未来定番サロンレポート
2020.06.01
デジタルメディアを基盤に、行為の主体を自律型装置や外的要因に委ねることで人間の身体性を焙り出し、表現の主体性を問う作品を多く制作する、美術家のやんツーさん。
2017年滋賀県のボーダレスアートミュージアム「NO-MA」で開催されたボーダレスなアート表現が集結する−『大いなる日常』展では、人工知能を実現するための一つの手法である機械学習を取り入れたシステムを使った作品を制作。そんな彼の視点から、テクノロジーと人間の境界、関係性について話を伺います。
(撮影:猪原悠)
ポストヒューマンから考える
「知性」「芸術」とは?
F.I.N編集部
表現する上で、テーマやコンセプトにしていることを教えてください。
やんツーさん
2009年に多摩美術大学大学院を修了してから現在まで、自律的に振る舞うドローイングマシンを多く制作しています。「表現する主体」としてそういった装置をつくってきたわけですが、最近では「鑑賞する主体」のようなものもつくれないかとか、そこから人間が介在しない芸術の円環を構築することは可能なのかといったことを考えて作品をつくっています。ざっくりいうと、「ポストヒューマン」というテーマがどの作品にも通底してあるかなと。また、自律的な主体のようなものを構築するにあたって「知性とは何か」とか、そもそも芸術は人間のための営みであるという大前提から疑って、批評的に捉え直すということがテーマとしてあります。
F.I.N編集部
具体的にどのような作品で表現するのでしょうか?
やんツーさん
2011年前後の初期のドローイング装置では、バネの伸び縮する動きや、二重振り子から生まれる非周期的なカオス性など、不確定性や偶発性に委ねた運動を取り出してドローイングを生成するというアプローチが多かったのですが、そこから徐々にセンシングであったり、人工知能を構築するための方法の一つである機械学習を使ったりなど、外部との因果関係を持たせ描くものにシフトしていっています。また、Siriなど既成のプロダクトを使うアプローチもあれば、エンジニアの協力を得ながら高度なテクノロジーを駆使して機能を実装していくことも多いです。近作の《鑑賞から逃れる》という作品では、絵画や彫刻、映像といった作品たちが、人に見られることから逃れるように、観客が近づくと遠ざかったり壁に伏せたりするインスタレーションをつくりました。
テクノロジーの先に見える
人間の素晴らしさ
F.I.N編集部
作品を作る上で、テクノロジーだからできることはどんなことだと思いますか?
やんツーさん
ごく当たり前のことですが、現在のコンピューターは人間には到底不可能な速さで正確な計算ができる。それに尽きると思います。それによって人間単体では不可能なことが可能になり、人間の能力が拡張されることになる。一方で、「人工知能」というと、人間のような知性が備わったものだと勘違いされがちですが、全然そんなことはなくて、現行の人工知能と呼ばれるものは、大量のデータを食わせた上で単一の目的を達成させる「道具」のようなものがほとんどです。人間のように自ら問題設定をし、自律的に思考するといった汎用性はまだありません。現在のテクノロジーの限界が、相対的に人間の特性をあぶり出し、様々なことを気づかせてくれる面もあると思います。
F.I.N編集部
逆に、人間だからできることについてはいかがですか?
やんツーさん
例えばスプレー缶を手にとって、ノズルを押して壁に塗料を吹き付けていくという、人間にとっては造作もない一連の動作を、自分で1からモーターなどを使ってフィジカルに実装していこうとすると、なかなか複雑で大変な作業だということに気付かされます。人間にしかできない作業ということではないですが、人間ならすごく簡単にできるのに、そのタスクをこなす機械をつくろうとするとものすごい大変でお金も時間もかかる。そういうようなことを体験する度に、ついつい「人間ってすごいんだなあ」と思ってしまいますね。「ポストヒューマン」とか言っておきながら、人間の素晴らしさを誰よりも身を以て噛み締めているかもしれません(笑)。
クリエイティブな思考は
インプットの繰り返しから。
F.I.N編集部
インスピレーションはどこから生まれるのでしょうか?
やんツーさん
とにかく、インプットすることから生まれます。日常生活でのすべてにおいてアンテナを張り巡らせて、作品のテーマに紐づく情報を収集します。本を読んだり、展覧会を観に行ったり。インプットを繰り返して情報やアイディアソースを身体化させるという感覚です。そうでないと、いざ新作を出してください、展覧会に出してくださいと言われた時、アイディアが降ってこない。天才的に降ってくるということは、それが自然とできているんですよね。無意識化されていて身体化されている証拠だと思います。ものの見方を鍛えて、クリエイティブな思考を身体化させるためには、とにかくインプットしかないと思っています。
F.I.N編集部
それを上手にアウトプットするにはどうすればいいのでしょうか?
やんツーさん
とにかくアウトプットしていくしかないと思います。いきなり上手く表現できるなんてことはあり得ないので、とにかくつくってたくさん失敗する。実際にアウトプットするところは、簡単なようで実はハードルが高いと思います。多くの人はインプットして考えるところまでで終わってしまう。そこから実際に手を動かして実践するというところまでやれる人が、上手にアウトプットできるようになる人だと思います。
F.I.N編集部
5年先のご自身の未来についてどのように考えていますか?
やんツーさん
テクノロジーをつかっていない作品で、素晴らしいものっていくらでもあります。そういう作品に出会うたび、膝から崩れ落ちる。自分が多くの時間とお金をかけて、高度な技術を駆使して苦労して実装してきたものを無化されたような気持ちになります。なので、今日はテクノロジーを軸に色んなお話をしましたが、決して「テクノロジー」というものに囚われすぎず、設定した問題に対して必要なければ使わないという選択肢を常に考えなければいけないと思ってます、アーティストとして、これもごく当たり前のことではありますが。「メディアアーティスト」と括られるとついついテクノロジーありきで作品を考えてしまう。ただ5年先も10年先も、その時々、「現在」を考えながら作品をつくり続けたいと考えています。
やんツー
1984年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。美術家。2009年多摩美術大学大学院デザイン専攻情報デザイン研究領域修了。デジタルメディアを基盤に、表現の主体性の問う作品を多く制作する。バルセロナとベルリン滞在を経て、2015年から東京と京都を拠点に活動している。
(撮影:松見拓也)
編集後記
やんツーさんは、テクノロジーを用いて表現をすることで、ヒューマニズムに疑問を投げかけている、といいます。このやんツーさんの行為は、「問いをたてること」とも言いかえられると思います。これはテクノロジーにはできず、人間にしかできないこと。ときには常識を疑い、ときには理想を描き現実とのギャップを考える。この「問いをたてる」力こそ、人間とテクノロジーが共存するこれからの社会において、より必要になってくるものかもしれません。(菊田)
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