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2021.03.03

オムロン株式会社に聞いた、新しいテクノロジーとのニューノーマルな暮らし。<全2回>

前篇| 「SINIC理論」から考える、未来の「テクノロジー共生社会」。

戦後の混乱期を乗り越え、高度成⻑を迎えた1970年。大阪万博が開催された年に、オムロン創業者の立石一真氏らは、来るべき時代の社会課題を予見し、科学・技術・社会それぞれの円環的な相互関係から未来を予測する〈SINIC(*1)(サイニック)理論〉を国際未来学会で発表しました。以降、同社は、これを経営の羅針盤として、数多くのイノベーションを創出してきました。2020年の新型コロナウィルス感染拡大によって、混乱が続く現在。〈SINIC理論〉では私たちの生きる現在とその先の未来について、どう捉えているのか。前編は、オムロングループの株式会社ヒューマンルネッサンス研究所社長の中間真一氏と、オムロン サイニックエックス株式会社 社長の諏訪正樹氏にお話をうかがいました。

(撮影:小野真太郎)

 

*1 SINIC

SINICとは「Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution」の略。

〈SINIC理論〉とは、何か?

オムロンの創業者、立石一真氏は、1900年に熊本市に生まれ、1933年、大阪市でオムロンの前身となる〈立石電機製作所〉を設立しました。レントゲン写真撮影用タイマーに始まり、電子式自動感応式信号機や無人駅システムを開発した立石氏が、1970年に発表したのが〈SINIC理論〉です。

1970年に発表されたSINIC理論の基本構造を示した図。「技術」「科学」「社会」の3つが相互に作用しながら発展していくことを説いた。(オムロン提供)

オムロンのシンクタンクである、ヒューマンルネッサンス研究所の中間社長は、〈SINIC理論〉についてこう解説します。

 

「〈SINIC理論〉の基本的な考え方は、このような図式で表されます。科学と技術、社会が相互に作用しながら発展していくというものです。社会が技術の必要性を求めて、技術が社会革新を起こします。科学は技術の種を与え、技術は科学に刺激を与えます。科学と社会も無関係ではなく、科学は社会に希望を与え、社会も科学に期待をする。これらが円環的に相互に作用して、社会は発展していきます」。

SINIC理論の未来ダイアグラム展開図。(オムロン提供)

この〈SINIC理論〉を元に作られた〈未来ダイアグラム〉では、原始社会からスタートし、次の社会に移行するための要素を表現しています。

 

「この図は、立体にすると螺旋の一周分になります。原始社会から始まり、再びそこに戻るのではなく、一つ上の段階に上がるわけです。進化に必要な時間も次第に短縮化されていくという未来予測です。SINIC理論を発表した1970年は工業社会真っ只中で、自動化社会から情報化社会へ遷移しようとしている時代でした。そして、情報化社会が終わると、大きなパラダイムシフトが始まる、〈最適化社会〉がやってきます。現在はこの最適化社会の時代です」。(中間氏)

経済力(「1人当たりGNP」)を基準に10段階に区分した社会発展段階を示した図。(HRI作成)

これまでは、物質的な豊かさを享受する一方で、経済格差や気候変動、雇用機会の喪失、社会的孤立とたくさんの負の遺産も生み出しました。現在の〈最適化社会〉は、混乱と葛藤の中で、これらの社会課題を解決し、次の時代に移行する、まさに「最適化」が進む社会です。

 

「歴史を振り返ると、生存を安定化させた〈農業社会〉から、物質的な豊かさをもたらした工業社会に移行する間には、ルネッサンスという時代があったわけです。ペストの大流行で多くの死者が出たり、教会の権威が失墜したり、そういう混乱と葛藤の時代を経て、新たに近代科学や芸術が開花しました。現在の<最適化社会>も、広い意味での工業社会から、まったく新しい<自律社会>に移行するための“セカンドルネッサンス”として、歴史から学べることも多いのです」。(中間氏)

次の〈自律社会〉では、「心の豊かさ」が価値になる。

〈SINIC理論〉によると、現在は〈最適化社会〉の真っ只中ですが、次に来る新しい時代の兆しも、すでに見え始めています。キーワードとなるのは、「SDGs」「ESG投資」「エシカル消費」「シェアリングエコノミー」「ブロックチェーン」「リープフロッグ」など。これらを支えるのは情報であり、社会の中のさまざまな個々の情報を繋げながら、社会全体の最適化を促進し、次の〈自律社会〉が形成されていきます。

 

「〈自律社会〉への兆しは、先進国だけの話ではありません。アフリカなどこれまで電話網が整備されていなかった地域の方の間で、携帯電話の普及が一気に拡大したように、物事の進化が一気に進むリープフロッグ(*1)も起き、パラダイムシフトは一斉に世界中で進み始めます。一方、最近では “スマホ脳”などという言葉にも表れているように、技術進化による人間の弱体化や、超高齢化による社会活性の低下など、自律社会の新たな課題も顕在化し始めています。モノの豊かさから、ココロの豊かさへシフトする中で、生活者が美術や工芸を楽しみ、芸術が復興するようなことも〈SINIC理論〉では予測しています」。(中間氏)

*1 リープフロッグ
既存の社会インフラが整備されていない新興国において、新しいサービス等が先進国が歩んできた技術進展を飛び越えて一気に広まること。

では、具体的にこれからやってくる〈自律社会〉とは、どのようなものでしょうか。

 

「これまでの管理型社会から、より自然に近いノーコントロールな状態へ移行し、心と集団中心の価値観に基づいた、自律分散型の社会になるだろうと予測しています。自分で考えアクションを起こすことで最適化が促され、他者と共生しながら自己実現に向けて努力する社会です。活動の場が物理空間の制約なく分散化し、感覚、感性、情緒、宗教といった精神文明への関心も高まります。コンヴィヴィアルな社会です」。(中間氏)

 

“コンヴィヴィアリティ”、イヴァン・イリイチ氏が提唱した概念で、節度のある自立共生・共愉を表しており、<自律社会>のキーワードになります。その発展を加速させるのが、“精神生体技術”となります。これは、人間の心と身体の自律的なしくみに働きかけ、活性化させることで、生きる喜びを向上させる技術です。

 

「機械は、人に代わって単純労働や危険作業を担うものとして、これまで進化を続けてきました。これからは、VRやAR技術のように、人が機械の支援を受けて、自らの可能性や能力を拡張・共創する時代になるでしょう」。(中間氏)

 

人工知能や脳神経科学も技術として実用化され、人と機械が融和し、物質より心が豊かな社会を実現していく、まさに“ウェルビーイング”を価値とする社会の到来です。「心」と「集団」中心の自律分散型社会では、経済発展は成長から成熟へ。そして、自律性や互助性を備えて、人間が真の変容を遂げます。そして、精神生体技術が物質と心、あるいは、身体と心のギャップを埋め、〈自律社会〉の豊かさを生み出します。そして、〈SINIC理論〉では、〈自律社会〉が常態化すると2周目の出発点となる〈自然社会〉にたどり着くのです。

 

「〈自然社会〉は2周目の始まりです。自然の生態系を考えてみてください。誰も、何も管理していない、ノンコントロールでありながら持続可能性が担保されています。この生態系に、人間社会の活動と技術も含め込み、自然の摂理やプロセスの一部に融和する循環型社会、これこそ理想的な社会なのではないでしょうか。そのような社会への進化を促す技術として〈超心理技術〉は、まだイメージを具体化しきれてはいません。かつて、テレパシーや透視などの超能力が流行したことがありましたが、スマホのメッセージアプリやSNSで遠隔地にいても瞬時に意思疎通ができる。現在のコミュニケーションって、実はそういう点では超心理技術の兆しとも言えます。当時、考えられていた“テレパシー” のような、無意識の中から自律が担保されることへ徐々に近づき、未来の〈自然社会〉に近づいていくのだろうと思い描いています」。(中間氏)

未来の課題は、エネルギー問題と人間の弱体化。

では、現在、オムロン サイニックエックス社では、〈SINIC理論〉を元にして、どのような試みが行われているのでしょうか。諏訪正樹社長によると、まず、未来を考える上で、前提条件を考える必要があるそうです。

 

「私たちは、今、考えうる未来の姿をいち早く捉えて、社会実装するという試みをしています。では、どのように未来を捉えるのか。よく“X年後の未来”として提示される未来像は、ほとんどが、教育、医療、環境など、各分野の未来予想図を重ね合わせ“総和”として提示されたものなんです。しかし、その足し算には問題が生じます。そのひとつの例がエネルギーや資源の問題です。とあるレポートによると、世界中の全ての人が、日本人と同じ生活レベルになるためには地球2.3個が必要だと言われています。また囲碁の世界では、グーグルのAlphaGoというAIがプロ棋士を打ち負かし、その実力差はどんどん開いているそうです。ただ、これを囲碁の実力という知能面ではなく、エネルギーの観点でみると、囲碁をする人間の脳は電力換算で21Wのエネルギー消費である一方、AIは、25万Wもの電力を消費していたと言われています。囲碁というたった1つのゲームだけでも、これだけ電力消費に差があるわけなので、これから先、AI技術がどんどん進歩していく場合、その背後にはどれだけエネルギーが必要になるのか。そういうエネルギー観点での制約が、未来を考える上では、ひとつの重要な前提条件になります」。(諏訪氏)

機械と人間が融和して、お互いに進化する未来へ

現在、オムロングループが取り組んでいるのは、お互いに人間と機械が補い合い効率的に協働し、そして融和することでより創造的になれるような「人間と機械の関係性の構築」です。

 

「これまでは、機械が人間の作業を代替していましたが、これからは人間の意欲を引き出したり、成長を促す機械が生まれてくるだろうと思います。よく、AIが人間の仕事を奪うと言われていましたが、AIが得意なのは、規則性の発見、分類、広範囲のデータの効率的な絞り込みなど。AIが導きだした、それらのデータに意味を見出すのは人間の役割なんです」。(諏訪氏)

 

現在のAIは、中央サーバに大量のデータを集めてAIが分析していますが、これからは、それぞれローカルで学習したAIが中央に集まり、互いに知能を増強させる大規模な分散機械学習が普及することで、データ解析のスピードが格段に上がると言われています。また、機械には多様なセンサ(人間にとっての五感)が付与されAIと組み合わさることで、例えばカメラで映像を捉えて、自ら動きを習得する「目で見て覚える」機能なども進化しています。

 

「AIは学習、すなわち学ぶことが得意です。例えば将棋というゲームひとつとっても何時間も延々と学習を繰り返す中で、効率的に何億手先もの手を読むことができるようになります。人間がこれまで知らなかったような“良い手”をいとも簡単に発見できるわけです。一方で、トッププロ棋士の藤井聡太さんは、AIが6億手以上読んでようやく最善だと判断した手をわずか20分余りで指したこともあるそうです。こんなふうにAIと人間は互いの強みを出し合うことで進化することが増えるでしょう。また、機械は人間のもつ身体性や思考を理解することはできません。人間と機械が補完し、お互いに融和し進化していくことはこれからますます必要不可欠になるのではないでしょうか」。(諏訪氏)

「人と機械の関係性」を示した図。(オムロン提供)

5年先のコミュニケーション、モビリティ、教育

では、〈SINIC理論〉をもとに、2人が考える5年先の未来とは? 機械と人間の未来を考える諏訪社長は、5年後には2つのことが実現しているのではないかと語ります。

 

「人と人とのつながりにおいて、時空間はますますショートカットされるでしょう。8K映像が実用化されていますが、5Gが普及したら、遠距離の人も8K映像によってすぐそばにいるような臨場感が味わえるでしょう。水族館も、海底カメラによる8K映像で海の魚たちを見る施設になるかもしれません。過去と未来も、どんどんシームレスにつながるような体験が身近になることでしょう」。(諏訪氏)

 

また、モビリティの変化についても、次のように話してくださいました。

 

「すでに自動運転は実用化されていますが、今の問題は、自動運転車と(自動運転ではない)普通の車が共存する社会のイメージがなかなか見えないこと。つまり、ゆずりあいなど人の思考を理解することが難しい機械を人間が理解してあげなければならない。どこかのタイミングで、社会が一斉に自動運転を受容する以外に完全自動運転の社会は来ないのではないかとさえ思います。モビリティの未来において、もうひとつ肝になるのは、モビリティ自体の多機能化です。現在でもサードプレイスや、自分の居場所として車内空間を利用する人も多いのですが、車が多機能化することによって、それがもっと多目的化するのではないでしょうか。高齢ドライバーによる自動車事故も社会問題になっていますが、安全性を確保した上で、高齢者が認知機能を保持するトレーニングの機能を有する車があってもいいと思います。電話機がスマートフォンとして多機能化したように、今後、車が多機能化する可能性は非常に高いのではないかと思います」。(諏訪氏)

そして中間社長は、教育が大きく変化するのではないかと言います。

 

「今回のコロナ禍によって、全国でリモート授業が行われました。現在は、対面授業が復活しましたが、一方で自分のペースで、繰り返し視聴することができるリモート授業の方が良かったという声もあるそうです。また、通信制の学校も注目を集めています。これまでのように、たくさんの人が一律に同じ教育を受けるのではなく、自ら教育を選び、ロールモデルとする人物のライフログをたどって、必要なものを選択して学ぶということも可能となり、増えてくるのではないかと思います。それがまさに、自律社会的な学習です」。(中間氏)

 

次回の記事後編は、人間と機械の相互作用によって技術向上を促進する、未来を先取りした卓球マシーン〈フォルフェウス〉をご紹介します。

Profile

中間真一

ヒューマンルネッサンス研究所代表取締役社長兼研究所長。ヒューマンルネッサンス研究所はオムロン株式会社のグループ内シンクタンクとして1990年に創業した人文科学系の未来研究所。オムロンの未来シナリオ〈SINIC理論〉に基づき、工業社会の先にある社会を見通し、新たなソーシャル・ニーズの創造を目指して、社会と技術の未来可能性を探索している。

Profile

諏訪正樹

オムロン サイニックエックス株式会社社長。オムロン株式会社 技術専門職。博士(工学)。最先端の研究を行い、近い未来の社会設計やヴィジョンの実現に取り組む。ロボット工学やセンシング、AI(機械学習)および人間と工学のインタラクションについて研究する。

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