2020.09.29

「作り手の想い」を伝える、オールハンドメイド絵本。 インド出版社タラブックスが今、世界中の人の心を掴んでいるワケ。

南インド・チェンナイにある、小さな出版社タラブックス。ロングセラーヒット『The Night Life of Trees(夜の木)』は8カ国語に翻訳され、発行部数は10万部を超えています。紙漉きから印刷、製本まですべての工程をハンドメイドで、一冊一冊、自社の職人たちによって製本される絵本は、まさに芸術品。今回、彼らの活動を一冊にまとめた『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)を制作した企画・編集ユニットKAILASの野瀬奈津子さん、松岡宏大さんに、タラブックスの絵本たちが今なぜ世界中で注目されているのか、そして丁寧なものづくりがもたらす未来について、お話を伺います。

(撮影:小野 真太郎)

タラブックスは、

社会的弱者に光をあてる

F.I.N.編集部

お二人から見た、タラブックスという会社について教えてください。

カメラマン、編集者として活動する、松岡宏大さん。

松岡宏大さん(以下、松岡さん)

初めてタラブックスの本に出合ったのはインドの書店でした。『The Night Life of Trees(夜の木)』を見て、なんて美しい本だと感動して。それから『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』の制作を通してタラブックスという会社を知れば知るほど魅了されていきました。タラブックスはギータ・ウォルフとV・ギータという2人の女性が作った会社です。もともと社会活動を通じて知り合ったという原点があるので、2人ともフェミニズムや格差社会、教育など社会問題に強い関心を抱いていました。それゆえ思想的に女性や少数民族など社会的弱者の側に立つというスタンスを常に持っています。タラブックスの本ではよく少数民族による伝統的な手法で描かれた美しい絵が取り上げられますが、それが現代とリンクすることを意識している点が、タラブックスの面白いところでもあります。

『夜の木』(タムラ堂 2012年)絵/バッシュ・シャーム、ドゥルガ・バーイ、ラーム・シン・ウルヴェティ 文/ギータ・ウォルフ、シリシュ・ラオ 訳/青木恵都

F.I.N.編集部

どのようにリンクしているのでしょうか?

松岡さん

単に古い絵などを複製して作るのではなく、すべてにおいてギータ・ウォルフとV・ギータの編集者としての意思が反映されています。デザインにしても、とてもシャープでバウハウス(*1)的な美しさのある本が多い。インド的でもあり、ドイツ的でもあるんです。これは、ギータ・ウォルフ自身がアメリカ留学を経験していて、ドイツ人の夫と出会い、ドイツに住んでいたこともあることが影響しているのではないかなと。文化と文化が合わさるところ、つまり海水と淡水が交わった汽水域みたいなところでこそ、面白いことって起こりますよね。またインドの人だけではなく、世界中の人たちが普遍的にいいと思える本を目指していることが、世界中から注目される所以でもあるんだと思います。

*1

バウハウス

第一次世界大戦後にドイツ中部の街ワイマール共和国に設立された、美術学校のこと。1919年から1933年の14年間ものあいだ、工芸、写真、デザイン、美術、建築など総合的な教育が行われた。歴史は短いながらもその功績は大きく、モダンデザインの基礎を作り、今もなお世界中の建築やデザインなど、さまざまな分野に多大な影響を及ぼしている。

編集者、ライターの野瀬奈津子さん。

野瀬奈津子さん(以下、野瀬さん)

社会活動家的な側面は確かにありますが、立場ゆえに、インドのアートを取り上げているというわけではまったく無くて。美しいものを見る時に、肩書きや社会的地位を外して、まっすぐに見るという視点があることが、タラブックスの素晴らしいところです。デザインのセンスや知識などは、あとから吸収もできるし勉強もできるけれど、美しいものを全てフラットに見る目線はあとから身につくものではないです。その目線を持っているということが、タラブックスをタラブックスたらしめている最大の要因なんだと思います。本でダイレクトに差別がダメと描くわけではなくて、だた目の前にある美しいものを素直に見ようよという、社会へのアンチテーゼ。それによって、差別することに何の意味があるのか、ということを言いたいのではないかと私は思いますね。

松岡さん

彼女たちも、社会を大きく変えてやろうとかそういうつもりはないと思うんです。社会的弱者や女性、誰もが平等にきちんと自分の意見を発言して生きていける社会になって欲しいと願っているだけ。例えば、『夜の木』や『世界のはじまり』では、ゴンドという少数民族が暮らす村に伝わる木や精霊の話が描かれています。どんなふうに人間が生まれて、世界は生まれて、そして死んでいくのかということが描いてあって、普遍的な、とても心に響く物語です。インドの少数民族の村の話ではありますが、インドのことを知らない人にも届くと思います。

『世界のはじまり』(タムラ堂 2015年)絵と文/バッジュ・シャーム 文/ギータ・ウォルフ、訳/青木恵都

野瀬さん

本としてとてもモダンなデザインに仕上げてはいるけれど、神話なども否定しないし、むしろ神話のようなものこそが芸術のルーツだと、彼女たちは捉えているんですよね。

文化と文化が混ざり合う

汽水域のような本

『Origins of Art』 文/松岡宏大、バッシュ・シャーム

F.I.N.編集部

松岡さんは、タラブックスから『The Night Life of Trees(夜の木)』の故郷であるパタンガル村のゴンドの暮らし描いた『Origins of Art』を出版されましたね。

松岡さん

この村作家であるバッジュ・シャームと一緒に作った本です。彼の村に一緒に何度か足を運んで撮影しました。彼はタラブックスにとってもっとも重要な画家のひとりです。タラブックスと彼が一緒に仕事をすることで、お互いにインスパイアし合い、さまざまなアイデアが生まれてきたのだと思います。だからこの『Origins of Art』は、ゴンドの等身大の暮らしを描いていて、非常にタラブックス的な本です。村の人やバッジュ・シャームだけが書くと自分たちの話だけで終わってしまうけど、外国人である僕も参加することによって、暮らしている人の視点と外からの視点の両方が交わって、まさに汽水域のような本になっています。

F.I.N.編集部

ゴンド画とはどういうものでしょうか?

松岡さん

ゴンド画のルーツはパタンガル村で昔から女性が家の壁や床に描いてきたディグナと呼ばれる伝統的な模様にあります。この”ディグナの技法をもとにしてゴンドに伝わる神話を描く”という現在のスタイルのゴンド画を描きはじめたのは、バッジュ・シャームの叔父にあたるジャンガル・シン・シャームです。現在ゴンド画家として活動しているのは、ジャンガル・シン・シャームの血縁にあたる人たちで、結局、みんな描けるし似ているのですが、バッジュ・シャームの場合は技術的にもとても繊細かつ丁寧で、さらに神話やストーリーを絵に落とし込む解釈力が優れているんです。

F.I.N.編集部

彼が描いたおすすめの一冊を教えてください。

『The London JUNGLE BOOK』絵/バッシュ・シャーム 文/バッシュ・シャーム、ギータ・ウォルフ、シリシュ・ラオ(※三輪舎からはこの本の日本語版『ロンドン・ジャングルブック』が発売されている)

松岡さん

『The London JUNGLE BOOK(ロンドン・ジャングルブック)』という本は、彼がパタンガル村を出て、初めてロンドンを訪れた際、ゴンドのカルチャーの目線を通してロンドンの街を描いたもの。彼は、ロンドンのレストランの壁画を描いて欲しいと依頼を受けて数ヶ月ロンドンに滞在したのですが、帰国後、ギータたちにおもしろおかしくロンドンの街について語ったそうです。それを聞いて、彼女たちは、面白いことが生まれそうだと思い、制作がスタートしたとのこと。バッジュ・シャームは、ビッグベンをニワトリ、地下鉄を、地中を這うへびと表現しています。ただロンドンの街の姿をそのまま写し取るのではなく、ゴンドの文化的バックグラウンドを通して見ると、世界がどう映るのかを描いています。

野瀬さん

対話を重ねて絵に落とし込むという作業を、彼はタラブックスですごく鍛えられたのだと思います。普遍的であり、多様性があるということが、この一冊に詰まっている。違いを認めるし違いをお互い賞賛しながらも、でも分かり合える普遍性みたいなものがどの文化にもあるんだということを絵本に落とし込んでいるのだと思います。またその根本には、「美術や芸術というのは生活から生まれるものだ」という考え方もあると思いますね。

バランスよく

現代とリンクしたものづくり

F.I.N.編集部

タラブックスの本作りへの姿勢、素晴らしいです。そんな彼らの、会社としての魅力はどこにあると思いますか?

野瀬さん

タラブックスを語る上では、「バランス感」もキーワード。アート本など高価な本も作るし、安価で白黒のオフセットで作られた本もたくさんあります。

松岡さん

実は、新しい技術を結構取り入れているんです。例えば、手刷りを行う一方で、その版をデザインする時はMacを使っていたり。彼らは、すべて古い方法だけで作ろうとは思っていないんです。現代の中で、どう自分たちの本を出していくかということを考えていて、“古きものは良きものかな”という考えはなくて、きちんと現代とリンクしているんです。

野瀬さん

新しいものにアレルギー反応を示す人も多いけれど、彼らはとても柔軟です。本の内容は、神話といった古いことを扱っているし、手法として手刷りの価値もわかっています。一方で、インターネットがあるからこそ彼らの本を世界中の人が買えるわけで。そこには何の抵抗もないんです。FacebookもInstagramもやっています。彼らは「ebooks」は出さないけれど、それはそれで価値があるとも理解しています。「ebooks」でも困らない本は上手に利用して、紙で残すべきものはきちんと残しておきたい。そういったようなバランスがちゃんと取れているので、届くべきところに届きやすく、受け入れられやすい。どんな世の中でもサバイブしやすいのだと思います。

F.I.N.編集部

タラブックスが作った本で、それぞれ気に入っている一冊を教えてください。

『I Saw a Peacock with a Fiery Tail』 絵/ラーム・シン・ウルヴェティ デザイン/ジョナサン・ヤマカミ

全ページ、前後のページの文が繋がる「トリックバース」という仕掛けが。

野瀬さん

イギリスの古典詩を再解釈した『I Saw a Peacook with a Fiery Tail』です。これはとにかくデザインが秀逸。この詩はもともとトリックバースといって、普通に詩の一節を読むこともできるし、一節の最後とその次をつなげて読むと別の文章が浮かび上がるという仕掛けになっています。タラブックスバージョンのこの本は、そのトリックバースをデザインでビジュアル的に表現しています。これを見た時、デザインのセンスと再解釈の仕方、編集の仕方に衝撃を受けました。こんなに短い詩ですが、絵も美しいですよね。

松岡さん

ベタですが、やはり『夜の木』です。正直、これを初めて見たときよくわからなかったんです。わからないけど、何かすごいものだと思いました。僕は25年以上インドに足繁く通っているので、インドの文化や神話についてもそれなりの知識があると思います。それでもわからない。だけど”何か”がわかる。心の奥に触れるような感覚でした。英語版も美しいけど、日本語版もとても美しく、翻訳も素晴らしいんです。結局何の木がわからないことで、心の中にあるどんな木にもなれるし、例えば自分の田舎の木など、知っている木を投影できる。何度読んでもわからないのに、誰もに訴えかける普遍性を持っている。そんな不思議な一冊です。

野瀬さん

無理にわかろうとしなくていいんです。わかったふりをする必要もない。すぐに答えを検索して探してしまうけど、わからないままなんとなく心に落として置いておくということも大事だなと思います。

松岡さん

確かに、僕らが若い時の映画や文学ってわかりにくかったように思います。だけど、背伸びして観たり読んだりしていて。でも、そういうわからない何かが蓄積されていて、今自分が文章を書いたり写真を撮ったりするのに、すごく重要なファクターになっています。哲学書なんて、殆どわからないまま読んでいましたが、時が経つとそれがふと浮かび上がってくる瞬間があって、何かがわかるようになってくる。わかりやすさが重要視されている時代の中、タラブックスの本は逆を行っています。

F.I.N.編集部

お二人にとって、ものづくりとは何でしょうか。タラブックスとの交流を通して、未来のものづくりについてどう見据えていますか?

野瀬さんと松岡さんからなる、企画・編集ユニットKAILAS。今回の取材は、本の出版と展覧会制作や美術館の運営などを行い、KAILASとも親交の深いBlueSheepのオフィスで実施した。

野瀬さん

売れる数みたいなことを気にして作る必要はないということですかね。それはタラブックスの影響もあれば、自分たちが作った本を読んだ人たちが教えてくれた感想を聞いても思いますが、売れる本が必ずしも“いい本”だとは限らないなと。数にこだわる必要はないから、妥協せずにちゃんと作れば、どこかにわかってくれる人がいるはず。「ebooks」は電池が切れたら終わりだし、紙の本って究極のモバイルツール。誰でも手にとれるし、手触りとか匂いとか感触みたいなものがある。紙という、限りある資源を使ってせっかく作るなら、10年後に読んでもいい本だなって思うものを作り続けたいです。

松岡さん

自分がいいと思ったことを伝える本は、採算度外視で作ることも多く、一見損しているようにも見えるけれど、長い目で見るとすごく得をしているなと思います。本を作ったことで世界が広がって、お金では買えない経験をすることができている。今回『Origins of Art』を作って、自分の作りたいものってなんだろうと問いかけるきっかけにもなりました。売れるか売れないよりも、読んだ人の記憶に残るようなものを作りたい。僕たちの本を読んで、実際にタラブックスを訪れる人が多くいると聞いてとても嬉しいし、『Origins of Art』も、読んだアメリカのテレビ局のスタッフが、取材したいと村を訪れたのだそう。こんな風に人と人がつながっていくって、本の大事な役割だなと感じています。

Profile

企画・編集ユニットKAILAS

編集者&ライター&フォトグラファーのユニット。旅をテーマにした書籍や雑誌、イベントの企画・制作に携わる。『地球の歩き方 インド編』のほか、『地球の歩き方aruco』(ダイヤモンド・ビッグ社)シリーズではインドをはじめ4カ国の制作を担当。ときに世界で買い集めた品々を販売することもある。近著に『持ち帰りたいインド』(誠文堂新光社)『タラブックス インドのちいさな出版社、まっすぐに本をつくる』(玄光社)など。

編集後記

 

KAILASのお二人のお話を聞いていた時間は、まるでインドのゴンド族の村を旅行しているようでした。

取材後、苦労して手に入れた「夜の木」は家のリビングに飾っていますが、私にとっては、世界で一番美しい宝の本であり、コンド族ツアーのお土産の品に。
ページをめくる度に香る手刷りの紙やインクの匂いを楽しみながら、開くたびに新たな発見、新たな想像が生まれる本です。

インドという国の奥の深さや細部の魅力が、神秘的なエネルギーも交えてどんどん私の中で広がってきています。是非一度、訪れてみたいです。

(未来定番研究所 出井)

F.I.N.的新語辞典

第71回 IoA