2024.11.29

見守る

監視ではなく、自由になるために。これからの見守りサービスとの向き合い方。

これまで人や街が担ってきた「見守る」。現在ではテクノロジーがその役割を担うことで、安心・安全な社会を実現しつつあります。私たちは誰かに見守られることで安心感を覚える一方で、それが過剰になると息苦しさを感じることも。そこで今回の特集では、「見守られると安心?」という問いをもとに、その距離感を考えながら「見守る」について探求します。

 

昨今は、インターネットを介してさまざまなデバイスが相互に通信する「IoT(Internet of Things)」や「AI」の発達によって、子供や高齢者などの生活をオンラインで見届けられるようになりました。見守りサービスの研究・開発が進み、いつでもどこでも大切な存在を見守ることができるようになったけれど、見守られている側からすると「見張られている」と感じてしまう人もいるはず。「見守る」と「見張る」、そのバランスを取るために、見守りサービスにはどんな工夫がされているのでしょうか。私たちはテクノロジーをどう活用し、どう距離感を保っていくべきなのでしょうか。AIやIoTを活用したデータに基づくヘルスプロモーション研究を行う〈産業技術総合研究所〉人工知能研究センターの北村光司さんと大野美喜子さんに伺います。

 

(文:船橋麻貴/イラスト:マトバユウコ/サムネイルデザイン:よシまるシン)

Profile

北村光司さん(きたむら・こうじ)

〈産業技術総合研究所〉人工知能研究センター・主任研究員、〈NPO法人 Safe Kids Japan〉理事。

子供の傷害予防・キッズデザインの研究に従事し、特に、傷害データを収集するためのサーベイランスシステムの開発や傷害データの分析技術の研究、センサーを用いた人のデータ計測やその情報処理技術の開発に従事。また、高齢者を対象とした生活デザインのための情報処理技術の研究を行う。

 

大野美喜子さん(おおの・みきこ)

〈産業技術総合研究所〉人工知能研究センター・主任研究員、〈NPO法人 Safe Kids Japan〉理事。

米国サンノゼ州立大公衆衛生修士(MPH)を経て、産業技術総合研究所人工知能研究センター主任研究員に。現在は、現場での実践とデータサイエンスを駆使し、人の行動を無意識的に変える環境デザインや、主観的体験を通じて変えるマイクロハピネスの研究を推進する。

私たちに必要なのは、見守られることへの受容

IoTやAIなどテクノロジーの発展によって、広まりつつある見守りサービス。近年では「ネットワークカメラ」「スマートリモコン」といった家電が続々と登場し、見守りもリモートでできる時代に。見守りサービスが身近な存在になった一方で、懸念されるのがプライバシーなどの問題です。

 

ところが、〈産業技術総合研究所〉人工知能研究センターの北村光司さんと大野美喜子さんは、「プライバシーを保護するための技術開発はすでに進んでいる」と口をそろえます。それには、インターネットが現在のように一般的になる前に登場した見守りサービスが関係しているよう。

 

「2000年代初めに、離れて暮らす高齢の親を主な対象として、部屋の移動を人感センサーで検出し、起床や外出、トイレなどの生活状態を1日のレポートとして見守る側に届けるような画期的なサービスがありました。しかし、残念ながら広く普及するというところまではいきませんでした。1日元気に暮らしていることを知ることはできますが、急な体調不良で倒れた時などにすぐに状況を知りたい、といった利用者のニーズに応えるところまでは至っていなかったことも1つの要因だと思います。また、当時は今よりも日常生活でセンサーなどに触れる機会があまりなく、抵抗を感じる人も少なくなかった。 それらが普及の弊害になったように思います」(北村さん)

2000年代は他者に見守られることへの抵抗感が根強く、普及に至らなかったという見守りサービス。それがインターネットの発展と普及が進むと、センサーの小型化やAI技術を中心とした情報処理技術の向上など、その基盤が整います。それとともに、高齢化社会の加速や核家族化などの家族形態の変容、近所付き合いなどが希薄になったことによって街の見守り機能も低下したことで、見守りへのニーズも増加。テクノロジーの進歩と社会的な背景が合致し、見守りサービスの研究・開発がさらに加速していきます。

 

そして2010年代以降になると、当初課題となっていたプライバシー侵害の問題や見守られることへの抵抗感を解消した見守りサービスが開発され始めます。人の形だけを識別できるものや歩いている骨格のみを認識できるサービスなど、現在では見守られる側のプライバシーに配慮したサービスがたくさんあるそう。

 

「今は見守りの映像チェックをAIが担っているものも多く、人ではなくテクノロジーが見守れるようになりました。その一方で、信頼感があるお医者さんのように『人』に見てもらいたいといった声もあります。私たち人間側のテクノロジーに見守られることへの受容がまだ追いついていないのかもしれません。

 

また、人が見守られることをどう感じるのかの研究もあまり進んでいないのが現状です。今大事なのは、テクノロジーに見守られることを人に安心して受け入れてもらうためにはどうしたらよいか、といった人間のマインドや行動の研究なのかもしれません」(大野さん)

健康な人こそ、見守りサービスの導入を

現在の見守りサービスにおける課題は、「テクノロジーの発達と人間の受容が乖離していること」という北村さんと大野さん。この2つの距離を近づけるのは、なかなか難しい問題があるそう。

 

「テクノロジーは仕事や遊びなどとの相性は非常にいいのですが、事故や病気など健康のために役立てるとなると格段に難しくなります。なぜかというと、見守られる側からしたら『自分はまだ元気』という思いが少なからずあるから。そういったマインドセットを変えるためには、見守りサービスで得られるリターンがリスクを上回らなければなりません」(大野さん)

 

見守りサービスのリターンとして2人が期待しているのが、事故や病気が起きる前の「予防」という観点。

 

「私たちの研究グループではセンサーを搭載した手すりを開発し、実際の住宅に設置して研究をしています。どのくらい体重をかけて歩いているか、歩行速度はどのくらいなのか。そういうことが日々計測できるので、人の目では気づけないような体の変化を把握することができます。

 

それから公衆衛生の分野における研究では、笑顔は健康と大きく関係しているという結果が出ています。例えば人間の表情を識別できる機能を搭載した見守りサービスを使えば、暮らしの中で笑顔が減ったことにいち早く気づけ、うつ病などの心の病気の予防に繋げることができると思います」(大野さん)

健康であってもデータを蓄積することで、事故や病気の予防など健康推進に役立つという見守りサービス。健康な人こそ見守りサービスを取り入れる価値があるといいます。

 

「データの漏洩や流出といったセキュリティー面のリスクはもちろんあります。私たちがテクノロジーを活用する時、そのリスクをゼロにすることはできません。テクノロジー側はリスクを可能な限り減らし、利用者はそのリスクと得られるメリットを理解したうえで、うまく利用していく。そうやって見守りサービスを活用していければ、自分の健康を維持する大事な手段の1つになり得ると考えます」(北村さん)

見守りサービスの発展に必要なマインドセット

テクノロジーの発達によってデータを蓄積できるようになった今、これからは見守りサービスを「予防」のために活用してほしいと話す北村さんと大野さん。私たちの生活に馴染ませるためには、見守りサービスの捉え方を変えることが大事だと話します。

 

「保育園で導入される見守りサービスとして、窒息や乳幼児突然死症候群を防ぐために、うつ伏せなど寝ている時の身体の向きをセンサーで判別するものがあります。通常は数分おきに保育士が目で見て記録をするという手間のかかるやり方をしていますが、テクノロジーを使うことで忙しい現場の支援に繋がっています。しかし、テクノロジーであっても100%の安全、つまりゼロリスクを成し遂げることは難しい。特に生活の中では想定外の状況や使われ方があるため、見逃しや間違った検知が起き得ます。人間も同じように見逃したり、間違えたりしますし、そもそも見守ることができていない場合も多くあります。テクノロジーを活用することで、人間が見守るだけよりは良い状態になっている。今私たちがするべきなのは、安易に開発者や作り手を責めるのではなく、見守りサービスは大切な人の事故や病気、ケガを事前に見つけられる自分の機能を拡張してくれるものだと認識すること。完璧なものだけしか許容しないと技術の開発も進みませんし、私たちの生活も良くなっていきません。そうやって見守りサービスを捉え直せたら、研究・開発がもっともっと進んでいくと思います」(北村さん)

 

「見守サービスは『もっと自分を自由にしてくれるもの』と認識していただけたらうれしいです。カメラやセンサーが街中にあることで安全に外出でき、もし自分に何かが起きたら助けてくれる。監視されていると思うのではなく、そういう風に見守りサービスを捉えていただけたら、この先の社会がより良くなり、自分も楽しく生きやすくなると思います」(大野さん)

【編集後記】

ある時、駅構内を歩いていてふと監視カメラが目に入り、よくみてみるとあちらこちらに設置してあるのに気づいたことがありました。見守られている自分はカメラには気づいてもその先のシステムのことは考えたことがなく、今回の取材はいろんな点で目から鱗でした。技術はすごく進んでいて、でも使う側の意識や気持ちとフィットしないと定着は難しい……転ばぬ先の杖どころではなく、転ばぬ先のキングサイズふっかふかマットくらいの安心感を研究されているのを知ることができてよかったです。百貨店としても、あらゆるお客様が心も身体も安心安全かつ自由にお買い物や休息を楽しめる場でありたい、と思いました。

(未来定番研究所 内野)

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