2021.02.26

円香さんに聞く、現代の魔女たちが未来にもたらすものとは。

魔女とは、有史以前から世界中で行われてきた呪術文化の担い手のこと。日本人にとってはあまり身近ではないかもしれませんが、欧米には、多くの魔女のための専門店やコミュニティーが存在し、宗教として、そしてカウンターカルチャーと結びつきながら、フェミニズム、環境運動などの現代の思想を巻き込んだ活動体として今再び脚光を浴びています。

さらに、魔女・占いという題材はここ数年ファッション業界も注目しています。2017年にはCHANELが香水「N°5」の短編映画『JellyWolf』を公開していますが、LAのダウンタウンの魔女のお店が舞台です。2018年にはDiorから女神信仰に着想を得たタロットのコレクションがリリースされ、2021年の最新作もタロットが題材であったことは記憶に新しいかと思います。また、2019年にはSaint Laurentもアートプロジェクトとして現代の魔女狩りを描いた映画『ルクス・エテルナ 永遠の光』を発表しています。

いまや時代を象徴する“アイコン”にもなっているのです。

文化人類学とサイボーグフェミニズムに関心を持ったことから魔女文化に興味を持ち、アメリカ西海岸で「現代魔女宗(げんだいまじょしゅう)」を実践。自らを現代魔女と名乗る円香さんに、現代に生きる魔女の実態や、これからの社会へ果たす役割などについて、お話を伺いました。

(撮影:梅田健太 協力:Artemisia)

太古の信仰とつながるシャーマンだった魔女。

魔女と聞くとまず、魔術・妖術・呪術を使う、箒にまたがり、黒マントに長い鉤鼻をしている女性の姿を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。アニメや映画で描かれる“魔女像”と、実際に世の中に存在してきた魔女とでは、その姿も行動も大きく異なるのです。

 

歴史を振り返ると、魔女とは太古の自然信仰とつながる呪術者、いわば“シャーマン”でした。薬草をつかった治療や天候を操る呪術などを行い、季節の節目に豊穣を願って祈りを捧げ、一般の民衆から頼りにされていたともいわれています。魔女が箒で飛行するのも、現在ではマンドラゴラ、ヒヨス、チョウセンアサガオなどのナス科の植物を使用した軟膏による幻覚によるものであると考えられています。

一方で、ペストによる社会不安が猛威を振るった中世の魔女の中には一般の人々が多く含まれました。1455年のグーテンベルクの活版印刷の実用化、1486年には悪名高い「魔女に与える鉄槌」の出版に伴い、現在でいうところのデマが拡散したことで集団ヒステリーが起こったことが魔女狩りの原因とされています。キリスト教世界の中での「悪魔」とは異教の神々のことを指していたため、昔ながらの土地に根差した信仰を持つ多くの一般の人々が告発され、弾劾されました。イタリアのフェミニスト、シルヴィア・フェデリーチによれば、女性たちへの迫害、“魔女狩り”は資本主義へ移行する過程における中世キリスト教教会と国家の結託によるフェミサイドであったとも考えられています。敵視されたのは女性が持っていたバースコントロールの技術でした。避妊、中絶、嬰児殺しは犯罪化され、それらの知識を持つ産婆は槍玉にあげられ”邪悪な魔女”とされ迫害されたこともわかっています。

 

このような暗い時代を経て、現代の魔女たちが次々と登場したきっかけは、20世紀にあったと円香さんは話します。

 

「1951年に、かつての魔女狩りの根拠となっていたアンチ・ウイッチクラフト法(*1)が英国で廃止されたことで、魔女を異端な存在として迫害する法律が遂に無くなったんです。続く1954年には、ジェラルド・ガードナーという人物が、新しい時代の魔女のあり方を説いた『今日の魔女術』を発表。これに影響を受けた魔女たちが次々と登場し、今日の現代魔女宗が少しずつ確立していきました」

*1 アンチ・ウィッチクラフト法

魔女や魔術を裁くため1735年に制定された法律。別名「虚偽霊媒行為取締法」。(出典:魔女の世界史 女神信仰からアニメまで (朝日新書))

魔女とは、一つのアクティビズムである。

この新時代の魔女の実践を説く新異教主義を「ウィッカ」と呼びます。これにより現代魔女宗が始まりました。特に面白いところは、ガードナーの作ったこの現代魔女宗は古代の多神教崇拝、女神崇拝、文化人類学者の言説や西洋の儀式魔術などを組み合わせた創作物だったということでしょう。また彼らは裸で儀式をしていたのでセンセーショナルな存在として社会の目に映りました。

 

そして60年代には、現代魔女宗は英国から米国に渡り、ヒッピー文化とも接続し、女神信仰色が強まるなど、アメリカ独自の“新宗教”、同時にカウンターカルチャーとして爆発的に拡大していきます。

 

しかし一概に現代魔女宗といっても、実践、思想、祀る神々、行う儀式の内容、作法、ルールなどはカヴン、あるいは其々の魔女ごとに大きく異なるのだそう。円香さんは次のように話します。

 

「魔女は、10数名ごとにひとつのカヴンという集団を作るんです。カヴンに属さない魔女はソロ魔女と呼ばれます。私が所属しているのはアメリカでもかなり大きいカヴンで世界中に支部があります。そこでウィッチ・クラフト(*2)を実践しています。カヴンのメンバーで集まっては、儀式を行ったり、10月31日のソーウィン(*3)にはぞろぞろと集まって、みんなでスパイラル・ダンス(*4)を踊ったりするんです。多い時には1,000人以上集まります。」


野外に大人数で集まり、歌やダンスなど独特の儀式を行うさまは、宗教儀式でありながら芸術運動のようでもあります。一見捉えどころのない現代魔女の姿ですが、彼女たちに共通するものはなんなのでしょうか。

 

「魔女の語源は『Hexe(ヘクセ)』といって垣根、つまり境界線上に立っているという意味。それはつまりあらゆる周縁に位置していることを意味していて、境界を行き来しているんです。彼女たちに共通しているものは、瞑想や異種との交流を通して「虐げられるものの側から強い共感力をもって世界をみている」ことだと思います」。

 

周縁にあるものとは元来「汚れ」として忌避されやすいものであり、神聖さとタブーはコインの裏表であるといいます。それこそが魔女を理解する一つの鍵だと話す円香さんは次のように続けます。

 

「例えば、爪や髪などは、身体の周縁。身体についていると綺麗なものだけれど、身体から抜けた瞬間に汚くなって嫌がられますよね。そういう、「際」の存在、周縁性こそが本来魔女的なもので、中心からこぼれ落ちて「汚れ」とみなされてしまうもの。ホロコーストなどを一種の魔女狩りであると考えることもできます。そこには障がい者や同性愛者なども含まれてしまっていました。さらにかつて魔女と名指しされた人たちの中には”産婆”が多かったという話があります。当時も合法と非合法の境目にあった中絶なども女性たちによって行われており、女性が知識を持って自らの身体をコントロールしていました。しかし社会がすごく不安定になった時に、そのように賢く尊敬された、ある意味で悪魔的な技を持った人は恐れられ、スケープゴートにされてしまった。このように、魔女とは元来「際」であり、周縁的な位置にいて、虐げられたマイノリティであるという視点が現代の魔女のアクティビズムには受け継がれているのではないかと思います、そしてそれはただのアクティビズムではなく、名乗り出ることによる社会の中での演劇的実践のようでもある。現代魔女宗が芸術的な面を持っている点はとても面白いことだと思います。」

 

*2 ウィッチ・クラフト

魔女と魔術(呪術)、まじない、占い、ハーブ(薬草)などの生薬の技術など、魔女と関連付けられる知
知識・技術・進行の集合を指す。魔女術ともいう。(出典:『魔女の世界史 女神信仰からアニメまで (朝日新書)』)

 

*3 ソーウィン

ハロウィンの日。ケルト暦の一年の始まり。ソーウィンのサバトは年に8回ある魔女の季節の祝祭の中でも盛大に祝われる。(出典:『季刊魔女雑誌:Majo Majo 2014年秋号 vol.1』)

*4 スパイラル・ダンス

魔女の儀式における踊りのこと。1979年にスターホークという魔女によって書かれた著作のタイトルでもある。(出典:『聖魔女術―スパイラル・ダンス (魔女たちの世紀)(国書刊行会)』)

 

“自分のルーツを巡る旅“。

あたらしい世代の魔女、ミレニアル・ウィッチ。

その後、2015年を境にインターネット上に姿を現し始め、現在世界中で注目を集めているのが、ミレニアル・ウィッチと呼ばれる“あたらしい世代の“魔女”。彼女たちは魔術や儀式を行う際に、自身のファッションやタトゥー、自ら描いたアートなどと融合させて独自の世界観を表現し、 Instagram等のSNS上で自由に活動しています。

 

ミレニアル・ウィッチの中でも代表的な存在の1人が、ロサンゼルスのルナという女性。彼女のインスタグラムアカウント「The HoodWitch」は、およそ47万人ものフォロワーを持ち、世界中で絶大な人気を集めています。

 

「ルナは10代の頃はウィッカを実践する魔女だったそうです。しかし彼女は、褐色の肌を持つヒスパニックとアフリカ系にルーツを持つアメリカ人。ウィッカはある意味で白人達が自分たちのルーツを模索するための新異教主義運動だったので『これは自分のルーツを追及する実践ではない』と気付き、白人ではない魔女としての実践を求めて立ち上げたのが、この「The HoodWitch」なんです。彼女の実践はおばあちゃんから多くの影響を受けているそうです。」

 

自分のルーツに向き合い、自分を奮い立たせる美を表現するミレニアル世代の魔女。

彼女たち一人ひとりが持つ自信こそが、若い世代からの絶大な人気を集めている大きな理由なのかもしれません。円香さんは次のように続けます。

 

「おまじないは本来誰でもできるプリミティブなもので、彼女たちは自分たちの魔女の実践をビジュアル言語という形でより包括的に打ち出しました。誰しもが彼女たちと同じように自分自身を勇気づけるために儀式を行い、自分を見つめなおして、自己認知(=セルフアウェアネス)を深めることができる。もしあなたが魔女でなくても少しだけ生活に取り入れてみることもできます。ちなみに、魔女たちの使うタロットカードも、元々は瞑想の道具として使われていたものでした。彼女たちは、さまざまな魔術や儀式を通じて、自身を知り、自らを癒していきます。料理も化粧もネイルもタトゥーも全てが彼女たちの魔術です。言葉だけではなく、非常に洗練されたアートワークの力が多くの女性たちを刺激し、自分の中の魔女に気付く道しるべとなりました」。

これからの魔女が示すのは、ウェルビーイングな生き方。

今後、さらに世界中で魔女が増えていったら、未来の社会にどんな変化をもたらすのでしょうか。

 

「魔女的な実践は、その人自身をクリエイティブにすると、私は考えています。魔女に参入しなくても、魔女の生き方には幸福で健康的に暮らすヒントが隠されているのではないでしょうか。現代魔女宗の格言の中には、『何も害さない限り、あなたの望むことをなせ』という言葉があります。現代魔女宗は宗教ですがこの他に特に戒律のようなものはありません。地球や他者を傷付けない限りにおいて、どんなことにチャレンジしても良い、という考え方です。瞑想や祈り、ダンスを通じて、自身を見つめ、世界との繋がりを感じる。何を本当に自分が望んでいるのかを考える。そして表現する。そのような魔女の実践を通して、しなやかに生きられるようになるのではないでしょうか。また、さまざまな魔女が増えるたび、各地に小さなネットワークも生まれます。助け合えるコミュニティを持ち、社会的、精神的、肉体的健康を保ちながら、ワイルドに生きられる人が少しでも増えると良いですね」。

 

自己を知り、表現することで、現代を逞しく生きる。現代の魔女とは、困難な社会を迷わず生きるための道標といえる存在なのかもしれません。

Profile

円香

魔女。南カリフォルニア大学Jaunt VR LabにてInteractive Animation、VR/XRを滞在研究。西海岸の魔女カヴンにて現代魔女宗をフィールドワーク、WitchcraftやModernPrimitiveの実践を行なう。未来魔女会議主宰。

編集後記

魔女の文化と日本文化の間に共通点がある、と言ったら驚かれるでしょうか。

魔女の文化の中には、季節ごとに行う儀式や、自然を崇拝することも含まれるそうです。

まるでお正月に鏡餅や門松を飾ったり、八百万の神を信仰したりする、日本のしきたりにそっくりではありませんか?

円香さんのお話を伺い、魔女というものがぐっと身近な存在に思えてきました。

そんな魔女たちの活躍に、引き続き注目していきたいです。

(未来定番研究所 菊田)

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