もくじ

2021.05.20

オムロン株式会社に聞いた、新しいテクノロジーとのニューノーマルな暮らし。<全2回>

後篇| 卓球ロボットとAIスーツケースが提案する、人間と機械が融和する未来。

来るべき時代の社会課題を予見し、科学・技術・社会それぞれの円環的な相互関係から未来を予測する〈SINIC(サイニック)理論〉をもとに、新たなテクノロジーの開発に挑むオムロン株式会社。後編は、人間の能力を引き出す卓球ロボット〈フォルフェウス〉を開発する古賀寛規氏と中山雅宗氏、視覚障がい者の生活の質を向上するための〈AIスーツケース〉を手がける山本和夫氏の3名に、人間と機械が融和する未来について伺いました。

(撮影:津久井珠美)

プレイヤーのモチベーションを引き出す卓球ロボット「フォルフェウス」

制御機器・ファクトリーオートメーション(FA)システム、電子部品などの研究開発・製造・販売を行うオムロン。そのオムロンが、なぜ卓球ロボットを開発しているのでしょうか。

 

「オムロンが目指す『人と機械の“融和”』を体現したのが、卓球ロボット〈フォルフェウス〉なんです。〈フォルフェウス〉には、オムロンのコア技術『センシング&コントロール+Think』が用いられています。『センシング』とは人やモノの状態から必要なデータを取得すること。その情報をもとに現場に適切なソリューションを提供する『コントロール』、それに加えて人の知恵を機械に取り込む技術『Think』。このコア技術を広く発信していくためのシンボルとして、2013年から開発を進めています」と、開発チームの古賀氏は説明してくれました。

 

〈フォルフェウス〉とは、“Future Omron Robotics technology for Exploring Possibility of Harmonized aUtomation with Sinic theoretics”の頭文字です。「For(向かう)」「ORPHEUS(人間の創造性を象徴するギリシャ神話の吟遊詩人)」という言葉の組み合わせでもあり、人間の創造性や可能性を引き出すオムロンの姿勢を表しているそうです。

フォルフェウスプロジェクトのリーダーを務める、古賀寛規氏。

「卓球ロボットというと、次々と卓球ボールが飛び出してくる卓球マシンを思い浮かべるかもしれません。しかし、この〈フォルフェウス〉は、プレイヤーの能力やモチベーションをセンシングしながら、プレイヤーが機械とラリーを繰り返すことで卓球技術の向上を図ることができるのです。〈フォルフェウス〉には、ボールの三次元計測、ラケットの位置や向き、ボールの回転、プレイヤーの表情やバイタルデータ、プレイヤーの骨格計測や体の動きなどを読み取るために、6台のカメラが設置されています。実際にラケットを操るのは、4軸のパラレルリンクロボットです。アームの先に2軸のモーターを追加し6軸の回転を、オートメーションコントローラで制御しています」。(古賀氏)

 

最新の第6世代の〈フォルフェウス〉にはスクウェア・エニックス社と共同研究した『モチベーションを高めるAI』が搭載されています。これにより、プレイヤーが初級者なのか上級者なのか、プレイヤーのレベルを判断し、表情や脈拍などのバイタルデータから感情推移を読み取り、プレイヤーにとって心地の良いラリーを考え、プレーに反映させます。

〈フォルフェウス〉が感知したプレイヤーのレベルやバイタル情報(写真左)、AIより推定されたプレイヤーの感情状態(写真右)。

実際に、初級者がプレーをしてみると、〈フォルフェウス〉は、ラリーが続くように、易しいコースに緩やかに返球してくれました。しかし、上級者がプレーをすると、瞬時に鋭く回転のかかった返球に変わります。卓球初心者だった開発チームの中山雅宗氏は、5年ほど開発に携わるうちに、社内の卓球大会でベスト4に入賞するほど卓球のスキルが向上したそうです。

ビギナーには緩やかに返球するが、プレイヤーが上級者に代わると、瞬時にボールに回転をかけ難易度の高いコースにボールを返す〈フォルフェウス〉。

視覚障がい者の移動を支援する「AIスーツケース」

もうひとつ、オムロンが「人と機械の“融和”」を目指して共同で開発しているのは、視覚障がいを持つ方が自立して街を移動し、自然なコミュニケーションを助ける〈AIスーツケース〉です。

 

「オムロンはこれまで障がい者の就労支援に対して、先陣を切って行ってきました。私たちのチームにも視覚障がいや聴覚障がいのある方がいるのですが、技術によって、不自由さを解消するような取り組みにもアプローチできるのではないかと考えました。実際に、今回のプロジェクトにも視覚障がいをもつメンバーが技術アドバイザーとして参画しています。彼は毎日の通勤において、どのくらい進んだらこの角を曲がるという目印を全て歩数で覚えているそうです。ただ、途中で誰かに話しかけられるとわからなくなってしまいますし、親しい人に会っても気づくこともできずこちらから話しかけることさえできません。そういった、コミュニケーションの問題も技術によって解消するために、この〈AIスーツケース〉を開発しています」と、オムロン開発チームの山本和夫氏が教えてくれました。

AIスーツケース開発チームの山本和夫氏。

このAIスーツケースは、〈アルプスアルパイン〉〈オムロン〉〈清水建設〉〈日本アイ・ビー・エム〉〈三菱自動車工業〉の5社で設立した「一般社団法人次世代移動支援技術開発コンソーシアム」によって開発され実証実験が行われています。

 

〈AIスーツケース〉は、位置情報と地図情報により移動をナビゲーションするスーツケース部分と、周囲にいる知人やその人の表情を読み取り、コミュニケーションを助けるバックパック部分とがあり、オムロン・アルプスアルパイン・日本アイ・ビー・エムが開発しているのはバックパック部分です。

〈AIスーツケース〉の実演風景。マスクをつけていても知人を判別できる。

現在、視覚障がい者の移動は、盲導犬が誘導を担うことがあります。〈AIスーツケース〉が実用化されれば、盲導犬に代わりスーツケースが移動を補助し、さらに移動中にも気軽にコミュニケーションをすることが可能になります。

5年先、人と機械の未来はどう変わっていくのか。

卓球ロボット〈フォルフェウス〉も〈AIスーツケース〉も、現在は研究開発の真っ只中だと思います。5年先の未来には、どんなふうに進化をする予定なのでしょうか。

フォルフェウスプロジェクトにて技術開発リーダーを務める中山雅宗氏。

「〈フォルフェウス〉については、まだボールが拾えないコースもあるので、その部分を補ったり、ラリーの性能をより高めたりすることが必要だと思っています。それに、まだ機械に対する心理的距離は大きいと感じていますね。5年先には、それを縮めて、人間の心を満たしてくれるような機械が生まれるんじゃないかと思っています。将来的には、〈フォルフェウス〉で培った技術を応用して、例えば、工場で働く作業者のモチベーションを向上させたり、作業習熟度を加速させるような機能に転換させたりして、人と機械の融和につなげたいと思っています」。(中山氏)

 

「テクノロジーによって人は成長しますが、成長した人がテクノロジーを失ったら、むしろ人の能力がマイナスになってしまいます。例えば、車に乗って遠出をすることができますが、車があることで、運動不足になってしまう。5年先の未来は、その問題点を解消して、機械によって人が成長したり健康になったりする世界を実現したいと思っています。また、制御技術やセンシング技術が、高齢者が使う杖や車椅子など、身近なものに実装されて、より健康で豊かな人生を送ることができる。そんな商品を開発したいと思っていますね」。(古賀氏)

 

「私が携わっている〈AIスーツケース〉は、視覚障がい者を支援するものですが、この先、人生100年時代がやってきて、視覚や聴覚などの機能は衰えても、身体は元気な高齢者が増える可能性があります。そうなったときに、機械が人間の機能をカバーしてくれる未来は確実にやってくるはずです。この世を去る間際まで元気に暮らせるような社会にするための技術を開発していきたいと考えています」。(山本氏)

オムロンの〈SINIC理論〉では、他者と共生しながら自己実現に向けて努力する、自律分散型の社会がやってくると予測されています。〈フォルフェウス〉や〈AIスーツケース〉に象徴されるように、人間と機械の融和によって、人々が自分らしく暮らせる豊かな未来がやってくるかもしれません。

【編集後記】

前編後編をとおして、〈SINIC理論〉に基づき人と機械が補完することで自ら考え、自分らしく、自律したくらしを送る未来の姿を教えていただきました。

一方で現代のくらしでは、機械に即時的な答えを求めてしまったり、判断を委ねることがあったり、自らの力で考えるスキルが弱くなっている実感があります。

そのため、将来の”自律社会”ではなにかと助けを求めがちなのび太に対するドラえもんのように、すぐに答えを求める人間に「自分で考えろ!」と言い放つ、厳しい機械が登場する日もくるのかも…とさまざまな想像を巡らせてしまいました。

ちなみに、オムロンさんが1963年に開発された世界初の多能式自動食券販売機は、弊社・大丸京都店で実稼働を果たしたという歴史もあり、長い年月を超えたご縁を感じる取材でした。

(未来定番研究所 中島)

オムロン株式会社に聞いた、新しいテクノロジーとのニューノーマルな暮らし。<全2回>

後篇| 卓球ロボットとAIスーツケースが提案する、人間と機械が融和する未来。