2024.08.30

体感する

テクノロジーで体感をつくり出す。分身ロボット「OriHime」を開発する吉藤オリィさんの人生譚。

デジタルやバーチャルが暮らしに根付いていく一方で、「リアルの重要性」を痛感している私たち。こうした社会の中で、この先どう生きていけばいいのか。F.I.N.では、現実と仮想をそれぞれ体感したり、比べたりしながら、5年先の「現実と仮想の社会」にもたらすヒントを探っていきます。

 

今回ご登場いただくのは、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を開発する吉藤オリィさん。どこにいてもスマホやPCで簡単に遠隔操作でき、「そこに居る」という実感と体験を提供しています。まさにテクノロジーで「体感」を醸成するオリィさんに話を伺うと、人生を変えた出会いがいくつもあり、それこそがテクノロジーで「体感」を醸成する意味につながっているよう。オリィさんの人生におけるターニングポイントや、テクノロジーと体感の関係性のお話を伺いながら考えていきます。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎正弘/サムネイルデザイン:millitsuka)

Profile

吉藤オリィさん(よしふじ・オリィ)

〈オリィ研究所〉代表取締役所長 CVO、ロボットコミュニケーター。1987年奈良県生まれ。小学5年生~中学3年生まで不登校を経験。早稲田大学在学中、孤独解消を目的とした分身ロボット「OriHime」を開発し、2012年に〈オリィ研究所〉を設立。分身ロボット「OriHime」、意思伝達装置「OriHime eye+ switch」、車椅子アプリ「WheeLog!」、寝たきりでも働けるカフェ〈分身ロボットカフェ〉などを開発。グッドデザイン賞2021全作品の中から1位となるグッドデザイン大賞、コンピューター界のオスカーともいわれるPrix Ars Electronica-golden nicaのほか、国内外で受賞多数。著書に『「孤独」は消せる』(サンマーク出版)、『サイボーグ時代〜リアルとネットが融合する世界でやりたいことを実現する人生の戦略〜』(きずな出版)、『ミライの武器「夢中になれる」を見つける授業』(サンクチュアリ出版)がある。

X:@origamicat

折り紙とロボットによって拓けた道

私のものづくりの原点になっているのは折り紙。元々体が弱いこともあって、小学校5年生から不登校になり、部屋の隅で折り紙を折ることだけが日課でした。といっても私は折図通りに作るのが苦手で、自分で創作した折り紙を折っていました。

オリィさんがあっという間に折ってみせてくれた創作折り紙「吉藤ローズ」

そんな私を見た母が「折り紙ができるなら、ロボットも作れるに違いない」と、ロボット大会に申し込んでくれ、出場してみることにしたのです。そうしたらプログラミングが楽しくて、どんどん夢中になっていって。その地区大会では奇跡的に優勝し、翌年の全国大会では準優勝しました。この時初めて、「頑張ったことが報われたうれしさ」や「ここまでやったのに優勝できなかったという悔しさ」など、そういう人間らしい感情を自覚しました。それが中学2〜3年生の頃。いわゆるメタ認知を得る時期としては相当遅いほうだったと思います。

ロボットを作る意味を教えてくれた恩師たち

そのロボット大会ではさらに大きな出会いがありました。私のものづくりの師・久保田憲司先生との出会いです。25年近く前の当時、二足歩行ロボット「ASIMO(アシモ)」が話題になっていたのですが、久保田先生はすでに一輪車に乗るロボットを作っていて、それがあまりにも衝撃的でした。これをきっかけに久保田先生のいる工業高等学校に進学したいと思いました。久保田先生に弟子入りすれば、新たな道が開けかもしれないと。

 

それまでは、学校で人と会って話をするのも、勉強をするのも苦痛で仕方ありませんでした。だけど、久保田先生のもとでロボット制作と技術をどうしても学びたかったので、これまで逃げてきた勉強と向き合うことにしたのです。初めて学校に行く理由ができたことで、不登校から復帰。無事に工業高校に合格することできました。

高校生になった私は、久保田先生のもとでロボット開発に没頭していました。特に注力していたのは、車いすの開発。プログラムを使うことで、乗った状態でも思い通りに動かせるモビリティーを作っていました。高校2年生のときに、「高校生科学技術チャレンジ(JSEC)」で文部科学大臣賞を受賞し、翌年に「インテル国際学生科学技術フェア(ISEF)」に日本代表として出場し、3位になりました。

 

会場にいらっしゃったノーベル物理学賞を受賞された小柴昌俊先生に「研究者に向いているよ」と言っていただいたのですが、その時はその道に進もう、とはなりませんでした。人とのコミュニケーションが苦手だったので、地元の町工場の職人になろうと思っていたんです。これまで人に迷惑をかけて生きてきたので、黙々と作業ができる仕事に就いた方が良いだろうと考えていました。

 

その後、メディアなどを通じて私のことを知った方から、「こういう車いすを作ってほしい」といった悩み相談がたくさん来るようになりました。そういう方々によくよく話を聞いてみると、自分自身を社会のお荷物になっているように感じ、「孤独」を抱えていることがわかりました。私がずっと囚われていたものと同じだったんです。今必要なのは便利な車いすなのではなく、「孤独の解消」なのではないか。そのための研究なら、命をかけてもいい。そう思いました。

「孤独」を解消するため、人と人をつなぐロボットを作る

高専に編入した私は、さっそく孤独を解消するために人工知能を研究し始めました。人工知能を研究の題材に選んだのは、人間は頑張って友達になってもすぐに喧嘩して離れるので、非常にコスパが悪いと思ったから。しかし、人工知能では人を癒すことはできませんでした。

 

それはなぜか。そもそも私が孤独を解消できたのは、いろいろな人との出会いがあったからです。自分では気づかない能力を見出してくれたり、新たな視座を与えたりしてくれるのは、いつも人でした。人生はきっと、どういう人に出会うかによって変質していく。もちろん偶発的ではあるけれど、その運の要素を左右するのは、いかに出会いをつくれるかどうかなのではないか。孤独を感じている人や障害を持っている人は、出会うべき人に出会えてない可能性があるかもしれない。これまでの自分の経験と人工知能の研究から、「孤独を解消するために本当に必要なのは、人との関係性をどう築くか」という仮説にたどり着きました。

 

当時、人と人が浅く繋がるSNSが登場していましたが、本質的なコミュニケーションを取り合える福祉機器がなかった。それを叶えるため、人と人を介在するようなロボットを開発しようと思いました。

「ここにいる」感覚をつくるには、想像する余地を与える

早稲田大学に入学し、オリィ研究室を立ち上げました。人工知能を搭載せず、人が遠隔で操作しながら動かす分身ロボット「OriHime」の研究をスタートしました。

 

操作する人の顔をモニターで映したり、私の顔をレーザースキャンしてシリコンマスクで被せたり。いろいろな実験を行いましたが、ロボットの顔を人間に近づけるほど相手が違和感を抱き、「ここにいる」感覚から遠ざかりました。一方、私たちは演劇や紙芝居などの架空の物語やキャラクターに命を感じることができます。ぬいぐるみなどに対しても同じで、床に落ちていると「かわいそう」といった感情を抱いたりしますよね。そうした研究と実験を繰り返した結果、自分が「ここにいる」感覚をつくるための必要なのは、余計な情報ではなく、想像する余地を相手に与えること。そのため、顔のデザインはあえて能面をモチーフにし、見る人の気持ちや角度によって喜怒哀楽を感じられるようにしました。

操縦者が遠隔動作で首や腕を自由に動かせる「OriHime」。東京・日本橋の〈分身ロボットカフェ DAWN ver.β〉で体験できる

それから「OriHime」を操作する人の意思や感情を伝えるため、6つの関節と首を動かす身体表現も搭載しています。これは私がコミュニケーションを学ぶために研究した演劇やパントマイムの技法から着想したものです。手を挙げたり、拍手をしたりと、小さな動きではありますが感情表現を可能にすることで、「ここにいる」感覚を実現しています。

 

「OriHime」の開発を始めてから15年ほど。テクノロジーによって「ここにいる」感覚をつくっていますが、生身の人間には敵いません。ですが、その感覚をつくるうえで大切なのは、相手との関係性です。本当にその場にいなくても、自分の働きかけに対して相手からリアクションが返ってくるという信頼感があれば、物理的な距離を超えて感覚の醸成につながると思っています。私たちが目指しているのは情報の伝達ではなく、「存在の伝達」。テクノロジーでそれを叶えられたら、自分がそこにいるという状態をつくり出し、ひいては孤独の解消につながると考えています。

 

今、ロボットやAIに人間の役目を奪われるともいわれているし、今後はテクノロジーに敵わない時代が来るかもしれません。そうした中で、私たち人間に残されているのは「感情」と「関係性」だと思います。そういったコミュニケーションが実現できる限り、私たちは誰かに必要とされながら生きていけるはずです。

〈分身ロボットカフェ DAWN ver.β〉

住所:東京都中央区日本橋本町3-8-3日本橋ライフサイエンスビルディング3 1階

TEL : 03-3527-2136

営業時間:11:00〜19:00

定休日:木曜日(祝日の場合は営業)

https://dawn2021.orylab.com/

【編集後記】

取材当日、遠隔地から「OriHime」を介して接客している様子を拝見し、「OriHime」がただのロボットではなく、人々にとって大切な「存在」として機能していることを実感しました。

自分の代理として動くロボットが実際に「そこに居る」という事実が、双方の話しやすさを高め、コミュニケーションが活性化するのを、自分自身が体験することで理解できました。

公私を問わず、ビデオ通話などで顔を見ながら会話することが一般的になってきましたが、こういった存在が仮想と現実の境界を曖昧にしてくれることで、私たちの暮らしはより豊かさと多様性を備えたかたちで発展しやすくなるのだと感じました。

(未来定番研究所 榎)

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