未来定番サロンレポート
2021.03.31
自宅を仕事場に、外食をテイクアウトにするなど、生活のあらゆるシーンにおいて新たな定番が根付きはじめた中、余暇の過ごし方である「旅」もその例外ではありません。
特に国内外を問わず気軽に旅をすることができない今、自宅にいながら異国の空気を感じたり、普段と違う文化に触れて新しい刺激をもらったりできる、新しい旅のカタチが生まれつつあります。そこで今回は、外出しなくても旅を疑似体験できるコツを、旅好きの写真家・衛藤キヨコさん、映画ライターの萩原麻理さん、古本屋〈百年〉店主の樽本樹廣さんの3名に教えていただきました。
(イラスト:小松佑)
旅好きの写真家・衛藤キヨコさんの場合
「普段の食卓に、異国の調理道具や食器を取り入れる。」
衛藤キヨコさん
大阪生まれ。東京を拠点に書籍、雑誌、WEBなどで、人、食、旅など幅広いジャンルの写真を手がけている。食いしん坊がゆえに、旅先では必ず市場に行き、働く人や、美味しいごはんの写真を撮り続けている。Instagramではハッシュタグ #おかっぱの朝昼兼用でございます で日常のごはんをアップしている。
食べることが好きな私流の“おうち旅行”は、さまざまな国の調理道具を使って食事を楽しむこと。例えば、韓国のご飯が恋しくなった時には、現地で買ったラーメン鍋を用意します。中に入れるものは何でもいいのですが、私の場合はお鍋に合わせて韓国料理を作ります。例えば、鶏スープやスンドゥブチゲもいいですし、インスタントラーメンでも十分。ポイントはあくまでも、現地と同じスタイルで「鍋のまま食卓に並べること」で、鍋から直接つついて食べるのは少し食べづらいかもしれませんが、道具が食卓に並んでいるだけで、なんだか楽しくなるんです。
また、2020年10月に韓国で撮影した写真をテーマに個展を開いた時も、お客さんへのおもてなしとして韓国仕様のコロンとしたやかんに日本で買ったマッコリを入れて振舞いました。そしたら、「うわー!韓国の屋台みたい!」って喜んでもらえて。現地の道具をプラスするだけで、いつもと違う雰囲気がしてワクワクしますよね。
このように、私は普段の食卓にも取り入れてテンションを上げています。旅に行かなくてもラーメン鍋ややかん、マッコリカップなどは、ネットでも手軽に買えますので、みなさんの食卓でもすぐに実践できますよ。今一番注目しているお店は、府中の大東京綜合卸売センター内にある〈AsianMeal〉さん。東南アジアやインドを中心に調味料やスパイスはもちろん、現地仕様のアルミ道具も見つかります。
アジア旅行に2か月に1回のペースで出かけていた頃、現地の人と触れ合い、その土地の暮らしに溶け込むような体験が大好きでした。けれども今は、現地の道具を取り入れながら大好きな料理をすることで、旅に出たときと同じようなワクワク感を味わっています。
衛藤さんのおすすめ
〈AsianMeal〉
東京府中市内の市場大東京綜合卸売センター内にある輸入食材店。主に東南アジアの食材や雑貨を扱う。
〒183-0025 東京都府中市矢崎町4-1 大東京綜合卸売センター5通路奥
営業時間:9~15時
TEL/FAX:042-336-6399
E-Mail:asianmeal@hotmail.co.jp
映画ライター・萩原麻理さんの場合
「目的を決めて旅をするように、テーマを決めて映画を観る。」
萩原麻理さん
ジャーナリスト。主に映画、音楽について執筆。『ハイファッション』『CUT』『花椿』『SNOOZER』などの雑誌編集/ライターを経て、フリーランスに。現在、集英社『SPUR』の映画レビュー、同誌ウェブサイトで「ファンガールの映画日記」を連載中。翻訳も手がける。
映画観賞は、非日常の世界へと誘ってくれる手軽な手段。そしてその世界を掘り下げていくためにおすすめなのが、作品のテーマを決めることです。実際に旅へ出かける時も、「癒し」や「ショッピング」など目的を決めて予定を立てますよね。それと同じように、「昔行った思い出の場所」や「世界遺産」など、各々が映画観賞という「旅」を通して触れたいテーマを事前に設定して作品を選ぶことで、没入したり、さらにそのテーマを広げたりできると思うんです。
テーマの決め方は自由ですが、自分の興味や関心が一番の入り口になるのではないでしょうか。例えば、私だったらアートと食に興味があります。アートをテーマにするなら、このごろ美術館に焦点を当てたドキュメンタリー映画が次々に出てきています。2014年に公開された『ナショナルギャラリー 英国の至宝』は、ロンドンのナショナルギャラリーをくまなく撮った一作。訪れる人に名作を解説する場面から始まり、収蔵品の保存方法や修復の様子、研究スタッフの作業風景など美術館の裏側もたっぷり描かれているので、そこにいるような気分に浸れます。また食で言えば、有名レストランもいいのですが、ストリートフードを楽しく描く映画がいいなと。例えば、アメリカのソウルフードと音楽を巡る旅を描いた『シェフ三ツ星フードトラック始めました』。主人公の三ツ星シェフが作るキューバサンドイッチに始まり、旅の途中でアメリカ各地の郷土料理が続々登場するのが、目にも楽しいんです。
ほかにも、現実ではかなりハードルが高い場所を訪れられる映画もいいですね。例えば、ここ何年かアメリカの大自然を舞台にした映画が増えてきています。大量消費主義の社会に疲れた人たちが自然の中に入っていく作品群で、高齢女性が車上生活をしながら放浪する『ノマドランド』や、一人の女性が3ヶ月かけて危険な山道を歩き抜く『わたしに会うまでの1600キロ』、アメリカ北西部の森で暮らす8人の家族を描いた『はじまりへの旅』など、自分の生活を見直すきっかけにもなります。あと、具体的な国や場所を頭に置いていると、また数多くの知らなかった映画に出会うことができると思います。
私はやっぱり、美しい自然に触れられる作品に惹かれるんですよね。自粛生活の中でも、散歩へ出かけたり、公園で本を読んだりすることが一番の癒しになりました。なので例えば、家の中に限らず、外でタブレットで映画を観るというのもありだなと。友だちと一緒にオンラインで観たり、可能な範囲で少しだけ気分を変えてみると、より旅のような感覚をもたらしてくれる有意義な映画観賞ができるかもしれません。
萩原さんのおすすめ
『ナショナルギャラリー 英国の至宝』
ナレーションもなく、美術館の日常を淡々と映し出す3時間が、とてつもなく豊かで楽しいドキュメンタリー作品。2014年/フランス・アメリカ合作/監督・編集・録音:フレデリック・ワイズマン。
『シェフ三ツ星フードトラック始めました』
三ツ星のシェフが息子とともにフードトラックで移動販売をしながらアメリカ横断の旅をするハートフルコメディ。2015年/アメリカ/監督・脚本:ジョン・ファブロー/出演:ジョン・ファブロー、ソフィア・ベルガラ、ジョン・レグイザモほか。
『ノマドランド』
リーマンショックをきっかけに車上生活者になることを決めた現代のノマドたちを、大自然とともに描いたロードムービー。2021年/アメリカ/監督・脚本:クロエ・ジャオ/出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ、シャーリーン・スワンキー、ボブ・ウェルズほか。
〈百年〉店主・樽本樹廣さんの場合
「現地の人や暮らしと触れ合うように、物語に浸って本を読む。」
樽本樹廣さん
旅気分を味わうならば、やっぱり海外文学。旅のエッセイや紀行文も直接的で面白いのですが、物語の世界に没入できる文学作品がおすすめです。
例えば、スペインのバスク地方を舞台にした小説『アコーディオン弾きの息子』は、読みながら「いつまでもこの世界にいたいな」と思える作品でした。命を絶ったとある少年の回想録を、残された友人が物語として紡いでいくフィクションですが、物語の端々でバスクの内戦や解放運動などのリアルな社会背景も描かれている。現実と虚構が入り混じる世界観に、なんだか抜け出せなくなります。
また旅好きな人に読んでいただきたいのは、台湾を舞台にした『自転車泥棒』。ひとりの少年が盗まれた自転車を探しながらさまざま人に出会うストーリーなのですが、ここで描かれているのは旅の出会いと別れそのもの。時間軸も場面によって移り変わるので、時間旅行をしているような気分にも浸ることができます。
さらに、旅に加えて本も好きだという人には、ぜひ『世界の書店を旅する』を。題名の通り世界の図書館を巡る紀行エッセイで、人と人だけでなく、本と人の出会いも描かれていて。この本にも通じるのですが、本屋で本を探す体験自体も、旅とどこか似ていると思います。ふらっと棚を見て回る時、自分は何に興味があるのか、何を知りたいのか、心に問いかけますよね。よく旅は自分自身を見つめ直す機会になると言いますが、あてもなく本屋の中を彷徨うことも、自問自答しながら新しい自分に出会うきっかけになると思います。
旅の何よりの醍醐味は、さまざまな経験を積めること。旅をした分だけ、経験値が高まり、知識や考えが深まっていくでしょう。そして、本や音楽、映画を通じてさまざまな文化に触れることも同じく経験です。旅先にいる人がどのようなことを考え、どのように暮らしているのかを文学作品を通じて知るというのも、新しい旅の形と言えるのではないでしょうか。
樽本さんのおすすめ
『アコーディオン弾きの息子』ベルナルド・アチャガ 著/金子奈美 訳
1999年にカリフォルニアで死んだ男の幼なじみが、バスク語で書かれた手記「アコーディオン弾きの息子」を元に二人の物語を紡ぐ長編小説。新潮社より発売。
『自転車泥棒』呉明益 著/天野健太郎 訳
20年前に父とともに消えた自転車の行方を追いながら、台湾や東南アジアまで旅をする長編小説。文藝春秋より発売。
『世界の書店を旅する』ホルヘ・カリオン 著/野中邦子 訳
実際に著者が訪れた世界にある本屋約300店を、さまざまなエピソードとともに紹介する紀行エッセイ。白水社より発売。
編集後記
現地の調理器具を使って自宅でお料理を楽しむ。スクリーンを通じて、普段は立ち入ることのできない美術館の裏側に潜入する。小説の中で時間旅行に出かける。
これらは全て、リアルの旅行では体験できない「おうち旅行」ならではの楽しみ方。
「おうち旅行のプロ」たちのお話から、これからの定番になりうる「旅」の新たなカタチを垣間見ることができました。
(未来定番研究所 菊田)
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