることが重要だと思います。それにより、自分たちが成長する楽しみや新しいことをできる喜びを知ることができるはずです。あと、たとえば冬から春になる瞬間の空気を体感するのは、大切にしたいところかなと。
藤野
技術の進歩によって、すべてオートメーションにするのではなく、余剰時間を楽しむことは忘れてはいけない視点ですよね。自分たちの手で作った野菜の美味しさは、替えが効かないなと。
本間
一方で、自動化によって守れる安全もあると思うんです。それが、2つ目の「おうちドクター」です。家にいながら健康診断ができる家電で、バイタルデータで診察したり、体調の変化や衰えを予測したりできるものです。藤野さんの提案型冷蔵庫ではないですが、おうちドクターに蓄積されたデータをもとに、体にいいレシピを導き出したり、自動でサプリメントを注文してくれたりすると、生活習慣病の予防にもなるはず。病気になってから直すのではなく、未病の観点で活用できるイメージです。
藤野
地域の医療格差の是正や医療費の削減にもつながりそうですね。提案型冷蔵庫とも連動できそうな気がします。
本間
最後、3つ目が癒しを通じた心理的安全につながるものとして、「ペットロボット」です。ペットを飼うには、体力と環境に問題があってハードルが高い場合もあります。別に何をするわけではないけれど、そこにいてくれたら安心できるペットロボットがいたら、メンタルを整えてくれるのではないかと。
この仕草に胸がキュンとするとか、癒されるというのは人によって違うので、犬や猫といった実在の動物のかたちではなくても良いと思います。たとえば、「丸い」「ちっちゃい」「柔らかい」といった要素を網羅したイメージのロボットです。かたちよりも、自分を慕って必要としてくれるような感覚が大事なのかなと思います。
藤野
メンタルのコントロールって、可視化しにくい部分ですよね。その人の心理状態に応じて最適な癒しを与えるペットロボットは、大きな価値がありそうです。アレクサやSiriも意思を持っているような気がしたときに、愛着がわきます。仮に人間関係がうまくいかなかったとしても、高齢になって思うように動けなくなっても、何か心の支えになってくれるような存在は、時代問わず必要とされるのではないでしょうか。
三種ではなく「最強のひとつ」があればいい。
コンシェルジュのように寄り添う家電へ。
F.I.N.編集部
いろいろな角度から「新・新三種の神器」を考えていただきました。最終的に3つに絞るとした、どう集約できそうでしょうか?
藤野
うーん、難しいですね。データを活用するという意味では、結構つながっている案もあるんですよね。データはデータでも、家庭ごとに蓄積されていくデータは一律ではなくて、どんどんパーソナライズの精度が上がっていくようなもの。そのプラットフォームそのものが新しい家電と言えるのではないかと。
本間
もしかしたら、バラバラな家電をすべてコントロールしてくれるようなもの、ですよね。最適な言葉が見つからないですが、コンシェルジュのように調整してくれるシステム?そうすると、3つではなく1つの最強神器かもしれないですね。ネーミングは難しいですけど、個人に寄り添い続ける家電なのかなと思います。
藤野
同感です。パーソナルデータがすべて集約されていて、それを読み込めば冷蔵庫もペットロボットも起動して、その人にとって最高な空間を揃えられる。意識しなくても生活に溶け込んでいるシステムのイメージです。現在のテクノロジーの進化具合からすると、そう遠くない未来のような気がします。
■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント
・家電の価値は、単体で有益な機能を提供することから、ユーザー個人の快適な生活環境をトータルで構築することにシフトする。
・不安定な世界情勢を受け、生活者は、食、身体、メンタル面などの安全管理を家電の力で叶えていくようになる。一方で、自分たちの手を動かして何かをつくったり、季節の移り変わりを体感したりする喜びを得ることは、生きる上での本質的な豊かさとして重要。この2つの点に応える家電が未来の定番に。
・利用するごとにどんどんパーソナライズの精度が向上し、個々に設置している家電をコンシェルジュのようにすべてコントロールしてくれるプラットフォームこそが最強の新・新三種の神器になりうる。
【編集後記】
超パーソナライズドエアコンや、AI農家サービスなどのお話をとおして、現在はテクノロジーによって生産効率性を追求する時代からシフトしていることを改めて実感することができました。家電を活用しながらも作業は自分たちの手で行い、寒さのなかに暖かさを見つけてよろこぶ。一見非効率かもしれないけれど人間らしい暮らしをあえて残すご提案は、まさに象徴的です。
近年、故人の声を再現する家電サービスなども提供されています。家電が生活者に提供する価値は、「安心」や「エモーショナル」といったキーワードが今後ますます色濃くなっていくのではないかと思いました。
(未来定番研究所 中島)
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